周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

己斐文書8

   八 前能登守親冬寄進状

 

                                   (牌)

 安藝国三田新庄下村栗原之内池坪田一反、道専并栗原右京助親家之二親爲位拜

               (違)             (親房)

 料處眞如庵寄進申處也、若彼所韋乱之於友族者、親冬之嫡子宮内少輔可

 其沙汰状如件、以此旨御披露候、

     (1381)

     康暦三年辛酉二月七日    前能登守親冬(花押)

 

 「書き下し文」

 安芸国三田新庄下村栗原の内池坪田一反、道専并に栗原右京助親家の二親位牌料所として真如庵に寄進申す処なり、若し彼の所違乱の輩に於いては、親冬の嫡子宮内少輔其の沙汰を致すべきの状件のごとし、此の旨を以て御披露有るべく候ふ、

 

 「解釈」

 安芸国三田新庄下村栗原のうち池坪田一反を、道専と栗原右京助親家の二親の菩提を弔うための所領として、真如庵に寄進し申し上げるところである。もしこの所領を妨害する輩がいれば、親冬の嫡子宮内少輔親房がその処置をするはずである。書状の内容は以上のとおりである。この内容を庵主にご披露ください。

 

 「注釈」

「栗原」─広島市安佐北区白木町大字三田字栗原か。

「道専」─未詳。一・二・九号文書参照。

「右京助親家」─未詳。七号文書の「良阿」のことか。

「二親」─両親(『日本国語大辞典』)。辞書の意味通りなら、道専と親家は親冬の両

     親で、道専は母親ということになります。七号文書によると、親冬の親と表

     記されている良阿が、親冬に先駆けて真如庵に所領を寄進しています。「道

     専」が母親なら、良阿は「親家」と同一人物になります。