周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

永井文書(完)

永井文書2(完)

二 関東御教書 護 伊予国北条郷地頭多賀江入道申、守○使乱入事、訴状遣レ之、於二篝松役所々一者、 被三停二止使入部一了、而被二放入一之条、甚無二其謂一、自今以後可レ被二停止一 之状、依レ仰執達如レ件、 (1240) (北条泰時) 仁治元年後十月五日 前…

永井文書1

解題 多賀谷(多賀江)氏は鎌倉時代に地頭として武蔵国から伊予国周桑郡北条郷に入部した東国武士である。南北朝時代末期には本拠を安芸国蒲刈島・倉橋島方面に移している。この文書はこの多賀谷氏に伝わった文書で現在は姻戚の永井氏に所蔵されている。 一…

永井文書(完)

解題 この和与状は、文政十一年(一八二八)の写文書と同紙に記された解説によると「右之書者永井氏先祖城主タリシ時、知行所境論イタシ、北条家へ強訴及ヒ京都六波羅より被下御教書之由ニ而、代々持来候、」とある。しかし本文書は、当事者間での和与を書き…