周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

広島県史 古代中世資料編Ⅳ

福成寺文書8

八 毛利氏奉行人連署禁制 禁制 安藝国東西条福成寺 (通直) 右、今度爲二河野殿御会合所一、有三数日御二逗-留當山一也、仍至二四至傍尓一、 山野竹木伐採以下之狼藉、堅被二停止一畢、若於二違背之族一者、忽可レ被レ處二 重科一旨、依レ 仰下知如レ件、 …

福成寺文書7

七 小早川隆景書状 當山之儀、前々姿聊無二相違一申談、何篇不レ可レ存二疎意一候、猶裳懸河内守可レ 申候、恐々謹言、 十月九日 隆景(花押) 福成寺々務 御同宿中 「書き下し文」 当山の儀、前々の姿聊かも相違無く申し談じ、何篇疎意を存ずべからず候ふ、…

福成寺文書6

六 小早川隆景書状 至二此間一者厳嶋、山中衆下向、炎天之時分御気⬜︎儀候、次用段之儀、従二両人一 可レ申候、御同心可レ爲二祝着一候、猶日名内源三可レ申候、恐々謹言、 七月一日 隆景(花押) 福成寺 一山中 「書き下し文」 此の間に至りては、厳島に山中…

福成寺文書5

五 毛利輝元書状 (通直) 就二今度河野殿会合一、数日令二逗留一之處、毎事御馳走祝着候、殊往代之證文等 (元秀) (元勝) 銘々披二見之一、感入存候、猶赤川十郎左衛門尉粟屋右京亮可レ申候、恐々謹言、 (天正十二年)(1584) 六月廿五日 輝元(花押)…

福成寺文書4

四 毛利輝元加判并同氏奉行人連署制札 (輝元) (花押) 右當寺立山竹木採用之事、堅加二制止一畢、若於二違犯族一者、可レ被二厳科一之旨、 依レ 仰制札如レ件、 (1572) 赤川(元秀) 元亀参年二月九日 十郎左衛門尉(花押) 粟屋(元眞) 掃 部 助(花…

福成寺文書3

三 毛利弘元書状 爲二末代一愁訴も如何ニ候之間、就二御申一自二御奉行衆一承候者、以レ次心底申上 度候、被二御心得分一候て可レ被レ懸二御意一候、委細之旨、飯田下野守護御使者 可二申入一候、毎事重而恐惶謹言、 三月廿一日 弘元(花押) (周防興隆寺)…

福成寺文書2

二 後村上天皇綸旨(宿紙) (賀茂郡) 安藝國東條郷之内三永村事、爲二福成寺領一令二寄附一了、寺務不レ可レ有二相違一 者、天気如レ此、悉レ之、以状、 (1358) 正平十三季十二月八日 左中将(花押) 「書き下し文」 安芸国東條郷の内三永村の事、福成寺…

福成寺文書1

【福成寺文書】 解題 この寺は真言宗の古刹で、縁起によると聖武天皇の開基で寺号を「福納寺」と称えていたが、弘法大師巡錫の時、寺地を移し、その後は「福成寺」と呼ぶようになった。源平合戦のころ、源範頼の軍勢は平家を討つためこの地方へも下向し、安…

榊山神社文書(完)

【榊山神社文書】 解題 熊野庄内各社の物申役を勤めた梶山氏に伝来する文書である。 一 熊野社神田注文 熊野之内御神田[ 一米五石 八幡御神田 物申かゝへ (ヵ) 一壹石五斗 す才神田 物申かゝへ 此内四斗五升ハ不作 一米五斗 熊のう神田 物申かゝへ (王)…

野村文書3(完)

三 阿曾沼元秀宛行状(切紙) (安芸安南郡) (成) 爲二太郎給地一、上世能之内貳貫目宛行候、彼者盛人之間者、其方奉公肝要候、 左候者従二勲功一弥々可レ加二扶持一候、仍状如レ件、 (1579) 天正七年〈己卯〉十一月吉日 元秀(花押) 野村淡路守殿 「…

野村文書2

二 阿曾沼元秀宛行状(切紙) (野村) 今度上口淡路守供之段神妙候、弥奉公肝要候、於レ然者壹貫五百目太郎ニ可レ遣 者也、仍所レ定如レ斯、 (1579) 天正七年〈己卯〉 貳月六日 元秀(花押) 野村太郎殿 *割書は〈 〉で記載しました。 「書き下し文」 今…

野村文書1

解題 野村氏は承久三年(一二二一)阿曾沼親綱が甲斐国より安芸国世能庄に移った際に、その三男信綱・四男貞綱が従って来たのにはじまるという。 一 毛利輝元書状(切紙) (捻封ウハ書) (元勝) 「 國司右京亮殿 (就秀) 粟屋宗兵衛殿 輝元 [ ]殿 」 …

三戸文書(完)

解題 三戸源十郎は有次の二男で、元就の代に新規に召し出され、別家を建てたという。永禄五年(一五六二)元就から就の一字を賜り、就安を称することになる。元亀二年(一五七一)西市助、同三年輝元から一郎右衛門に任じられている。 一 毛利輝元書状(切紙…

尾崎八幡宮文書5(完)

五 矢野八幡宮御供注文 一 御くう上せんの事 もちかす 大宮十六 十一せん 小せん もちかす 十 十一せん 合廿二前 一しゝこまいぬのもち二ツつゝ 門まろうと二ツつゝまり 一ゑひすのもち一ツ まいさん米一升三合 (1554) 天文廿三年八月 「書き下し文」 一つ…

尾崎八幡宮文書4

四 元勝名字状(折紙) 實名 勝重 永禄拾(1567) 十一月十八日 元勝(花押) 矢野祝部 香川神六殿 ○以上、四通ヲ一巻ニ収ム *書き下し文、解釈、注釈は省略しました。

尾崎八幡宮文書3

三 神田勝乗寄進状 (営) 屋能八幡宮江爲二御造榮一、屋能郷内壹貫貳百目、岡入宮之脇在レ之、 右御神田、當年天文拾年之従二上毛一引進上候、彼田年々之土貢を以可レ有二 御造立一之由候、 (1541) 神田三河守 天文十年十月三日 勝乗(花押) 物申源左衛…

尾崎八幡宮文書2

二 野間興勝補任状 (安藝郡安南郡) (得) 屋能郷祝師役之事、親國重大夫任二幣次一助六ニ申付所也、社領存知徳分儀者有二 別紙ニ一、仍爲レ後證状如レ件、 (1530) 享禄三年〈庚寅〉卯月一日 興勝(花押) (異筆) 「香川 祝師所へ 助六」 *割書は〈 …

尾崎八幡宮文書1

解題 当社の社掌の香川氏は、同氏の系図によると鎌倉権大夫家正にはじまる。子経高は源義平の命によって相州高座郡香川庄に移ったことから香川氏を称したという。 その後、香川氏は尾張国内海庄の宇津海八幡宮に奉祀した。文安二年(一四四五)領主野間重能…

木村文書4(完)

四 狐爪木神社制札 ◯木札 禁制 大宮司 一甲乙人等亂入事 一竹木伐取事 一網張鳥類取事 (1552) 天文廿一年八月 「書き下し文」 禁制 大宮司 一つ、甲乙人等乱入の事、 一つ、竹木伐り取る事、 一つ、網を張り鳥類を取る事、 「解釈」 禁止する。 大宮司 一…

木村文書3

三 狐爪木神社制札 ◯木札 禁制 一甲乙人等亂入事 (竹木伐取之事ヵ) 一[ ] (殺生之事ヵ) 一[ ] (1542) 天文十一年八月 「書き下し文」 禁制 一つ、甲乙人等乱入の事、 一つ、竹木伐り取るの事(ヵ)、 一つ、殺生の事(ヵ)、 「解釈」 禁止する。 …

木村文書2

二 毛利氏奉行人連署打渡坪付寫 本勅司分 田六町一反 一分錢 四拾九貫四百五十文 畠七町二反小 柳 一分錢 四貫文 大御堂 一分錢 三貫六百文 (1552) 宍 戸 左 馬 助 天文廿一年五月一日 元親 児玉二郎右衛門尉 就久 (源ヵ) 波多野⬜︎兵衛尉(兼ヵ) ⬜︎信 …

木村文書1

解題 木村氏は戸坂村(広島市戸坂町)狐爪木(くるめぎ)神社の神主職を勤めた家である。 一 大内義隆下文 (木村) 補下 大宮司藤原正廉 (マ丶) 安藝國佐東郡狐爪木八幡社神料田畠壹町玖段余地事 右件料田事、全知行、不三陵二夷礼奠一、可レ奉レ祈二國家…

千葉文書9(完)

九 毛利輝元書状(折紙) 爲二御音信一ねり酒両樽并蚫一折被二送越一候、懇志之段祝着候、則令二賞翫一候 恐入候、いつれも可レ申候、謹言、 (輝元) 正月廿九日 (花押) 神保源右衛門尉殿 「書き下し文」 御音信としてねり酒両樽并に蚫一折を送り越され候…

千葉文書8

八 小早川隆景書状(折紙) 追而鶴一羽差上せ候、一段新敷候、獵味之薬食別而祝着候、 (神保源右衛門尉) (包久景相) 神源右肝煎候由、神妙候、弥其心懸干要候、猶従二包次兵所一可レ申候、謹言、 十二月十六日 隆景(花押) 高又兵 神源右 「書き下し文…

千葉文書7

七 小早川隆景條々 ケ条 (鵜飼元辰) 一先度蔵田太郎衛門尉差上せ候、我々下向海上にて行違、伏見⬜︎候てう新ニ令二 対談一候而下向候、即可レ被レ下候處、彼是用段等一度ニ可二申下一と、 (神保弥三郎) 一日々々遅々候處、其後神弥兵上着、打続其表之趣追…

千葉文書6

六 豊臣秀吉朱印状 (継飛脚) つきひきやく壹人、大坂まて夜中ニよらす可二相届一候、然者御定のことく、 壹里ニ四文つゝ可レ遣レ之候也、 (1593) 文禄貳年六月廿九日 ◯ (秀吉朱印) ふか江 「書き下し文」 次飛脚一人、大坂まで夜中によらず相届くべく…

千葉文書5

五 小早川氏奉行人連署書状 神保五郎方愁訴之儀、當時無二御闕所等も一候へ共、㝡前御約束之由候、又旁以 御申之条、十貫文之地御打渡被レ遣候、此由可レ被二仰聞一候、恐惶謹言、 九月廿二日 春忠(花押) 景道(花押) (捻封ウハ書) 「 磯兼左近大夫 井…

千葉文書4

四 小早川氏奉行人連署書状 (端裏捻封ウハ書) (景道) 「 磯兼左近大夫 井上又右衛門尉 神保五郎殿 まいる 春忠」 (賀茂郡) 貴所御愁訴之儀、遂二披露一候、於二黒瀬表一先五貫文可レ被レ成二御扶助一候、在所 之儀可レ被レ任二御賦一候、恐々謹言、 二…

千葉文書3

三 小早川隆景感状寫 (安藝) (晴賢) 去朔日當國佐西郡厳島陶陣山斬崩時、敵一人討二捕之一、粉骨之至尤神妙也、 仍感状如レ件、 (1555) 天文廿四年十月廿一日 隆景〈御書判〉 神保五郎殿 「書き下し文」 去んぬる朔日当国佐西郡厳島陶の陣の山を斬り崩…

千葉文書2

二 神保房胤合戦手負注文 (證判) (大内義隆) 「一見候了、(花押)」 神保彦三郎房胤謹言上 欲下早賜二 御證判一、備中後代龜鑑上軍忠状事 (賀茂郡) 右去年天文五十一月七日以来、於二藝州平賀蔵人大夫興貞要害頭崎詰口一、郎徒 僕従被レ疵人数備レ左…