周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

田所文書2 その5

    二 沙弥某譲状 その5

 

      一所畠二反         下作人 □□

       件二ヶ所之子細、見于本主南次郎大夫則助

       并安南郡公文信政去状、将又國衙之外題

       分明也、而今所當下作人凡不子細、爲

       領之由令存知歟、然者所詮可行他人者也、

      一所田小       ■■領分大木下

      一所田二反小[     ■■■

      一所田一丁[

       件田、子細見于留守所下文

      江田村

        田

        畠

                    (井ヵ)

       一所畠二反       高⬜︎ 作人不定

                         (性ヵ)

       一所畠二反[ ⬜︎◼️◼️◼️〉永井 〈本作人⬜︎忍房〉

       一所畠四反[    ■■同 作人[

       一所畠三反       同 久冨作

       一所畠一反半      同 〈國元作永束畠⬜︎〉

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(紙継目裏花押)

       一所田畠一反大内 〈田大畠一反〉 中洲 〈作人不定即進止也、〉

       一所畠二反小      藤三入道作

                    (王ヵ)

       一所⬜︎二反    [  ]⬜︎御房作

       一所田畠[ ]

                   俗名親宗

        件畠者、福原⬜︎衛入道了西o傳領之、而守護押領之上者、經

        訴訟領知歟、不然者可─汰─上其用途之處、一向

        依其儀、訴申事之由御下知畢、凡不子細

        歟、

       一所田三百歩 〈子細見南一門小乃如云[ 〉

       一所田[        ⬜︎本

       一所田三反       柳原

       一所田四反       青行

       一所田二反       同

     安南郡

      牛田村田畠

         畠

         田

     高田郡           (地)

      三田郷田一丁七反大 〈[  ]⬜︎頭方迄加徴以下公事課[ ]庭公事一向不

                     勤仕者也、是且⬜︎免(不ヵ)例之上、國判武家御下知

                     次第證文等厳重之故、〉

       一所五反 高田      一所大 諸多木

       一所四反 𣓏本      一所八反 見都

      温科村田畠十丁小

        田十丁

        (畠小ヵ)

        ⬜︎⬜︎

               (田六反ヵ)

       一所六反小内 〈[   ]畠小〉 一所八反 舩木口

       一所五反 江良田     一所二反 黒谷

       一所三反 天𣓏       一所六反 手箱

       一所七丁 新堤

        件所者、爲温科村内之条、國方進止之⬜︎厳重也、而安南郡地頭

        押領[    ]訴申子細[  ]之[

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(紙継目裏花押)

 一  地頭押領所々注漏于先段坪々、

     安南郡     原郷

               (此ヵ)

 一 田畠目六大略如斯、但於⬜︎注文内者、縦雖養子沽却、不

   惣領于他人矣、

 一  所従

      男

      女

     男

      長三郎國助 童召仕之、其名恵奴法師丸、父者國元也、

      同子二人内 國造房

    資俊分貳王冠者 〈宗國子、國元孫也、宗國者於童召仕之、其名熊王丸、〉

      乙王丸 子細見父年⬜︎二郎大夫則重引文

      則延法師 近延子、是延孫也、

      同子源三郎男 童召仕之、其名得法師、

                   ◼️◼️◼️

      同子三人内 大o法師丸、石同王丸、 逆法師丸、

      薬師丸 則延法師甥也、

      貞包 童召仕之、其名小源太丸、

      藤三郎男 〈父者座頭男、祖父者藤三郎男也、久時殿重代奴也、〉

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(紙継目裏花押)

   つづく

 

*割書は〈 〉で記しました。

*書き下し文・解釈は省略。

 

 「注釈」

「加徴」─荘園・公領の正規の官物・年貢に加えて賦課すること、またその物(銭)。

     一〇世紀末の「尾張国郡司百姓等解」に見えるのが早い例である。恒例の加

     徴と、造営料・兵粮米のような臨時の加徴がある(『古文書古記録語辞

     典』)。