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周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

孔子が夢に現れた ─孔子三尊像─

文安四年(一四四七)二月二十五日条 (『建内記』7─269) 廿五日、丁巳、雨降、 (中略) 南面 今日權弁親長相語云、帥大納言去比有夢事、池邊有屋、々内掛孔子御影、御左方又 西也、 有一像、御右方有顔淵像、奉見付之間、成其恐之処、可参御前之由孔…

洞雲寺文書24

二四 厳島神主杉景教書状 (端裏書) 「山之状」 爲二當寺受用一、従二宮嶋一薪採用之事、如二前々一無二相違一可レ被二仰付一候、恐 惶謹言、 九月三日 景教(花押) 洞雲寺 衣鉢侍者禅師 「書き下し文」 當寺受用の爲、宮嶋より薪を採用するの事、前々のご…

洞雲寺文書23

二三 杉隆眞書状 爲二月山茶之湯一寺領少付置申候、無二相違一様何篇可レ被二仰付一事可レ忝候、後々 共ニ無二闕如一可レ被レ加二尊意一儀奉二憑存一候、於二只今一茂彼寺内別而被レ付二御 心一之由、誠以忝次第候、爲二金江小寺家等仕度一雖二内存御座候一…

洞雲寺文書22

二二 桂元教書状(禮紙付) (杉) 清末名之事、今度悉御寄進候哉、對二隆眞一御扶助目録にも被二書載一候、如何候 (違) 哉、彼清末名悉御寄進之御奉書等候者、致二披見一無二相遣一可二申付一候、下作之 事者、栗栖新左衛門尉給地打渡ニ被レ成二御心得一…

縁故の力

文安四年(一四四七)二月十九日条 (『建内記』7─248) 十九日、辛亥、天霽、 (中略) (狛) 〔部脱〕(狛郷房) 今日大原野神主治房子刑少輔(割書)「實名忘却、」爲治房使参来、去正月十日於廬 (持常) (久連) 山寺(割書)「律院也、」喝食(…

洞雲寺文書21

二一 己斐秀盛小幡行延連署書状(切紙) 圓満寺分并丸山名之儀、對二洞雲寺一被レ成二 御下知一候、然者當作等被二仰付一 候処、致二拘惜一之由、就二言上一御奉書謹拜見仕存二其旨一候、従二寺家一先度預二 御使僧一候之状、被レ任二 御下知之旨一、御知行…

洞雲寺文書20

二〇 大内氏奉行人連署書状 (端裏ウハ書) 「 青 景 右 京 進 吉見孫右衛門尉 洞雲寺 監寺禅師 興滋」 就二當御寺領丸山名事一、對二小幡方一申遣候、従二其方一被二着遣一之返事到来候 者、可レ被レ懸二御意一候、此由可レ預二御心得一候、恐々謹言、 五月…

洞雲寺文書19

一九 大内氏奉行人連署書状案 (端裏書) 「義隆様御代 奉書案文」 當寺事、去永正十八年三月十一日以二凌雲寺殿裁許之旨一、御申之通遂二披露一候、 (弘中・神代) 仍御寺領坪付(割書)「興兼武総裏封在レ之」并被三相二加興藤新寄進之地等一被レ 成二下…

依怙贔屓→刃傷沙汰→切腹 これって鉄板法則!?

文安元年(一四四四)六月十日条 (『建内記』7─139) 十日、戊子、雨降、 例日也、 (中略) (勝元) (之長ヵ) 傳聞、細川九郎(割書)「惣領也、十三歳、」去月廿六日覽圍碁、香西子与前田 子(割書)「十五歳、」也、香西子碁手九郎助言、仍前田子…

洞雲寺文書18

一八 大内氏奉行人連署書状 佐西郡吉木内宮守之事、雖二羽仁左近大夫藤依進止候一、御寺領之由旧冬蒙レ仰候 之条、對二藤依一以二一通一申渡候、爲二向後一候間返レ状候者、寺家仁被二召置一度 由無二余儀一候、雖レ然于レ今無二莵角之儀一御進退候上者、不…

洞雲寺文書17

一七 大内氏奉行人連署書状案 (羽仁) 洞雲寺領吉木庄内宮守貳反事、雖下被三宛二下藤依一候上、當寺領無レ紛之上者、右 貳段分對二寺家一無二相違一可レ被二去渡一候、對二藤依一替地事者、追而可レ有二言 上一候、聊不レ可レ有二難渋一候、恐々謹言、 (1…

洞雲寺文書16

一六 大内氏奉行人連署書状 當寺領内清末分事、厳島神主知行分相加候条、可レ有二如何一与之通蒙レ仰候、無二 (安芸佐東郡) (景教) 余儀一候、今度於二金山落着候儀一、失念候て書載候、此等之子細對二神主一申遣候 間、不レ可レ有二相違一候、猶委細御…

洞雲寺文書15

一五 吉見興滋書状(切紙) (青景)(龍崎) 當御寺領内清末半名之事、被レ任二先證之旨一可レ有二御進退一之由、隆著隆輔申候 間、尤可レ然候、仍三十疋致二拜領一候、御懇之至忝候、此由猶御使僧可レ有二御披 露一候、可レ得二尊意一候、恐惶謹言、 (異…

洞雲寺文書14

一四 友田興藤寄進状 (安芸佐西郡) 陽室妙陰大姉并智縁童子親子之爲二茶湯免一、佐方清末名之内下地貳段之事、末代 奉三寄二附之一訖、毎日可レ預二御廻向一者也、仍寄進状如レ件、 (1537) 天文六年酉丁四月十四日 前上野介興藤(花押) (宗春) 進上 …

洞雲寺文書13

一三 友田興藤寄進状 天倫妙地妙蔵爲二茶湯免一、吉木庄之内仁下地貳段、末代奉三寄二附之一訖、毎日 可レ預二御廻向一者也、仍寄進状如レ件、 (1536) 天文五年申丙八月十日 前上野介興藤(花押) (宗春) 進上 洞雲寺天庵東堂 衣鉢閣下 「書き下し文」 …

鶏公方 足利義勝

嘉吉三年(一四四三)六月二十三日条 (『建内記』6─96) 廿三日、丁未、天晴、 (中略) 傳聞、頭人摂津掃部入道常承(割書)「満親朝臣事也、」被註所領云々、近日室町 殿鶏済々有畜養、又多被預置人々云々、摂津掃部入道有大鶏、被召之処、不進之、 因…

洞雲寺文書12

一二 友田廣就安堵状 當社領佐西郡平良庄内洞雲寺領、諸役等免除之儀、前々云二判形之筋目一、殊 (友田) 興藤被レ進二一行一上者、不レ可レ有二相違一之状如レ件、 (1530) 享禄三年三月一日 廣就(花押) 洞雲寺 長老(當住春公)禅師 「書き下し文」 當社…

洞雲寺文書11

一一 友田興藤書下 圓満寺堤之前新堤被レ築、於二成就一者、為二末代一肝要存候、然者重而以二一行一 可二申合一候条、令二省略一候、 二月廿日 興藤(花押) 洞雲寺 衣鉢閣下 「書き下し文」 圓満寺堤の前に新堤を築かる、成就に於いては、末代の為肝要に存…

洞雲寺文書10

一〇 友田興藤安堵状 當社領佐西郡平良庄之内洞雲寺領、基者圓満寺并薬師寺両所之分也坪付在別紙之、叔 (用兼) 父下野守教親其子掃部頭宗親、金岡和尚江令二書進一、任二一行之旨一令三免二除諸役 等一訖、任二先規一云二寺家一云二寺領一、執務不レ可レ有…

国外逃亡伝説

嘉吉三年(一四四三)六月二十三日条 (『建内記』6─96) 廿三日、丁未、天晴、 (中略) (則繁) 高麗國朝貢使来朝、先日参 室町殿奉拜云々、傳聞赤松左馬助(割書)「故満祐法師 弟也、謀反人也、」去々年没落播州、不知行方之処、菊地被相憑、越于高…

洞雲寺文書9

九 友田興藤寄進状 東光寺住持椿蔵主死去之砌、貴寺奉レ憑之由蒙レ仰候、得二其意一候、然間爲二新寄 進一相二除諸天役并段銭等一進置候者也、仍状如レ件、 (異筆)「享禄貳己丑」 三月廿四日 興藤(花押) 進上 (割書)「洞雲寺天庵和尚」 衣鉢閣下 (宗…

洞雲寺文書8

八 大内義興書状 (興兼) 御使僧殊 一柄十帖拜受祝着之至候、猶弘中々務丞可レ申候、恐惶謹言、 (朱印) (朱印) 十二月十二日 左京大夫義興(花押) (朱印) 謹上 洞雲寺 衣鉢閣下 ○朱印三ツ字面上ニアリ 「書き下し文」 御使僧殊に一柄十帖拜受祝着の…

洞雲寺文書7

七 胤貞書状 (行延)(秀盛) 尊書謹而致二拜見一候、仍就二當寺領之儀一、小幡己斐両人江奉書慥給置候、急度付遣 自レ是可二申上一候、兼又不レ寄レ存候百疋被二送下一候、忝候、雖レ然御煩之至無二 勿体一之条、斟酌雖二無極候一、尊意之儀候間、先以應レ…

堪えきれないこの痛み!

嘉吉三年(一四四三)六月二日・十六日条 (『建内記』6─64・83) 二日、丙戌、天晴、 (中略) 常継尻穴出、成苦痛云々、 「書き下し文」 常継尻穴を出し、苦痛を成すと云々、 「解釈」 常継は尻の穴を出し、痛み苦しんでいるそうだ。 「注釈」 「常継…

洞雲寺文書6

六 胤貞書状 (洞雲寺興雲) 住持 宗繁(花押) 尊書誠以忝畏入存候、抑對二當寺一 御判物爲二拜見一被レ懸二御意一候、謹而令レ 存二其旨一候、諸役等御免許之儀、御本意之至候、於二我等一茂珍重候、就レ中御茶 十袋不レ始二于今一御芳情候無二勿躰一候、…

洞雲寺文書5

五 大内義興安堵状 安芸国佐西郡佐方村洞雲寺領、元圓満寺薬師寺両寺分坪付在別紙之事、任二先規之 旨一諸役等所二免除一也者、早守二先例一云二寺家一云二寺領一、執務領掌不レ可レ有二 相違一之状如レ件、 (1521) 永正十八年三月十一日 左京大夫(花押)…

洞雲寺文書4

四 大内氏奉行人連署書状 御寺領唐臼名事、小幡民部少輔押置之次第不レ可レ然之旨被二仰付一、應二 御下 知一候、還補之請状封レ裏進レ之候、仍惣御寺領目録裏封同前候、公役寺役等事無二 懈怠一候者、肝要之由候、恐々謹言、 (異筆)「永正十七庚辰」 神代…

洞雲寺文書3

三 小幡興行請文 (興雲) 圓満寺事、如二前々一洞雲寺對二當住宗繁長老一可二打渡一之旨被二仰出一候、可レ 奉レ任二御下知一候、近年押置候、子細委細申候、非二別儀一候、以二御意得一御披露 所レ仰候、恐々謹言、 小幡民部少輔 九月廿日 興行(花押) 弘…

洞雲寺文書2

二 厳島社神主教文(教親)寄進状 奉二寄進一下地之事 (安芸佐西郡) 右彼下地者、千同之内印蔵四百田五段反銭共、爲二圓満寺本尊阿弥陀佛餉免一奉二寄 (マ丶) 進一候、祈二今度之當病平喩一者也、仍支證如レ件、 (1504) 永正元年子甲十二月十五日 下野…

洞雲寺文書1

【洞雲寺文書】 解題 この寺は厳島神主で桜尾城主の藤原教親・宗親親子によって長享元年(一四八七)に菩提寺として創建された。この寺の開祖として迎えられたのは大内氏の重臣陶氏の菩提寺である曹洞宗の周防龍文寺の僧金岡用兼(きんこうようけん)である…

小田文書63 (完)

六三 久島村當年貢成前注文 さゝいのこほりくしま村當年貢成前 中 かわかミ 一四拾四石六斗九升 三郎太郎 下 大めう 一貳拾三石四升九合 左近太郎 下 にしのめう 一拾五石三斗七升 五郎左衛門 下 くに廣 一八石八斗壹升 十郎左衛門 中 一貳拾壹石三升六合 九…

小田文書62

六二 久島村先給人請取米注文 (佐西) (久島) さゝいのこうりくしま村先給請取前之事 (一) あわや(粟屋) ⬜︎三石四斗四升八合 せい兵衛給 かつら(桂) 一三石七斗貳升五合 三郎兵(衛給 一七斗貳升かつら三郎兵へ下人 一三石五斗 同人下人手作 やまか…

小田文書61

六一 久島郷内寺家社家得分等差出案 (貫) 久嶋百⬜︎文之郷此内寺家社家有レ定 一貳貫五百文 慈恩寺領 一貳貫五百文 刀禰之御給地分 一壹貫五百文 東禅寺々領 御上様之 一壹貫文 八幡御神田 さしたしの 一五百文 大歳御神田 安文 一五百文 御ゆめん 一壹貫五…

小田文書60

六〇 久島郷除田差出案 久嶋のそき之事 一貫文 國正名之内八幡神田分 一貫文 かねやす名之内大さい神田 ゆめんともに 一貫文 國ゑた名之内東禅寺りやう 一貫五百文 むねもり名之内ちおん寺りやう 二貫五百文 しけ正名之内刀禰之きう分 一貫文 さんしきう 國…

小田文書59

五九 久島郷田地貫高差出案 此内一貫文八幡神田分 一丁七反 八貫五百文 國正名 此内一貫文東禅寺分ゆめん 一丁七反 八貫五百文 國ゑた名 此内五百文山とうきう 一丁二反 六貫文 藤正名 (抹消) 此内一貫五百文ちおん寺 一丁三たん むね 六貫五百文 むねもり…

小田文書58

五八 久島郷刀禰楢原信實散使給充文案 (端裏書) 「さんし事 三郎四郎」 (散使給) 久嶋之郷之さんしきう之内 合其御所つほ本ハ(以下割書)きしの下八百目」ふろ上二百目」 (彼) (分遣) 右披在御所にて其貫目之處、刀禰名主いけん付、三郎大夫にわけ…

小田文書57

五七 久島郷刀禰元家下地充文 (久) (孫兵衛) 久嶋之郷之内う地のり下地、いかち⬜︎⬜︎のまこひやうへと申百姓ニ申付候上ハ、 (先例) (勤) せんれいにまかせて、[ ]公事もきんかうニきんすへく候なり、かの下地ニ (何方) (違乱) (妨) おいて、…

小田文書56

五六 五郎右衛門田地売券 (端裏書) かのち 「⬜︎⬜︎光同二郎右衛門殿まいる 五郎右衛門」 永代ニうりわたし申田の事 (貫) 合壹段代⬜︎⬜︎文(以下割書)坪本助二郎分上のたいに」まち四谷のミちより下共ニ」 (實) (然) 右件の田の事、用用あるによつて、…

小田文書55

五五 三郎次郎詫状 (鋳) (周防玖珂郡)(面) (難) 賀茂之鐘の事、い申候へハ、楊井金屋の⬜︎々彼鐘につき候て、無つかしくおほせられ (鋳物師) 候間、いもしの面々にわひ事を申候て、彼鐘壹本ならてハい申ましく候、向後周防国 にてハ、金屋面々御意…

小田文書54

五四 信盛下地宛行状 (の内) 土田長原⬜︎⬜︎ 合一反小在所[ ]もち分ま木の⬜︎ (謂) 右下地ハ、とうせんそう四郎もち候を、長原とうかくいわれなく孫四郎か方へもんし (主) よに入候間、りうんにまかせて本数の方へ付候、此両人よりほかは主あるましく候…

小田文書53

五三 ひやうゑ四郎出挙籾借用状 (端裏書) 「ゆつり状そゑ状にて候 上長原の 五郎ゑ門殿 三斗永享九年巳丁卯月廿三日 」 (割) (出挙) 申うくる六わりの御すこの事 合三斗者 (未進) (無沙汰) (友) 右件の籾ハ、来秋之時みしんなく弁可レ申、もしふ…

小田文書52

五二 くしまの太郎ひのさこんの三郎連署出挙籾借用状 (出挙) (籾) 申うくる御しゆこのもみの事 合五斗定 (秋) (割) (利) (添) 右件の御しゆこ申うくる處しち也、但来あきの時六わりのり分おそへ候て、ミしん (懈怠) (召取) (儀) けたいな…

小田文書51

五一 たうせい名田譲状 ゆつりあたゑ申名田の事 合壹所 (割書)但つほもとハ長原もりとし」名田かたふんこと」 (ゆつりヵ) 右件名田者、永代かきりかわもとのひやうゑ四郎ニ⬜︎⬜︎⬜︎渡すところ実也、もしこの (子孫)(出来) (違乱煩)(らいヵ) (不孝…

小田文書50

五〇 そう三郎出挙籾借用状 (端裏書) 「なかわらのそう三郎すこの状」 申うくる御出挙の籾事 合五斗者 (割)(利) (添) (未進) (たヵ) 右件之籾者、秋之時六わりのり分をそゑ候て、みしんなく弁申へく候、もしふさ⬜︎仕 (耕作) 候ハ丶、かき内田…

神のお使い

嘉吉元年(一四四一)十二月二十七日条 (『建内記』5─37) 廿七日、己未、天晴、 (中略) (智林) 七ヶ日 浄蓮華院長老来臨、巻数等祝着々々、吉夢事被談之、先日任槐祈念参吉田社中事也、 鹿二頭出現寺家経蔵邊、向後必可達其望感應之瑞也云々、 「書…

小田文書49

四九 久島郷百姓年貢請負禮錢覚 (三) いぬの⬜︎三月⬜︎⬜︎日きうしやうかたのさんし[ ]うり申、一くわん二百文こきや う殿ニ御礼ニ申候、 馬の太郎殿ニ一くわん二百文御礼ニ申候、 四郎さ衛門殿ニ一くわん二百文御礼ニ申候、 百文 八郎さ衛門殿 ならはら 百…

小田文書48

四八 ゑもん四郎質地證文 (端裏書) 「来年よりのわたし状如レ件」 (質物) (けヵ) 来年より申うくるしちもつの事、⬜︎年よりう⬜︎⬜︎り申處實也、 合田六反 (無沙汰) (来年) (当年) 右件ふさたなく、らいねんよりのしちもつとうねんよりまいらせ候間…

小田文書47

四七 しやうてう田地充文 宛行 河上さいたうかもち分田の事 合壹所者 (悉皆) (打渡) 右かの田つほハ、やなきかせミなミたに、しつかいさいたうにうちわたす處実也、但 (公事以下) (先例) (退転) かきりある御年具御くうしいけハ、セんれいにまかせ…

やっぱり地獄に堕ちたのか・・・

嘉吉元年(一四四一)八月七日条 (『建内記』4─7) 七日、辛未、天晴、 (中略) 自今日於浄花院又被行如法念仏、御臺御願也、依御夢想之告有此事云々、普廣院殿海 中船中有血、血中御坐、御頸許在血上、御臺夢中被尋申子細之処、非血爲火、依慳貪 放逸之…

小田文書46

四六 しやくしん名田譲状 (端裏書) 「⬜︎の二郎のゆつり状」 (の事) ゑいたいゆつりわたすみやうてん⬜︎⬜︎ 合かき内大まちたにの分者 (件) 右⬜︎田ハ、かき内のきしよりうへ、よ⬜︎てよりひんかし中みちをかきり、⬜︎すいふち (り) (町) (水口) (を…