周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

圓立寺文書(完)

圓立寺文書10(完)

一〇 木次土佐守書状(折紙) 尚々御方様御進退、いまの様ニてうちにては成申間敷候条、来春早々御下候而、 御理被二仰上一、其上にて不二成相一候ハゝ、雲州へ御上候ても可レ然存候、 爰もとの理相かう御澄候へく候、いさい木太郎兵可レ有二御物語一候、以…

圓立寺文書9

九 富田康直書状(折紙) 尚々三十疋被レ懸二御意一候、本望之至に候、謹言、 (繁澤次郎兵衛尉) 御方様被仰上様、具ニ次兵様へ披二露仕之一候、御存分の様に御捻共御取候而、被レ 進レ之候、我等迄安堵此事に候、弥々御普請等被二仰付一候儀、尤に存候、何…

圓立寺文書8

八 万壽書状(切紙) 爲二新春之儀一被二申越一、殊更百疋本望候、尚期二面談一可二申述一候、恐々謹言、 三月十日 万壽(花押) 善明 まいる 申給へ 「書き下し文」 新春の儀として申し越され、殊更百疋本望に候ふ、尚ほ面談を期し申し述ぶべく候 ふ、恐々…

圓立寺文書7

七 富田康直書状(切紙) 爲二今年之御祝儀一、 御父子様へ被二仰上一候、百疋宛則遂二披露一候、御祝着之 由候て被レ成二御書一候、具ニ雖下可二申入一候上、我等事軈而其地罷上候之条、 以二拜顔一万可レ得二御意一候、恐惶謹言、 富田又兵衛尉 三月十日 …

圓立寺文書6

六 富田康直書状(折紙) 私も百疋御下まいり、御ねんころノたん、申もおろかに存候、いまほと御きふんともあし く御さ候や、爰元そうおうの御用御申下候、謹言、 爲二御年頭一、態壹人被レ下、委敷遂二披露一候、遥々之儀ニ入被レ成二御祝着一之 由、被二仰…

圓立寺文書5

五 繁澤元氏書状(切紙) 以上 爲二今年之祝儀一被二申越一、殊百疋祝着存候、遠方被二存寄一之処本望候、尚重々 可レ申、以上、恐々謹言、 三月十日 元氏(花押) 善明 進之候 「書き下し文」 以上 今年の祝儀として申し越さる、殊に百疋祝着に存じ候ふ、遠…

圓立寺文書4

四 繁澤元氏書状(切紙) 今年之爲二祝儀一、一束差越祝着候、謹言、 二月六日 元氏(花押) 善明 「書き下し文」 今年の祝儀として、一束差し越すこと祝着に候ふ、謹言、 「解釈」 今年のお祝いとして、紙一束を送っていただいたことに満足しております。以…

圓立寺文書3

三 繁澤元氏書状 (安藝山縣郡) 其方只今罷居候朝枝之屋敷之儀、先年以来筋目之地之由候条、無二異儀一可二 遣置一候、随分普請等取刷、心安可二罷居一事肝要候、爲レ其申聞候、謹言、 九月廿一日 元氏(花押) (捻封ウハ書) (明) 「 善⬜︎ 元氏」 ○以上…

圓立寺文書2

二 安藝國山縣郡大朝村之内打渡坪付 藝州山縣郡大朝村之内打渡坪付之事 (繁澤元氏) 合 (花押) 野田 畠貳段半 代四百文 五郎右衛門尉 國近畠三段六百之内 粟屋藤兵衛先給 畠貳段 代四百文 自作 横路 畠壹段 代貳百文 孫兵衛 五段半 以上畠數 代壹貫文 慶…

圓立寺文書1

解題 この寺は宝徳三年(一四五一)の開基で、初め西泉坊と称していたが、慶長のころ再建され、次号を円立寺と改めたという。山県郡の真宗寺院では最も古い由緒を持っており、江戸時代には郡内真宗寺院の中枢的立場にあった。ここにおさめる文書は、戦国時代…