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周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

洞雲寺文書18

広島県史 古代中世資料編Ⅳ 洞雲寺文書(完)

   一八 大内氏奉行人連署書状

 

 佐西郡吉木内宮守之事、雖羽仁左近大夫藤依進止候、御寺領之由旧冬蒙仰候

 之条、對藤依一通申渡候、爲向後候間返状候者、寺家仁被召置

 由無余儀候、雖然于今無莵角之儀御進退候上者、不其沙汰候、自

 然追而申儀候者、此等之趣可理候、此由可御意候、恐惶謹言、

                       (吉見)

      五月六日              興滋(花押)

                       (龍崎)

                        隆輔(花押)

                       (青景)

                        隆著(花押)

     洞雲寺

         監寺禅師

 

 「書き下し文」

 佐西郡吉木庄内宮守の事、羽仁左近大夫藤依進止し候ふと雖も、御寺領の由旧冬仰せ

 を蒙り候ふの条、藤依に對して一通を以って申し渡し候ふ、向後の為に候ふ間状を返

 し候へば、寺家に召し置かれたき由余儀無く候ふ、然りと雖も今に兎角の儀無く御進

 退候ふ上は、其の沙汰に及ばず候ふ、自然追って申す儀候はば、此れ等の趣理を仰せ

 らるべく候ふ、此の由御意を得べく候ふ、恐惶謹言、

 

 「解釈」

 佐西郡吉木庄内宮守のこと。羽仁左近大夫藤依が支配しておりますが、洞雲寺領であると、昨年の冬に洞雲寺住持宗春様のお言葉をいただきましたことを、藤依に対して奉行人連署書状で申し渡しました。今後のために寺家がその書状を取り返しますならば、そのまま書状を取り置き、保管なさりたいという考えについては、異議はありません。そうではありますが、今とくに問題はなく、御支配しておりますうえは、書状を取り返すまでもありません。もしものちに羽仁が訴えるようなことがありましたならば、これらの事情について、道理を仰るべきです。このことについて、あなた様のご了解を得なければなりません(ご了承ください)。以上、謹んで申し上げます。

 

 「注釈」

「吉木庄」─豊平町吉木。長笹村の東に西宗川を隔てて位置する。北は都志見(つし

      み)、東は阿坂(あざか)、南東は今吉田、南は沼田郡小河内(おがう

      ち・現広島市安佐北区)などの諸村に接する。厳島社領あるいは吉川氏支

      配の所領として度々史料に見える(『広島県の地名』)。

「羽仁左近大夫藤依」─厳島神領衆(厳島神主の家臣団)で、草津城(西区草津)の城

           主か。『草津城跡発掘調査報告』(広島市教育委員会、198

           3・3、http://www.mogurin.or.jp/wakoku-resource/PDF/T_09891-001.pdf#search=%27草津城%27)参照。

「一通」─17号文書のことか。文書中に「旧冬」という記載があることから、この文

     書は天文十二年(1543)に比定しておきます。

「監寺」─禅宗で、一寺を統率する役僧のこと。都寺に次ぐ重役。

 

*書き下し、解釈ともにわからないところが多いです。