周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

広島県史 古代中世資料編Ⅳ

石井文書(石井英三氏所蔵)2

二 毛利隆元書状寫 毛利隆元公御判物 『竪紙』 石井侘言事、『以下三字不分明』、於二防州之地一『以下文字不知』、右可レ遣レ之 (粟屋元親) 粟右『以下右同断』、罷二下裁判一候て遣候へと、可被申聞候、謹言、 十一月四日 隆元御書判 『端書ニ』 (石井…

石井文書(石井英三氏所蔵)1

解題 本文書は文化十一年(1814)正月、財満氏伝来諸旧記類改写帳に所収されたものである。石井正樹家の一号文書一通、石井昭家の全九通の写とすでに原本を失った二十一通の写をのせる。江戸時代後期の写であるが原本の存するものを校してみるに資料とし…

石井文書(石井昭氏所蔵)9(完)

九 周防國都濃郡検知打渡坪付 防州都濃郡検地〈打渡坪付〉事 (追筆ヵ) 「五千石之内」 合 戸田郷 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(紙継目裏印)・・・ センホウ道捽 井口ノ 田四反小 米三石貳斗五升 新二郎 ヤチウタ スカハラノ 田貳反 米九…

石井文書(石井昭氏所蔵)8

八 大内氏奉行人連署書状(切紙) (深津郡) (弘中) 去四日備後外郡五ヶ庄動之時、人数等令二馳走一出張之由、隆兼注進之趣遂二 披露一候、尤神妙之由、得二其心一可レ申之旨候、恐々謹言、 (天文十六年)(1547) (小原) 六月十二日 隆言(花押) (…

石井文書(石井昭氏所蔵)7

七 大内氏奉行人書状(切紙) (安芸賀茂郡) (杉) 造賀要害ニ長々令二在城一、毎事馳走之由、隆宣注進之趣遂二披露一候、尤神妙之 通、以二御書一被二仰出一候、面目之至候、弥可レ被レ遂二忠節一之通、能々可レ申之 旨候、恐々謹言、 (天文七年ヵ)(15…

石井文書(石井昭氏所蔵)6

六 杉隆宣書状(切紙) 内々かの平二郎申しさい候条、於二此方一よくゝゝ相きわめ、すてにしき相調候、 城内之儀、右之人と申たんし、そのかくこ肝要にて候ふ、なを定兼可レ申候、恐々 謹言、 六月十六日 隆宣(花押) (房家) 石井和泉守殿 進之候 「書き…

石井文書(石井昭氏所蔵)5

五 大内義隆安堵状 (義隆) (花押) 父元家所帯事、任二去天文八年十二月廿日之譲状之旨一、石井九郎三郎宣家、可レ 全二領知一之状如レ件、 (1543) 天文十二年三月十七日 「書き下し文」 父元家所帯の事、去んぬる天文八年十二月二十日の譲状の旨に任せ…

石井文書(石井昭氏所蔵)4

四 石井賢家合戦手負注文(切紙) (證判) (大内義長) 「一見畢、 (花押)」 石井蔵人賢家謹而言上 欲下早賜二 御證判一備中後代亀鏡上軍忠状之事 右、去年〈天文廿貳〉、至二石州一、吉見大蔵少輔正頼要害御取懸之時、被レ疵之 次第、備レ左、 去年八月…

石井文書(石井昭氏所蔵)3

三 大内義興感状(切紙) (安藝安南郡) (興房) 去九日熊野要害落居之時、被二矢疵〈左腕〉一之由、陶尾張守注進状一見畢、尤 神妙之至也、弥可レ勵二戦功一之状如レ件、 (1527) (義興) 大永七年二月十三日 (花押) (宣家) 石井九郎三郎殿 「書き…

石井文書(石井昭氏所蔵)2

二 石井元家合戦手負注文(切紙) (證判) (大内義隆) 「一見了、 (花押)」 (マヽ) 石井平右衛門尉元家謹言上 欲下早賜二 御證判一備中後代亀鑑上軍忠状事 (賀茂郡) 右、去年〈天文五〉十一月七日、於二藝州高屋平賀蔵人大夫興貞要害頭崎詰口一、 …

石井文書(石井昭氏所蔵)1

解題 石井昭家は先の石井正樹家と同族とみられる。その系図によると桓武平氏の出で、二十一代駿河太郎重時までは名越を称していたが、元弘年中北条高家の密意を受けて芸備を経回して、志和内村(東広島市志和町)石井城に住むことになって以来、石井を称する…

石井文書(石井正樹氏所蔵)3(完)

三 大内義長安堵状寫 (義長) (花押寫) (マヽ) 天文廿三年八月十二日賢家所務證文、藝州混乱之時紛失云々々、任二先規一可レ令二 領地一所、依執達如レ件、 天文廿三年(1554) 月 日 (賢家) 石井蔵人殿 ○本文書研究ノ要アリ 「書き下し文」 天文二十…

石井文書(石井正樹氏所蔵)2

二 大内義隆安堵状寫 此所ニ(義隆) 御在判 此所ニ(義隆) (所) (マヽ) 元家世帯之事、石井九郎三郎宣家任二譲状之旨一、可レ全二領地一之所、依執達 如レ件、 天文三年(1534) 五月三日 石井九郎三郎殿 ○本文書研究ノ要アリ 「書き下し文」 元家世帯…

石井文書(石井正樹氏所蔵)1

解題 石井正樹家は江戸時代には賀茂郡中四日市(東広島市西条町)において小倉屋と称していた。同家系図によると防州都濃郡と長州厚東郡万倉口にあった石井和泉守の子孫兵衛尉元家が志和内村(東広島市志和町)寺山城主、東西条佐々村石堂村寺家村(西条町)…

福成寺文書9(完)

九 阿曾沼元秀書状 (端裏捻封ウハ書) 「 より [ ] ⬜︎同宿中 阿豊 」 已上 今度者御無心之儀申候処ニ、御分別本望存候、清道寺廿石之地令レ進レ之候、可レ 有二御知行一候、弥々御馳走憑存候、恐々謹言、 慶長二(1597) 阿曾沼 五月十日 豊後守(花押) …

福成寺文書8

八 毛利氏奉行人連署禁制 禁制 安藝国東西条福成寺 (通直) 右、今度爲二河野殿御会合所一、有三数日御二逗-留當山一也、仍至二四至傍尓一、 山野竹木伐採以下之狼藉、堅被二停止一畢、若於二違背之族一者、忽可レ被レ處二 重科一旨、依レ 仰下知如レ件、 …

福成寺文書7

七 小早川隆景書状 當山之儀、前々姿聊無二相違一申談、何篇不レ可レ存二疎意一候、猶裳懸河内守可レ 申候、恐々謹言、 十月九日 隆景(花押) 福成寺々務 御同宿中 「書き下し文」 当山の儀、前々の姿聊かも相違無く申し談じ、何篇疎意を存ずべからず候ふ、…

福成寺文書6

六 小早川隆景書状 至二此間一者厳嶋、山中衆下向、炎天之時分御気⬜︎儀候、次用段之儀、従二両人一 可レ申候、御同心可レ爲二祝着一候、猶日名内源三可レ申候、恐々謹言、 七月一日 隆景(花押) 福成寺 一山中 「書き下し文」 此の間に至りては、厳島に山中…

福成寺文書5

五 毛利輝元書状 (通直) 就二今度河野殿会合一、数日令二逗留一之處、毎事御馳走祝着候、殊往代之證文等 (元秀) (元勝) 銘々披二見之一、感入存候、猶赤川十郎左衛門尉粟屋右京亮可レ申候、恐々謹言、 (天正十二年)(1584) 六月廿五日 輝元(花押)…

福成寺文書4

四 毛利輝元加判并同氏奉行人連署制札 (輝元) (花押) 右當寺立山竹木採用之事、堅加二制止一畢、若於二違犯族一者、可レ被二厳科一之旨、 依レ 仰制札如レ件、 (1572) 赤川(元秀) 元亀参年二月九日 十郎左衛門尉(花押) 粟屋(元眞) 掃 部 助(花…

福成寺文書3

三 毛利弘元書状 爲二末代一愁訴も如何ニ候之間、就二御申一自二御奉行衆一承候者、以レ次心底申上 度候、被二御心得分一候て可レ被レ懸二御意一候、委細之旨、飯田下野守護御使者 可二申入一候、毎事重而恐惶謹言、 三月廿一日 弘元(花押) (周防興隆寺)…

福成寺文書2

二 後村上天皇綸旨(宿紙) (賀茂郡) 安藝國東條郷之内三永村事、爲二福成寺領一令二寄附一了、寺務不レ可レ有二相違一 者、天気如レ此、悉レ之、以状、 (1358) 正平十三季十二月八日 左中将(花押) 「書き下し文」 安芸国東條郷の内三永村の事、福成寺…

福成寺文書1

【福成寺文書】 解題 この寺は真言宗の古刹で、縁起によると聖武天皇の開基で寺号を「福納寺」と称えていたが、弘法大師巡錫の時、寺地を移し、その後は「福成寺」と呼ぶようになった。源平合戦のころ、源範頼の軍勢は平家を討つためこの地方へも下向し、安…

榊山神社文書(完)

【榊山神社文書】 解題 熊野庄内各社の物申役を勤めた梶山氏に伝来する文書である。 一 熊野社神田注文 熊野之内御神田[ 一米五石 八幡御神田 物申かゝへ (ヵ) 一壹石五斗 す才神田 物申かゝへ 此内四斗五升ハ不作 一米五斗 熊のう神田 物申かゝへ (王)…

野村文書3(完)

三 阿曾沼元秀宛行状(切紙) (安芸安南郡) (成) 爲二太郎給地一、上世能之内貳貫目宛行候、彼者盛人之間者、其方奉公肝要候、 左候者従二勲功一弥々可レ加二扶持一候、仍状如レ件、 (1579) 天正七年〈己卯〉十一月吉日 元秀(花押) 野村淡路守殿 「…

野村文書2

二 阿曾沼元秀宛行状(切紙) (野村) 今度上口淡路守供之段神妙候、弥奉公肝要候、於レ然者壹貫五百目太郎ニ可レ遣 者也、仍所レ定如レ斯、 (1579) 天正七年〈己卯〉 貳月六日 元秀(花押) 野村太郎殿 *割書は〈 〉で記載しました。 「書き下し文」 今…

野村文書1

解題 野村氏は承久三年(一二二一)阿曾沼親綱が甲斐国より安芸国世能庄に移った際に、その三男信綱・四男貞綱が従って来たのにはじまるという。 一 毛利輝元書状(切紙) (捻封ウハ書) (元勝) 「 國司右京亮殿 (就秀) 粟屋宗兵衛殿 輝元 [ ]殿 」 …

三戸文書(完)

解題 三戸源十郎は有次の二男で、元就の代に新規に召し出され、別家を建てたという。永禄五年(一五六二)元就から就の一字を賜り、就安を称することになる。元亀二年(一五七一)西市助、同三年輝元から一郎右衛門に任じられている。 一 毛利輝元書状(切紙…

尾崎八幡宮文書5(完)

五 矢野八幡宮御供注文 一 御くう上せんの事 もちかす 大宮十六 十一せん 小せん もちかす 十 十一せん 合廿二前 一しゝこまいぬのもち二ツつゝ 門まろうと二ツつゝまり 一ゑひすのもち一ツ まいさん米一升三合 (1554) 天文廿三年八月 「書き下し文」 一つ…

尾崎八幡宮文書4

四 元勝名字状(折紙) 實名 勝重 永禄拾(1567) 十一月十八日 元勝(花押) 矢野祝部 香川神六殿 ○以上、四通ヲ一巻ニ収ム *書き下し文、解釈、注釈は省略しました。