周梨槃特のブログ

いつまで経っても修行中

小田文書6

   六 守吉外十三名連署饗料等請取状

 ◻︎◻︎方十六人

   饗料 腰差 酒肴一具事

 (右)

 ◻︎任先例請取件、

     (1326)

     嘉暦元年

              守吉(花押)     國近(花押)

              宗豊(花押)     吉弘(花押)

              守近(花押)     豊景(花押)

              爲清(花押)     守久(花押)

              守末(花押)     時豊(花押)

              末弘(花押)     國吉(花押)

              守貞(花押)     清種(花押)

 

 「書き下し文」

 □□方十六人

   饗料 腰差 酒肴一具の事

 右先例に任せ、請け取る所件のごとし、

 

 「解釈」

 □□方十六人分の饗料・腰差・酒肴一式のこと。

 右、先例どおりに以上のものを受け取りました。

 

 「注釈」

「饗料」─饗膳(もてなし)の費用か。

「腰差」─矢立、あるいは脇刀か。

「酒肴一具」─もてなしの品一式か。

 

*どこかの役人の給分のようなものを、久嶋郷の刀禰らが納めたことに対する領収書の

 ようなものだと思います。

*以下、九号文書まで、同年付で同じような文書が続きます。

*同様の文書は、山口県の「安尾家文書」

 http://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/bunkazai/detail.asp?mid=90044&pid=gs_tu1

 鹿児島県の「比志島氏文書」

 https://www.city.kagoshima.lg.jp/kikakuzaisei/kikaku/seisaku-s/shise/shokai/shishi/documents/2012510161227.pdf

 にもあるようです。

*池享「中世後期における「百姓的」剰余取得権の成立と展開 」『大名領国制の研究』

 (校倉書房、一九九五)、https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/10086/18661

 に、この文書に関する言及があり、久嶋郷の本所は京都の皇室関係であったと推測さ

 れています。