周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

尾崎八幡宮文書(完)

尾崎八幡宮文書5(完)

五 矢野八幡宮御供注文 一 御くう上せんの事 もちかす 大宮十六 十一せん 小せん もちかす 十 十一せん 合廿二前 一しゝこまいぬのもち二ツつゝ 門まろうと二ツつゝまり 一ゑひすのもち一ツ まいさん米一升三合 (1554) 天文廿三年八月 「書き下し文」 一つ…

尾崎八幡宮文書4

四 元勝名字状(折紙) 實名 勝重 永禄拾(1567) 十一月十八日 元勝(花押) 矢野祝部 香川神六殿 ○以上、四通ヲ一巻ニ収ム *書き下し文、解釈、注釈は省略しました。

尾崎八幡宮文書3

三 神田勝乗寄進状 (営) 屋能八幡宮江爲二御造榮一、屋能郷内壹貫貳百目、岡入宮之脇在レ之、 右御神田、當年天文拾年之従二上毛一引進上候、彼田年々之土貢を以可レ有二 御造立一之由候、 (1541) 神田三河守 天文十年十月三日 勝乗(花押) 物申源左衛…

尾崎八幡宮文書2

二 野間興勝補任状 (安藝郡安南郡) (得) 屋能郷祝師役之事、親國重大夫任二幣次一助六ニ申付所也、社領存知徳分儀者有二 別紙ニ一、仍爲レ後證状如レ件、 (1530) 享禄三年〈庚寅〉卯月一日 興勝(花押) (異筆) 「香川 祝師所へ 助六」 *割書は〈 …

尾崎八幡宮文書1

解題 当社の社掌の香川氏は、同氏の系図によると鎌倉権大夫家正にはじまる。子経高は源義平の命によって相州高座郡香川庄に移ったことから香川氏を称したという。 その後、香川氏は尾張国内海庄の宇津海八幡宮に奉祀した。文安二年(一四四五)領主野間重能…