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史料紹介という修行

松尾大社データベース2

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

1356

延文1.12.23 左衛門少尉二階堂行元 松尾御師禰宜殿   松尾御師禰宜殿       歳末御祈祷巻数一枝見参 二階堂行元奉書 『松』942
1357 延文2.1.28 宝篋院殿参議左兵衛中将源朝臣足利義詮             敬白松尾社宝前立願事、大樹今年慎季、寿算長久、当社敬神の誠致す、社領寄進 足利義詮寄進状案 『松』1263
1357 延文2.2.23 公文所仲豪・信賢・一和尚珎俊             社家の御祈祷致すべし 契約状断簡 『松』1286
1357 延文2.3.26 宝篋院殿足利義詮 松尾神主殿           将軍家祈祷、精誠 足利義詮御判御教書案 『松』1264
1358 延文3.3.8 宝篋院殿足利義詮 松尾社神主殿           天下静謐祈祷、社頭、大般若経一部転読、精誠 足利義詮御判御教書案 『松』1265
1360 延文5.10.4 松尾正祝   相季 松尾正祝・当社務相季宿禰・相顯宿禰       当社正祝職、御譲与に任せ、当社務相季宿禰并相顯宿禰、公私につき上裁確論あるべからず、官途、社例に任せ沙汰 正祝某請文案 『松』1266
1360 延文5.11.10 相模守 荻野六郎左衛門尉殿 相季 松尾神主相季・前権祝相音       松尾神主相季申、社領丹波国雀部庄并桑田神戸田、訴状、志賀勘解由左衛門尉殿、新穂六郎、前権祝相音、中沢左衛門尉、相季雑掌 関東御教書写 『松』1573
1360 延文5.12.20 左衛門少尉二階堂行元 松尾御師因幡守殿   松尾御師因幡守殿       長日御祈祷巻数一枝見参 二階堂行元奉書 『松』943
1361 康安1.6.9   荻野六郎左衛門尉殿   松尾神主相季       松尾神主相季申、社領丹波国雀部庄并桑田神戸田、綸旨、荻野三河入道以下濫妨、足立九郎左衛門尉 関東御教書写 『松』1573
1361 康安1.8.13 宝篋院殿足利義詮 松尾社           敬白立願、長日大般若今日転読、料所寄進 足利義詮寄進状案 『松』1707
1361 康安1.8       相季       七月十日沙汰人住宅に寄せ、相季若党、神人、名主、沙汰人等、四十余人殺害、御使方注進せしむ、所詮右大将家御下知并六波羅御教書などに任せ近隣地頭御家人等を催し具し、入道并杉本八郎以下交名人等、その身を公方に召し出し、殺害・放火などの重科に所さるべし、濫妨静謐の間、神威を擾し、社家・雑掌警護すべきの由不日厳密御教書を両御使方に成され、庄務を全う神供米専ら、天下静謐懇祈、言上 言上書写 『松』1267
1361 康安1.10.5 宝篋院殿足利義詮 仁木三郎殿 相季 松尾神主相季・前権祝相音       松尾社神主相季、丹波国雀部庄并桑田神戸田、綸旨、荻野三河入道・杉本八郎押領狼藉 足利義詮御教書 『松』1707
1361 康安1.11.13(正平16) 丹波国守護? 守護代 相季 松尾神主相季・相季代・相音代       松尾社神主相季、丹波国雀部庄并桑田神戸田、去10月5日御教書、下地相季代に沙汰付、本人相音代、任法、召進其身 丹波国守護御教書 『松』22
1362 貞治1.12.27   日吉十禅師社           (裏打紙端裏書、桂東庄寄進状、貞治元年)、(端裏書、桂東庄寄進状)、山城国桂東庄内別納1町、宿願子細、日吉十禅師社に寄進 某田地寄進状 『革』54
1362 貞治1.12.27   春松殿           (端裏書、桂、貞治元年)、山城国桂東庄内別納1町、春松殿に譲与、永代領掌 某田地譲状 『革』55
1364 貞治3.5.19 藤原氏             請申、西唐橋石橋田地、もとより櫟谷寄人たらば、他者に随わず、松尾より種々の御沙汰に及ぶうえは、所詮櫟谷族又四大神族両社の間、社家の御成敗に随うべし 西七条石橋名主氏女請文 『松』1268
1364 貞治3.8.28 宝篋院殿足利義詮 山名左京大夫殿 相季 松尾社神主相季       松尾社神主相季申、丹波国雀部庄領家方、当庄一国神領、仁平官符、違乱出来、訴訟、半済停止 足利義詮御教書写 『松』1707
1365 貞治4.8.28 宝篋院殿足利義詮 山名左京大夫入道殿           松尾社神主申社領丹波国雀部庄、社家一国知行相違なし 足利義詮御教書写 『松』1707
1366 貞治5.3.25 嫡子安信・次男清安 息女松鶴         景安? (端裏書、貞治五年)、(端裏押紙、清安ハ革嶋氏第三代清安トハ別人ナリ、貞治ニテハ第十代景安時代ニアタルナリ)、譲与私領田畠、2町内、一所1町南庄内近衛殿御領下里、一所4段同御領下里、一所3反同御領下里、一所1反畠仏性御領、一所2反桂新免御領、道智重代相伝私領、息女松鶴女永代譲与 道智子息安信・清安連署田畠譲状 『革』56
1366 貞治5.4.10 従二位源朝臣足利義詮 松尾社   禰宜相顯       寄進松尾社、丹波国雀部庄地頭職、不断大般若経転読料所、正禰宜相顯 足利義詮寄進状案 『松』1707
1368 応安1.7.26(正平23) 中務少輔 長瀬兵庫助とのへ   松尾司官(祠官)       松尾祠官、当社造営要却、山城国棟別1疋并葛野一郡段銭10疋、彼六月六日御教書、遵行 中務少輔某奉施行状 『松』23
1369 応安2.12.3(正平24) 式部丞冬明奉 松尾神主殿   松尾神主殿       当社神輿造替、蔵人大夫殿御奉行所 蔵人大夫某御教書 『松』24
1370 応安3.9.6(建徳1) 武蔵守 佐々木治部少輔殿   松尾司官(祠官)       当社造営要脚山城国棟別1疋并葛野一郡段銭10疋、重解状、見状、綸旨、(貼紙、応安三年遷宮ノコト) 足利義満御教書 『松』25
1371 応安4.閏3.18 山田郷神人             和泉介惣官御成敗に随わず、山田神人惣官を敵し奉るべからず 山田郷神人起請文写 『松』219
1371 応安4.閏3.18 山田郷神人             同上、ふりがな返り点無し 山田郷神人起請文写 『松』220
1373 応安6.10.27(文中2) 図書頭盛兼奉 松尾神主殿   松尾神主殿       松尾社領丹波国雀部庄内寺方田畠、院宣、知行、神用、本官、(当時神祇伯は顕邦王) 神祇伯家御教書 『松』26
1374 応安7.6.29 僧救済 弥松丸           (端裏書、桂、僧救済、応安七年)、譲与、山城国桂東庄別納、1町坪付、名田、買得相伝私領、弥松丸襁褓中、養育不便、永代譲与 僧救済田地譲状 『革』57
1374 応安7.10.26 修理権大夫細川頼之 山名陸奥守殿           丹波国雀部庄天田川上下鵜飼堺事、荻野源六并荻野源八押領 管領施行状 『松』1707
1374 応安7.12.24 沙弥 松尾神主殿   松尾神主殿       歳末御祈祷巻数二枝見参 沙弥某奉書 『松』934
1376 永和2.12               永延1(987)年八月日松尾大明神託宣、(盗賊の難を遁れんがため刃傷、冥照に背く、神殿振動奇異希代不思議)、神託奇異評定法を定、刃傷殺害元来禁制、今度常遠不慮の誤、神託奇異、向後刃傷殺害の輩においては親子兄弟をいわず一社同心せしめ、社司の名字を放つ、異儀の族あらば公方へ訴申同罪、永く跡を削る、巨細公方御制札、楼門の懸札の面に見、一社一同議定 松尾大明神託宣 『松』496
1378 永和4.8.27 沙弥足利義満 松尾社御師前神主殿   松尾社御師前神主殿       御祈祷巻数一枝見参 沙弥足利義満御教書 『松』755
1379 康暦1.7.17(天授5) 足利義満 御師松尾社前神主殿   御師松尾社前神主殿       拜賀無為、無風雨難、祈祷精誠 足利義満御教書 『松』27
1390 明徳1.11.30 親雅 伯三位殿 相季 孝雅・相季       松尾社神主職事、孝雅非分競望を止め、所職全う、相季に下知、室町殿より仰せ下す 親雅奉書写 『松』1269
明徳1.12.1 貞親 松尾神主殿           松尾社神主職事、奉書の旨に任せ所職全うせらるべし、社務職安堵御教書 伯家御教書
1391 明徳2.2.25 充行主刑部三郎源上             (端裏書、刑部三郎源上、明徳二年)、充行下地、4段、号久田、斗代6斗代、御本所年貢無沙汰、召上 刑部三郎源上下地充行状 『革』58
1391 明徳2.11.16 按察使 松尾神主相季館 相季 松尾神主相季館       天変地妖御祈祷、御師職殊に御願成就精誠、院宣 後円融院院宣 『松』935
1392/1394 明徳3.1.11/明徳5.6.13 秦相季 正祝南相勝/愛一丸を相季次男に立   秦相季・正祝南相勝・大南孝頼神主?・愛一丸南相量       譲与、別相伝社領所々、丹波国雀部庄内富田村一□御料米以下社役、預所得分、領主進退、同国桑田神戸田惣庄年貢□壱麥并大豆、伯耆国東郷庄浅津預所職□西山分其外預田参町、在所段別五反、同庄内一宮(倭文社)押領分社家知行□時、三分一管領、又竹□朝、同前、下地知行、越中国松永庄一円、大南孝頼神主?以下闕怠、契状に任、一円申付、六段内南屋敷境、東六段堀、西大道、南大道、北南垣、白栗林并堀中小茶園壱所、在所阪□、井戸壱□、万石北屋敷并折戸屋敷、河原田新田一円、西七条上分米三分壱、正祝南相勝に永代譲与、神領上、仏陀寄進・永代沽却不可?、委細置文(以上明徳3年)、相勝譲与処他界、愛一丸を秦相季次男に立たしめ、此在所悉永代譲与 秦相季譲状 『松』101
1393〜 明徳4.4.14以降     相季 社務相季・正禰宜相通・祝相善・権神主相次・権禰宜相遠・権祝頼為 月読禰宜重道・月読祝重家 櫟谷禰宜重信   飯尾美濃守貞之? 遷宮次第書断簡 『松』687
1394 応永1.9.20 秦相季 東相道(相通)/三宮?禰宜加賀一丸(東相豊)   秦相季・東相道(相通)   三宮?禰宜加賀一丸(東相豊)   相伝社領相道(相通)へ譲与、一期之後三宮?禰宜加賀一丸(東相豊)を嫡子に立、悉譲与、具書置 秦相季譲状 『松』102
1396 応永3.3 松尾社神主相季     松尾社神主相季       松尾社神主相季謹申、社領丹波国雀部庄并桑田庄神戸田等段銭役歎、当社は賀茂社御祖神日域第四神祠なり、大嘗会役夫工米以下朝役国役など、毎度賀茂社の例に准じ免除される、宣旨など支証謹んで進覧、相国寺修造のため近年一国平均段銭催促あるといえども、三社領は役を閣、当社は賀茂社の儀に准じ、両庄段銭役御免許預、来四月国家の大祭、当庄役供進などの神用、天下平安御祈り精誠、目安言上 松尾社務目安 『松』198
1396 応永3.12.17 売主道蜜・沙汰人兵衛二郎 西山最福寺花蔵院持仏堂料所           (端裏書、小分、殖松田(植松)売文、道蜜状、応永三丙子十二月ニ買)、長地の田、小、在所西芳寺領内殖松むかへかわらしん田(新田)、四至東西南北地類、道蜜開発、要用、直銭2貫500文、西山最福寺花蔵院持仏堂料所ニ売渡、本所当西芳寺へ3斗3升3合3夕3才、此外万雑公事無、所当ハ百姓の方より、未進懈怠無く、計申、違乱煩、本銭一倍ヲ以、返申、兵衛二郎沙汰人として明申 道蜜田地売券 『革』59
1397 応永4.11.6 内蔵権頭 松尾正祝殿   三宮禰宜相豊       松尾社正祝職事、三宮禰宜相豊をもって補任、早く存知、本官、執達 伯家御教書 『松』1270
1398 応永5.11.30 沙弥義満公管領細川頼之 牧新左衛門入道殿 相通 当神主東相通(相道)   松尾社三宮禰宜愛一丸   松尾社三宮禰宜愛一丸、山城国河原田神田、去廿六日御教書、当神主東相通沽却止、下地、愛一丸代沙汰付 山城国守護下知状 『松』28
1400 応永7.8.10 沙弥 細川右京大夫殿           松尾社領雑掌申丹波国雀部庄桑田神戸田事、守護役人夫以下課役被官人等譴責、催促停止 管領施行状 『松』1707
応永7.9.22 右京大夫 細川遠江前司殿           松尾社領雑掌申丹波国雀部庄桑田神戸田人夫課役、8月10日御教書 守護遵行状
応永7.11.28 右京大夫 細川遠江前司殿           松尾社領雑掌申丹波国雀部庄桑田神戸田役夫工米、今月21日御教書 守護遵行状
1401 応永8.8.17 相通 後室・余子供   相通       後室の譲りにおいては、雀部庄内案主名一期の間知行、余子供惣領として扶持を加、譲状に背き違乱妨げ時は、公方といい親といい罪科に処すべし 相通譲状 『松』1271
1402 応永9.4.20 浄音・沙汰人道玄 最福寺花蔵院持仏堂料所           (端裏書、大分、かつら□□のうりふみ、応永九年卯月廿日、今ハ本所当大分6斗6升6合6夕納)、植松庄内新開田、200歩、沙弥浄音買得相伝地、要用、直銭2貫300文、永代、最福寺花蔵院持仏料所、本文所一通副売渡、本所当米、西芳寺6斗8合収外、万雑公事無、違乱煩、本銭一倍以、返弁 沙弥浄音田地売券 『革』60
1405 応永12.3.20       相季・相通・相兼       松尾社領所々并境内神用等々事、相季・相通公用に入れ置くにより、日供以下神用忽闕怠、父祖契約を改易、相兼領知せしめ諸神事懈怠なく沙汰 某御教書写 『松』1272
応永12.5.20 管領沙弥畠山基国 細川右京大夫道道   相季・相通・相兼       松尾社領丹波国雀部庄、相季・相通沽却分、今年3月20日御下知に任せ、相兼代に沙汰仕付け 畠山基国施行状写
1405 応永12.3.20 鹿苑院殿様足利義満     東相季・東相通(父祖)・東相兼(子)       (端裏書1、松尾、応永十二年)、(端裏書2、借物きは方物、棄破)、松尾社領堺内神田、東相季・東相通、公用、日供以下神用、改易父祖契約、東相兼、諸神事 足利義満御判御教書 『革』61、松尾社領文書案
1405 応永12.5.20 沙弥管領畠山徳元基国 細川右京大夫道道   東相季・東相通・東相兼       松尾社領丹波国雀部庄東相季・東相通沽却分、今年三月廿日御下知、東相兼代 管領畠山徳元基国施行状案
1405 応永12.5.20 沙弥管領畠山徳元基国 右兵衛督入道殿斯波道孝   東相季・東相通・東相兼       松尾社領遠江国池田庄東相季・東相通沽却分、今年三月廿日御下知、東相兼代 管領畠山徳元基国施行状案
1405 応永12.5.20 沙弥管領畠山徳元基国 高土佐入道殿祥全   東相季・東相通・東相兼       松尾社辺敷地大南屋敷内田畠東相季・東相通沽却分、今年三月廿日御下知、東相兼代 管領畠山徳元基国施行状案
1405 応永12.10.14 沙弥管領斯波道孝義教 高土佐入道殿祥全   東相季・東相通・東相兼       松尾社領山城国河原田本田東相季・東相通沽却分、今年三月廿日御下知、東相兼代 管領斯波道孝義教施行状案
1405 応永12.10.27 一品相国義満公鹿苑院殿御判     祖父相季・権禰宜相量       松尾社領山城国河原田神田并四段大以下所々丹波国雀部庄内富田村桑田松永、祖父相季譲状、権禰宜相量領掌 足利義満御教書 『松』29
1406 応永13.7.13 沙弥義満公管領細川頼之 高土佐入道殿   当社権禰宜相量       松尾社領山城国河原田神田并四段大、安堵、当社権禰宜相量代沙汰付 斯波義教御教書 『松』30
1407 応永14.12.13 浄幸 門弟大弐公           (端裏書、応永十四年)、譲与、1町4段、浄幸相伝私領、革嶋南庄近衛殿御領内下里宗弘三坪、大弐公門弟の故譲与 浄幸田地譲状 『革』62
1407 応永14.12.24 壱宝革嶋光安革嶋・請人おこのせう 嵯峨恵泉庵           (端裏書1、光安壱宝、代親宣代買戻、応永十四年、券、伝記ニ此事ヲ載)、(端裏書2、ほく境うりけん)、沽却山城国葛野郡革島郷南庄近衛殿御領下司職内6段半、嶋田里十坪四段、四至東寺戸井、西溝、南高城田、北路、殖槻里(植槻)七坪二段半、四至一段半東溝、西高野田、南路、北御領南庄田、一段東畠、西路、南兵庫身小溝、北溝、光安法名壱宝、要用、直銭56貫875文、永代嵯峨恵泉庵へ沽却、毎年年貢6石5斗、十合定(十合枡定)、本所御下知手継証文、類地、本譲状本目録裏破、下地万雑公事不可有、相伝、古文書、公方罪科 革島壱宝光安田地売券 『革』63
1409 応永16.11.20 神主相兼   相兼 神主相兼         御神服注文 『東』2-64
1412 応永19.4.19 足利義持 当社神主館           検正了、松尾社境内并神領山城国外莫太(外畑)菱川、守護使不入地、検断、先例、社家、勝定院殿義持公御教書、管領細川頼之管領山名師義 足利義持御教書案 『松』117
1419 応永26.7 中沢行靖 松尾社務・月読禰宜   松尾社務 月読禰宜     東寺領洛中散在敷地注文 室町幕府奉行人奉書案 東百『室』106
1419 応永26.12.6 栄宝浄住寺奥院智明             契約申神宮寺田事、鳥居脇神役除く、五十ヶ年御寄進、年季過ぎ候ば、下地とこの寄付状は返信申すべし、證智尼公御寄進状以下証文等悉返信の上は万一この余類文書をもって聊か訴訟出違乱煩輩出来、公方より御罪科 栄宝浄住寺奥院智明契約状 『松』1273
1427 応永34.11.28 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰             差定、明年十一月手打神事頭役、巡役 神事頭役差定文 『松』1274
1428 正長1.11.28 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰       月読禰宜重弘嫡男     差定、明年十一月手打神事頭役、来頭月読禰宜重弘嫡男、巡役 神事頭役差定文 『松』1275
1429 永享1.12.4 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰     惣官嫡男       差定、明年十一月手打神事頭役、来頭惣官嫡男、巡役 神事頭役差定文 『松』1276
1430 永享2.7.17 普廣院殿足利義教 松尾社御師   松尾社御師       拜賀無為、風雨の難なし、祈祷精誠 足利義教御教書 『松』939
1430 永享2.11.27 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰             差定、明年十一月手打神事頭役、巡役 神事頭役差定文 『松』1277
1431 永享3.11.13 普廣院殿右近衛大将朝臣足利義教             松尾社領当社境内并山城国外莫田(外畑)菱川、遠江国池田庄、丹波国雀部庄同国桑田?神戸田、伯耆国当郷庄等、段銭以下綸旨課役免除、守護使入部停止 足利義教御教書写 『松』1278
1431 永享3.11.13 普廣院殿右近衛大将朝臣足利義教             同上 足利義教御教書写 『松』1707
1432 永享4.4.27 左兵衛佐管領斯波義淳 丹波守護細川右京大夫殿持之           松尾社領丹波国雀部庄、同国小川神戸田等段銭并綸旨課役免除 管領施行状
1432 永享4.5.16 弘源寺殿 内藤備前入道信承殿           松尾社領丹波国雀部庄、同国小川神戸田等段銭并綸旨課役免除、4月27日御施行 守護遵行状
1432 永享4.5 守護代内藤備前信承 山上五郎左衛門殿・堀           松尾社領丹波国雀部庄、同国小川神戸田等段銭并綸旨課役免除、今月16日御遵行 守護代遵行状
1431 永享3.11.27 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰             差定、明年十一月手打神事頭役、巡役、頭文 神事頭役差定文 『松』1279
1432 永享4.12.3 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰     権禰宜舎弟       差定、明年十一月手打神事頭役、来頭権禰宜舎弟、巡役、頭文 神事頭役差定文 『松』1280
1434 永享6.9.20 飯尾貞連・飯尾為種 相国寺都聞禅師           200貫文、五号船料足内もって、松尾社使に下行 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』220
1434 永享6年頃     相言 神主相言 月読禰宜重弘     (押紙、永享年中遷宮ノキ)、御遷宮方事、御遷宮の日限奉行方へ相言・重弘同道せしめ、在方に相尋ぬべきよし奉行申、重弘向かい来月(九月)二十九日の由、今日二十八日仰せ下さるるの間、宮仕をもって一社中に相触れる、精進、僧尼重軽服不浄の輩入れ来るべからず、同門上并精進シメを引く、社司以下御訪要脚請取引付、山本庄役、行事官、飯尾大和守殿貞連、飯尾肥前守為種、相国寺都聞禅師、山本庄譜代相伝彼方非分知行、片岡殿、西芳寺、飯尾肥前守嫡男彦三郎為数?、飯尾肥前守弟三郎右衛門為秀?、伯殿、三条殿の中務少輔方、山本庄厳重神領、近年謂れ無き女子相伝 遷宮方事 『松』1698
1435 永享7.12.3 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰       月読祝嫡子     差定、明年十一月手打神事頭役、来頭月読祝嫡子、巡役、頭文 神事頭役差定文 『松』1281
1439 永享11.1.22 守護代内藤備前入道信永 堀新左衛門殿           松尾社領丹波国雀部庄、今度和州の兵粮銭(和泉国)、名主百姓ら社家の神米をもって立用 守護代遵行状 『松』1707
1439 永享11.3.17 守護代内藤備前入道信永 六嶋六郎右衛門入道           松尾社領丹波国雀部庄、御参宮人夫、国催促を止 守護代遵行状 『松』1707
1440 永享12.11.19 盛明 内藤備前入道殿           松尾社領丹波国雀部庄、御姫御所様御乳人社家より契約、瓜持・炭持人夫并綸旨課役、催促停止 盛明遵行状? 『松』1707
1443 嘉吉3.12.13 永祥飯尾為種・真妙飯尾為行 地蔵院雑掌   松尾前社務       松尾前社務申、当社境内仁倉林屋敷等事、来十五日以前出来無者、違背篇裁許 室町幕府奉行人連署奉書案 『松』1282、松尾『室』278
1444 文安1.閏6.24 慈慶             名、支証并譲状などに任せ御補任給わる上は、御年貢御公事未進懈怠あるべからず、前田を綺べからず 慈慶請文 『松』1283
1447 文安4.2.4 里・前田・池部 雀部政所殿御奉行所           松尾領雀部庄国役諸公事免除、守護代殿御扶持、瓜持・炭持、御礼分本所半分、地下半分、毎年三月・霜月中に懈怠なく進上 池部等連署 『松』1707
1447 文安4.閏2.5 相言 東禅寺明白院侍者御中   相言       雀部庄瓜持・炭持外、人足以下諸役停止、一献分本所・地下半分、本所分16貫500文、12月20日以前厳密に進 相言書状 『松』1707
1448 文安5               雀部庄、御田代、 御料米御菜銭等引付 『松』1699
1451 宝徳3.1.18 中勤 梵由蔵主           畠、中勤永代私領、梵由蔵主に譲与、 中勤譲状 『松』1284
1451 宝徳3.11 幸若             敬白天罰起請文、石包名御代官職仰付、御寺納緩怠無沙汰存ずべからず 幸若起請文 『松』1285
1451 宝徳3.12.26 沙弥畠山持国下知状 神祇伯殿   御師相言・社務久貫       松尾社神事延引、執行在所顛倒、糺明、神人等造営料所持と号し、嘉暦・元徳勅裁を捧げ子細申す、建武年中成し返す、謂れ無し、その上元徳元年御師相言と先の社務久貫各先祖和与状分明、神人等雅意に任せ訴訟致すか、許容あたわず、向後神事以下の煩をなさば、重科に処す、一社に相触れらるべし 畠山持国下知状案 『松』197
1451 宝徳3.12.26 沙弥畠山持国下知状 神祇伯殿           同上、訓読つき 畠山持国下知状写 『松』218
1455 享徳4.6.26 伊勢守 松尾社御師   松尾社御師       松尾社御神馬一疋佐目 伊勢守奉御教書 『松』31
1455 享徳4.6.26 伊勢守 松尾社御師   松尾社御師       同上 将軍足利義政寄進状写 『松』1287
1456 康正2.7.17 足利義政 松尾社御師   松尾社御師       拜賀無為、風雨の難なし、祈祷精誠 足利義政御教書 『松』940
1456 康正2.11.28 飯尾之種・常恩飯尾貞元 守護代 相行 松尾社神主相行・相直       松尾社神主相行申丹波国雀部庄内堤村、厳重日供料所、相直請文分明、相行代に沙汰仕付 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』468
1457 康正3.1.26 伊勢守 松尾社御師   松尾社御師       松尾社御神馬一疋鴾毛 伊勢守奉御教書 『松』32
1457 康正3.1.26 伊勢守 松尾社御師   松尾社御師       同上 将軍足利義政寄進状写 『松』1287
1457 康正3.6.27 備前為久(飯尾?) 守護代内藤弾正忠殿(信承)           松尾社領丹波国天田郡内雀部庄段銭并臨時課役人夫以下諸公事、免除、催促停止、存知 室町幕府奉行人奉書 『松』1707
1457 康正3.8.18 飯尾 薬師寺与一殿           松尾社領丹波国雀部庄内給人并百姓、本役諸公事以下無沙汰の下地 室町幕府奉行人奉書? 『松』1707