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周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

山野井文書18

広島県史 古代中世資料編Ⅳ 山野井文書

   一八 来島通康安堵状

 

 (安芸佐西郡

 一能美嶋之内、本地屋敷分三拾六貫百六十文足之事

 一同嶋豊後守先知行之内、九貫四百五十文足之事

  所申合也、坪付別紙在之、

  右、早任先例之旨、進退領掌不相違之状如件、

     (1563)

     永禄六年六月十日        通康(花押)

         (景秀)

        能美四郎殿

 

 「書き下し文」

 一、能美嶋の内、本地屋敷分三拾六貫百六十文足の事、

 一、同嶋豊後守先に知行するの内、九貫四百五十文足の事、

  申し合はする所なり、坪付別紙之在り、

  右、早く先例の旨に任せ、進退領掌相違有るべからざるの状件のごとし、

 

 「解釈」

 一、安芸佐西郡能美島の内、もともと知行していた土地・屋敷分三十六貫百六十文の得分のこと。

 一、同島で豊後守が以前に知行していた所領のうち、九貫四百五十文の得分のこと。

  以上、話し合いをして取り決めたところである。坪付注文は別紙にしたためた。

  右の件については、早く、先例の内容のとおり所領を支配することに間違いがあるはずもない。

 

 「注釈」

「足」─課役などの負担、また負担する人、および費用、経費、収入などの意に広く用

    いられる。料足、公事足、無足のように他の語の下につけて用いられることが

    多い。銭のことを「おあし」という(『古文書古記録語辞典』)。ここでは安

    堵された土地の得分ぐらいの意味でしょうか。

「豊後守」─未詳。

「坪付」─田地の所在地と面積を条里制の坪にしたがって帳簿上に記載するもの(『古

     文書古記録語辞典』)。

来島通康」─伊予河野氏の家臣で、来島水軍を率いた武将。

「能美四郎」─九代能美景秀。