周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

ライフワーク part3(Study of suicide in Medieval Japan)

自殺の中世史3─4 〜雪辱目的の自殺と称賛〜

応安六(一三七三)年十月二十三日条 (『後愚昧記』2─127頁) 官人大判事、(坂上) 明法博士(中原) 廿三日、伝聞、早旦於正親町烏丸、明宗〈号姉小」路判官、〉・章頼〈号勢多」 (後光厳上皇御所柳原殿) 判官、〉両官人召取人云々、是去月卅日夜推…

自殺の中世史3─3 〜自殺の先例化 分析編〜

以前、「自殺の中世史2─13・14 〜現世の浄土と自殺〜」という記事で、嘉元二年(1304)に石清水八幡宮で起きた「大山崎神人集団切腹事件」を紹介しましたが、またしても同様の事件が起きてしまいました。ただ今回の場合、事件の概要についても、切…

自殺の中世史3─2 〜自殺の先例化 史料編〜

【史料1】 応安四(一三七一)年四月九日条 (『後愚昧記』2─32頁) (三善廣衡) 〔率〕 九日、(中略)良證語曰、八幡宮神人閉籠之間、社務卒勇士押寄之処、件閉籠神人 等切腹之間、神殿・神宝以下悉触穢了、希代事候也云々、 【史料2】 応安四(一三…

自殺の中世史3─1 〜称賛された自殺〜

応安四(一三七一)年四月一日条 (『後愚昧記』2─31頁) 〔北小路万里小路〕 一日、智恵光院辺騒動、相尋之処、土佐国住人佐川〈仮名、実名」不知之、〉居住 (細川頼之) 件寺中、而執事為四国管領之間、仰可発向南方之由之処、固辞之間、為誅伐、差遣 …