周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

自死の中世史 3 ─日本の古代1─

 「応神天皇」『日本書紀』巻十(新編日本古典文学全集2、小学館、1994)

 

 九年夏四月、遣武內宿禰於筑紫、以監察百姓。時武內宿禰弟甘美內宿禰、欲廃兄、即讒言于天皇、武內宿禰常有望天下之情。今聞、在筑紫而密謀之曰、独裂筑紫、招三韓令朝於己、遂将有天下。於是天皇則遣使、以令殺武內宿禰。時武內宿禰歎之曰、吾元無弐心。以忠事君、今何禍矣、無罪而死耶。於是有壱伎直祖真根子者。其為人能似武內宿禰之形。独惜武內宿禰無罪而空死、便語武內宿禰曰、今大臣以忠事君、既無黒心、天下共知。願密避之参赴于朝、親辨無罪、而後死不晩也。且時人毎云、僕形似大臣。故今我代大臣而死之、以明大臣之丹心、則伏剣自死焉。時武內宿禰独大悲之、窃避筑紫、浮海以従南海廻之、泊於紀水門。僅得逮朝、乃辨無罪。天皇則推問武內宿禰与甘美內宿禰。於是二人各堅執而争之、是非難決。天皇勅之令請神祇探湯。是以武內宿禰与甘美內宿禰、共出于磯城川湄爲探湯、武內宿禰勝之。便執横刀以殴仆甘美內宿禰、遂欲殺矣。天皇勅之令釈、仍賜紀直等之祖也。

 

 「書き下し文」

 九年の夏四月に、武内宿禰を筑紫に遣して、百姓を監察しめたまふ。時に、武内宿禰が弟甘美内宿禰、兄を廃てむと欲ひ、即ち天皇に讒言さく、「武内宿禰、常に天下を望ふ情有り。今し聞かく、筑紫に在りて、密に謀りて曰く、『独り筑紫を裂き、三韓を招きて己に朝はしめ、遂に天下を有たむ』といふときく」とまをす。是に天皇、則ち使を遣して、武内宿禰を殺さしむ。時に、武内宿禰歎きて曰く、「吾元より弐心無し。忠を以ちて君に事へけるを、今し何の禍ぞも、罪無くして死らむや」といふ。是に、壱伎直が祖真根子といふ者有り。其の為人、能く武内宿禰の形に似れり。独り武内宿禰の、罪無くして空しく死らむことを惜み、便ち武内宿禰に語りて曰く、「今し大臣、忠を以ちて君に事へ、既に黒心無きことは、天下共に知れり。願はくは、密かに避りて朝に参赴き、親ら罪無きことを弁めて、後に死るとも晩からじ。且、時人毎に云はく、『僕が形、大臣に似れり』といふ。故、今し我、大臣に代りて死りて、大臣の丹心を明さむ」といひ、則ち剣に伏して自ら死りぬ。時に武内宿禰、独り大きに悲しびて、窃に筑紫を去りて、海に浮きて南海より廻り、紀水門に泊る。僅に朝に逮ることを得て、乃ち罪無きことを弁む。天皇、則ち武内宿禰に甘美内宿禰とを推問ひたまふ。是に二人、各堅く執へて争ひ、是非決め確し。天皇、勅して神祇に請して探湯せしめたまふ。是を以ちて、武内宿禰と甘美内宿禰と、共に磯城川の湄に出でて探湯せしに、武内宿禰勝ちぬ。便ち横刀を執りて、甘美内宿禰殴仆し、遂に殺さむとす。天皇、勅して釈さしめたまひ、仍りて、紀直等が祖に賜ふ。

 

 「解釈」

 九年夏四月に、武内宿禰を筑紫に派遣して、人民を監察させられた。その時、武内宿禰の弟甘美内宿禰は、兄を除こうとし、天皇に讒言して、「武内宿禰には、常に天下をうかがう野心があります。いま、聞くところによると、筑紫にあって、ひそかに謀って、『ひとり筑紫を分割して、三韓を招いて己に従わせ、ついには天下を掌握しよう』と言っているとのことであります」と申しあげた。そこで天皇は、ただちに使者を遣わして、武内宿禰を殺させようとされた。その時、武内宿禰は嘆いて、「私はもとより二心はありません。誠意をもって君にお仕えしてきたのに、今、何の禍いでしょうか、罪無くして死ななければならないとは」と言った。この時、壱伎直の祖真根子という者がいた。その容貌が、よく武内宿禰の姿に似ていた。ひとり武内宿禰が、罪なくして空しく死ぬことを惜しみ、すぐに武内宿禰に語って、「今、大臣は忠心をもって君にお仕えし、まったく邪心のないことは、天下の人がみんな知っております。どうか、ひそかに流れて朝廷に参向し、ご自分で罪のないことを弁明して、その後に死なれても遅くはないでしょう。また、時の人が常に、『お前の顔かたちは、大臣に似ている』と言っています。それで今、私が大臣に代わって死んで、大臣の忠誠心を明らかにいたしましょう」と言って、たちまち剣に伏して自ら命を絶った。その時、武内宿禰は、ひとり大いに悲嘆にくれ、ひそかに筑紫を離れ、海路を南海より廻って紀水門に泊まった。かろうじて朝廷に行き着くことができ、罪のないことを弁明した。天皇は、そこで武内宿禰と甘美内宿禰と尋問された。そして二人は互いに堅く主張して争い、是非を決することは容易ではなかった。天皇は、勅して、天神地祇に祈請して探湯を行わしめられた。そこで、武内宿禰と甘美内宿禰とが、共に磯城川のほとりに出て探湯をしたところ、武内宿禰が勝った。それで太刀を執って甘美内宿禰を打ち倒し、ついに彼を殺そうとした。天皇は、勅して甘美内宿禰を放免され、そして、紀直らの祖に隷民として授けられた。

 

 「注釈」

 弟甘美内宿禰の讒言によって処刑されそうになった武内宿禰に、無実の弁明をさせるため、壱岐の真根子は身代わりとなって自死を遂げます。出典は『日本書紀』なのでこの話も史実とは言い難いですが、献身的自殺、つまり他者のために自分の命を犠牲にすることがあり得ると、当時の人々は考えていたようです。

 強烈な忠誠心といえばそれまでですが、壱岐の真根子は自分の命のことをどのように考えていたのでしょうか。自分よりも他者である武内宿禰の命のほうを重いと考えていたのかでしょうか。そもそも、自分と他人の命の重さを比較するような発想があったのでしょうか。この物語には、このような関心に答えてくれる記述はありません。