周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

ライフワーク

自死の中世史 39 ─吾妻鏡8─

承久三年(一二二一)六月六日条 『吾妻鏡』第廿五(『国史大系』第三二巻) 六日己未、今曉、武藏太郎時氏、陸奥六郎有時、相具少輔判官代佐房、阿曽沼次郎親綱、小鹿嶋橋左右衛門尉公成、波多野次郎經朝、善左衛門尉太郎康知、安保形部烝實光等渡摩免戸、…

自死の中世史 38 ─吾妻鏡7─

【史料1】建保七年(一二一九)二月六日条 『吾妻鏡』第廿四(『国史大系』第三二巻) 六日癸卯、故鶴岳別当闍梨使白河左衛門尉詣大神宮、遂奉幣還向之処、於三河国矢作宿、聞彼滅亡事自殺云々。 「書き下し文」 六日癸卯、故鶴岡別当闍梨の使ひ白河左衛門…

自死の中世史 37 ─吾妻鏡6─

建仁三年(一二〇三)九月二日条 『吾妻鏡』第十七(『国史大系』第三二巻) 二日丁卯、今朝、廷尉能員以息女〈將軍家妾、若公母儀也、元号若狭局、〉訴申、北條殿、偏可追討由也、凡家督外、於被相分地頭職者、威權分于二、挑爭之條不可疑之、爲子爲弟、雖…

自死の中世史 36 ─吾妻鏡5─

建久四年(一一九三)七月二日条 『吾妻鏡』第十三(『国史大系』第三二巻) 七月大、二日丙寅、武藏守義信召進養子僧、〈號律師〉、去夜參着、是曾我十郎祐成弟也、日來在越後國久我窮山之間、參上于今延引云々、而今日聞可被梟首之由、於甘縄邊、念佛讀經…

自死の中世史 35 ─吾妻鏡4─

文治五年(一一八九)九月七日条 『吾妻鏡』第九(『国史大系』第三二巻) 七日甲子、宇佐美平次實政生虜泰衡郎從由利八郎、相具參上陣岡、而天野右馬允則景生虜之由相論之、二品仰行政、先被注置兩人馬并甲毛等之後、可尋問實否於囚人之旨、被仰于景時、々…

自死の中世史 34 ─吾妻鏡3─

文治元年(一一八五)十月十三日条 『吾妻鏡』第五(『国史大系』第三二巻) 十三日壬戌、去十一日并今日、伊豫大夫判官義經潜參 仙洞、奏聞云、前備前守行家向背關東企謀反、其故者、可誅其身之趣、鎌倉二位卿所命、達行家後聞之間、以何過怠可誅無罪叔父哉…

自死の中世史 33 ─吾妻鏡2─

元暦二年(一一八五)五月二十七日条 『吾妻鏡』第四(『国史大系』第三二巻) 廿七日己酉、源藏人大夫頼兼申云、去十八日、盗人令推參禁裏、盗取晝御座御劒、藏人并女官等動揺求之、頼兼家人武者所久實、追奔于左衛門陣之外生虜之、奉返置御劒於本所、件犯…

自死の中世史 32 ─吾妻鏡1─

寿永元年(一一八二)二月十四・十五日条 『吾妻鏡』第二(『国史大系』第三二巻) 十四日乙卯、伊東次郎祐親法師者、去々年已後、所被召預三浦介義澄也、而御臺所御懷孕之由風聞之間、義澄得便、頻窺御氣色之處、召御前、直可有恩赦之旨被仰出、義澄傳此趣…

自死の中世史 31 ─古代史研究の紹介2─

以前、「古代史の研究紹介1」(「自死の中世史10」)で、鈴木英鷹氏の論文を紹介しましたが、その引用文献のなかに、かなり古い歴史学者の論文がありました。最近、それをやっと読むことができたので、ここで紹介しておきたいと思います。 江馬務「自殺史…

自死の中世史 30 ─中世の説話9・説話のまとめ─

「死の道を知らざる人の事」十二『沙石集』巻第八ノ五 (『新編日本古典文学全集』52、小学館、2001) 天竺に、那蘭陀寺の戒賢論師と云ひしは、付法蔵の三蔵、やんごとなき智者にて、玄奘三蔵の師なり。重病に沈みて、苦痛忍び難かりければ、自害せん…

自死の中世史 29 ─中世の説話8─

「薬師・観音の利益によりて命を全くする事」『沙石集』巻第二ノ四 (『新編日本古典文学全集』52、小学館、2001) 尾張国に、右馬允某甲と云ふ俗ありけり。承久の乱の時、京方にて杙瀬河の戦に、手あまた負ひてけり。既に止め刺して打ち棄ててき。武…

自死の中世史 28 ─中世の説話7─

「臨終に執心を畏るべき事」『沙石集』巻第四ノ五 (『新編日本古典文学全集』52、小学館、2001) 近比、小原に上人ありけり。無智なりけれども、道心の僧にて、かかる浮世に、長らへてもよしなく思ひければ、三七日、無言して、結願の日、頸をくくり…

自死の中世史 27 ─中世の説話6─

「仁和寺西尾の上人、我執に依つて身を焼く事」『発心集』第第八─三 (三木紀人『現代語訳 方丈記 発心集 歎異抄』學燈社、2006) 近き世の事にや、仁和寺の奥に同じさまなる聖、二人ありけり。ひとりを西尾の聖と云ひ、今ひとりをば東尾の聖と名付けた…

自死の中世史 26 ─中世の説話5─

「蓮花城、入水の事」『発心集』第三─八 (三木紀人『現代語訳 方丈記 発心集 歎異抄』學燈社、2006) 近きころ、蓮花城といひて、人に知られたる聖ありき。登蓮法師相知りて、ことにふれ、情けをかけつつ、過ぎけるほどに、年ごろありて、この聖の言ひ…

自死の中世史 25 ─中世の説話4─

「空入水したる僧の事」『宇治拾遺物語』巻第十一・第九話 (『日本古典文学全集』二八、小学館) これも今は昔、桂川に身投げんずる聖とて、まづ祇陀林寺にして百日懺法行ひければ、近き遠き者ども、道もさりあへず、拝み行きちがふ女房車など隙なし。 見れ…

自死の中世史 24 ─中世の説話3─

「入水したる上人の事」『沙石集』巻第四ノ六 (『新編日本古典文学全集』52、小学館、2001) ある山寺に、上人あり。道心深くして、憂世に心をとどめず、急ぎ極楽へ参らんとおもひければ、入水して死なんとおもひ立ちて、同行を語らひて、舟を用意し…

自死の中世史 23 ─中世の説話2─

「或る女房、天王寺に参り、海に入る事」『発心集』第3─6 (三木紀人『現代語訳 方丈記 発心集 歎異抄』學燈社、2006) 鳥羽院の御時、ある宮腹に、母と女と同じ宮仕へする女房ありけり。年ごろへて後、此の女、母に先立ちてはかなくなりにけり。歎き…

自死の中世史 22 ─中世の説話1─

「或る禅師、補陀落山に詣づる事 付賀東上人の事」『発心集』第3─5 (三木紀人『現代語訳 方丈記発心集 歎異抄』學燈社、2006) 近く、讃岐の三位といふ人いまそかりけり。彼のめのとの男にて、年ごろ往生を願ふ入道ありけり。心に思ひけるやう、「此…

自死の中世史 21 ─自死紹介の悩み5─

【その5】 ここまで、だらだらと個人的な悩みを書いてきましたが、悩みは独白するだけでもある程度スッキリするものです。当たり前のことかもしれませんが、私は今後、自死を「行為」とみなし、①自死の原因・理由動機、②自死の目的動機、③目的遂行のために…

自死の中世史 20 ─自死紹介の悩み4─

【その4】 そうすると、「自殺念慮」という欲求は、いったいどこから生まれてきたのでしょうか。なぜ、人間は成長とともに死を望むようになるのでしょうか。こうした問題について1つの答えを与えてくれるのが、坂田登氏の論文(8)です。これは、生やセッ…

自死の中世史 19 ─自死紹介の悩み3─

【その3】 さて私は、自死によって実現される事態・価値を自死の「目的」と表現しましたが、ダグラス(Jack D.Douglas)という社会学者は、同様のものを自殺の「社会的意味」として追究しています。本来はダグラスの原著に目を通すべきなのですが、英語の著…

自死の中世史 18 ─自死紹介の悩み2─

【その2】 このような自問自答を書き連ねてきて、1つ気づいたことがあります。それは、私が何を目的に自死の原因を追い求めてきたのか、ということです。とても単純すぎて意識にのぼらなかったのですが、どうやら私は「自死を止めたい」ようです。「原因」…

自死の中世史 17 ─自死紹介の悩み1─

【その1】 なんとなく気づいていたのですが、予想通り、「因果連鎖の問題」(1)に陥ってしまいました。「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないですが、桶屋が儲かったのは、ネズミが桶をかじったからなのか、猫が減ってネズミが増えたからなのか…、盲人が三…

自死の中世史 17 ─日本の古代13─

「大治五年四月十四日付宇佐宮公文所問注日記」『小山田文書』 (『平安遺文』2158号文書、5─1868) (端裏) 「大工末貞勘状、友成任御判可領作之、」 公文所 問注御装束所検校末貞訴申同検校友成申詞記 問友成云、請被殊任道理、裁下給古作田子細…

自死の中世史 16 ─日本の古代12─

【史料1】 「仁徳天皇即位前紀」『日本書紀』巻11 (『新編日本古典文学全集』3─27頁、小学館、1996) 太子曰「我知、不可奪兄王之志。豈久生之、煩天下乎。」乃自死焉。 「書き下し文」 太子の曰はく、「我、兄王の志を奪ふべからざることを知れ…

自死の中世史 15 ─日本の古代11─

「神功皇后摂政元年二月」『日本書紀』巻9 (『新編日本古典文学全集』2─440頁、小学館、1994) 適是時也、晝暗如夜、已經多日、時人曰、常夜行之也。皇后問紀直祖豐耳曰「是怪何由矣。」時有一老父曰「傳聞、如是怪謂阿豆那比之罪也。」問「何謂也…

自死の中世史 14 ─日本の古代10─

【史料1】 「垂仁天皇九十年二月一日」『日本書紀』巻6 (『新編日本古典文学全集』2─335頁、小学館、1994) 九十年春二月庚子朔、天皇命田道間守、遣常世國、令求非時香菓。香菓、此云箇倶能未。今謂橘是也。 九十九年秋七月戊午朔、天皇崩於纏向…

自死の中世史 13 ─古代史のまとめ─

ここまで古代の自死史料を9点紹介してきました。この他にもまだまだ史料はありますが、それは「自死の中世史10 古代史の研究紹介」で紹介した、鈴木英鷹氏の論文(注)の事例リストをご覧いただくとして、ひとまず考えたことをまとめてみようと思います。…

自死の中世史 12 ─日本の古代9─

長久元年(一〇四〇)四月三十日条 (『増補史料大成七 春記』142頁) 卅日、甲寅、雨降、 一日関白被命云、定任殺人、嫌疑人先日捕之、是成章之郎等 也、是男筑紫人也、件男依無指事免除云々、痴事也、但定任、殺府老〈某丸〉已 了、其兄法師又被殺了、…

自死の中世史 11 ─日本の古代8─

寛弘二年(一〇〇五)八月五日条 (『大日本古記録 小右記』2─127) 肥後守爲愷爲二郎等良材一被二殺害一事、 (橘) 〔郎〕〔小〕 五日、辛巳、肥後守爲愷朝臣去月八日未剋爲二良等少槻良材一被二殺害一、 〔良〕〔材脱ヵ〕 艮自殺云々、希有事也、良材…