周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

広島県史 古代中世資料編Ⅳ

田所文書1 その3

一 安藝国衙領注進状 その3 [ [ 有富三百歩 爲光一反大 友重三反小 近道一反大 有福七反六十歩 弥冨一反大 清重小 清末一反大 貞安一反小 爲員六十歩 近光大 往生院免一丁 八幡宮免四丁四反 (一反斗ヵ) 御供田二丁⬜︎⬜︎⬜︎ 久武一丁 宗門三反 重門一反 慶…

田所文書1 その2

一 安藝国衙領注進状 その2 助門一反小 人長免一丁 助俊 主典免四反 宗俊 (官) 代⬜︎免六段 (助) ⬜︎次三反 末弘三反 勅使税所勘料田一丁 員家 公廨田六丁七反六十歩 弥富一反六十歩 貞重一反 兼氏二丁 員家一丁 (利) [ ] ⬜︎兼[ 高宗五反 保員⬜︎反 …

田所文書1 その1

解題 田所氏は、本姓佐伯氏で平安時代後期から安芸国衙在庁官人として田所文書執行職を世襲した家である。一号文書は鎌倉中期ころの安芸国衙領の状態をしめしている。府中を中心とする郡・郷・村・名がいずれも並列的に記載され、おのおのの田積をあげ、応輸…

田中文書3(完)

三 小早川隆景書状寫 猶々一二ヶ条、次而なから此者申聞候、可レ有二分別一事干要ニ候、 其方數年之忠儀辛労之段、誠ニ無二比類一候、内々雖下無二忘却一候上、あまり心安 思候て、無二申聞儀一候、弥別而大小事及レ心長久可二相替一事干要ニ候、然間焼山 之…

田中文書2

二 豊臣氏奉行人連署書状(切紙) 従二 関白様之御使丹羽五平次殿歸朝候一、人數拾九人小荷駄壹疋さきゝゝ送之 儀、被レ入二御念一使夫ニ可レ有二御申付一候、五平次殿乗馬并小荷駄等之儀、 さきゝゝの城迄、御馳走肝要候、恐々謹言、 増田右衛門尉 二月二日…

田中文書1

解題 田中氏は長浜の神職をつとめる。本文書の伝来関係については明らかでない。 一 豊臣氏奉行連署書状(切紙) ◯以下三通ハ、東大影寫本ニヨル 其方御代官所此方ゟ、近年者以二金銀米一被二召置一候へ共、自今以後者公用にて、 百姓於レ被二取納一、可レ有…

西村治雄氏所蔵文書2(完)

二 安藝国佐西郡寺田村打渡坪付寫 神領寺田村之内 (割書)「打渡坪付」 おき田 田四反 米貳石五斗 惣兵衛 きしの下 田貳反 米壹石四斗 同 人 よこたけ (米) 田壹反小 ⬜︎九斗 同 人 にし (米) 田貳反 ⬜︎壹石六斗 同 人 同所 田貳反小 米壹石七斗 同 人 …

西村治雄氏所蔵文書1

解題 山県郡穴村(加計町)の地は古くは佐伯郡に属していた。この地の小田氏は源頼政の二男山県先生国政の後といい、国政は美濃国山県郡を経て、治承四年(一一八〇)安芸国豊田郡へ来住し、後に穴村へ移ったという。 西村氏は小田氏の女が嫁したことから親…

井上文書 その7(完)

一 五行祭文 その7 (衆生) (佛體) (具足) されハしゆしやうハもとよりふつたいなり、三しんおくそくせり、いかなる (悪霊) (悪) (悪魔)(悪)(邪魔)(外道) ゑ あくりやうあく鬼あくまあく神しやまけとうもそのたよりおへからす、仏神とも …

井上文書 その6

一 五行祭文 その6 (抑) (行) (木) (阿閦佛) (招提龍) そもゝゝかの五きやうのはしめもく神と申ハ、東方あしゆくふつしやうたいりう王と (現) (青)(色) (以) (春) (甲)(乙) (領) (火) けんし、あおきいろおもんて、はる三月き…

井上文書 その5

一 五行祭文 その5 (曰) (云) かるかゆへに、あるもんにいわく、ふもしよしやうしんそくせう大かくいとゆふ、 (凡夫) (悪口) (崇) (經論) しかりといへともほんふハあくかうしんちうニして仏神ヲあかめす、きやうろんお (信) (敬) (罪業)…

井上文書 その4

一 五行祭文 その4 (法華) (諸法) (法)(説) さうしてこのほつけニハしよほう十さうゆいう一しやうのほうときヲ、十如十さうに (善悪) せんあくふ二しやしやう一如おとき、あるいハこんし三かいかいせかう、五ちうしゆ (七) しやうしつせ五し二…

井上文書 その3

一 五行祭文 その3 (便品) (界) (法) 方へんほんに十かい十如ゑしやう三せんのほう門とき、けしやうゆうほんに十二いん (説) (示) ゑんおといて、ほうしよさいこんのむねおしめし給ふ、十かい十如といんハ、一ノに (地獄道) (餓鬼道) (畜生…

井上文書 その2

一 五行祭文 その2 (天開) (地固) (陰陽) (際) そもゝゝてんひらきちかたまりよりこのかた、いんようのきわからして五形となり、 (印) (智) (名付) (戒) それ五形いんハ木火土金水神なり、あるいハ五ち五佛となつけ、あるいハ五かい (情)…

井上文書 その1

解題 井上家は壬生(山県郡千代田町)の八幡宮の神職をつとめる家である。当家には五行祭文や荒平舞詞をはじめとする祭文類が多数蔵されている。奥書から中世に属することが明らかなものだけでも、延徳二年(一四九〇)から慶長二年(一五九七)まで十三点を…

香川文書(完)

解題 都志見(山県郡豊平町)の香川氏は、佐東郡八木(広島市佐東町)城主の香川氏と同族で、鎌倉権五郎景政を祖とする。経高が相模国香川庄をえてから香川を称するようになった。その後、承久の変における戦功によって、経景が八木村、義景が戸谷村を得、同…

実際寺文書4(完)

四 實際寺領與一野年貢帳寫 (表題) 「實際寺領与一野年貢帳」 實際寺領与一野年貢帳 上名 一所 参貫五百五十文目 名主道珎分 一々 貳貫七百五十文目 岡分 一々 五百五十文目 下垣内 一々 貳貫七百五十文目 大原道孝 一所 貳貫七百五十文目 中屋分 已上 一…

実際寺文書3

三 祖綱外四名連署寄進状 安藝国山縣郡大田郷戸河内村内実際寺領理地庵屋敷事 東 従二開山塔一佛殿之小庭ヲ限 南 横路ヲ至二西之谷一限 西 従二谷尾筋ヲ登一大峰尾ヲ至二瀧首一限 北 従二瀧首平ヲ下一至二開山塔一限 右付─二申塔頭所一之事、以二各評議一相─…

実際寺文書2

二 雪舟寄進状 藝陽無爲山實際寺之事、紀氏栗栖歸源禅門之開基也、 奉三勧─二請愛宕山勝軍地蔵 大薩埵之尊像一、爲二武運長久一門堅固一也、上与一野并屋敷、至二末代一被二寄進一 之者也、當寺佛法繁栄之状如レ件、 (1375) 永和元年九月十日 (葉ヵ) 東…

実際寺文書1

解題 戸河内の発坂城主栗栖喜太郎が禅門に入り、帰源と称し、造立したのが当寺である。 一号文書は義弘花押が周知のものと異なっており、与一野年貢帳その他と同一人の筆である点今後の研究をまちたい。四号文書の与一野は戸河内村内の地名に見られる。 この…

圓立寺文書10(完)

一〇 木次土佐守書状(折紙) 尚々御方様御進退、いまの様ニてうちにては成申間敷候条、来春早々御下候而、 御理被二仰上一、其上にて不二成相一候ハゝ、雲州へ御上候ても可レ然存候、 爰もとの理相かう御澄候へく候、いさい木太郎兵可レ有二御物語一候、以…

圓立寺文書9

九 富田康直書状(折紙) 尚々三十疋被レ懸二御意一候、本望之至に候、謹言、 (繁澤次郎兵衛尉) 御方様被仰上様、具ニ次兵様へ披二露仕之一候、御存分の様に御捻共御取候而、被レ 進レ之候、我等迄安堵此事に候、弥々御普請等被二仰付一候儀、尤に存候、何…

圓立寺文書8

八 万壽書状(切紙) 爲二新春之儀一被二申越一、殊更百疋本望候、尚期二面談一可二申述一候、恐々謹言、 三月十日 万壽(花押) 善明 まいる 申給へ 「書き下し文」 新春の儀として申し越され、殊更百疋本望に候ふ、尚ほ面談を期し申し述ぶべく候 ふ、恐々…

圓立寺文書7

七 富田康直書状(切紙) 爲二今年之御祝儀一、 御父子様へ被二仰上一候、百疋宛則遂二披露一候、御祝着之 由候て被レ成二御書一候、具ニ雖下可二申入一候上、我等事軈而其地罷上候之条、 以二拜顔一万可レ得二御意一候、恐惶謹言、 富田又兵衛尉 三月十日 …

圓立寺文書6

六 富田康直書状(折紙) 私も百疋御下まいり、御ねんころノたん、申もおろかに存候、いまほと御きふんともあし く御さ候や、爰元そうおうの御用御申下候、謹言、 爲二御年頭一、態壹人被レ下、委敷遂二披露一候、遥々之儀ニ入被レ成二御祝着一之 由、被二仰…

圓立寺文書5

五 繁澤元氏書状(切紙) 以上 爲二今年之祝儀一被二申越一、殊百疋祝着存候、遠方被二存寄一之処本望候、尚重々 可レ申、以上、恐々謹言、 三月十日 元氏(花押) 善明 進之候 「書き下し文」 以上 今年の祝儀として申し越さる、殊に百疋祝着に存じ候ふ、遠…

圓立寺文書4

四 繁澤元氏書状(切紙) 今年之爲二祝儀一、一束差越祝着候、謹言、 二月六日 元氏(花押) 善明 「書き下し文」 今年の祝儀として、一束差し越すこと祝着に候ふ、謹言、 「解釈」 今年のお祝いとして、紙一束を送っていただいたことに満足しております。以…

圓立寺文書3

三 繁澤元氏書状 (安藝山縣郡) 其方只今罷居候朝枝之屋敷之儀、先年以来筋目之地之由候条、無二異儀一可二 遣置一候、随分普請等取刷、心安可二罷居一事肝要候、爲レ其申聞候、謹言、 九月廿一日 元氏(花押) (捻封ウハ書) (明) 「 善⬜︎ 元氏」 ○以上…

圓立寺文書2

二 安藝國山縣郡大朝村之内打渡坪付 藝州山縣郡大朝村之内打渡坪付之事 (繁澤元氏) 合 (花押) 野田 畠貳段半 代四百文 五郎右衛門尉 國近畠三段六百之内 粟屋藤兵衛先給 畠貳段 代四百文 自作 横路 畠壹段 代貳百文 孫兵衛 五段半 以上畠數 代壹貫文 慶…

圓立寺文書1

解題 この寺は宝徳三年(一四五一)の開基で、初め西泉坊と称していたが、慶長のころ再建され、次号を円立寺と改めたという。山県郡の真宗寺院では最も古い由緒を持っており、江戸時代には郡内真宗寺院の中枢的立場にあった。ここにおさめる文書は、戦国時代…