周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

松尾大社データベース3

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

1457 長禄1.12.30 飯尾之種・飯尾之清 守護代内藤元貞           松尾社雑掌申丹波国雀部庄内堤村、押妨休まず、年始神事以下退転、雑掌に沙汰仕付 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』507
1458 長禄2.3 三宮禰宜相久・櫟谷祝重房・月読祝重康・櫟谷禰宜相友・月読禰宜重富・権祝相敦・権神主相胤・正祝相忠・正禰宜相長・神主相行・御師相言 (幕府) 相行 権祝相敦・権神主相胤・正祝相忠・正禰宜相長・神主相行・御師相言 月読祝重康・月読禰宜重富 三宮禰宜相久・櫟谷祝重房・櫟谷禰宜相友   当社神前田地内新溝、先年近郷輩、雅意に任せ掘り破るにより、去年御奉書を成され、守護として埋めるのところ、彼ら御下知に背き、則ち掘り破り畢、その後連々歎き申、未だ上聞に達せざるのところ、今度西芳寺御成路次たるにつき、社家皆自身罷り出で、成敗致し埋めるのところ、件の郷人ら、今月四日大勢を率い重ねて掘り破るの間、言語道断の次第也、太罪科軽からずや、今の如くんば向後御成の御通路いかがすべきものか、一社迷惑此事也、将来十五日当宮神幸御輿迎え也、是又御輿違乱なり、自然神人・諸役者、神輿を路頭に捨て置き奉るときは、公私然るべからざるか、所詮、本溝の在所これあり、連々申入畢、厳密に御成敗を蒙り、全くの神領、弥々神事無為の節を遂げんがため、連署の状如件 松尾社社官等連署申状案 東百を函
1458 長禄2.12.30 飯尾之種・布施貞基 守護代           松尾社領丹波国雀部庄内堤村、未だ渡付ず、還幸延引、社家雑掌に沙汰仕付、請取 室町幕府奉行人連署奉書 『松』33、松『室』536
1458 長禄2.12.30 飯尾之種・布施貞基 守護代           松尾社領丹波国雀部庄内安主名、押妨、還幸違乱、社家雑掌に返渡 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』537
1459 長禄3.1.9 伊勢守伊勢貞親 松尾社御師   松尾社御師       松尾社御神馬一疋鹿毛、上様御祈祷のため引進 伊勢守奉足利義政御教書 『松』756
1459 長禄3.1.9 伊勢守伊勢貞親 松尾社御師   松尾社御師       同上 将軍足利義政寄進状写 『松』1287
1459 長禄3.3.17 飯尾之種・布施貞基 西岡諸給主御中           松尾社境内用水、神事、去年奉書、元のごとく通す、子細は追って糺決 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』539
1459 長禄3.3.17 飯尾之種・布施貞基 松尾社神主殿   松尾社神主殿       山城国西岡給主等申当社境内用水事、去年奉書、耕作歎申、元のごとく通す、往古井水は以前取合上、追而糺決 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』540
1459 長禄3.8.15 有弘 当庄名主百姓中           松尾社領山城国菱川庄下司社例に背く、小野四郎左衛門尉家盛に申付、下司分年貢沙汰 有弘書状 『松』34
1460 長禄4.2.29 常恩飯尾貞元・飯尾之種 当初給主御中           城州西岡十一ヶ郷給主等申桂川用水溝事、去年西芳寺御成につき埋める、作毛煩、向後の出御において橋を溝に懸ける、毎度用意、水路は元のごとく掘り通す、耕作全うすべし 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』576
1460 長禄4.2.29 常恩飯尾貞元・飯尾之種 松尾社神主殿   松尾社神主殿       城州西岡十一ヶ郷給主等申桂川用水溝事、去年西芳寺御成につき埋める、元のごとく水を通す 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』577
1460 長禄4.11.29 斉藤種基・飯尾之種 産川新左衛門尉殿寒川光康   松尾社司等       松尾社司等申桂川用水、支状到来、不日文書正文出来すべし 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』591
1461 寛正2.2.1                 山本御庄日供米并御菜銭等納下帳 『松』1701
1461 寛正2.7.8 左大臣兼右近衛大将朝臣足利義政             松尾社領伯耆国東郷庄、代官職と号して近年守護押領、早く妨げを止め、元のごとく社家直務全、神用専ら 足利義政御教書 『松』941
1462 寛正3.1.15               禰宜分猪狩神事注文、正官、社務、神人方、役者、社務の中間輿舁、正官中間、権官中間、末の中間、松室の中間、供僧方の下人、宮仕、殿原、預、氏人、公文、供僧、預、宮仕、神人、健児所、別当、さか殿、膳部 禰宜分猪狩神事注文 『松』186
1465 寛正6.6.3     相行 松尾社務相行       松尾社務相行、馬草2駄160把進上、例年儀 親元 『親元』1-314
1465 寛正6.7.28               松尾社御師巻数并丹瓜進 親元  
1466 文正1.9.10 南相胤 嫡子権祝南相冬   南相胤・秦相季・相□(南相廉?)・嫡子権祝南相冬・次男       譲与、別相伝神領、相季譲状に任、相□(相廉・岩寿丸?)相伝知行、知行相違無上、嫡子権祝相冬に譲与、知行、次男 南相胤譲状 『松』103
1467 応仁1.6.17 伊勢兵庫助 松尾社御師   松尾社御師       松尾社御神馬一疋鹿毛 伊勢兵庫助奉御教書 『松』35
1469 文明1.4 櫟谷禰宜重房・月読祝相友・月読禰宜重俊・権神主相郷(相卿?)・正禰宜相長・神主相行・御師前神主相言   相行 権神主相郷(相卿?)・正禰宜相長・神主相行・御師前神主相言 月読祝相友・月読禰宜重俊 櫟谷禰宜重房   松尾社年中神事次第、永和2(1376)年12月20日、社職法度之次第、社家職転位上、本家超越、分家より本家越えならず、櫟谷・三宮・宗像・衣手・四大神の禰宜・祝職、本社上官より持つ、上官に持つ仁なきときは、月読・下官よりも持つこと有、下官の仁置くときは、上官より職を計り申し付ける、惣官誰の仁といえども、社官に付して社務その次第を記し、書付を上げ叡慮御補任を頂戴、社務補任出し進退の諸職・諸役、供僧・預・神方職・膳部・沙汰人・御炊諸役者らは補任を取られ、諸事万端下知に随う、各社役時、頓病指相相理社務に届けず不参の仁は先例に任せ曲事行わるなり、施主神前へ奉納捧物社務臨時威徳、今度正遷宮永享6(1434)9月29日也、先規に任せ夜半丑の剋御仮殿より正神殿へ遷座成し奉る、以後祝詞社務役、遷座につき公方様より先例に任せ、社家へ御訪料脚5万疋御下行、時に奉行飯尾肥前守為種、社務以下社官供僧ら、神子・宮仕・神人諸役者悉支配、その注文別紙にあり、講坊顛倒、御要脚200貫文公方様より御下行、形のごとく新造、社内神前 松尾社年中神事次第及松尾社職法度次第 『松』1075
1469 文明1.4 櫟谷禰宜重房・月読祝相友・月読禰宜重俊・権神主相郷・正禰宜相長・神主相行・御師前神主相言   相行 権神主相郷・正禰宜相長・神主相行・御師前神主相言 月読祝相友・月読禰宜重俊 櫟谷禰宜重房   ほぼ同上 松尾社年中神事次第及松尾社職法度次第 『松』1147
1469 文明1.9 相賀             久貫知行分地子共ノ注文 久貫知行分注文 『松月』1
1470 文明2.10.吉                 正祝田帳 『松』1702
1471 文明3.8               文明3年8月日写 松尾社正祝分年中神事注文 『松』1076
1473 文明5.6 東相言 あ祢々御料人(あにやにや御料人)   東相言・あ祢々御料人(あにやにや御料人)       松尾社領雀部庄内案主名上分米壱石并守末名分かゆの米壱石已上貳石又畠壱段坪六反参百文、両度六百文、あ祢々御料人一期、少扶持、一期之後神領大法に任、当家惣領家督へ返渡 東相言譲状 『松』95
1473 文明5                 雀部名々色々節季成物之事 『松』1704
1474 文明6.閏4.10     相長 神主相長         資益王記 『伯』
1474 文明6.閏5.27 宮仕             明応6年10月25日この本右京亮殿より借申、萬聞書、長享2年宮仕書、文明9年正月4日古帳を写、明応6年10月25日右京より借写 宮仕注文 『松』1077
1475 文明7.2.22 田辺次郎右衛門状貞重 雀部御本所御奉行所           当庄去年陣夫入目内名主分、只今5石且々納め、残り分、来八月中進納 田辺貞重書状 『松』1077
1477 文明9.1.4               明応6年10月25日この本右京亮殿より借申、萬聞書、長享2年宮仕書、文明9年正月4日古帳を写、明応6年10月26日右京より借写 宮仕注文 『松』1077
1478 文明10.7.28       松尾社家相行(号東)         政所賦銘引付 『引付』上309
1478 文明10.9 真珠庵正智 下津屋右京進殿勝信           (端裏書、下山田、文明十年)、(ウワ書、下津屋右京進殿まいる、正智)、下地、下山田、谷升2石8斗、御百姓山口殿、さいの下地、真珠庵正智、下津屋右京進殿勝信 真珠庵正智下地譲状 『革』73
1479 文明11.6.7 前大和守飯尾元連・和泉前司清貞秀 当社雑掌           松尾社境内用水通路、西岡輩新溝掘、去寛正二(1461)年御沙汰、康暦二(1380)年郷郷請文、石塔口、用水通、奉書、今度一乱中雅意に任せ、重ねて新儀構、度々証文、下知、違乱、罪科 室町幕府奉行人連署奉書 『松』36、松尾『室』1162
1479 文明11.6.7 飯尾元連・清貞秀 当郷々名主沙汰人中           松尾社雑掌申当社境内用水通路、去寛正二年御沙汰、康暦二年久世・寺戸・河嶋・富田・下桂等五郷請文、石塔口用水通御成敗、今度一乱中立ち還り新溝掘る、咎軽からず、度々証文分明、元のごとく石塔口溝通、違乱、罪科 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』1163
1479 文明11.6.7 前大和守飯尾元連 当社雑掌           松尾社雑掌申当社境内用水通路、去寛正二年御沙汰、康暦二年郷請文、石塔口用水通御成敗、今度一乱中立ち還り新溝掘る、咎軽からず、度々証文分明、元のごとく石塔口溝通、違乱、罪科、百三代後花園院、将軍茂勝(義尚)、三百年余也(1779年写作成カ) 室町幕府奉行人奉書写 『松』166
1479 文明11.8.15       松尾社正禰宜相郷・亡父・祖父       細川殿被官四宮四郎催促 政所賦銘引付 『引付』上326
1480 文明12.3.10 清貞秀・松田数秀 松尾社神主殿   松尾社神主殿       山城国西岡十一郷給主、桂川用水溝、去年社家埋、作毛煩、歎申、毎度奉書、溝掘通、郷々耕作 室町幕府奉行人連署奉書 『松』129、松尾『室』1217
1480 文明12.3.10 清貞秀・松田数秀 西岡十一郷給主御中           山城国西岡十一郷給主、桂川用水溝、去年社家埋、作毛煩、歎申、毎度奉書、水路元のごとく掘通、郷々耕作 室町幕府奉行人連署奉書案 東百『室』1218
1480 文明12.3     相長 神主相長・正禰宜相郷         相郷申状 『松』典籍2-252
1481 文明13.9.14       松尾社権禰宜相賀/松尾父社正禰宜相敦・松尾社櫟谷祝相秀         賦引付 『引付』下28/29
1481 文明13.9.29         松尾社月読禰宜重俊       賦引付 『引付』下32
1482 文明14.10.19 常通清貞秀・飯尾元連 松尾社務   松尾社務       三会院雑掌申山城国萱房屋敷、違乱、不日妨げ止、出帯(出来?)、明申 室町幕府奉行人連署奉書 天『室』1299
1482 文明14.12.25 元右 物部神六殿           松尾社領丹波国雀部内六村、厳重日供料所として社家代官土村八郎相延当知行、安富又四郎入部、公方御奉書に任せ、社家代に沙汰仕付け 元右施行状案 『松』1288
1483 文明15.1.29 元秀 物部神四郎殿           松尾社領丹波国雀部内六村、厳重日供料所として社家代官土村八郎相延当知行、安富又四郎入部、公方御奉書に任せ、社家代に沙汰仕付け 元秀施行状案 『松』1289
1483 文明15.2.28 玉蔵坊浄泉             寄付林畠三反、上山田内字大杉畠、玉蔵坊浄泉買徳相伝地、現到質地として、当社松尾造営料所として、本兼8通相副え寄付、弥々子孫繁栄御祈念 玉蔵坊浄泉寄進状 『松』1290
1483 文明15.6.吉               長享2年3年分、文明15年6月分、文明17年6月分 松尾社領丹波国雀部御庄御料米等納帳 『松』1706
1483 文明15.11.21 相廣(東相廉?) あにやにや御料人(あ祢々御料人)   相廣(東相廉?)・あにやにや御料人(あ祢々御料人)   吉山   譲、神宮寺田、2勺、4勺内、吉山我らに譲給内、扶持申仰、いままで何も参らせず、吉山御遺言違、迷惑、ただいま下地を参置、子孫違乱煩、怠明神御罰、公方へ御申沙汰、罪科 相廣(東相廉?)譲状 『松』96
1486 文明18.5 松尾社神主相郷・相冬   相郷 松尾社神主相郷・相冬・権禰宜すけよし(相賀)       松尾社神主相郷・相冬謹んで言上、当社領越中国松永庄、往古厳重御神領、毎年五月30ヶ日御供并十一月新服の綿などの御料所、権禰宜すけよしに付けらる、相賀緩怠、相郷・相冬に綸旨・武家の御下知を申請け 松尾社神主相郷・相冬等言上状 『松』1705
1486? 文明18?.5.28 左少弁俊 神祇伯殿 相郷 相賀・社務相郷       松尾社領越中国松永庄所職、相賀日供緩怠、社務相郷を補、天気 天皇綸旨写
1486 文明18.5.29 松尾神主相郷 奉行所   松尾神主相郷・権禰宜相賀・権神主相冬       社領越中松永庄、権禰宜相賀故無く知行、去年所務無為、今月日供闕怠、相郷本領たるの間、子細申上げ、綸旨成し下す、今日より両日分日供調進、本知行罷り仕る、万一以後日供無沙汰、在所召し放つ、権神主相冬に堅く下知 相郷請文
1486 文明18.6.11 沙弥(常徳院殿管領政元?)「飯尾元連」・肥前守(同管領細川持常?)「飯尾為脩」 当社神主殿・当社権神主殿 相郷 当社神主殿東相郷・当社権神主殿南相冬・権禰宜相賀       松尾社領越中国松永庄、日供料所、権禰宜相賀、退転、由緒、領知、神役 室町幕府奉行人連署奉書 『松』37、松尾『室』1416
1486 文明18.6.11 「宗勝飯尾元連」(常徳院殿管領細川政元)・「飯尾為脩」(同管領細川持常) 斉藤次郎左衛門尉殿基守 相郷 権禰宜相賀・当社神主東相郷・権神主南相冬       松尾社領越中国松永庄、日供料所、権禰宜相賀退転、当社神主相郷・権神主相冬等返付、代官職去渡 室町幕府奉行人連署奉書 『松』123
1486 文明18.6.11 沙弥飯尾元連・肥前守飯尾為脩 守護代 相郷 権禰宜相賀・当社神主東相郷・権神主南相冬       松尾社領越中国松永庄、日供料所、権禰宜相賀退転、当社神主相郷・権神主相冬等に返付、彼代に沙汰付 室町幕府奉行人連署奉書案 松尾『室』1415
1486 文明18.6.11 宗勝飯尾元連・飯尾為脩 当所名主沙汰人中 相郷 権禰宜相賀・当社神主東相郷・権神主南相冬       松尾社領越中国松永庄、日供料所、権禰宜相賀退転、当社神主相郷・権神主相冬等に返付、年貢諸公事物以下厳密沙汰 室町幕府奉行人連署奉書案 松尾『室』1418
1486 文明18.6.11〜               越中国松永庄重書案 松尾社神主相郷・相冬等つゝしんで言上 『松』1705
1486 文明18.7.17 足利義政 松尾社御師   松尾社御師       拜賀無為、風雨難、祈祷精誠 足利義政御教書 『松』38
1486 文明18.9.16 斉藤基守(斉藤次郎左衛門尉松長代官)・直秋(越中国同所代官) 遊佐新右衛門尉殿   当神主・権神主       越中国利波郡松永庄内松尾社領、去六月十一日御下知、当神主并権神主代に沙汰付 斉藤基守・越中国同所代官直秋連署遵行状 『松』124
1486? 文明18?.10.2 斉藤次郎左衛門尉基守(越中国松永南方代官) 松尾南殿御返報   松尾南殿・相賀       松永庄御停、度々御催促、国へ申下、相賀御時より請切、御停納申さず、返事、当社も御照覧、拙者難渋非、南方辺一途、了簡 斉藤基守書状 『松』125
1486 文明18.11.20               社官十五人分、氏人四人、公文分一膳、こしろきやう一膳、新入分一膳、職事一膳 氏神神事正頭注文 『松』184
1487 文明19.4.14 政元 当社神主殿   当社神主殿       松尾社領丹波国天田郡佐々井部庄(雀部庄)内六村、御下知に任せ相違あるべからず 政元施行状案 『松』1291
1488 長享2.6               長享2年3年分、文明15年6月分、文明17年6月分 松尾社領丹波国雀部御庄御料米等納帳 『松』1706
1488 長享2.11.21 毘沙             此証文社家にあり、小坂の毘沙門堂上カタ木代、西芳寺西山門修理之時、寺より切り遣わす社領の間、請取申木の料足七百五十文 山門修理記録断簡 『松』1286
1488 長享2.12.9 前加賀守飯尾清房・散位飯尾元行 東寺雑掌           東寺雑掌申す東寺境内同寺領所々、目録別紙、後宇多院御起請符の地、他寺を混ぜず、厳重御祈願所、綸旨以下諸公事免除御下知を帯、今度松尾社神輿造営料と号、段銭懸、度々証文に任せ、催促停止奉書、存知 室町幕府奉行人連署奉書 東寺『室』1564
1488 長享2.12.9 飯尾清房・兼連飯尾元行 当社神主殿   当社神主殿       東寺雑掌申す東寺境内同寺領所々、後宇多院御起請符の地、他寺を混ぜず、厳重御祈願所、綸旨以下諸公事免除御下知を帯、今度松尾社神輿造営料と号、段銭を寺領山城国植松庄・上野庄并所々散在等に懸、譴責、奉書に任せ、催促停止、遅滞あるべからず 室町幕府奉行人連署奉書 東寺『室』1565
1488 長享2.12.9 飯尾清房・兼連飯尾元行 周宣蔵主           東寺雑掌申す東寺境内同寺領所々、後宇多院御起請符の地、他寺を混ぜず、厳重御祈願所、綸旨以下諸公事免除御下知を帯、今度松尾社神輿造営料と号、段銭を寺領山城国植松庄・上野庄并所々散在等に懸、譴責、奉書に任せ、催促停止、遅滞あるべからず 室町幕府奉行人連署奉書 東百『室』1566
1488 長享2 宮仕             明応6年10月25日この本右京亮殿より借申、萬聞書、長享2年宮仕書、文明9年正月4日古帳を写、明応6年10月26日右京より借写 宮仕注文 『松』1077
1490 延徳2.4.28 伊勢備中守 松尾社御師   松尾社御師       松尾社神馬一疋栗毛紋 伊勢備中守奉御教書 『松』39
1490 延徳2.11.25 伊勢備中守 松尾社御師   松尾社御師       松尾社神馬一疋青毛・印・雀・目結、御祈祷、牽進 足利義政御教書 『松』757
1491 延徳3.2.吉 松尾社御師郷宿     松尾社御師郷宿       見出し書く間に就き次第不同、丹波国雀部庄方引付、延徳三年二月吉日松尾社御師郷宿禰、永正5年書直しアリ 丹波国雀部庄方引付事 『松』1707、『松記』2ー11
1491 延徳3.4.13 松尾社務相郷/宗像禰宜己家寿丸・三宮祝千代寿丸・櫟谷禰宜相連・権祝相慶・正祝相冬・正禰宜相庶 桜井殿 相郷 社務相郷・正禰宜相庶・正祝相冬・権神主相賀・権禰宜相秀・権祝相慶・前官相廉・前官相仲・氏人千代増丸 月読禰宜重俊・月読祝重能・氏人重遜 櫟谷禰宜相連・櫟谷祝亀寿・三宮禰宜重親・三宮祝千代寿丸・宗像禰宜己家寿丸・氏人?   この起請文定置事、神人等と申事、権神主相賀・権禰宜相秀・月読禰宜重俊・同祝重能等が神人等と同心し申事取り上げ、今度事重俊所行、かくのごとくある間此方人数定置く、職次第、社務相郷、正禰宜相庶相郷子、正祝相冬、権神主相賀、権禰宜相秀相賀甥、権祝相慶相冬子、月読禰宜重俊、月読祝重能永俊弟、櫟谷禰宜相連相郷子二、櫟谷祝亀寿重俊子二、三宮禰宜重親、三宮祝千代寿相郷子三、宗像禰宜己家寿相廉子、同前官并氏人等、相廉相郷弟、相仲相郷弟、氏人千代増丸相仲子、氏人重遜氏人ながらこれは不入重俊子、氏人一人重親子これも氏人ながら不入、不入衆は両人也、延徳三年辛亥卯月十三日、松尾社務相郷(花押)、かくのごとく書連事、連判加える者と、加えざるもの存分すべきため也、同伯殿忠富王へ連署出事、但折紙遣、各転位のこと位を蒙るといえども、社務相郷と神人等訴論の儀、御糺明を遂げ、それ以後存知すべきか、更々緩怠の儀あらず、この旨しかるべく御披露、宗像禰宜己家寿丸、三宮千代寿丸、櫟谷禰宜相廉、権祝相慶、正祝相冬、正禰宜相庶、延徳三桜井殿、きやうもん(起請文?)一通は書き残す、一通は廃棄焼きて相郷宿所において、竹に入れ残す 社務相郷相庶等披露状案 『松』1292
1491 延徳3.8.10 下津屋右京進勝信・松室重俊 弥次郎宗次     松室重俊     私領田、4段大、在所下山田1段半、池尻ミソノハタ1段半、ヒエツカト号、中ニツカ在、1段タラノ木ノツホト号、納谷升2石8斗定、此外本役作人前として沙汰、田地、真珠庵正智房、右京進勝信譲得当知行、要用直銭11貫文、弥次郎宗次永代沽却、重書松室重俊在所に預置、去る一乱中に紛失、売主・請人・子孫明、下津屋右京進勝信、松室重俊、(裏書、此内1段加賀方へ売渡、1反半四郎次郎方へ売渡、後日うらをわり申、裏破) 下津屋勝信田地売券 『革』84
1494 明応3.6.9 松田数秀・飯尾元行 松尾社御師東殿   松尾社御師東殿       西芳寺雑掌申す門前仁倉林内石観音敷地、不日明申 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』1942
1494 明応3.6.15 松田数秀・飯尾元行 松尾社御師東殿   松尾社御師東殿       西芳寺雑掌申す門前仁倉林内石観音敷地、相触、無音不可然、不日明申 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』1943
1494 明応3.6 松尾社御師相郷     松尾社御師相郷       松尾社御師相郷謹んで支え言上、西芳寺雑掌掠め申す、宕社領に倉林内敷地一所、寺家申状、相郷先祖相季寄進勿論、石像観音堂敷地是也、虚言、相季寄進状に四至を指し寄進、当堂その外の地においては今に当知行相違なし、今度観音堂奇瑞あり、貴賎参詣につき、堺を越え新儀違乱、覚悟に及ばず、その謂れ、去長禄二年観音堂西北社領内樫一本あり、寺家より是を伐、社家として使者を立て、社領内たるの旨問答を加えるの間、その紛れなきにより、彼の木此方へ渡し付けの間、木則ち毘沙門堂へ寄進、請取有、観音堂敷地は彼の木在所猶東たるうえは、何事か寄進のうちたるべきか、恣言上御許容あたわず、証文并当知行の旨に任せ御下知、御祈祷専一 御師相郷陳状 『松』1293
1494 明応3.7 西芳寺雑掌             1293号文書の重申状 西芳寺雑掌重申状 『松』1294
1494? 明応3?.7.26 相郷 飯尾加賀守           観音堂西芳寺、松田対馬方、不動堂、最福寺、文明元年炎上 相郷書状 『松』221
1494? 明応3?.7.26 相郷 飯尾加賀守           同上 相郷書状案 『松』845
1496 明応5/明応2.3.28 松尾社前神主御師     松尾社前神主御師       納雀部庄年貢米并書公事物等引付、松尾社領丹波国雀部庄古田帳明応2年3月28日書也 納雀部庄年貢米并書公事物等引付 『松』1708
1497 明応6.9.5 飯尾行房・諏訪貞通 当社御師東殿 相冬 前社務相賀・神主南相冬・当社御師東殿       (端裏書、松尾、明応六年)、松尾社日供并神事料所、前社務借銭、前司屓累不可懸後任輩、当社他社例、勅裁、押領人、当知行、神用、神主南相冬、奉書、年貢諸公事物以下、相冬代、飯尾行房、諏訪貞通、当社御師東殿、(山中論文で相冬と校訂) 室町幕府奉行人連署奉書 『革』93、『室』2067
1497 明応6.9.5 飯尾行房・諏訪貞通 城州谷山田名主沙汰人中 相冬 前社務相賀・当社務相冬       松尾社日供并神事料所、前社務相賀借銭と号、違乱之族、前司負累後任輩に不可懸、当社他社例、勅裁、押領人退、当知行、領知、神用、当社務南相冬に対、奉書、年貢所公事物已下、南相冬代沙汰渡、難渋儀、罪科、(山中論文で相冬と校訂)(南家の文書) 室町幕府奉行人連署奉書 『松』118、松尾『室』2068
1497 明応6.9.6 飯尾行房・諏訪貞通 城州谷山田名主沙汰人中           同上、右本紙神主相章方(南家)に有(これは東家文書) 室町幕府奉行人連署奉書写 『松』759
1497 明応6.10.25               明応6年10月25日この本右京亮殿より借申、萬聞書、長享2年宮仕書、文明9年正月4日古帳を写、明応6年10月26日右京より借写 宮仕注文 『松』1077
1499 明応8.10.30 散位飯尾行房・下総守飯尾為頼 当社諸祠官御中           松尾社領山城国境内并外莫太(外畑)菱川同西岡諸散在田畠、近日怱劇、兵糧料右京兆被官人香西又六半済、日供以下厳重神事、闕怠、当社当国一宮三社准據、崇神、下知、濫妨輩、奉書、社家全領知、専御祈祷 室町幕府奉行人連署奉書 『松』40、松尾『室』2154
1499 明応8.10.30 散位飯尾行房・下総守飯尾為頼 右京兆代(細川政元代)           松尾社雑掌、当社領山城国境内外莫太(外畑)菱川同西岡諸散在、近日怱劇、兵糧料半済、日供以下厳重神事忽闕怠、当国一宮三社准、御下知、濫妨輩に下知 室町幕府奉行人連署奉書 『松』106、松尾『室』2155
1499 明応8.10.30 飯尾行房・飯尾為頼 西岡諸侍中           松尾社領山城国境内并西岡諸散在、近日怱劇、兵糧料半済、日供以下厳重神事忽闕怠、当社当国一宮三社准、御下知、濫妨、奉書を右京兆細川政元に成、全社納、異儀の輩厳科 室町幕府奉行人連署奉書 『松』107、松尾『室』2156
1500 明応9.12.14 飯尾行房・飯尾為頼 当所名主沙汰人中   御師東相郷弟・東相廉       松尾社社領丹波国雀部庄内野中村、相郷弟譲与、正體、号年記本物返、称寄進沽却、方々非分族、押妨、相廉存生、惣領、扶助、日供以下神役引替、他足闕如、神妙、既相廉死去、方々違乱退、家督、知行、神用、御師相郷、奉書、諸公事物社納 室町幕府奉行人連署奉書 『松』41、松尾『室』2193
1500 明応9.12.14 飯尾行房・飯尾為頼 内藤備前守殿   御師東相郷弟・東相廉       松尾社社領丹波国雀部庄内野中村、相郷弟譲与、正體、号年記本物返、称寄進沽却、方々非分族、押妨、相廉存生、惣領、扶助、日供以下神役引替、他足闕如、神妙、既相廉死去、方々違乱退、家督、知行、神用、御師相郷、奉書、存知、自然の儀、下知を加える 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』2192
1500 明応9.12.14 飯尾行房・飯尾為頼 四宮四郎右衛門尉   御師東相郷弟・東相廉       松尾社社領丹波国雀部庄内野中村、相郷弟譲与、正體、号年記本物返、称寄進沽却、方々非分族、押妨、相廉存生、惣領、扶助、日供以下神役引替、他足闕如、神妙、既相廉死去、方々違乱退、家督、知行、神用、御師相郷、奉書、存知 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』2194
1492〜1501 明応年中       故神主相冬       明応年中故神主相冬下行申され候古帳の書抜、作成年代不明 御膳入用目録残缺 『松』1046
1501 文亀1.3.16 売主松尾大工三郎次郎 革嶋新五郎殿泰宣         泰宣 田地、1段、山城国葛野郡松尾御領、字スツ川、東河原者薮、西二井ノ溝、南類地畔、北類地畔、松尾大工左近三郎より子三郎次郎に相伝私領、要用、直銭4貫500文、革嶋新五郎殿泰宣、本所給田諸役万雑公事無、斗代谷升1石1斗2升を一色に御知行、支証は文明年中動乱取失、手続一通(手継)、親子親類違乱煩、公方盗賊御罪科 松尾大工三郎次郎田地売券 『革』拾50
1501 文亀1.3.16 売主松尾大工三郎次郎 革嶋新五郎殿泰宣           田地、2段、山城国葛野郡谷、字スツ河、松尾大工左近三郎より子三郎次郎に相伝私領、要用、直銭9貫文、革嶋新五郎殿泰宣、斗代谷升1石1斗2升代、一色に御知行、支証は文明年中乱取失、手続一通(手継)、親子親類違乱煩、公方盗賊御罪科 松尾大工三郎次郎田地売券 『革』拾51
1503 文亀3.2.19       松尾神主相郷、相庶、次男松千       松尾神主相郷、相庶、次男松千 忠富王記 『伯』
1503 文亀3.12.19 松室重俊・同子重治 川しま二郎衛門方(革嶋之里次郎衛門方)     松室重俊・同子松室重治     (端裏書、松室、二反一石九斗かいけん)、田地、2段、葛野郡谷下山田之内字たんのもと、松室重俊先祖相伝、要用、1?貫文、川しま二郎衛門方、2段2石2斗のうち3斗は毎年本役、残る1石9斗売渡、下地諸公事なし、損免・井料1石9斗のうち神田のひつかけのことくさた、以後違乱、公方様盗人御罪科、松室重俊、同子松室重治 松室重俊田地売券 『革』98
1503 文亀3.12.30 法住院殿足利義澄     御師前神主東相郷       (端裏書1、松尾、文亀三年)、(端裏書2、法住院殿、御判案文)、法住院殿(足利義澄)御判松尾社所々同境内神田、入置公用地、代官并銭主以下、社納有名無実、神用欠怠、応永12年3月20日御判の例、棄破契約、御師前神主東相郷直務、諸神事、祈祷精誠 足利義澄御判御教書案 『革』99
1504 永正1.3 松室重俊・同子重治 下山田弥八     松室重俊・同子松室重治     田地、2段、在所下山田西庄内字馬場末、東畠、南溝、西山守田、北溝、重俊先祖相伝下地、要用、納升2石2斗、1斗は毎年本役、2石1斗を現銭12貫文、下山田弥八方へ永代売渡、下地本支証一紙目録、万雑公事なし、類地の引懸、親類子孫違乱煩、公方様として盗人御罪科松室重俊、同子松室重治 松室重俊田地売券 『革』100
1504 永正1.5.24 松田頼亮・松田長秀 四宮殿   松尾御師前神主東相郷       松尾御師前神主東相郷、社領丹波国雀部庄、名主百姓近年雅意に任せ損免と号し一向難渋、日供神事闕怠、従来朔日料米毎日運上、年々有名無実言語道断、当年先々のごとく沙汰、下知、同篇、罪科、交名注申 室町幕府奉行人連署奉書 『松』42、松尾『室』2365
1504 永正1.5.25 松田頼亮・松田長秀 守護代   松尾御師前神主東相郷       松尾御師前神主東相郷、社領丹波国雀部庄、名主百姓近年雅意に任せ損免と号し一向難渋、日供神事闕怠、従来朔日料米毎日運上、年々有名無実言語道断、当年先々のごとく沙汰、下知、同篇、罪科、交名注申 室町幕府奉行人連署奉書 『松』1296
1505 永正2.3 下山田弥八 子下山田八郎二郎           (端裏書、下山田弥八、永正二年)、田地、2反、在所下山田西庄馬場末、子下山田八郎二郎、証文一通、譲渡、下山田弥八 下山田弥八田地譲状 『革』102
1505 永正2.4.2 左中弁守光 伯二位殿           松尾祭、社家に付す、伯家御教書も有 綸旨写 『伯』P115
1505 永正2.5.27 散位飯尾行房・大和守飯尾元行・加賀前司飯尾清房 松尾社御師東殿   松尾社御師東殿       疫癘消除御祈祷、神前、清誠抽 室町幕府奉行人連署奉書 『松』760、東『室』2398
1505 永正2.12.5       松尾社司式部大輔(相庶)         頭人御加判引付 『引付』下173
1504/1505 永正1/4                 松尾社領丹波国湯井村御年貢米以下色々納引付 『松』1709