周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

広島県史 古代中世資料編Ⅳ

荒谷文書4

四 荒谷吉長同国長連署譲状 去渡申領地之事 合〈給地御判并下作職」本支証目録以下共悉〉定 (段) 右給地云二下作職一、不レ残旦歩打渡申所実也、御公役被レ遂二馳走一、全二知行一 肝要候、此上者、向後我等少茂綺之儀有二-間-敷之一候、乍レ去無レ力相究…

荒谷文書3

三 小早川隆景充行状 於二三永村、吉長作職拘分一地頭納所之内、夫銭貳貫文并石立宿之事、為二給地一 充行候、全可二領知一之状如レ件、 (1554) 天文廿三年十二月十三日 隆景(花押) (吉長) 荒谷内蔵丞とのへ 「書き下し文」 三永村の吉長作職拘ふる分…

荒谷文書2

二 小早川興景感状 就二小田高屋取合之儀一、差遣候之処、去月晦日被二矢疵一之段、神妙之至祝着候、 弥於二向後一馳走肝要也、仍感状如レ件、 (1536) 天文五年卯月三日 興景(花押) (吉長) 荒谷内蔵丞殿 「書き下し文」 小田・高屋取り合ひの儀に就き…

荒谷文書1

解題 荒谷保之家の系図によると、応永のころ源宗供の次男が荒谷善一郎吉信と称し、永享三年(一四三一)芸州へ下向する。文明三年(一四七一)本郷亀の城に移る。その後は尚之丞元信 彦二郎根吉 内蔵丞吉長 善五郎勝長となっている。 荒谷斌幸氏所蔵の文書は…

石井文書(石井英三氏所蔵)21(完)

二一 藏田秀信下地賣券寫 『半紙竪紙書付』 永代賣渡申下地之事 合三段分銭壹貫八百目足 (安藝賀茂郡) 右之在所者、西条東村世帳田行富名之内田中三反之事、藏田先祖以来爲二作職一 抱置候、依二用有一之ニ付而、代物米貳斗入四十俵、末代賣渡申所實正也、…

石井文書(石井英三氏所蔵)20

二〇 安藝国高田郡中馬村打渡坪付寫 一藝州高田郡中馬村〈打渡」坪付」之事〉 田数三町大四十歩 分米拾九石八斗壹升 以上 畑数三段 代五百三拾九文米ニシテ 五斗三升九合 (ヵ) 和市百文別壹斗宛 (石脱) 并米貳拾三斗四升九合 屋敷四ヶ所 右打渡如件、 (…

石井文書(石井英三氏所蔵)19

一九 安藝国賀茂郡寺家村石堂村篠村打渡坪付寫 一藝州賀茂郡〈寺家村・石堂村・篠村〉 御再檢打渡坪付 田数〈四町五反三畝廿歩米・米三拾壹石壹斗六升〉 畠数〈壹町三反九畝十歩・代貳貫七百三十八文目銭共ニ〉 屋敷七ヶ所〈壹反七畝廿歩・代壹貫三百八十六…

石井文書(石井英三氏所蔵)18

一八 安藝国高田郡中馬村打渡坪付寫 一藝州高田郡中馬村打渡坪付之事 田数貳町八反七畝廿歩 以上 畑三反七畝 代五百廿六文め銭四十一文 屋敷壹反三畝 代九百八拾文 并米三拾四石四斗四升三合 六月十四日 小方 太郎左衛門『在判』 三輪 (元徳) 加 賀 守『同…

石井文書(石井英三氏所蔵)17

一七 安藝国賀茂郡東西條篠村打渡坪付寫 『竪紙書付』 一藝州賀茂郡東西條佐々村領地打渡之坪付 田数壹町九反半 分米拾貳石九斗 畑数三反大 代方五百五十文 以上合田畑共ニ分米拾三石四斗五升 (1590) 天正十八 兒玉 二月十一日 弥左衛門 『在判』 内藤 (…

石井文書(石井英三氏所蔵)16

一六 綱安書状寫 『竪紙書翰』 其元ニ長々罷居候与三右衛門事、又被二召還一候て御つかい候する事肝要候、 (致ヵ) 於二我等一者少も御等閑不レ存候、爲二其御報一如レ此候、尚口上ニ令レ申、恐々謹言、 甲寅 二月廿一日 綱安 (ウハ書)(宗勝ヵ) 「石井…

石井文書(石井英三氏所蔵)15

一五 大内氏奉行人連署書状寫 『横紙書翰』(賀茂郡) (元家) (マヽ) 藝州志芳衆之内石井平左衛門尉事、被レ下二身暇一被二上遣一候、今度長々在陣神妙 (マヽ) 之由、被二 仰出一候、雖レ爲二何時一於二 御遣發一ハ、不レ及レ被二相觸一、可レ 遂二参…

石井文書(石井英三氏所蔵)14

一四 大内氏奉行人奉書寫 『横紙感状』 (安芸安北郡) 藝州府城爲二後巻一、昨日十三佐東勢出張之處、於二松笠山一懸合々戦之時、郎従 (興房) 川田太郎三良矢疵胸、僕従弥三郎被二矢疵左乳一之由、陶尾張守注進状到来、遂二 披露一畢、尤神妙之由、所レ被…

石井文書(石井英三氏所蔵)13

一三 大内氏奉行人連署書状寫 『横紙書翰』 (弘中) 至二去年一備後外内両郡、被三差二出隆兼一候處、各令レ隨逐二分過之馳走一、寔神妙 被二 思召一候、弥於二向後一無二油断一奔走肝要之由、被二仰出一候、能々可レ申之 旨候、恐々謹言、 (天文十三年ヵ…

石井文書(石井英三氏所蔵)12

一二 大内氏奉行人書状寫 『横紙書翰』 今度御上洛已来数年、別而御馳走上、至二丹波一被レ遂二供奉一、剰去月廿四日於二 船岡山一御合戦之時、太刀討之御感状任官、尤以目出候、弥被レ抽二忠節一者、可レ 為二肝要一候、恐々謹言、 (1511) 永正八 (杉) …

石井文書(石井英三氏所蔵)11

一一 大内氏奉行人書状寫 『横紙書翰』 旁忠儀之次第、達二上聞一被レ成二 御感状一候、尤御面目之至候、弥可レ被レ抽二 戦功一事肝要候、恐々謹言、 『陶』 十一月十八日 晴賢『在判』 (賢家) 石井蔵人殿 「書き下し文」 かたがた忠儀の次第、上聞に達し…

石井文書(石井英三氏所蔵)10

一〇 大内氏奉行人連署書状寫 『横紙書翰』(安藝賀茂郡) (賀茂郡) 元家事、白山御城番相勤窮困之段、雖レ被二察 思食一候、暫時至二造賀要害一、 (平賀) 弘保被二申談一、令二登城馳走一可レ為二肝要一之由候、不レ可レ有二遅々油断之儀一 候、恐々謹…

石井文書(石井英三氏所蔵)9

九 大内氏奉行人連署奉書寫 『前ニ同』 去年六月十八日、至二備後国安那郡神邊要害一動之時、僕従四郎左衛門被二矢疵 (弘中) 左股一之由、隆兼注進遂二披露一、慥被二 知召一畢、尤神妙也、弥可レ抽二馳走一 之由、依レ 仰執達如レ件、 (1549) (小原隆…

石井文書(石井英三氏所蔵)8

八 大内氏奉行人奉書寫 『横紙感状』(熊)(安藝安南郡) 去九日態野要害落居之時、被レ致レ疵之次第、依レ遂二注進一、被レ成二 御感状一 訖、弥可レ被レ抽二忠節一之由、所レ被二仰出一之状如レ件、 (1527) 『陶隆房』(興房) 大永七年二月十三日 尾張…

石井文書(石井英三氏所蔵)7

七 大内氏奉行人書状寫 『前ニ同』 (平賀) 急度申候、當要害之儀、對二弘保一被二還遣一候、然者各之事、要害之儀、弘保代々 (石井) 堅固ニ被二去渡一、可レ有二下城一候、置物被レ下候者、両三人被二申談一、元家領内 へ可レ被二下置一候、則人夫申付、…

石井文書(石井英三氏所蔵)6

六 大内氏奉行人書状寫 『前ニ同』 去〈天文七〉、従造賀要害令二在城一、人数普請已下別而馳走之段、遂二注進一候 之處、被三成二遣 御感状一候、尤御面目之至候、弥諸事馳走肝要候、恐々謹言、 (杉) 五月十六日 隆信 (房家) 『在判』 石井和泉守殿 *…

石井文書(石井英三氏所蔵)5

五 大内氏奉行人書状寫 『横紙書翰』(安藝賀茂郡) 今度造賀之要害、不慮可レ爲二必定一之処、不思儀子細聞出、堅固大慶候、就二其 忠切之次第一、遂二注進一候、定而可レ被二 仰出賀一候、弥々馳走肝要候、恐々 謹言、 『杉次郎左衛門尉』 十一月十八日 隆…

石井文書(石井英三氏所蔵)4

四 大内氏奉行人連署奉書寫 『前ニ同』 去十六日、於二佐東府要害城戸口一、忰者山田源三良〈切疵左肘右膝口〉、下人 与四郎〈切疵二ヶ所左膝〉、粉骨之次第、弘中々務丞興兼注進之趣、令二披露一 訖、忠節尤神妙之由、所レ被二仰出一之状如件、 (1522) (…

石井文書(石井英三氏所蔵)3

三 大内氏奉行人奉書寫 『横紙感状』(安南郡世能) 於二藝州鳥子城詰口一、郎従一人矢疵左頬、僕従一人石疵頭、一人被二矢疵二ヶ所 (興房) 〈左腕右足〉一之由、陶尾張守注進状到来、令三披二露之一、尤神妙之旨所レ被二 仰出一也、仍執達如レ件、 (1527…

石井文書(石井英三氏所蔵)2

二 毛利隆元書状寫 毛利隆元公御判物 『竪紙』 石井侘言事、『以下三字不分明』、於二防州之地一『以下文字不知』、右可レ遣レ之 (粟屋元親) 粟右『以下右同断』、罷二下裁判一候て遣候へと、可被申聞候、謹言、 十一月四日 隆元御書判 『端書ニ』 (石井…

石井文書(石井英三氏所蔵)1

解題 本文書は文化十一年(1814)正月、財満氏伝来諸旧記類改写帳に所収されたものである。石井正樹家の一号文書一通、石井昭家の全九通の写とすでに原本を失った二十一通の写をのせる。江戸時代後期の写であるが原本の存するものを校してみるに資料とし…

石井文書(石井昭氏所蔵)9(完)

九 周防國都濃郡検知打渡坪付 防州都濃郡検地〈打渡坪付〉事 (追筆ヵ) 「五千石之内」 合 戸田郷 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(紙継目裏印)・・・ センホウ道捽 井口ノ 田四反小 米三石貳斗五升 新二郎 ヤチウタ スカハラノ 田貳反 米九…

石井文書(石井昭氏所蔵)8

八 大内氏奉行人連署書状(切紙) (深津郡) (弘中) 去四日備後外郡五ヶ庄動之時、人数等令二馳走一出張之由、隆兼注進之趣遂二 披露一候、尤神妙之由、得二其心一可レ申之旨候、恐々謹言、 (天文十六年)(1547) (小原) 六月十二日 隆言(花押) (…

石井文書(石井昭氏所蔵)7

七 大内氏奉行人書状(切紙) (安芸賀茂郡) (杉) 造賀要害ニ長々令二在城一、毎事馳走之由、隆宣注進之趣遂二披露一候、尤神妙之 通、以二御書一被二仰出一候、面目之至候、弥可レ被レ遂二忠節一之通、能々可レ申之 旨候、恐々謹言、 (天文七年ヵ)(15…

石井文書(石井昭氏所蔵)6

六 杉隆宣書状(切紙) 内々かの平二郎申しさい候条、於二此方一よくゝゝ相きわめ、すてにしき相調候、 城内之儀、右之人と申たんし、そのかくこ肝要にて候ふ、なを定兼可レ申候、恐々 謹言、 六月十六日 隆宣(花押) (房家) 石井和泉守殿 進之候 「書き…

石井文書(石井昭氏所蔵)5

五 大内義隆安堵状 (義隆) (花押) 父元家所帯事、任二去天文八年十二月廿日之譲状之旨一、石井九郎三郎宣家、可レ 全二領知一之状如レ件、 (1543) 天文十二年三月十七日 「書き下し文」 父元家所帯の事、去んぬる天文八年十二月二十日の譲状の旨に任せ…