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周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

山野井文書22

二二 来島牛松(通総)書状(切紙) (伊豫喜多郡) (村上) (不ヵ) 今度下須戒之儀、伐執之刻ニ辛労之段、吉繼申聞之様候、御心懸之趣被⬜︎⬜︎⬜︎可レ 有二忘却一候、猶河内守可レ申候 元亀二(1571) 七月晦日 牛松(花押) (景重) 能美右近助殿 まいる …

山野井文書21

二一 来島牛松(通総)假名書出(折紙) 任 右近助 永禄十一年(1568) 十二月廿六日 牛松(花押) (景重) 能美四郎殿 *書き下し文・解釈は省略。 「注釈」 「仮名書出」─「仮名(けみょう)」は、武士が実名の他につけた名前(『日本国語大 辞典』)で、…

山野井文書20

二〇 来島通康安堵状 能美嶋之内、五貫三百五十文足之事、 所二申付一也、坪付有二別紙一、 右、任二前々旨一、進退不レ可レ有二相違一之状如レ件、 (1565) 永禄八年卯月廿五日 通康(花押) (景重) 能美与三殿 「書き下し文」 能美嶋の内、五貫三百五十…

山野井文書19

一九 来島通康安堵状 能美嶋本地之内、除二三吉浦分一、残七拾貫貳百目之事、所二申合一也、坪付別紙 在レ之、 右、早任二先例之旨一、進退領掌不レ可レ有二相違一之状如レ件、 (1563) 永禄六年七月五日 通康(花押) (景秀) 能美民部卿丸殿 「書き下し…

山野井文書18

一八 来島通康安堵状 (安芸佐西郡) 一能美嶋之内、本地屋敷分三拾六貫百六十文足之事 一同嶋豊後守先知行之内、九貫四百五十文足之事 所二申合一也、坪付別紙在レ之、 右、早任二先例之旨一、進退領掌不レ可レ有二相違一之状如レ件、 (1563) 永禄六年六…

山野井文書17

一七 来島通康假名書出(折紙) 假名 四郎 永禄元年(1558) 八月六日 通康(花押) (千ヵ) 能美⬜︎壽丸殿 (景秀) *書き下し文・解釈は省略。 「注釈」 「来島通康」─伊予河野氏の家臣で、来島水軍を率いた武将。 「仮名書出」─「仮名(けみょう)」は、…

山野井文書16

一六 大内氏奉行人連署奉書 (景頼) 父世次一跡事、今日(割書)「弘治貳十ノ廿一」任二御判旨一令三相二続之一、弥 可レ被レ抽二奉公之忠義一之由、依レ 仰執達如レ件、 (1556) (小原隆言) 弘治貳年十月廿一日 安芸守(花押) (内藤隆世) 弾正忠(花…

山野井文書15

一五 大内義長安堵状 (義長) (花押) (景頼) (大内義隆) 父世次一跡事、任二天文十四年五月六日龍福寺殿裁許同廿二年二月廿二日證判等之 (景秀) 旨一、能美満菊相続不レ可レ有二相違一之状如レ件、 (1556) 弘治貳年十月廿一日 「書き下し文」 父…

山野井文書14

一四 陶晴賢安堵状 対二縫殿允賢俊一割分地之事、令三改二易之一対二房次々男万菊丸一被二譲与一之旨、 令二領掌一訖者、早任二先例一知行可レ為二肝要一之状如レ件、 (1553) (陶晴賢) 天文廿二年三月廿日 尾張前司(花押) 「書き下し文」 縫殿允賢俊に…

山野井文書13

一三 陶晴賢加冠状 加冠 賢次 (1553) 天文廿二年三月七日 晴賢(花押) (景頼) 能美四郎殿 「注釈」 「加冠状」─武士が元服して実名を名乗る場合、将軍、大名などから名乗りの一字を与 えられる際の文書(『日本国語大辞典』)。 *書き下し文、解釈は省…

山野井文書12

一二 大内義隆安堵状 (義隆) (花押) (仲次) (大内義興) 父秀依一跡事、任二去明応九年十一月十五日凌雲寺殿證判、天文十七年八月二日 譲与状之旨一、能美弥三郎景頼可二相続一之状如レ件、 (1550) 天文十九年十一月廿九日 「書き下し文」 父秀依一…

山野井文書11

一一 大内氏奉行人連署奉書(切紙) (越智郡) (冷泉) 去月十五日、於二豫州中途表一動之時、郎従澁屋小次郎被二矢疵一右肱之由、隆豊注 進到来遂二披露一畢、尤神妙之由、所レ被二 仰出一也、仍執達如レ件、 (1546) (青景隆著) 天文十五年九月十三日…

山野井文書10

十 大内氏奉行人書状(切紙) 去五月十八日、至二豊後国薄野浦奥郷一動之時、別而有二御馳走一被レ致レ疵之段、 則達二上聞一候之處、如レ此被三成二遣 御感状一候、御面目之至尤以珍重候、弥御 忠節可レ爲二専一一候旨候、恐々謹言、 天文三年(1534) 六月…

山野井文書9

九 大内義興下文 (義興) (花押) 下 能美縫殿允仲次 可レ令二早領知一安藝國能美嶋中村内拾六石地(割書)「能美左近将監先知行」 事 右、今度藝州忩劇、㝡前以来別而奔走神妙之条、爲二勧賞一所二充行一也者、早守二 (節) 先例一全二領知一、弥可レ勵…

山野井文書8

八 大内氏奉行人連署書状(切紙) (能美) (弘中)(被) 就二御同名与三言上之儀一、爲下可レ被レ成二御尋一之⬜︎上遣二正長披官一候、於二 (儀) (謹言) 旨⬜︎一者見二申状一候之条、[ ]被レ遣候、恐々⬜︎⬜︎、 八月廿八日 正長(花押) 景忠(花押) …

山野井文書7

七 大内氏奉行人連署奉書(切紙) 去三日、至二厳島一敵船相懸之處、警固船衆懸合即時追散、殊僕従二人被二矢疵一之 (越後) (興房) (遂披露) (之由) 次第、弘中[ ]守書状等陶尾張守[ ]慥被二知食一畢、尤神妙[ ]、 (執達) 所レ被二仰出一也…

山野井文書6

六 大内氏奉行人連署奉書(切紙) (安芸佐西郡)(安南郡) 就二海上搦之儀一、警固船去月十七日夜至廿日市并能美江田嶋押懸、敵船壹艘引取之 (武長) 次第、弘中越後守注進之趣、慥被二知召一訖、弥忠節可レ爲二肝要一之由所レ被二仰 出一也、仍執達如レ…

山野井文書5

五 大内氏奉行人連署書状(切紙) (安芸) 去廿七日、至府中動之時、堀越在家令二放火一、同仁保嶋敵船一艘同[ ]者、引 (弘中越後守ヵ) (露候) (神妙ヵ) (被申旨候ヵ) 執之由[ ]注進慥令披⬜︎⬜︎、尤⬜︎⬜︎之由、能々可[ ]、恐々謹言、 (大永二…

山野井文書4

四 大内氏奉行人連署書状(切紙) (安芸安南郡) 去廿七日、爲二夜搦一令二乗船一、仁保嶋敵船壹艘引取之由、弘中越後守注進之趣 遂二披露一候、尤神妙之由候、[ ]旨候、恐々謹言、 (大永二年) (弘中) 三月廿九日 正長(花押) (杉) 興重(花押) …

山野井文書3

三 大内氏奉行人連署奉書 山口雜説之由、就二風聞一被二馳参一之次第、尤神妙之至也、何様至二京都一可レ被三 注二進之一、仍 御感之旨、所レ仰執達如レ件、 (1509) (杉武清) 永正六年十一月二日 左兵衛尉(花押) (杉弘依) 木工助(花押) (杉重輔)…

山野井文書2

二 大内政弘感状(切紙) (陶) 其堺之儀馳走之由、弘護注進京着悦入候、弥無二如在一候者、可レ爲二神妙一候也、 謹言、 十月二日 政弘(花押) (重秀) 能美若狭守殿 「書き下し文」 其れ堺の儀馳走の由、弘護の注進京着し悦び入り候ふ、弥々如在無く候…

山野井文書1

解題 山野井氏は中世には能美氏を称し、おそらく能美島生え抜きの庄官武士の系譜を引くものとみられるが、伊予方面との交渉が深く、長年にわたって河野氏一族と再三の婚姻関係を重ねた結果であろうか、現存の系図では河野氏の支族とされており、河野秀清の子…