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周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

山野井文書6

   六 大内氏奉行人連署奉書(切紙)

 

                  (安芸佐西郡)(安南郡

 就海上搦之儀、警固船去月十七日夜至廿日市并能美江田嶋押懸、敵船壹艘引取之

     (武長)

 次第、弘中越後守注進之趣、慥被知召訖、弥忠節可肝要之由所

 出也、仍執達如件、

 

        (1523)          (杉興重)

        大永三年十月四日       兵庫助(花押)

                       散 位(花押)

          (仲次)

        能美縫殿允殿

 

 「書き下し文」

 海上搦めの儀に就き、警固船去月十七日夜廿日市并に能美・江田島に至り押し懸か

 り、敵船壹艘を引き取るの次第、弘中越後守注進の趣、慥かに知ろし召され訖んぬ、

 弥忠節肝要たるべきの由仰せ出さるる所なり、仍って執達件のごとし、

 

 「解釈」

 海上捕縛作戦の件について、能美方の警固船が先月の九月十七日の夜に廿日市や能美・江田島に向かって攻めかかり、敵船一艘を奪い取った事情を、弘中越後守武長が注進し、大内義興様はたしかにご存知になりました。ますます忠節を尽くすことが大切である、と義興様が仰せである。そこで、以上の内容を通達する。

 

 「注釈」

「海上搦」─海上で敵船を捕縛する作戦か。

「警固船」─中世の水軍、海賊や敵水軍から輸送船を守る軍船。

「弘中越後守」─大内氏家臣。永正五年(一五〇八)、大内義興に従って上洛。山城守

        護代(『戦国人名事典』)。

「能美縫殿允殿」─七代仲次(秀依)。