周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

自殺の中世史 30 ─中世の説話9・説話のまとめ─ (Medieval Buddhist Tales 9 · Summary of Buddhist Tales)

 「死の道を知らざる人の事」十二『沙石集』巻第八ノ五

              (『新編日本古典文学全集』52、小学館、2001)

 

 天竺に、那蘭陀寺の戒賢論師と云ひしは、付法蔵の三蔵、やんごとなき智者にて、玄奘三蔵の師なり。重病に沈みて、苦痛忍び難かりければ、自害せんと思ひ立ちけるを、夢に聖人来りて、告げて云白、「汝、自害せんとする事、愚かなり。先の生に、国王として、民を悩ましたりし報なり。たとひ生を変ふとも、苦は逃れ難し。今三年ありて償火を終はるべし」と。果たして、三年と云ふに、病癒えにけり。

 

 「解釈」

 天竺の那蘭陀寺の戒賢論師といった人は、仏の教えを正しく受け継いだ三蔵で、尊い智者であり、玄奘三蔵の師僧である。重い病を患い、耐え難い苦痛だったので、自殺しようと決心したが、夢に聖人がやって来て告げて、「自殺しようとするのは愚かである。この病は、前世で国王であったそなたが人民を苦しめた報いなのだ。たとえ生まれ変わっても、苦しみから逃れられぬぞ。もう三年すれば、償いを終えるであろう」と言った。はたしてその言葉の通り、三年目に病気は治った。

 

 Kairon of Narandaji temple in India is a wise monk who properly inherited the teachings of Buddha, and a master of the priest Genzyou. He had a serious illness, was heavily suffering, so he decided to commit suicide. but a saint appeared in his dream and told him, "It is foolish to try to commit suicide.You who was king in the previous life became sick by the bad karma that tormented the people. Even if you are reborn, you can not escape from suffering. In another three years, you will finish atoning." According to that word, the disease has healed in the third year.

 

 「注釈」

 今回の史料は古代インドの事例とされているものなので、日本中世における人々の意識を反映したものとは言いにくいのだが、まずはいつものように、原因・目的を明確にしておこう。主人公の戒賢論師は重病の苦痛を原因とし、それから逃れるために自殺を決心したことが読み取れる。苦痛から逃れるためには、身体を離れなければならない、つまり自ら命を絶つしかないと考え、自殺という手段を選択したと考えられる。

 さて、前回の史料と合わせて、1つ考えておきたいことがある。それは、仏教が自殺をどのように考えていたのか、という点である。今回の史料を見ると、仏教は明らかに自殺を否定していると考えられる。前回の事例でも、長年信仰していた馬頭観音の化身が、主人公右馬允に対して、「死んではならぬぞ。自害してはならぬ。」と諭しているので、やはり自殺を否定しているとみてよい。では、仏教はその始まりから自殺を否定していたのだろうか。以下、西元宗助氏の研究に導かれながら、仏教の自殺に対する態度を概観してみよう(1)

 

 まず、仏教の開祖釈迦は自殺をどのように考えていたのだろうか。西元氏によると、釈尊は自殺を否定していたが、自殺既遂者を非難することはなかったようである。原始仏教の戒律では、自殺は「突吉羅(ときら)罪」に当たり、懺悔を求める罪であった。最も重い「波羅夷(はらい)罪」(教団追放)に比べれば軽罪と言えるが、原始仏教では自殺を罪であると認識していたのである。しかし、釈尊は自殺を遂げた仏弟子に対して、「四諦を得て入涅槃せり(悟りを得て、生死流転を解脱した覚者(仏)の境地に至った)」という考えを示していたのである。つまり、自殺に非はあるが、自殺者には寛容な態度をとっていたのである。

 次に、紀元前後に登場した大乗仏教では、利己的自殺は否定され、仏教徒として許されるのは、法のため衆生のために身命を捨てねばならぬ利他の場合のみに限ると考えられていたようである。ただし、西元氏によると、金光明経・涅槃経・法華経などに記された捨身・焼身事例は、真の菩薩道を遂行するためには、不惜身命でなければならないことを比喩的・象徴的に説いたものであって、けっして自殺を肯定し、あるいは宗教的自殺を奨励するものではなかったと論じている。だが、こうした説話が形式的・模写的に受容されて、各国で捨身者・焼身者を出すことになってしまったのである。

 

 では、紀元一世紀ごろに仏教が伝わった中国の場合はどうだったのだろうか。西元氏によると、中国仏教においても、自殺そのものは原則として罪であり過咎であったので、捨身・焼身などの高僧の自殺は特別なものとして弁護されたと指摘している。また、唐代になると浄土教の勃興によって、往生を目的とした自殺が現れてくるという。ただし、中国でも厭離穢土・欣求浄土の真意を汲まない誤解や狂信が生まれ、それが投身往生や入水往生を引き起こしているのである。この背景には、死にさえすれば入涅槃する、あるいは往生するという仏教の退転と俗化があったと述べている。

 そもそも涅槃は、有余涅槃(煩悩は絶ったが、肉体の繋縛がある場合)と無余涅槃(完全な涅槃)とに区別される。そして、死は肉体の繋縛からの脱却を意味するところから、死即無余涅槃となり、そこから死が解脱であり涅槃であるかのような卑俗な理解が生じた、と西元氏は主張しているのである。

 結局、これまで紹介してきた日本中世の説話事例は、日本に先行する仏教の影響を、ほぼそのまま受けているのではないだろうか。前回と今回の記事のように、中世仏教にあっても自殺は原則否定されるべき行為だったと考えられる。また「中世の説話4〜7」で紹介した説話も同じことで、誤解や狂信による、妄念・執心を抱いたままの異相往生が非難されていたことからすると、自殺は避けるべき行為だったとみてよいだろう。したがって、「中世の説話2・3」で紹介した入水往生の成功事例は、臨終正念を保つことのできた特殊なケースとして評価されたものと考えられる。

 

 こうした仏教の自殺否定観が、中世人にどれほどの影響を与えたかはわからない。説話や軍記物を読むかぎり、自殺の抑止に効果などなく、むしろ「死即無余涅槃」という退廃的な考え方が大きな影響を及ぼしているかのようにも思える。傍証史料にしかならない古典籍類を用いて、仏教の影響を定量分析することにさほど意味もないので、これ以上推論を重ねることはしないが、ひとまず中世仏教には「自殺否定観」と「死即無余涅槃」という矛盾した考え方が並存していたことだけは指摘できよう。

 自殺否定観を前面に押し出せば、異相往生を遂げた高僧などの存在を否定することになり、その一方で死即無余涅槃を前面に押し出せば、自殺者を増加させることになる。仏教はこうしたジレンマを抱えていたため、自殺行為は否定し、自殺者を擁護するというダブルスタンダード的な態度をとらざるを得なかったのだと考えられる。日本中世の場合、自殺の崇高な目的だけでなく、自殺の場面に臨終正念の保持や奇瑞(夢想・妙音・妙香・紫雲など)を描き出すことで、仏教的に容認できる自殺の差異化は図ったのではないだろうか。

 

 では、その他の地域や宗教は、自殺に対してどのような立場をとってきたのだろうか。この問題について的確に答えてくれるのが稲岡順雄氏の研究である(2)

 稲岡論文によると、古代ギリシアやローマでは、神の掟に背く行為として自殺を否定している。このこと自体は仏教と似たようなものであるが、明らかに異なるのは自殺者に対する処遇である。ギリシア都市国家では、自殺者への罰としてその手を切り取ることが行われていた。また、死体は碑もなく名も記さず埋葬され、市中引き回しに処されることもあった。自殺行為だけでなく自殺者自身も非難されているのである。

 次に、キリスト教であるが、その初期には自殺について何らの関心も示していなかったようである。しかし四世紀になると、教会は自殺に対して非常に否定的な態度をとるようになる。中世になると自殺罪悪感は強くなり、たとえば、自殺者の葬儀はもちろん墓地への埋葬も禁じられ、ことに犯罪者の自殺には、財産や土地の没収という重罪が課されたのである。ところが、15世紀から16世紀にかけてルネサンス宗教改革を経験したヨーロッパは、その自殺観を大きく変貌させた。とくに新教(プロテスタンティズム)の人間観から、他人の自由と自主性が強調され、自殺は他人的行動として認められるようになったのである。こうした変化や自由主義・資本主義の勃興によって、自殺を賛美する風潮が強まり、自殺者も増加したのだが、旧教(カトリック)の支配の強い国家や民族においては、現代でも自殺を罪悪視し、自殺率も低いようである。

 最後に、イスラム教であるが、これも自殺を罪悪とみなし、禁止している。冨塚俊夫氏によると(3)イスラム社会では自殺行為はアッラーに対する大罪であり、自殺者はイスラムの戒律を破り、その家族へ不名誉をもたらした不信心者(カーフィル)と見なされるのである。自殺の事実が知れた場合には、共同墓地での埋葬が拒否されることもあるのだが、現実にはそうした場合はごく稀で、多くの場合、自殺者あるいは自殺未遂者は病的原因によるものとして扱われ、その家族へのいたわり、同情、手助けや支援が示されると指摘している。

 

 このように見てくると、どの地域、どの宗教も、強弱に違いはあるが、概ね自殺行為を否定しているようである。ただ、時代や宗教によって、自殺者に対する処遇にはかなり違いがあることも見えてくる。自殺行為に対する評価で分類するなら、寛容な一面を見せる仏教・キリスト教プロテスタンティズムと、罪悪と見なすキリスト教カトリックイスラム教に区分できるだろう。また、現代にかぎっていえば、宗教の戒律が社会生活に大きな影響を及ぼしている欧米の一部や中東と、その影響がほとんど見られない日本では、自殺に対する評価や自殺者に対する処遇にも違いが生じてくると考えられる。日本の中世でも、自殺者の埋葬法や処遇について、何らかの慣習があったのかもしれないが、いまのところこうした問いに答えられる史資料を見つけることはできていない。ただ、沖縄には、自殺者や変死者は共同墓に入ることはできず、一族祭祀から除外されるという民俗事例が存在している(4)。こうした慣習が中世にも存在したのかどうかは、今後の検討課題としておきたい。

 

 

(1)

 西元宗助「仏教と自殺」(『京都府立大学学術報告』人文、14、1962、

 https://kpu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3549&item_no=1&page_id=13&block_id=17

 

(2)

 稲岡順雄「日本における宗教と自殺の問題」(『禅學研究』49、1952・2)。

 

(3)

 冨塚俊夫「イスラム教徒自殺─自殺を神の大罪とするイスラム世界では自殺は存在しないか─」(『中東研究』433、1997・12)。

 

(4)

 千葉徳爾切腹民俗研究の目的と方法」(『日本人はなぜ切腹するのか』東京堂出版、1994、126頁)

 

 

 As this historical material is a case of ancient India, it can not be said that it expressed people's consciousness in the Middle Ages of Japan, but first of all as usual I will clarify the cause and purpose of suicide. It can be seen that Kairon, the main character, is caused by suffering of serious illness, and decided to commit suicide in order to escape from it. I interpreted that he thought that he had to abandon his own life, that he had to throw away his body in order to escape from pain, and chose a means of suicide.

 Well, there is something I want to think about, along with the historical materials of the previous time. That is whether Buddhism is affirming suicide or denying it. Looking at this article, Buddhism is clearly denying suicide. Even in the previous article(Medieval Buddhist Tales 8), because Batoukannon Bodhisattva's avatar who long believed for years admonishes to the hero Umanozyo "Do not die. Do not commit suicide.", Buddhism also denies suicide doing. So, did Buddhism deny suicide from the beginning? Below, let's look at Buddhism's idea of ​​suicide, with being led by Nishimoto Sousuke's research (1).

 

 First, how did Buddhist founder Buddha think about suicide? According to Mr. Nishimoto's research, Buddha denied suicide, but he did not accuse the suicide people. In primitive Buddhist precepts suicide took on Tokira sin and was a crime asking for repentance. It is a misdemeanor compared to the heaviest "Harai sin" (expulsion of the faction), but in primitive Buddhism suicide was recognized as sin. However, Buddha showed the idea of ​​"having understood the truth and entering the nirvana" against the disciple who had comitted suicide. In other words, Buddhism considered suicide as a sin, but took a liberal attitude towards the suicide people.

 Next, selfish suicide was denied in Mahayana Buddhism that appeared after BC. However, the suicide was considered to be permitted only in the case of altruism which throw away the own lives for Buddha law and for people. However, according to Mr. Nishimoto's research, it is explained as follows. The abandonment and burning examples for others written in Golden Light Sutra, Nirvana Sutra, The Lotus Sutra, etc. are figurative and symbolic expressions. Therefore, Buddhism never affirmed suicide nor did it encourage religious suicide. However, These stories are formally and photocopically accepted, so they have increased the number of those who abandon themselves and burning suicide in various countries.

 

 So, what about the case of China where Buddhism was introduced in the first century AD? According to Mr. Nishimoto, even in Chinese Buddhism, as suicide itself was sin in principle, it is pointed out that the suicide of a high priest such as abandonment and burning was defended as a special thing. Also, in the Tang Dynasty it is said that the suicide for reincarnation to paradise appears due to the rise of Jodoism. However, even in China, misunderstandings and fanatics about "reincarnation to paradise" occur, which is causing suicide. This background states that there was a degeneration and popularization of Buddhism that it would reach Nirvana or be reincarnated to paradise, if it died.

 In the first place Nirvana is distinguished between "Uyonehan" (Incomplete Nirvana:We am alive, but we have no desire at all) and "Muyonehan" (Complete nirvana:There is neither desire nor physical body). And Mr. Nishimoto insists that death means Muyonehan since death means to abandon the body, in addition, that a vulgar understanding has occurred as if death is an emancipation and nirvana.

 After all, I think that the cases of Buddhist narratives in the Middle Ages that I introduced so far seems to have received influence of Buddhism preceding Japan as it is. As in the last article and this article, I think that suicide was an act that should be denied in principle even in medieval Buddhism. Also, the story that I introduced in the "Medieval Buddhist Tales 4 to 7" is the same as that too, I think that the suicide was an act to avoid because it was condemned to reincarnate to paradise with irrelevant thoughts or tenacity due to misunderstanding or fanaticism. Therefore, it is thought that the success case of "reincarnation to paradise" introduced in "Medieval Buddhist Tales 2 and 3" was evaluated as a special case which achieved "keeping the proper mental condition at the moment of death".

 

 I do not know how much influence this Buddhist suicide denial view had on medieval people. As far as "Buddhism narratives" and "war tales" are read, it seems that Buddhism has no effect on deterring suicide, rather it seems that the decadent thinking that "death is equal to nirvana" has a big influence. Because there is not much meaning to quantitatively analyze the influence of Buddhism using old literary works which are only available as supporting evidence I will not infer any further inference, but for the time being, medieval Buddhism had the conflicting idea of"a suicide negative view" and "death = Nirvana thought".

 If Buddhism strongly insist on "view of suicide denial", it will deny the existence of high priests etc who went to paradise by suicide. On the other hand, if it strongly insist on "death = nirvana thought", the suicide people will increase. Because Buddhism had such a dilemma, it seems to have been forced to adopt a double standard attitude "to deny suicide behavior, but defend suicide people". In the case of the Middle Ages of Japan, by expressing not only the sublime suicide purpose but also "keeping the proper mental condition at the moment of death" and "favorable sign" (wonderful dream · wonderful sound · wonderful incense · purple clouds etc), it would have distinguished between Buddhistically acceptable suicide and unacceptable suicidem, I think.

 

 So, how did other regions and religions think about suicide? Mr. Inaoka's research gives an accurate answer to this question (2).

 According to Inaoka's paper, in ancient Greece and Rome, suicide has been denied as an act of disobeying God's rule. This itself is like Buddhism, but what is clearly different is treatment for suicide people. In the Greek city state, the hand was cut out as punishment for suicide people. In addition, they were buried without stone monuments and without a name, and they were sometimes handed over around the city. Not only the suicide but also the suicide people themselves have been criticized.

 Secondly, it seems that Christianity did not show any interest in suicide in its early days. But in the fourth century the church will take a very negative attitude toward suicide. In the Middle Ages, the guilt feeling of suicide became stronger. For example, it was forbidden to buried funeral of the suicide people and burial in the cemetery, especially when criminals committed suicide, felony that their property and land was forfeited was imposed . However, Europe, who experienced Renaissance and religious reforms from the 15th century to the 16th century, greatly changed its view of suicide. Especially from the viewpoint of Protestantism, freedom and autonomy of others were emphasized, and suicide came to be accepted as the behavior of others. These changes and the rise of liberalism and capitalism strengthened the trend of praising suicide and the number of suicide also increased. However, in countries and ethnic groups where Catholic influence is strong, even in modern times suicide is considered guilty and the suicide rate seems to be low.

 Finally, even in Islam, suicide is regarded as guilty and prohibited. According to Toshio Tomizuka's research (3), in Islamic societies, suicidal behavior is a deadly sin against Allah, the suicide people are regarded as unbelievers who have defeated Muslim's precepts and brought disgrace to their families. When the fact of suicide is known, the burial at the cemetery may be refused, but in reality it is extremely rare. In many cases, it is considered that the suicide people or attempted suicides committed suicide by a pathological cause. And caring, sympathy, help and support is given to the family.

 

 Thus, although there are differences in degree in many areas and religions, it approximately seems to deny suicide behavior. However, it can be seen that there are considerable differences in the treatment of suicide by the era and religion. If classified by evaluation on suicidal behavior, it will be able to distinguish between Buddhism · Christian Protestantism showing a generous aspect and Christianity Catholic · Muslimism regarded as guilty. As far as the modern age, there are differences in the evaluation of suicide and the treatment of suicide in some parts of the West and the Middle East where religious precepts have a great influence on social life and in Japan where there is little influence . Even in the Middle Ages of Japan, there may have been some custom about how to bury and deal with the suicide people, but at the moment we can not find historical materials that can answer these questions. However, in Okinawa Prefecture there are cases of folk customs that the suicide people and unnatural died persons are not buried in the common graveyard and are excluded from the family ritual (4). As to whether such customs existed in the Middle Ages, I would like to make it a future research topic.

  (I used Google Translate.)