周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

己斐文書6

 六 前能登守親冬寄進状

 

  安藝国厳島神領内三田新庄下村内正覚寺寄進申候田畠林事

 一所 眞如庵敷地畠林之内壹反

 一所 湯屋谷田貳反

       (峠)

 一所 眞木かたをに田壹反

    同所林屋敷一所

 一所 栗原内池坪田壹反 寄進申候也、

   若於親冬子孫違乱申者候者、惣領方可其沙汰候也、仍寄進状如件、

     (1381)

     康暦三年辛酉二月七日     前能登守親冬(花押)

 

 「書き下し文」

  安芸国厳島神領内三田新庄下村内正覚寺に寄進申し候ふ田畠林事

 一所 真如庵敷地畠林の内一反

 一所 湯屋谷田二反

 一所 真木が峠に田一反

    同所林屋敷一所

 一所 栗原内池坪田一反 寄進申し候ふなり、

   若し親冬子孫に於いて違乱申す者候はば、惣領方其の沙汰有るべく候ふなり、仍

   つて寄進状件のごとし、

 

 「解釈」

 安芸国厳島神領内の三田新庄下村内の正覚寺に寄進申します田畠林のこと。

 一所 真如庵の敷地の畠林のうち一反

 一所 湯屋谷の田二反

 一所 真木が峠の田一反

    同所の林屋敷一所

 一所 栗原のうち池坪田一反 寄進申すのであります。

   もし私親冬の子孫で異論を唱え申すものがおりますなら、惣領方がそれを裁許す

   るはずである。よって、寄進状の内容は以上のとおりである。

 

 「注釈」

「真如庵」─未詳。三田新庄内の寺院で、正覚寺の塔頭か。

「湯屋谷・真木が峠」─未詳。三田新庄内の地名か。

「栗原」─広島市安佐北区白木町大字三田字栗原か。

「親冬」─未詳。厳島神主家藤原氏の一族か(「三田新庄」『講座日本荘園史9 中国

     地方の荘園』参照)。

「惣領方」─良親のことか(四号文書)。