周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

芸藩通志所収田所文書8

八 平兼資解并安堵外題 (外題) 「如二解状一者尤國益也、任二申請旨一一色段別官米[ ]事 者、[ ]事、併可レ令二停止一之[ ]執次第也、早任二 四至一可レ令二相傳領掌一之状如レ件、 目代[ ](花押)」 田所大判官代散位平兼資解 申請[ 請レ被下殊…

芸藩通志所収田所文書7

七 将軍源実朝家政所下文 一 佐[ ]「拒+木」榑事 右、如二同状一者、榑千寸別二百寸〈公方百寸地頭方百寸〉、「拒+木」又 (等) 同前、先例如レ此配分、而地頭者於杣山⬜︎置榑末⬜︎山點定任二自由點定一 (安北郡) (宗) 取レ之、次河上可部庄依レ爲二…

中世の最先端医療

【史料1】 応永二十三年(一四一六)九月二十二日条 (『看聞日記』1─65頁) (法安寺僧) 廿二日、晴、瘧病発日也、暁弘法大師御筆以下濯之呑、良明房令加持、然而又発了、 但聊軽分なり、 「書き下し文」 二十二日、晴る。瘧病発る日なり、暁に弘法大…

自死の中世史 16 ─日本の古代12─

【史料1】 「仁徳天皇即位前紀」『日本書紀』巻11 (『新編日本古典文学全集』3─27頁、小学館、1996) 太子曰「我知、不可奪兄王之志。豈久生之、煩天下乎。」乃自死焉。 「書き下し文」 太子の曰はく、「我、兄王の志を奪ふべからざることを知れ…

自死の中世史 15 ─日本の古代11─

「神功皇后摂政元年二月」『日本書紀』巻9 (『新編日本古典文学全集』2─440頁、小学館、1994) 適是時也、晝暗如夜、已經多日、時人曰、常夜行之也。皇后問紀直祖豐耳曰「是怪何由矣。」時有一老父曰「傳聞、如是怪謂阿豆那比之罪也。」問「何謂也…

自死の中世史 14 ─日本の古代10─

【史料1】 「垂仁天皇九十年二月一日」『日本書紀』巻6 (『新編日本古典文学全集』2─335頁、小学館、1994) 九十年春二月庚子朔、天皇命田道間守、遣常世國、令求非時香菓。香菓、此云箇倶能未。今謂橘是也。 九十九年秋七月戊午朔、天皇崩於纏向…

芸藩通志所収田所文書6

六 平兼資解并外題 (外題) 「下 田所 [ ] 勧農使散位(花押)」 散位平兼資解 申請公廨給出入事 合壹町 除 (賀茂郡) 西条一丁 本免 請 武清村一丁 右、依例出入請文、以解、 (1183) 壽永二年七月 日 (散位平) [ ]兼資 「書き下し文」 (外題) …

芸藩通志所収田所文書5

五 安藝国司廳宣 廳宣 田所 (兄) 補任執事完部職事 散位藤原朝臣經兼 右人、爲二相傳譜代一之上、任二親父兼信之譲状一、補任如レ件、冝二承知一、依レ宣 用レ之、以宣、 (1122) 保安三年十二月九日 (爲忠) 大介兼皇后宮權大進藤原朝臣(花押) ○本文…

芸藩通志所収田所文書4

四 藤原兼信解并安堵外題 (外題) 「任二親父兼信朝臣譲状一、可レ令[ ] (大介藤原爲忠) (花押)」 (國裁事ヵ) 田所惣大判官代藤原朝臣兼信解 申請[ ] 請被下且任二譲状旨一且依二申状理一裁定上給、以二男經兼朝臣一、欲レ被レ補二 田所文書執行…

芸藩通志所収田所文書3

三 藤原兼信譲状 (渡) 譲⬜︎ (田所執) [ ]事 (帯) (雖) 右件職、為二相傳之所滞一、而於[ ]經兼譲与如レ件、縦⬜︎有[ ]蒙二 (宣ヵ) (状) 國定之)一、仍勒二事⬜︎一譲状如レ件、 (保安) [ ]三年十二月九日 (兼信) 田所惣大判官代藤原朝…

室町時代の都市伝説

応永二十三年(一四一六)七月二十六日条 (『看聞日記』1─55頁) 廿六日、晴、 (中略) (録) 抑伝説記禄雖比興、風聞巷説記之、去比京下方辺米有沽却者、件家ニ男一人来テ マス 米ヲ買ヘシトテ、器物升ト云物ヲ預置、取ニ来ランマテ、此升ヲ持上ヘカ…

自死の中世史 13 ─古代史のまとめ─

ここまで古代の自死史料を9点紹介してきました。この他にもまだまだ史料はありますが、それは「自死の中世史10 古代史の研究紹介」で紹介した、鈴木英鷹氏の論文(注)の事例リストをご覧いただくとして、ひとまず考えたことをまとめてみようと思います。…

自死の中世史 12 ─日本の古代9─

長久元年(一〇四〇)四月三十日条 (『増補史料大成七 春記』142頁) 卅日、甲寅、雨降、 一日関白被命云、定任殺人、嫌疑人先日捕之、是成章之郎等 也、是男筑紫人也、件男依無指事免除云々、痴事也、但定任、殺府老〈某丸〉已 了、其兄法師又被殺了、…

芸藩通志所収田所文書2

二 安藝国司廳宣 廳宣 田所 大帳所惣大判官代三善兼信 右人、任二祖父信軄譲状一、補二任田所執事一如レ件、冝二承知一、依レ件用レ之、 以宣、 (1091) 寛治五年四月十日 (有俊) 大介藤原朝臣(花押) ◯本文書ニ「安藝國印」四アリ 「書き下し文」 庁宣…

芸藩通志所収田所文書1

解題 前記田所文書と一体であったと思われるが、現在その所在を失っている。寛治から元弘までの十通の文書は、各時代の田所氏の動向を示している。(同書刊本から採録) 一 三善信軄譲状 譲渡 田所執事 (帯) 件軄、依レ爲二數代之所滞一、爲二次譜第一、即…

自死の中世史 11 ─日本の古代8─

寛弘二年(一〇〇五)八月五日条 (『大日本古記録 小右記』2─127) 肥後守爲愷爲二郎等良材一被二殺害一事、 (橘) 〔郎〕〔小〕 五日、辛巳、肥後守爲愷朝臣去月八日未剋爲二良等少槻良材一被二殺害一、 〔良〕〔材脱ヵ〕 艮自殺云々、希有事也、良材…

田所文書2 その6(完)

二 沙弥某譲状 その6 ■■■ 同舎弟藤五郎男 ■■ 同子一人 逆犬丸 (安南郡) 清次郎男 〈父清三郎男、牛田村弥冨名内崩田七反半下作人、是包父光包所當米代仁 弁レ之畢、〉 石王丸 〈母者石井入道殿下人乙女也、仍自二襁褓中一迄二二十余歳一召二仕之一者 也、…

ドラマチックな地蔵譚

応永二十三年(一四一六)七月十六日条 (『看聞日記』1─45頁) 十六日、晴、伝聞、山城国桂里ニ辻堂之石地蔵、去四日有奇得不思儀事、其子細 者、阿波国ニ有賤男、或時小法師一人来云様、我住所草庵破壊雨露もたまらす、 仍可造作之由思也、来て仕るへし…

自死の中世史 10 ─古代史の研究紹介─

自死の中世史と言いながら、なかなか中世にたどり着かないまま、ここまで古代の史料を紹介してきました。古代の自死を正面から分析した研究はないのかと思っていたのですが、最近その論文に出会えたので紹介します。こうした研究があると知っていれば、わざ…

自死の中世史 9 ─日本の古代7─

永延二年(九八八)六月十七日条 『日本紀略』(『国史大系』第五巻、『大日本史料』第二編之一) 十七日、壬申、左獄被二禁固一、強盗首保輔依二自害疵一死去了、是右馬權頭藤原 致忠三男也、件致忠、日来候二左衛門弓場一、昨日免、 「書き下し文」 十七日…

自死の中世史 8 ─日本の古代6─

弘仁七年(八一六)八月二十三日条 (森田悌『日本後紀(下)』巻二十五、講談社学術文庫、2007) ◯丙辰、公卿奏言、上総国夷灊郡、官物所レ焼、准レ穎五十七万九百束、正倉六十 宇、刑部省断レ罪言、検焼損使散位正六位上大中臣朝臣井作等申、税長久米…

田所文書2 その5

二 沙弥某譲状 その5 一所畠二反 下作人 □□ 件二ヶ所之子細、見二于本主南次郎大夫則助 并安南郡公文信政去状一、将又國衙之外題 分明也、而今所當下作人凡不レ知二子細一、爲二私 領一之由令二存知一歟、然者所詮可三宛二行他人一者也、 一所田小 ■■領分大…

自死の中世史 7 ─日本の古代5─

弘仁元年(八一〇)九月十二日条 (森田悌『日本後紀(中)』巻二十、講談社学術文庫、2006) ◯己酉、太上天皇至二大和国添上郡越田村一、即聞二甲兵遮一レ前、不レ知レ所レ行、 中納言藤原朝臣葛野麻呂・左馬頭藤原朝臣眞雄等、先二未然一雖二固諌一、…

自死の中世史 6 ─日本の古代4─

大同三年(八〇八)十一月四日条 (森田悌『日本後紀(中)』巻十七、講談社学術文庫、2006) ◯十一月辛巳、(中略)是夜、有レ盗、入二内蔵寮府一、為二人所一レ囲、時属二 大嘗一、恐二其自殺一、遣レ使告喩、投レ昏出去、(後略) 「書き下し文」 ◯十…

田所文書2 その4

二 沙弥某譲状 その4 一所畠栗林 南山大歳[ (公ヵ)(二ヵ) 件所者、國掌⬜︎⬜︎⬜︎郎掾近清并同嫡子矢目近道、出擧物代ニ所三 引二進上山權⬜︎兼直一也、而彼子息正行房乗兼遣二件證文一令三所二 望用途一之間、与二渡銭五貫面葦毛馬一疋一畢、此内當時下人…

ありがとう、天神様! 神をいたわる中世人

応永二十三年(一四一六)五月二十一日条 (『看聞日記』1─32頁) (庭田) 廿一日、晴、重有朝臣出京帰参、世事語之、春日社・日吉社有怪異云々、春日宝前 辺穴俄出来、〈一夜之間出来〉、穴底ヘ棹ヲ差入深事及二丈云々、不思儀之間、 社家注進云々、又…

田所文書2 その3

二 沙弥某譲状 その3 一所田三反 [ ] 一所畠五反 同 ⬜︎重⬜︎[ ] 一所畠二反 佐[ (安南郡) 符中 田 畠 (安南郡) 一所畠 矢加村 (爲ヵ) 件畠者、造符所公文[ ]京都⬜︎河長次郎米⬜︎⬜︎祖父知音 (之間ヵ) (爲ヵ) ⬜︎⬜︎、⬜︎國下向之時、依⬜︎船津所…

妙薬!? 亀の小便

応永二十三年(一四一六)四月二十六日条 (『看聞日記』1─29頁) (栄仁親王) 廿六日、晴、御所様此間御耳ホ丶メキテ不聞、昌耆有御尋、亀ヲ水ニ洗テ、アヲノケ テ鏡ノ影ヲ令見之時、小便ヲスヘシ、其シトヲ良薬ニ合テ御耳ニ可入之由申、良薬 献之、仍…

自死の中世史 5 ─日本の古代3─

『日本霊異記』中巻 (日本古典文学全集6、小学館、1975) 己が高徳を恃み、賤形の沙弥を刑ちて、以て現に悪死を得し縁 第一 諾楽の宮に宇の大八嶋国御めたまひし勝宝応真聖武太上天皇、大誓願を発したまひ、天平の元年の己巳の春の二月八日に、左京の…

田所文書2 その2

二 沙弥某譲状 その2 (林ヵ) 一 惣社二季春夏御神楽料田畠栗⬜︎⬜︎事、 (引ヵ) 田貳町伍反〈[ ]五反爲圖免造[ ]浮免[ ]⬜︎募[ 〉 (瀬村) [ ] 黒⬜︎⬜︎ 麥畠八反 〈安[ 而地頭[ 〉 (賀茂郡)(佐東郡) 栗林二丁内 〈黒瀬村五反杣村一丁五反〉 …