周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

荒谷文書(完)

荒谷文書5(完)

五 備中国賀陽郡妹尾庄内打渡坪付 備中国萱郡妹尾庄之内捌貫配田畠坪付之事 中ノ郷 五斗代 保頭 一所田廿代 分貳斗 新三郎 免田ノ坪 五斗代 一所田一段廿代 分七斗 同 人 五斗代 一所田一段廿五代 分七斗五升 同 人 内野田 六斗代 一所田一段四拾代 分壹石八…

荒谷文書4

四 荒谷吉長同国長連署譲状 去渡申領地之事 合〈給地御判并下作職」本支証目録以下共悉〉定 (段) 右給地云二下作職一、不レ残旦歩打渡申所実也、御公役被レ遂二馳走一、全二知行一 肝要候、此上者、向後我等少茂綺之儀有二-間-敷之一候、乍レ去無レ力相究…

荒谷文書3

三 小早川隆景充行状 於二三永村、吉長作職拘分一地頭納所之内、夫銭貳貫文并石立宿之事、為二給地一 充行候、全可二領知一之状如レ件、 (1554) 天文廿三年十二月十三日 隆景(花押) (吉長) 荒谷内蔵丞とのへ 「書き下し文」 三永村の吉長作職拘ふる分…

荒谷文書2

二 小早川興景感状 就二小田高屋取合之儀一、差遣候之処、去月晦日被二矢疵一之段、神妙之至祝着候、 弥於二向後一馳走肝要也、仍感状如レ件、 (1536) 天文五年卯月三日 興景(花押) (吉長) 荒谷内蔵丞殿 「書き下し文」 小田・高屋取り合ひの儀に就き…

荒谷文書1

解題 荒谷保之家の系図によると、応永のころ源宗供の次男が荒谷善一郎吉信と称し、永享三年(一四三一)芸州へ下向する。文明三年(一四七一)本郷亀の城に移る。その後は尚之丞元信 彦二郎根吉 内蔵丞吉長 善五郎勝長となっている。 荒谷斌幸氏所蔵の文書は…