周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

松尾大社データベース4

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

1507 永正4.9.7               南都春日社応永14(1407)年遷宮古文章祐時卿自筆写也、永正4年丁卯9月7日祐時之自筆の本にて書写、本は辰市祐恩に借用、能々校合、当月中に下遷宮沙汰有、内々に学侶より命ぜらる、精進事一大事、応永14年精進記祐時自筆也 春日神社応永十四年遷宮ノ時精進記録写 『松』1104
1507 永正4.10.19 飯尾行房・治部貞兼 当社東殿   当社東殿・松尾社正祝相豊       松尾社正祝相豊申当社領城州谷内神宮寺田、手継証文帯、老母当知行、非分の輩買得質権の地を混ぜ違乱、不可然、妨げ停止 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』2480
1507 永正4.11.2 豊前守松田頼亮・前丹後守松田長秀 当社前神主御師東殿相郷   当社前神主御師東殿相郷       松尾社領丹波国天田郡雀部惣庄、貞治3(1364、正平19)年以来度々御判、社家一円神領明白、近年不知行在所、直務、神用 室町幕府奉行人連署奉書 『松』43、松尾『室』2482
1507 永正4.11.12 飯尾行房・治部貞兼 社家并神方中   社家并神方中・正祝東?相豊・前神主東相郷       松尾社正祝東?相豊、城州谷内神宮寺田三段、前神主東相郷、惣間御下知帯、非分の族買得以下地混ぜるべからず、老母当知行并書継証文に任、成敗、相豊代之所務 室町幕府奉行人連署奉書 『松』119、松尾『室』2483
1507 永正4.11.12 飯尾行房・治部貞兼 当社東殿   当社東殿・正祝相慶       14日到来、松尾社正祝東?相慶、城州谷内神宮寺田三段、惣間御下知帯、非分の族買得以下地混ぜるべからず、老母当知行并書継証文に任、成敗、相豊代之所務、(正文永正4年11月16日公方様へ進上、つほね御帰御社頭) 室町幕府奉行人連署奉書 『松』1297
1507 永正4.11.23 飯尾行房・治部貞兼 当社東殿   当社東殿・松尾社兵部大輔相豊       松尾社兵部大輔相豊申当社領城州谷内神宮寺田三反、先度御成敗、違乱未だ休まず、御下知違背、妨げ停止 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』2486
1507 永正4                 納雀部庄御領米并御菜銭等帳 『松』1710
1503 文亀3.8.3 行吉越中守盛光             筑後守方へ瓜遣わす、披露、文亀3年8月3日行吉返事 行吉盛光書状
年未詳.11.11 忠久 中村殿           算用 忠久書状
1453 享徳2.12.9             松尾社領当郡由井村(湯井村)去年段銭、重々無沙汰 久書状
年未詳.4.2 東殿           大輔殿、湯治、御鞍長、大輔殿、上洛、御秘蔵御馬給、在京 某書状
年未詳.10.14 松尾式部大輔相庶 吾覚院   松尾式部大輔相庶       納所、近日上使納め取る、御被官人に仰付け、兵衛、右衛門九郎へ仰付 相庶書状
年未詳.11   多田?川           松尾社領当国山本庄、院宣、公武御下知?、厳重神領、半済分、社納全う 某書状
1494 明応3.4.9             料足300疋、太郎衛門に渡す、国米売らず、御迷惑事、百姓 某書状
1509 永正6.5.3 対馬守(松田英致?)             天変地妖御祈祷、近日精誠 対馬守御教書 『松』1298
1509 永正6.12.5 貞船 内藤彦五郎殿・太田蔵人殿           松尾社領丹州桑田郡小川神戸田、湯井村と号す、御造作御要脚段銭事、免除、催促停止 貞船奉書 『松』1299
1509 永正6.12.6 松室重俊・息蔵人佐重治 革嶋新五郎泰宣     松室重俊・息蔵人佐松室重治   泰宣 (端裏書、松室殿御料之売券 永六)、田地、5段、山城国葛野郡革嶋郷内2反、岡郷内3反、松尾月読田松室重俊知行、松室在所、屋敷沽却、5段本役銭1貫650文を、直銭7貫文、革嶋新五郎泰宣沽却、御屋敷買徳、毎年四月始酉日祭礼以前に社納、先規3貫300文社納、清和院陳、半済壱ヶ年分、返付、押領、御知行、同名親類子々孫々、公方盗人罪科、本支証、一紙目録、裏破、去度の乱に他所に預置、売券一通肝要 松室重俊田地売券 『革』拾43
1510 永正7.6.19 近江守飯尾貞連・前丹後守松田長秀 当社御師東殿   当社御師東殿       松尾社領丹波国雀部庄内野中村・土村・東禅寺分并佃8斗代其外名々等田畠事、近年右京兆細川高国被官人押妨、日供以下神役闕怠、全直務、神用専 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2635
1510 永正7.6.19 飯尾貞連・松田長秀 右京兆代(細川高国代)           松尾社領丹波国雀部庄内野中村・土村・東禅寺分并佃8斗代其外名々等田畠事、近年右京兆細川高国被官人押妨、日供以下神役闕怠、全直務、神用専 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2636
1510 永正7.6.19 飯尾貞連・松田長秀 守護代           松尾社領丹波国雀部庄内野中村・土村・東禅寺分并佃8斗代其外名々等田畠事、近年右京兆細川高国被官人押妨、日供以下神役闕怠、全直務、神用専 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2637
1510 永正7.6.19 飯尾貞連・松田長秀 大月雅楽助殿・松山弥次郎殿           松尾社領丹波国雀部庄内佃8斗代事、近年右京兆細川高国被官人押妨、日供以下神役闕怠、全直務、神用専 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2638
1510 永正7.6.19 飯尾貞連・松田長秀 柳本殿           松尾社領丹波国雀部庄内東禅寺分事、近年右京兆細川高国被官人押妨、日供以下神役闕怠、全直務、神用専 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』2639
1510 永正7.6.19 飯尾貞連・松田長秀 庄内名主沙汰人中           松尾社領丹波国雀部庄内野中村・土村・東禅寺分并佃8斗代其外名々等田畠事、方々押妨退け、社家直務、年貢諸公事物以下先々如く厳密沙汰 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2640
1510 永正7 松尾社前神主御師郷宿     松尾社前神主御師郷宿       永正七年当社領丹波雀部庄内野中村・土村并東禅寺分・同佃八斗代、右京兆被官人等押妨、当年6月17日に御師相郷奉行飯尾近江守をもって公方様へ歎き申す 松尾社領所々事申状并御下知等引付 『松』1712、『松記』1ー69
永正7.6 櫟谷祝道祖満丸・櫟谷禰宜重親・月読祝重治・月読禰宜重俊・権祝相綱・権禰宜相仲・権神主松千代丸・正祝相慶・正禰宜相秀・神主相冬・前神主相郷   相冬 櫟谷祝道祖満丸・櫟谷禰宜重親・月読祝重治・月読禰宜重俊・権祝相綱・権禰宜相仲・権神主松千代丸・正祝相慶・正禰宜相秀・神主相冬・前神主相郷       社領丹波国天田郡雀部庄、厳重神領、右京兆被官人押妨、腰文一通 一社連署申状
永正7.6.13 松尾社御師相郷     松尾社御師相郷       神領丹波、一社連署をもって申し入れ、来3日御田植御神事前に披露 相郷申状
永正7.6.28 松尾社御師相郷     松尾社御師相郷         相郷申状
  前丹後守長秀 松尾社御師相郷   前正禰宜相庶         長秀書状?
永正7.6.19 飯尾近江守・松田前丹後守 当社御師東殿           永正七年当社領丹波雀部庄内野中村・土村并東禅寺分・同佃八斗代、右京兆被官人等押妨、当年6月17日に御師相郷奉行飯尾近江守をもって公方様へ歎き申す 室町幕府奉行人連署奉書
永正7.6.19 貞運・長秀 右京兆代           押妨退け、社家直務 室町幕府奉行人連署奉書
永正7.6.19 貞運・長秀 守護代           押妨退け、社家直務 室町幕府奉行人連署奉書
永正7.6.19 貞運・長秀 荘内名主沙汰人中           押妨退け、社家直務 室町幕府奉行人連署奉書
永正7.6.19 貞運・長秀 大月雅楽助殿・松山弥次郎殿           押妨退け、社家直務 室町幕府奉行人連署奉書
  永正7.6.19 貞運・長秀 柳本殿           押妨退け、社家直務 室町幕府奉行人連署奉書
  永正1.5.24 頼亮・長秀 当所名主沙汰人中           松尾社御師前神主東相郷、社領丹波国雀部庄、近年雅意に任せ損免 室町幕府奉行人連署奉書
  明応4.3.16 中村備中守言永 雀部政所           人夫、算用  
  永正1.5.24 頼亮・長秀 守護代           松尾社御師前神主東相郷、社領丹波国雀部庄、近年雅意に任せ損免 室町幕府奉行人連署奉書
1510 永正7.8.15 下野守飯尾之秀・散位諏訪長俊 当社神主殿   当社神主殿   松尾社神人山田兵庫助   松尾社神人山田兵庫助、進退、御敵与同、糺明、給恩田地、先例、社家進止、神役 室町幕府奉行人連署奉書 『松』120、松尾『室』2647
1510 永正7.9.13 右中将実胤 神祇伯殿 相郷 神主相郷       松尾社神主職事、相郷以て還補下知、天気 後柏原天皇綸旨 『松』170
1510 永正7.9.13 右中将実胤 神祇伯殿 相郷 神主相郷       松尾社神主職事、相郷以て還補下知、天気、これは今度の御社務なり 後柏原天皇綸旨案 『松』1300
1510 永正7.9.13 大炊助 松尾社神主殿 相郷 神主相郷       松尾社神主職事、相郷以て還補綸旨、案文遣、存知、本官 伯家御教書 『松』1301
1510 永正7.9.27 飯尾貞連・松田英 当社神主東殿   当社神主東殿・松尾社社務・正祝・前社務相冬       松尾社社務并正祝職等事、不儀子細有、改易、前社務相冬神用につき借銭あると号、職田違乱、前司負累後任に懸けず、先例、妨げ退け神用専ら 室町幕府奉行人連署奉書 『松』1302、東『室』2659
1510 永正7.9.27 飯尾貞連・松田英 谷諸本所中 相郷 松尾社社務・正祝・前社務相冬・社務相郷       松尾社社務并正祝職等事、不儀子細有、改易、前社務相冬神用につき借銭あると号、職田違乱、前司負累後任に懸けず、先例、妨げ退け神用専ら、当社務相郷御下知 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』2660
1510 永正7.9.27 飯尾貞連・松田英 当所名主百姓中 相郷 当松尾社社務・正祝・前社務相冬・社務相郷代       松尾社社務并正祝職等事、不儀子細有、改易、前社務相冬神用につき借銭あると号、職田違乱、前司負累後任に懸けず、先例、妨げ退け、年貢諸公事物、先々如く厳密当社務相郷代に沙汰し渡す 室町幕府奉行人連署奉書案 東『室』2661
1510 永正7.9.吉 松尾社御師相郷     松尾社御師相郷・相郷三男松千代丸正祝・権神主・前官正祝相庶         当社社務職并正祝職等事引付 『松』1711、『松記』1ー45
永正7.12.5 飯尾貞運・松田英 当社神主殿           松尾社神方神事に随わず 室町幕府奉行人連署奉書
永正7.12.5 飯尾貞連(貞運?)・松田英 当社一社中           松尾社神方神事に随わず 室町幕府奉行人連署奉書
永正7.12.5 飯尾貞連(貞運?)・松田英 大覚寺門跡雑掌           松尾社神方神事に随わず 室町幕府奉行人連署奉書
永正7.12 細川殿御奉行飯尾せん左衛門秀兼 当社一社中           松尾社神人城州山田内居住輩、勅宣・公方御下知に背く、退治、兵庫助、今後立ち帰り徘徊言語道断、見合いに誅す 細川家奉行人奉書?
永正7.12.6 細川殿御奉行飯尾せん左衛門秀兼             それぞれ文言同前、大覚寺雑掌河村殿人々中、河端諸物中・中路弾正左衛門尉殿・中路修理高一殿・革嶋新五郎殿・神足孫四郎殿・物集女幸殿・高橋与一殿・山田沙汰人中・谷諸本所代官中・梅宮一社中  
永正7.12.6 細川殿御奉行飯尾せん左衛門秀兼 天龍寺雑掌/林泉寺臨川寺?)雑掌           松尾社神人城州山田内居住輩、勅宣・公方御下知に背く、退治、兵庫助、今後立ち帰り徘徊言語道断、見合いに誅す  
永正7.10                 社務并正祝両職補任料納引付  
1510 永正7.10.19 秀衡 当社近所諸侍中 相郷 松尾社当社務東相郷・前社務南相冬父子       松尾社社務相郷、当社社務職并社領田地、綸旨、公方御下知、相郷、前社務相冬親子借事、斉藤兵衛大夫私折紙、当所務押置、言語道断、違乱族退、当社務相郷に合力 山城国守護奉行人奉書 『松』44
1510 永正7.12.5 飯尾貞連・松田英 当社神主殿   当社神主殿       松尾社神方等神事に相随わず、度々仰せ猶緩怠、御成敗加、下知、神事無為 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2670
1510 永正7.12.5 飯尾貞連・松田英 当社一社中           松尾社神方等神事に相随わず、度々仰せ猶緩怠、御成敗加、下知、 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2671
1510 永正7.12.5 飯尾貞連・松田英 大覚寺門跡雑掌           松尾社神方等神事に相随わず、度々仰せ猶緩怠、御成敗加、当所徘徊あらば、注進いたすべし 室町幕府奉行人連署奉書案 松記『室』2672
1511 永正8.3.16 友田新左衛門尉氏善 革嶋勘解由左衛門尉泰宣         泰宣 田地、2反、要用、直銭3貫文、革嶋勘解由左衛門尉泰宣、御料足、松尾御神事料として売渡、違乱煩、子々孫々、公方盗人罪科 友田氏善田地売券 『革』拾7
1511 永正8.4.11 売主次郎左衛門・請人四郎左衛門 革嶋勘解由左衛門尉泰宣       三宮殿(革嶋?・松尾?) 泰宣 (端裏書、上桂二郎左衛門うりけん)、田地、3段、山城国葛野郡上桂東庄内字北垣内、四至、東類地、西類地、南類地、北土居、上桂次郎左衛門先祖相伝私領、要用、直銭8貫文、革嶋勘解由左衛門尉泰宣売渡、本所東庄へ3段内庄之斗(庄升)1石5斗6升9合并夫銭1貫100文納、同草代216文四月晦日納、三宮殿年頭銭150文九ヶ年に一度東庄政所へ納、此外万雑公事無、此方(次郎左衛門)御徳分十合升1石5斗納、証文、去文明年中一乱失却、売券一通売渡、子々孫々支証違乱煩、公方盗人罪科 上桂次郎左衛門田地売券 『革』拾62
1511 永正8.7.12 松室重俊・同蔵人重治 革嶋之里次郎衛門方(川しま二郎衛門方)     松室重俊・同子松室蔵人重治     田地、1段、字ツイハセ、南北地類、納升8斗代、上山百姓証人六朗左衛門、松室重俊相伝知行、要用、現銭3貫500文、革嶋之里次郎衛門方へ売渡、万雑公事無、地類引懸、子孫違乱、盗人罪科、松室重俊、同子松室蔵人重治 松室重俊田地売券 『革』109
1511 永正8.7.16 近江守飯尾貞連・対馬松田英 松尾社御師東殿   松尾社御師東殿       御敵退治御祈祷、近日精誠抽 室町幕府奉行人連署奉書 『松』763、東『室』2695
1511 永正8.7.16 近江守飯尾貞連・対馬松田英 松尾社御師東殿   松尾社御師東殿       松尾社御神馬一疋青毛印雀目結引進 室町幕府奉行人連署奉書案 東『室』2696
1511 永正8.11               松尾社祠官等謹んで言上、当社領山城国外莫太庄(外畑)、近年有名無実、去永正5年度御下知、本役申談ずる刻、惣庄岩栖院に寄る、古今御成敗に任せ、年貢諸公事物など相違なく社納下知、細川殿に仰付け願い申す 松尾社祠官等申状案 『松』1303
1511 永正8.12.26 中野五郎左衛門俊房 引地弥四郎殿御中           運上申色々事、一貫文聖護院にて御借銭、貮端墨布、免鳥壱羽、筵三枚、宮代兵事15日分、雀部より中野五郎左衛門俊房 雀部中野五郎左衛門送文 『松』1305
1511 永正8       社務相郷・相冬・相賀       松尾社年中日供調進所之事、正月、境内社務役、但御木こり人夫ハ丹波雀部庄役、相郷取沙汰、二月、上15ヶ日御米・御菜銭・人夫以下摂津国山本庄役、相郷取沙汰、末15ヶ日御社務役、但去年に至っては相冬・相郷、三月近江国池田庄役、但社務役也、近年不知行、四月同、五月、松永庄役、但相賀と相冬相論、是も近年不知行、六月、丹州雀部庄役、相郷取沙汰、此内10ヶ日、近年闕怠、子細は東禅寺六村分其外名々不知行、七月、社務役、但此内12ヶ日去年に至っては社務相郷・相冬闕怠、八月、社務役、九月、社務役、十月、伯耆国東郷庄役、近年不知行、相郷取沙汰、十一月同、十二月、丹波国雀部庄役、相郷取沙汰、但六村分不知行、よって末10ヶ日闕怠、閏月、御米は時の社務役、御菜銭、人夫は上20日丹波湯井村役、相郷取沙汰、末10ヶ日外畑庄役、但社務取沙汰 年中日供料所 『松』1304
1512 永正9.8.9 対馬松田英致・近江守飯尾貞連 松尾御師   松尾御師       変異御祈祷、精誠 室町幕府奉行人連署奉書 『松』1306
1512 永正9.10.13 如重奉 松尾社神主殿   松尾社神主殿       当社神主職、去去年公武御成敗筋目、存知、日供神事厳密執行、叡慮、本官 神祇伯家御教書 『松』45
1512 永正9.10.13 如重奉 松尾社一社中   相郷       当社神主職、去去年公武御成敗筋目、相郷、日供神事厳密執行、叡慮、一社并神人等、本官 神祇伯家御教書 『松』46
1512 永正9.11 松尾社神主相郷     松尾社神主相郷       松尾社神主職綸旨以下支証目録、一通綸旨正文永正7年9月13日、一通伯殿補任正文永正7年9月13日、一通女房之文長橋殿御書出正文永正9年10月13日、二通伯殿(白川雅業王)御奉書案文、以上五通 綸旨等目録控 『松』1307
1512 永正9.12.6 対馬松田英致・近江守飯尾貞連 松尾社社務   松尾社社務       変異御祈祷、安全精誠抽 室町幕府奉行人連署奉書 『松』761、東『室』2750
1513 永正10.5.27 伊勢伊勢守貞陸 松尾社御師   松尾社御師       松尾社御神馬一疋青毛 室町幕府奉行人奉書 『松』47
1513 永正10.11.9 伊勢伊勢守貞陸 松尾社御師   松尾社御師       松尾社御神馬一疋青毛・印・雀・目結、牽進 伊勢守奉足利義稙御教書 『松』758
1513 永正10.12.9 学頭代実乗坊・請人西坊代与運 革嶋勘解由左衛門尉泰宣     松室方   泰宣 田地、4段、山城国葛野郡谷郷内在所字久田、今は吉見、山門西塔院北谷興学講料所、要用、谷西坊御取次、直銭10貫文、革嶋勘解由左衛門尉泰宣、永代売渡、本所壱段大本役米松室方へ2斗8升納之谷升定、残相国寺内宝泉軒1石9斗6升、此外此方(興学講)徳分2石4斗、此外万雑公事なし、弟子同朋違乱、公方として盗人罪科 実乗坊要運田地売券 『革』拾32
1514 永正11.8.9 飯尾貞運・松田英 一社中   正祝相宣   前祝業俊   松尾社正祝相宣申職田、前祝業俊借銭と号、違乱族有、先司負累後任に懸けず、先例、妨げ退くべし 室町幕府奉行人連署奉書 松尾108、『室』2783
1514 永正11.12.14 売主松室蔵人重治 革嶋勘解由左衛門尉泰宣     松室蔵人重治   泰宣 (端裏書、松室殿売券、永正十一年日)、田地、1段大、山城州葛野郡谷郷西庄内字、1段大在所同前字、四至、松室蔵人重治私領、月読社造営神用、直銭15貫文、革嶋勘解由左衛門尉泰宣売渡、本支証一紙目録、裏破、去永正八年京都一乱公方様足利義尹丹州御没落、他国へ預置、何時も取寄、斗代1段大、谷升2石1斗定、1段大、谷升1石8斗2升定、子々孫々違乱煩、公方盗人罪科 松室重治田地売券 『革』拾58
1516 永正13.9.15 上野介斉藤時基・近江守飯尾貞連 当社雑掌           松尾社境内河原事、院宣并御判指図等を帯び、当社神事馬場、臨川寺前の嶋を混ぜ、寺家雑掌子細申す、御糺明、寺家河端の輩、山田に取懸、在家を放火、苅田を致し、神人を討ち取る、言語道断、戒めざるべからず、論所においては、故戦の科に処し、社家に付す、社領全う 室町幕府奉行人連署奉書 『松』1308、東『室』2871
1516 永正13.10.25     相冬 神主相冬         天皇綸旨写 『松』典籍2-359
1516 永正13.11.13 月読禰宜松室重俊・同子月読祝松室重治 長福寺弘縁首座     月読禰宜松室重俊・同子祝松室重治     田地、1段大、字田中、四至東類地、西?御領馬田、南観喜寺領、北路、月読禰宜田、先祖相伝、社頭造営、直銭6貫900文、長福寺弘縁首座へ売渡、年貢米1段8斗宛、井料神領半分出、此外万雑公事無、違乱煩、公方様盗人罪科、月読禰宜松室重俊、同子祝松室重治 松室重俊・同重治連署田地売券 『革』117
1516 永正13.11.16   松尾社正祝殿   松尾社正祝殿・前正祝相綱       前正祝相綱借銭と号、職田違乱之族、先司負累後任輩不懸、大法、押妨、所務、神事社役、難渋百姓、譴責、本官 伯家下知状 『松』126
1516 永正13.11.1□ 売主松室重俊・証人子息松室重治 祥樹庵永邦蔵主     売主松室重俊・証人子息松室重治     田地、1段小、1反字田中、四至西南東類地、北溝、小字ハイノシリ、東朝原助田、西頭田、南溝、北岸、山城州葛野郡朝原郷、下地、松室重俊先祖相伝月読田、社頭造営、直銭6貫100文、永代祥樹庵永邦蔵主に沽却、年貢は社家納升、1段に8斗宛、井料は神田たるにより半分出、此外諸公事無、支証、一紙目録、売券状本券、子々孫々、違乱煩、公方様盗人罪科 松室重俊田地売券 『革』拾45
1517 永正14.2.19 禰宜相豊     惣官相季次男・正禰宜相豊・相郷孫相安嫡子辰千代丸・虎松丸 月読禰宜重俊     氏神御神事正頭注文、貞治4(1365)年11月26日惣官相季次男御勤仕、永正14(1517)年2月19日月読禰宜重俊に借用写畢、相季次男は当家先祖たるへきか、相郷孫相安嫡子辰千代丸此日記を以て勤め畢、天文7(1538)年11月27日虎松丸正頭かくのごとく日記にて調え候 氏神御神事正頭記注文 『松』185
1517 永正14.4.5 売主次郎衛門(革嶋之里次郎衛門方・川しま二郎衛門方) 革嶋勘解由左衛門尉殿泰宣     松室殿   泰宣 田地、2段、山城国葛野郡谷郷四至本券、字下山田タンノ本、1段、山城国葛野郡谷郷四至本券、字ツイハセ、次郎衛門買得下地、要用、直銭12貫500文、永代革嶋勘解由左衛門殿泰宣へ売渡、御本役3斗松室殿へ納、此外諸公事無、証文弐通副渡、子々孫々違乱煩、盗人罪科、売主次郎衛門 次郎衛門田地売券 『革』119
1518 永正15.5.5 左中弁 松尾神主館           社領大井川・桂川事、上は請田を限り、下は淀に至、社家進退在々所々河公事その沙汰致す、河上弥々相違なく全知行相計、天気 後柏原天皇綸旨 『松』933
1519 永正16.2 下山田八郎次郎 革嶋勘解由左衛門尉殿泰宣     松室殿   泰宣 下地、2段、四至本券文、字馬場末、山城国葛野郡下山田西庄、田地、八郎次郎相伝下地、要用、直銭11貫文、本所松室殿へ納、手継支証弐通副渡、斗貢2石1斗納召、子々孫々違乱煩、公方様盗人罪科、下山田八郎次郎、革嶋勘解由左衛門殿泰宣 八郎次郎田地売券 『革』124
1519 永正16.6.10 売主松室重俊・証人子息松室重治 景蔵主     松室重俊・子息松室重治     田地、1段半、東宝寿院田、南朝原里、西同月読祝田、北堤、年貢内1斗は朝原里堀不作立、山城州葛野郡朝原郷、下地、松室重俊先祖相伝月読田、社頭造営、直銭6貫300文、永代景蔵主沽却、年貢社家納升、1段に8斗宛、井料神田半分出、此外諸公事無、一紙目録、売券状本券たるべし、子々孫々違乱煩、公方様盗人罪科、売主松室重俊、証人子息松室重治 松室重俊田地売券 『革』125
1519 永正16.12.23 飯尾貞運・松田秀俊 谷諸領主中   松尾社御師東相郷       松尾社御師相郷、当社境内万石・井戸・仁倉林土民、他所に移住、諸家被官と号、神役に随わず、証文、制止、神用、御下知 室町幕府奉行人連署奉書 『松』48、松尾『室』3003
1519 永正16.12.23 飯尾貞運・斉藤基雄 当社御師東殿           松尾社境内仁倉林土民、他所に移住、諸家被官と号、神役に随わず、制止、神用 室町幕府奉行人連署奉書 『松』49、松尾『室』3004
1520 永正17.2 松室重治・松室重俊・正禰宜東相宣・社務南相豊 東殿 相豊 禰宜東相宣・社務南相豊 松室重治・松室重俊     (端裏書1、松尾、永正十七年)、(端裏書2、社家、棄破、文書の証文・請文借用、永正十七年三月七日、当社務相豊と正禰宜東相宣両人に渡し了、支証書目録年号日付ノ下、相郷加判あるへし、初め二月ニハ案文を借し候へ共、後ニハ正文遣)、今度棄破、御支証御判已下、目録のごとく六通預かり申、上聞、書調、返進、松室重治、松室重俊、東相宣、南相豊、東殿 松室重治等連署文書預かり状 『革』128
1520 永正17.7.25 斉藤時基・松田秀俊(松田晴秀) 所々買得人数中   松尾社祠官相郷・相豊・相安・相宣 重俊・重治     松尾社祠官相郷・相豊・相安・相宣・重俊・重治等申当社領城州所々散在田畠薮林、或は売券預状、或は本物返地事、契状文言以下神領紛れなき地、応永御判といい、今度徳政法といい、棄破、存知、彼等契約田地、速やかに社家に去渡 室町幕府奉行人連署奉書 松尾『室』3017
1520 永正17.7.吉       本所松尾社・本所松尾社 本所月読社・本所松室     (端裏書1,永正十七年伝記ニ載)、(端裏書2、革嶋又次郎就宣知行分目録)、革嶋知行買得所々散在田畠目録、下山田下代□口3段60歩、岡笠脱4段、谷ミソノヲ6反半、谷字六反1段、朝原田中1反小、同所(朝原田中)1段大、朝原1段、朝原郷内1反半、下山田馬場末2段本所松尾社、西代薮之下2段、吉見3反300歩此内2反本所相国寺宝泉軒、下山田タンノ本2段本所松尾社、下山田ツイハセ1段、陵里ノ北大、谷田半、広野南、1反小、広野南アシタウチ1段、広野南アシタウチ1段、広野南箕塚2段本所新免西園寺殿地頭太秦桂宮院加地子安楽寺、陵薮ノ下1段本所西芳寺、広野里北1段本所御室、広野里北1段本所御室、広野里北カサイ田、広野東ケツケ3段、広野東ケツケ1段、広野東塚本1反小本所大岡、生石1段、下津林内御料宣2貫300文、谷郷之内1段大、谷郷之内1反大、河嶋之内松木本大、上桂字ヒラクロ2反本所谷西芳寺、広野山ツラ3反、朝原西口1反小、字調子1町名主谷地蔵院、字コン田ツカ本五反名主谷西芳寺、谷之内二反ヲサト号八反カ坪ノ下地ナリ、上野村之内2町本所東寺、牛瀬村之内字高羽1段小、下津林五塔田6段、同所(下津林)国安名7段本所細川奥州、上桂7段半、谷琵琶田1反半本所月読社、岡之内別田7段本所刑部省、下津林梅町5段本所松室、已上12町9段小、壱所銭成、証文90通、(紙継目裏に治部貞兼花押あり) 革嶋就宣知行分目録 『革』130
1520 永正17.8.21 斉藤貞船 革嶋勘解由左衛門尉殿泰宣   松尾社司     泰宣 松尾社司等永代沽券の地、徳政、別相伝、私沽却 斉藤貞船奉書 『革』27
1520 永正17.8?.25 斉藤時基・松田秀俊 所々買得人数中   松尾社祠官東相郷・東?相豊・東相安・東相宣 松室重俊・松室重治     松尾社祠官相郷・相豊・相安・相宣・重俊・重治、当社領城州所々散在田畠薮林、或売券預状、或本物返地、契状文言以下、神領紛れなき地、去応永御判、今度徳政法、棄破、契約田地、社家に去渡 室町幕府奉行人連署奉書 『松』121
1520 永正17.8.25 斉藤時豊?(時基)・松田秀俊 所々買得人数中   松尾社祠官東相郷・東?相豊・東相安・東相宣 松室重俊・松室重治     同上 室町幕府奉行人連署奉書写 『松』762
1520 永正17.8.28 治部河内守貞兼・伊勢伊勢守貞陸 革嶋又次郎殿就宣   松尾     就宣 (端裏書1、政所下知案)、(端裏書2、就宣時代、松尾、永正十七年、大永二年)、伊勢貞陸勝蓮院、山城国葛野郡革嶋庄内田地并所々散在田畠屋敷、目録別紙、買得相伝証文、当知行、治部河内守貞兼、伊勢伊勢守貞陸、革嶋又次郎殿就宣 室町幕府奉行人連署奉書案 『革』131、革嶋家相伝重書案
1522 大永2.6.2 治部河内守貞兼・諏訪信濃守長俊 革嶋又次郎殿就宣     松尾月読禰宜松室重治   就宣 貞尹(貞忠)宝蓮院、山城国葛野郡所々散在田畠、目録別紙、買得相伝証文、安堵御下知、松尾月読禰宜松室重治、社領沽却地棄破訴申、神領沽券之内造営・御供以下神用、沽却下地不可棄破、永正17年奉書、治部河内守貞兼、諏訪信濃守長俊、革嶋又次郎殿就宣 室町幕府奉行人連署奉書案
1520 永正17.7 革嶋就宣           就宣 (裏打紙端裏書、又次郎就宣買得知行分御判申状案文)、(端裏書1、申状案文)、(端裏書2、又次郎就宣自筆訴状案文)、革嶋又次郎就宣謹言上、城州葛野郡革嶋庄内買得相伝地并所々散在田畠屋敷、証文并目録、当知行相違なし、安堵御下知成下されば忝存 革嶋就宣申状案 『革』207
1520 永正17.8 櫟谷禰宜松室重続・月読祝松室重治・月読禰宜松室重俊・権禰宜東相次・権神主東相匡・正祝南相光・正禰宜東相宣・前正禰宜東相安・神主東?相豊・前神主東相郷   相豊 権禰宜東相次・権神主東相匡・正祝南相光・正禰宜東相宣・前正禰宜東相安・神主東?相豊・前神主東相郷 月読祝松室重治・月読禰宜松室重俊 櫟谷禰宜松室重続   (端裏書、松尾、永正十七年)、今度棄破御成敗、私領・別相伝文言あるにおいては除かるべきこと、迷惑之至、当社年中七十余度神事内、別相伝は境内役として毎度下行あり、神領紛れ無し、先規御判御教書、重ねて御判成下、諸神事執行、天下安全御祈祷専一、一社謹連署 松尾社祠官等連署申状 『革』132
1520 永正17.8 同上 同上 同上 同上 同上 同上 同上 同上、但本紙川嶋解左右門に有 同上 『月』1-21
1520 永正17.12.19 秀恵 当所名主百姓中           松尾社領摂州下郡山本庄代官職、御屋形様として仰請、年貢諸公事物拘置、近日上使差下 秀恵折紙 『松』109
1521 永正18.5.11/5.20       相光       上書きの銘伯殿、御文の書き出し広橋殿御局、仰永正18年5月11日御上書きなり、三月三日、松尾神事につき御宣旨申候、相光は御炊不案内にて候、例に任せ候べき事、かようの過ちにて職を改められ候ば、相変わり候まじき事、理運の切口に仰付け、相光きかん(兼官)に祝職たるべき仰せ出す 伯家御教書写/伯家書状写 『松』1309
1520〜1535 永正17〜天文4         松室重治(大永2年)・禰宜(松室重治?、大永6年)     (端裏書、松尾)、永正17年、春徳政行、棄破、秋公験を申請、私領・別相伝は棄破無、社領は棄破、勝蓮院殿伊勢貞陸へ子細申上、大永元年、永正18年8月に改元、大永2(1522)年、伊勢貞忠御代に松室重治前のごとく訴訟申し、御下知成下大永五(1525)年至(革嶋)当知行、大永6(1526)年、禰宜松室重治訴訟、此方(革嶋)も歎申、敵人御上表、柳本京都退、出陣之用意成、打捨、惣劇打続、何かと罷過、公方様も江州へ遷座、天文元(1532)年至七カ年不知行仕、天文2(1533)年、江州へ罷下歎申、御下知成下、天文4(1535)年至当知行、天文4年、寅弥二に仰付、寅弥二罷過、仙千代に仰付、御下知成下 革嶋氏・松尾社相論次第 『革』133