周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

松尾大社データベース5

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

1522 大永2.6.2 治部貞兼・諏訪長俊 所々名主百姓中     松尾月読禰宜松室重治   就宣 革嶋又次郎就宣、城州葛野郡所々散在田畠、買得相伝証文、安堵御下知、松尾月読禰宜重治、社領沽却地、神領沽券、御供已下神用、沽却下地、奉書、年貢 室町幕府奉行人連署奉書 『革』28
1522 大永2.6.2 治部河内守貞兼・諏訪信濃守長俊 革嶋又次郎殿就宣         就宣 (端裏書、就宣時代、松尾、大永二年)、131号(2)文書と同一案文 室町幕府奉行人連署奉書 『革』134
1522 大永2.6.2 治部貞兼・諏訪長俊 所々名主百姓中     松尾月読禰宜松室重治   就宣 革嶋又次郎就宣申城州葛野郡所々散在田畠、目録別紙、買得相伝証文を帯び、安堵御下知成し下す、松尾月読禰宜重治社領沽却地、棄破訴え申す、糺明を遂げる、神領沽却の内、或は造営、或は御供以下神用沽却下地、棄破すべからず、全く領知奉書、年貢など先々如く沙汰 室町幕府奉行人連署奉書 革『室』3058
1524 大永4.6.吉 松尾前神主相賀篤賀     松尾前神主相賀篤賀       社領之内別相伝として知行所々事 相賀譲状 『松月』1
1524 大永4.12.16 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰     従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰・惣官・権神主・権禰宜・権祝 月読禰宜・月読祝 櫟谷禰宜・櫟谷祝・三宮禰宜・三宮祝、宗像禰宜・宗像祝・衣手禰宜・衣手祝・四大神禰宜・四大神祝   松尾社御庚申神事廻文、来18日、惣官、雉一羽、酒参升、禰宜、神供、祝、神供、権神主、春鶏一羽、酒貮升、権禰宜、権祝、月読禰宜、鯉一喉、月読祝、櫟谷禰宜、春鶏一羽、櫟谷祝、水鳥一羽、三宮禰宜、水鳥一羽、三宮祝水鳥一羽、宗像禰宜、宗像祝、衣手禰宜、衣手祝、四大神禰宜、四大神祝、来18日に随身せらるべし 庚申神事廻文 『松』148
1527 大永7.3.5             菱川庄之帳、?帳、正祝田帳、権神主田帳、月読祝田帳 松尾社領田帳 『松』1078
1527 大永7.12.13 信久 松尾社一社中           近年雅意に任せ、強方と相談の儀、社例を乱し叡慮に違背、前代未聞、自今以後、かくのごとき所行なきよう、社家・神人その定致、異儀の輩あらば、注進し叡聞に達す、一社一同の儀をもって社家を追放、本官 伯家御教書案 『松』269
1527 大永7.12.13 信久 松尾社一社中           同上 伯家御教書写 『松』488
1527 大永7.12 御師相安・正禰宜相宣・前祝相綱・正祝相光・前権神主相匡・権神主虎若丸・権禰宜相貞・権祝徳法師・月読禰宜重能・月読前祝重元・月読祝虎子・櫟谷禰宜重続・櫟谷祝相孝     御師?相安・正禰宜東相宣・前祝相綱・正祝南相光・前権神主相匡・権神主虎若丸・権禰宜相貞・権祝徳法師 月読禰宜重能・月読前祝重元・月読祝虎子 櫟谷禰宜重続・櫟谷祝相孝・讃岐助家久・三河助家長・源左衛門光庚・九郎左衛門徳重・七郎左衛門宗貞・弾正家重・五郎左衛門徳家・神四郎友貞・彦左衛門家次・神兵衛家俊・又ハ家重・四郎衛門秀久・小次郎家行・神二郎家盛・小太郎俊久・小四郎徳久・神三郎家徳・神太郎重吉・神吉家勝・宮仕家豊・千松・与市祐久・与次郎俊重・三郎五郎家祐   松尾社祠官等法度、社職、公事邊出来、叡慮并長官へ申上ず、公事威勢強方へ付、社例乱曲事、向後同心、不儀仁躰社官に不可用、供僧神人職同諸役者中、社家公事閣、他所強縁へ不可付、訴訟儀、長官并社家中儀に伺、幾重も武家へ理運申分、社家中諸職并供僧、神人等諸給分田畠、付下作職以下、恣自由沽却不可有、条々先例に任定置、此旨末代社家中祠官人数守、押妨違乱儀、社中同心一命一跡捨、社例に任、叡慮長官御下知専、社家神方水魚思成、諸神事勤、祭礼執行、天下御祈祷致、違背輩当社神罰被、衆評以定置 松尾社祠官法度案 『松』149
1529 享禄2.2.4 信久 松尾社一社中   禰宜東相宣・南相光・相達(相連?)       神宮寺、殿折紙案、当社経所、別在所に取立、本官、経所別在所に取立、十穀より社家へ案内、正禰宜相宣申事、御本地御座所を替不可然、長官へ注進、相光・相達罷出、折紙到来、一社へ付、新屋敷に取立 伯家御教書 『松』135
1533 天文2.10.16 治部貞兼・飯尾尭連 城州西岡諸侍中     松尾月読禰宜松室重治   道宗泰宣 革嶋肥前道道宗、城州葛野郡所々散在田畠、買得公験、松尾月読禰宜、理運、御下知、社領沽却分、惣次、大永二年御成敗 室町幕府奉行人連署奉書 『革』29、『室』3234
1533 天文2.10.16 治部貞兼・飯尾尭連 当所名主百姓中     松尾月読禰宜松室重治   道宗泰宣 革嶋肥前道道宗、城州葛野郡所々散在田畠、買得公験、松尾月読禰宜、理運、御下知、社領沽却分、惣次、大永二年御成敗、年貢諸公事、道宗代官 室町幕府奉行人連署奉書 『革』30、『室』3235
1533 天文2.10.16 治部河内守貞兼・飯尾弾正忠尭連 革嶋肥前入道殿泰宣     松尾月読禰宜松室重治   泰宣 (端裏書1、公方御下知)、(端裏書2、泰宣時代、松尾、天文二年)、山城国葛野郡所々散在田畠、目録別紙、先年買得公験当知行、松尾月読禰宜子細申、糺明、理運、御下知、社領沽却分、惣次、下地棄破奉書、大永2年御成敗、返付、治部河内守貞兼、飯尾弾正忠尭連、革嶋肥前入道殿泰宣 室町幕府奉行人連署奉書案 『革』140、『室』3233
1534/1542 天文3.1.28/天文11.7.4     相光 神主社務南相光・正禰宜東相宣・権祝相孝・正祝相吉・権神主相久・社家衆 月読祝重続・月読禰宜宮千代丸十歳 櫟谷禰宜   当社神宮寺御遷宮、天文三年甲午正月廿八日時は戌、棟上同日、出社人数神主相光かいの役、正禰宜相宣、権禰宜相孝、月読祝重続、供僧衆混ぜて輿舁、残り供僧衆鉢を搗き饗応、沙汰人衆も輿に拜、御遷座本社仮殿遷宮、天文十一年壬寅七月四日戌の時、棟上は六月廿八日卯時、本社より仮殿まて両方に忌垣(齋垣)を結、幕を引、屋根大板にて葺、白洲荒薦を敷、筵道を両方の大床・御戸の内まて引、御服を三尺五寸に調、表は綾裏は帛そばはうちかけておしまき、てをよせうつしたてまつる、御輿を浜床まで寄、先祝言、日供は御戸開先参、御輿寄時、神方に白洲にて立板まて寄、立板よりは社家衆舁申うつ、まんのう、からてうつ、覆面手袋、社務かいをさし、御輿の後左正祝、同右権神主、せんしんの右左は月読祝、櫟谷禰宜舁申、月読禰宜は宮千代丸十歳捻香役、御輿より先に御香爐持、其以後北の御方へ御輿寄移申、古社にて日供社務取、大きの間1斗3升下行にて日供四盃に盛、常の如く盛、此内1升宮仕御炊のこい(鯉?)有、御賽銭は50文、仮殿にて朝日御料参(朝日御料人?)、けいりん(人名?)12文調、沙汰人方へ御米少下行、日供如神饌はかり参、社家神方へ小直会にて納三献分12文調、昔は上より御すかにて成儀、時分柄にて大はおよふ、12文けいりんと申物進、社家5人は束帯、月読禰宜は差貫狩衣、出仕六人、社務相光、正祝相吉、権神主相久、月読祝重続、櫟谷禰宜、月読禰宜、神人方へは、供僧方へは有延、七日前より風雨御祈祷供僧役、遷宮時は忌垣外南方に供僧衆、東内には神人、御神物悉神人取、其後御遷宮、社家衆精進、昔より30カ日、六月四日より精進入、昔は7日社頭に有、今は家内不浄物有27日参籠、火は一人別調、社家精進鍋・桶・柄杓以下十穀出蚊帳・ねむしろ(臥席)まて、湯帷子此方調2つ並張出、神方衆白浄衣調着、出仕時、柄杓・檜扇・冠・沓以下十穀方より調、参籠時飯米は此方より調 遷宮次第(神宮寺・本社) 『松』144、中世?
1534?                   神宮寺供僧遷宮次第 『松』147
1534 天文3.10.3 飯尾為完・飯尾尭連 当所名主百姓中   松尾社正禰宜       松尾社正禰宜田之河原田違乱、厳重神領、年貢諸公事物、彼代(正禰宜代)に沙汰渡、遅怠 室町幕府奉行人連署奉書 『松』50、『室』3268
1534 天文3.10.11 飯尾為完・飯尾尭連 当所名主百姓中   松尾社祠官       松尾祠官、当社境内并散在田地、当知行、半済と号、違乱族、厳重神領、年貢以下社納 室町幕府奉行人連署奉書 『松』51、『室』3279
1534 天文3.10 松尾正禰宜相宣・松尾神主相光 石黒殿 相光 松尾正禰宜東相宣・松尾神主南相光       預け申、当社領越中国松永南庄代官職、干水損、毎年十月中に10貫文京着、無沙汰余人申合 松尾正禰宜相宣同神主相光連署預け状 『松』140
1534 天文3.11.28? 飯尾為完・飯尾尭連 西岡中筋諸侍中   松尾社正禰宜       松尾社正禰宜申当職田事、東庄内と号、原田違乱、度々奉書、未だ休まず、言語道断、厳重社領神領カ)、各相談、年貢以下社納 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』3300
1535 天文4.10.19 飯尾為時(飯尾光種)・諏訪晴長 当所名主百姓中     松尾社宮千代・千々代     松尾社宮千代申、当社月読禰宜職、先代以来補任并譲与状等証文を帯、今度千々代禰宜職御下知補任を掠給、歎申、御糺明、千々代、一紙証文なし、宮千代補任・譲状など文書分明、早く年貢諸公事以下厳密社納、遅怠あるべからず 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3325
1535 天文4.10.23 飯尾為時(飯尾光種)・諏訪晴長 社家神方中     松尾社宮千代・千々代     松尾社宮千代申、当社月読禰宜職、先代以来補任并譲与状等証文を帯、今度千々代禰宜職御下知補任を掠給、歎申、御糺明、千々代、一紙証文なし、宮千代補任・譲状など文書分明、違乱の族御成敗 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3327
1535 天文4.11.13 飯尾為時(飯尾光種)・飯尾貞広 当所名主百姓中     宮千代     松尾社月読禰宜田沽却知事、大永6年悉棄破、彼社に付され当知行、先度奉書、最福寺聖光坊違乱、妨げ退け、早く年貢諸公事以下、先々如く宮千代に沙汰渡、同篇、一段御成敗 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3335
1535〜 天文4以降、7.17 革嶋一宣 松田八郎殿人々御中     月読禰宜・宮千代   一宣 (裏打紙端裏書、越前守一宣月読禰宜相論時訴状案文自筆)、(端裏書、越前守一宣訴状案文)、月読禰宜三答状に、(革嶋が)召文に応ぜず、所務は革嶋が押領と、(月読禰宜が)掠申、虚言之至、二問三問状に、天文四年召文相付、禰宜既に相違、何者異論に及哉、存知置、数度御下知当知行、連々所務致勿論、宮千代に御下知成下され、(革嶋は)驚存、以後は未進、殊去年分収納沙汰に及ばず、去年禰宜給置ながら、我等押領と訴申事言語道断、不実咎遁難、此度後糺明、我等召文申請、訴論致、天文四年召文無音、禰宜相違、身上合わず、罷過、非緩怠、辺土居住故、公事未練、此段御寛宥 革嶋一宣申状案 『革』208
1536 天文5.5.3 信久 松尾社務宮内少輔殿   松尾社務宮内少輔殿・松尾蔵人       社務田内、堂辻七斗代作職、松尾蔵人満足院へ沽却、違乱、山田左京亮・同山田蔵助・善介両三人中分、本銭買返、本官 伯家下知状 『松』127
1536 天文5.5.3 信久 松尾社務宮内少輔殿   松尾社務宮内少輔殿       社務田内、アタ神桶口関、時之社務へ地子銭七十銭納、本官 伯家下知状 『松』128
1536 天文5.5.19               正祝年中神事日記、古帳ともありといえども、近年下行のようかくのごとし、尚心思わざるにおいて古帳披見あるべし、(1076号文書と同文あり) 正祝年中神事日記 『松』1079
1536 天文5.6.13 相光   相光 相光       この目録は相宣ところより借用して写す、永正15年9月においてかくのごとくなり 正祝田帳 『松』1713
1536 天文5.9.17 飯尾為時(飯尾光種)・諏訪晴秀 当社神方中     松尾月読社松室宮千代     松尾月読社松室宮千代申、去年度々奉書、神役以下違乱、妨げ退け、神事遂げる、同篇異沙汰あるべし 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3349
1536 天文5.9.17 飯尾為時(飯尾光種)・諏訪晴秀 当所名主百姓中     松尾月読社松室宮千代     松尾月読社松室宮千代申、当禰宜職田所々散在并松室里面屋地等事、去年度々奉書、革嶋勘解由入道押領未だ休まらず、神役以下違乱、妨げ退け、早く年貢諸公事物等、先々の如く宮千代に沙汰し渡す、同篇、一段御成敗 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3350
1536 天文5.閏10.吉               松尾社造営勧進帳、天文5年丙申閏10月吉日、地蔵院、愛宕山下坊、本郷大将軍、小野七郎五郎、弥左衛門谷奥、原田四郎左衛門尉、中村新次郎、泉乗寺南庄下司五郎左衛門、八木孫左衛門泉乗寺、八木藤左衛門御所之内、長田藤兵衛唐橋、伊賀四郎兵衛尉山内、太郎左衛門嵯峨大門、与三左衛門嵯峨イトトリ、浄徳嵯峨川端、金物一通筑前山田、長井八郎左衛門尉西岡上野、上桂出雲上桂柱一本大米五郎左衛門、長井六郎次郎西七条、釈迦堂本願、井藤次郎左衛門、拾貫文革嶋新五郎、五貫文革嶋次郎、二十貫文智徳庵、二十貫文中路大蔵丞、下山田三郎左衛門、山田神左衛門尉、山田喜次郎、郡岩崎新介、郡助右衛門、郡相撲、郡孫兵衛、清涼寺木食尭淳上人、長福寺梅津、ほう蔵主、知足軒、安蔵主、箴首座、五百文秀蔵主、五百文檀侍者、一貫六百文梅津寺内、二石五斗梅津庄中宗観取次、十貫文中路修理進、梅久庵、川端力千彦五郎、惣こう、新介方、助衛門、孫兵衛、新三郎、三郎兵衛、源兵衛、八郎衛門、甚衛門、弥七、七郎兵衛、四郎兵衛、太郎衛門、九郎兵衛、与三衛門、七郎五郎、彦兵衛、九郎衛門、新次郎、弥五郎、あか次郎三郎、藤兵衛、次郎衛門、郡惣庄中、朱雀中村新兵衛方、朱雀田原与三兵衛方、井戸四郎衛門、革嶋山角、革嶋庄内三郎衛門、山田与三左衛門、山田次郎左衛門、山田民部、山田次三郎、山田梵慶 松尾社奉加帳 『松』1090
              太秦河窪方、太秦セタカツチ五郎左衛門、ヤスイエトウ四郎左衛門、西大門与三左衛門、牛瀬ワタ蔵人方、山田藤次方、泉乗寺北庄源衛門、川端福田三郎左衛門、川端大八木加賀、川端糟屋浄清、同糟屋与次、西七条北尾七郎兵衛、井上新介、泉乗寺飯村江州入道、天文六年六月十三日毎年進今町弥三郎方、山門承潮、法花山寺東林坊、コヤ小更川、コヤ小更川、天文六年八月二十六日、当社土器大工藤左衛門、斗代七斗作人山田新衛門殿、西七条北尾宗徳、北尾次郎左衛門尉、中村式部丞、中村六郎左衛門丞、北尾治郎左衛門尉、中村次郎兵衛尉、中村新左衛門尉、北尾七郎次郎、北尾与八、北尾将監、北尾与兵衛尉、石部与四郎、西雲庵、仁仲庵、西蓮寺、久阿弥、安阿弥、北尾次郎三郎、北尾新兵衛尉、中村新二郎、北尾藤兵衛、北尾藤二郎、北尾与九郎、北尾彦兵衛、北尾次郎兵衛、茶屋二郎衛門、道円、掃部、四郎左衛門、藤衛門、献珠庵、光徳寺、吉蓮坊聖光坊西坊、寶蔵坊、加賀、東南坊、智蔵坊、法光坊、山田神九郎、山田新九郎、大津昌音庵、唐橋大藪善右衛門、針屋今町祖母神前扉鎖子金物、嵯峨板屋彦左衛門、山田神太郎、北嵯峨石塚擔兵衛、唐橋大藪入道、泉乗寺九郎五郎、下桂御竹、下桂御才、山田与一、太秦寺サイチヤウ、常磐四郎二郎、常磐鍛冶、千代原惣中、上野惣中、徳大寺惣中、牛瀬惣中、革嶋惣中、辻殿河嶋孫五郎、横野(広野)御陵惣中、嶋惣中、常磐産所惣中、中山惣中、山内惣中、太秦寺中里大工、川端大工左衛門二郎、大宮餅屋三郎、吉祥院薮田孫六、(以下吉祥院)薮田紀六、富春庵、富家久郎左衛門、藕絲軒、東福寺元孝、松寮庵、紀蔵主、光照庵、薮田小次郎、福田定徳、薮田与左衛門、薮田弥三兵衛尉、薮田源四郎、金井彦衛門尉、薮田中入道
              (以下吉祥院)野里富家源四郎、野里富家六郎、野里富家新四郎、福田泉州寺、石原新助、石原神助、石原神衛門尉、石原右京亮、石原彦四郎、石原新兵衛、石原神五郎、さうきよくあん、宗空く、源見、石原又六、石原千代寿丸、石原与太郎、石原市法師、永範、新殿、川嶋藤五郎、次郎衛門、唐木崎与一、あこ、奈良甚四郎、執行坊、兵衛(以上吉祥院)、天文六年十月吉日、惣以上五十五貫文、万石又次郎、法花山寺阿弥陀院、御所内惣中、飯村民部丞、飯村平左衛門尉、惣次郎、六郎左衛門尉、八木市介、八木新五郎、臼井彦左衛門尉、石原彦五郎、梅小路平左衛門尉、梅小路惣左衛門尉、福地源左衛門尉、西庄寶昌院、福地但馬入道、福地又四郎、福地弥三郎、永寿、惠級、八郎丸、永良若狭守、小原新兵衛尉、菊女、久世戸坊主?円侍者、楠田女、永良藤五郎、永良弥太郎、栄蔵主、梅津西庄等春、寶珠庵、西庄西南門五郎三郎、民部、植松備中守、吉田宗臨、大森孫左衛門、泉乗寺南庄次郎左衛門、九郎衛門、掃部、下津林御本所、革嶋左衛門、革嶋弥七兵衛、野里与三衛門、野里又三郎、野里彦衛門、梅津景蔵主、山田慰佃庵、嵯峨板屋、山内甚慶、嵯峨福千代、福地加賀、宗守知客、嶋孫左衛門、(以下嶋)岡田、与三次郎、太郎左衛門、彦衛門、三郎兵衛、神五郎、四郎左衛門、藤左衛門、又太郎、小五郎、永徳庵、孫兵衛、こあしり、春阿弥、長春、九郎左衛門、五郎衛門、新二郎、弥太郎左衛門、長源蔵主、源左衛門、与五郎、次郎兵衛、三郎次郎、四郎左衛門、四郎衛門、乗泉、周珎、乗皆、道祐、太郎衛門、弥左衛門、嶋惣中より二十一貫六百文、大八木氏、御内の御柱、京ホエイタシ薬師町安家次郎兵衛、大膳助、刀一腰、野洲四郎兵衛天文九年十二月十二日、松岩下坊、坂本野洲四郎兵衛尉、山崎松田蔵助、坂本しきない
1537 天文6.2.21 蔵人相頼   相光 蔵人相頼・相冬・相宣・相長・神主宮内少輔三位相光       年中社務分神事注文、明応7年より相冬下行の由也、永正10年4月11日三河注文、永正6年正月5日記す、本帳は相冬明応6年より当職の間かくのごとく下行、当所の乱により本帳失、相宣より帳を請いだし写す、天文6年2月21日に記置、文明11年相帳の時帳、永正9年1月16日、 年中社務分神事注文 『松』1080
1537 天文6.3.21 河村源左衛門尉泰氏・松尾東鶴千代丸・同母儀 革嶋新五郎殿御宿所(一宣)   松尾東?鶴千代丸・松尾東?母儀     一宣 (端裏書、一宣時代、松尾、天文六年)、今度拙者安堵、沽却地棄破御下知成下、其方公験地不可有別儀、此方に対して御等閑無、要却御合力により御下知相調、一段御懇切、御異見頼存、一行申入、河村源左衛門尉泰氏、松尾東鶴千代丸、同松尾東母儀、革嶋新五郎殿一宣御宿所 河村泰氏等連署請文 『革』142
1537 天文6.4.13 飯尾為時(飯尾光種)・諏訪晴長 当所名主百姓中     松室宮千代     松室宮千代申松尾月読禰宜田事、度々奉書、最福寺聖光坊違乱未だ休まず、妨げ退け、年貢以下宮千代に沙汰し渡すべし、并塩稲夏麥段別5把ずつ近年難渋言語道断、早く沙汰致すべし、同篇、一段御成敗 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3376
1537? 天文6?.8.2 革嶋一宣 和田八郎殿人々御中         一宣 (端裏書1、松尾、一宣)、(端裏書2、天文六年八月二日、和田八郎方へ社家請取進める時案文)、此方(松尾)今当知行所務仕、社家より申、此方(革嶋)申事相違、政所代(蜷川)より御尋、書状申入、此方(革嶋)当知行、未歳(天文4・1535年)連々所務仕、去年申歳(天文5・1536年)悉所務仕、証跡として且々請取上進、不可有御不審、請取召寄進、革嶋一宣、和田八郎殿人々御中 革嶋一宣書状案 『革』171
1537 天文6.9.3 松田秀以・飯尾為時(飯尾光種) 西岡諸侍中     松尾月読禰宜松室宮千代   一宣 革嶋新五郎一宣、城州葛野郡革嶋庄内買得所々散在田地、売券、度々御下知、松尾月読禰宜宮千代、一宣 室町幕府奉行人連署奉書 『革』31、『室』3394
1537 天文6.9.吉               革嶋買得月読田目録、下山田下代3段、岡笠脱4段、朝原田中1段小、同所朝原田中1段大、同朝原田中1段、同朝原田中1段小、下山田馬場末2段、下山田タンノ本2反、同下山田ツイハセ1段、下津林御料銭2貫300文、河嶋内1貫300文、谷郷内1段大、同谷郷内1反大、谷之内弐反ヲサト号八反カ坪之下地ナリ1反、谷之内琵琶田1反半、谷之内1反、朝原壱所畠 革嶋家買得月読田々数等目録 『革』143
1537 天文6.12.6 飯尾為清 当社社家神方中     松尾月読社禰宜松室宮千代     松尾月読社禰宜宮千代、当社領内革嶋買得分、先年棄破当知行、今度革嶋新五郎一宣、政所越訴三問答、政所成敗相違、全一社庭中歎申、伊勢守、奉行人をもって仰届、大永6(1526)年御糺明淵底、一職進止之地、領知、公方御下知 室町幕府奉行人連署奉書 『松』136
1538 天文7.7.2 管領小笠原孫四郎長隆 当所名主百姓中           山城国松尾社境内、同社領諸職神事料田畠山林、河上并西岡散在地、厳重神領、神事退転無、応永御判・明応年中公方御下知、守護使不入地、半済以下国役除、当社当国一宮三社に准、年貢諸公事物社納 長隆下知状 『松』52
1538 天文7.7.2 管領小笠原孫四郎長隆? 松尾社家雑掌           山城国松尾社境内同社領諸職神事料、田畠山林河上并西岡散在地、厳重神領、神事退転無、応永御判・同明応年中公方御下知、守護使不入地、半済以下国役除、当社当国一宮三社准、御祈祷精誠 長隆折紙 『松』87
1539 天文8.10.20 飯尾為清 当所名主百姓中   松尾社正禰宜       松尾社正禰宜申、当職田内5段、東庄内原田押妨、公方御下知、奉書、年貢諸公事物社納 室町幕府奉行人奉書 『松』110
1539 天文8.11.3 飯尾為清 当所名主百姓中   松尾社正禰宜       松尾社正禰宜、当職田、東庄田原田神田?、違乱、難渋、公方御下知、譴責使 室町幕府奉行人奉書 『松』53
1539 天文8.11.3 飯尾光種・治部貞兼 松尾一社中     松尾社月読禰宜宮千代・重清、先禰宜修理亮一類、松室平五郎重勝     松尾社月読禰宜宮千代并重清申当社禰宜職田沽却分事、先禰宜修理亮一類御成敗、修理亮養子松室平五郎重勝、神田相押、事実たらば言語道断、重勝誅伐加奉書、宜しく存知 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3433
1541 天文10.5.16 関口友清 松尾社神主殿・正禰宜殿   松尾社神主殿・正禰宜殿       請取、松尾領越中国松永南庄公用、来年より毎年十月中に拾貫文宛上申、万一無沙汰、余人に仰付、請文 関口友清請文 『松』111
1542 天文11.7.4     相光 社務相光・正祝・権神主 月読禰宜宮千世丸十歳・月読祝 櫟谷禰宜   当社遷宮次第、天文拾壱年壬寅七月四日戌之時、棟上六月廿八日卯時、本社より仮殿迄両方瑞籬結幕引、御屋根、白砂麁薦敷、其上に御筵道を両方の大床迄御戸内迄引、御服を3尺5寸に調、表は綾裏は帛、打懸て推し巻、両手を寄移、御輿を浜床迄寄、先御案内、御祝言、日供は御戸を開かず、先参、御輿寄時は神方に白砂・内板迄寄、内板よりは社家衆舁、朝水同万符、カラ朝水覆面、手袋社務かいをさし、御輿之跡左正祝、同右権神主、せんしんの右左は月読禰宜・櫟谷禰宜舁、月読禰宜は宮千世丸十歳にて捻香役、御輿より先御香爐持、其後北の御方へ御輿寄同移、古社にて日供1斗3升の下行にて4盃に盛、常の如盛、此内壱升宮仕御炊の飯米迄、御茶は50文、仮殿にて朝御料参、社家五人束帯五貫文宛下行、月読禰宜は指貫狩衣、氏人はちやうけん、右指合の衆不参、当役衆は社務相光、正祝、権神主、月読禰宜、月読祝、櫟谷禰宜、社家衆精進先規より三十ケ日、六月四日より精進入、昔社頭に七日有、今は廿七日参籠、火は一人宛調、社家精進間鍋・桶・柄杓調下行、ねむしろ(臥席)湯帷子此度は面々の調、尺・檜扇・冠・沓以下迄調、供僧衆七日前より風雨萬御祈祷役、供僧下行無、遷宮時忌垣外南方に供僧衆居、忌垣内東方神人居、御神宝物悉神人取次、社家衆へ渡、悉儀式相済、正神殿へ遷宮有、上列は葉室殿御礼申上3貫5文にて相済、昔は公方様より惣遷宮、古神殿神宝迄悉古分社務取、此度先規如色々御祈祷、公方様時分柄御遷宮御下行無、御本殿大破、社の才覚以御遷宮仕、氏子中一人に30文宛7ほり遍つをかけ、郡の伊藤20貫文の奉加、中路五人之節50貫文奉加、其外1貫、2貫、500,300奉加方々有、京町中を慶林請取勧進之物高分に挙、此度御遷宮調、修理宮々に以来仕と禁中様へ申上、修理の宮に成、楼門の北に仮殿立、作事間居、本願所と定、修理為に慶林を本願に成し、氏子中より毎年奉納を以末代修理の宮になり、神方衆白浄衣を遷宮時ばかりと望、社家衆同知んなく、黄色衣にて出仕 遷宮次第 『松』145、144とほぼ同内容
1542 天文11.7.27 権神主相久・前正祝相綱・正祝相吉・正禰宜相宣・神主相光・権禰宜東鶴寿・権祝代相貞・月読禰宜代重清・月読祝重続・櫟谷禰宜源介・□代重勝   相光 権神主相久・前正祝相綱・正祝相吉・正禰宜東相宣・神主南相光・権禰宜東鶴寿・権祝代相貞櫟谷禰宜源介・□代重勝 月読禰宜代重清・月読祝重続 櫟谷禰宜源介・□代重勝   定條、社家神方中新儀申事不可承引、社中雑談御物談合以下、他所一言不可申、神事一人二人出仕押事不可各同心、子細幾重も申調、偽申日本国大小神祇当社御罰蒙、違儀輩一社成敗加 一社定状 『松』156
1542 天文11.10.18 松田盛秀・飯尾貞広 当所名主百姓中         一宣 革嶋新五郎一宣、城州桂西庄内田地5段・同3段・1段、去永正年中公験并証文、御下知、非分競望、年貢諸公事物、一宣代 室町幕府奉行人連署奉書 『革』33
1542 天文11.10.18 松田対馬守盛秀・飯尾散位貞広 革嶋新五郎殿一宣         一宣 城州桂西庄内田地5段・同在所3段・2段、字四至各本券、去永正年中公験并数通証文、買得以来数ヶ年当知行、非分競望退け領知、松田対馬守盛秀・飯尾散位貞広、革嶋新五郎殿一宣、(奥裏書、一宣時代、桂、天文十一年) 室町幕府奉行人連署奉書 『革』145
1542 天文11.10.28 飯尾元連 革嶋新五郎殿一宣         一宣 城州桂西庄内田地5段・同3段・1段、去永正年中公験并証文、買得以来当知行、公方御下知 飯尾元連奉書 『革』32
1543 天文12.8.5 飯尾光種・飯尾盛就 当所名主百姓中     松尾月読社宮千代     松尾月読社宮千代申当社禰宜職田沽却分所々散在屋地并垣稲段別5把ずつ等事、当知行に任せ度々御下知、難渋以外、先々の如く厳密宮千代沙汰渡、同篇、御成敗 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3531
1544 天文13.11.7 左衛門尉飯尾光種・左衛門尉飯尾盛就 月読禰宜宮千代殿     月読禰宜宮千代     松尾社月読境内并神領城州所々散在田畠山林屋地沽却地等事、去大永6年8月8日糺明渕底を遂げ、公験帯びる輩あるといえども、悉棄破、当知行相違なし、数通証文の旨に任せ、御判成、領知全神用専 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3552
1546 天文15.4.29 前丹後守平朝臣松田晴秀・沙弥治部貞兼             伊勢太神宮・石清水八幡宮賀茂社・松尾社・稲荷社・祇園社・御霊社・北野宮寺・加賀白山宮・鞍馬寺など金物大工所事、譜代存知。臨時御下知并当知行の旨に任せ、躰阿弥大工所相違あるべからず 室町幕府奉行人連署奉書 東山御文庫記録、地下文書『室』3593
1546 天文15.8.12 下間源五郎頼忠・頼繁 松尾社禰宜殿・神主殿   松尾社禰宜殿・神主殿       一札啓達、御社領神用御沽却、本役、毎年、田舎、懈怠なく20貫文運上、内面召放 下間源五郎頼□書状 『松』139
1546 天文15.8 おしろいや井上吉久・孫四郎吉次 松のお禰宜殿・神主殿   松のお禰宜殿・神主殿       越中国神領松永庄、内徳分100貫文売券状預下、孫左衛門国へ罷下、彼方(松尾)請取文同代物請取申、京都現銭70貫文渡、国相違、両人として撰銭70貫文渡、兎角申、両人へ堅御譴責、下間方へ請文相調わざれば、御売券ほうたるべし おしろいや井上吉久・孫四郎吉次連署売券請状 『松』143
1546 天文15.12.27 掃部助中沢光俊・対馬守松田盛秀 松尾社家神方中           当社境内被官人等に対し、一揆中として、郷別に相懸、言語道断、一切不可承引、猶催促輩あり、打立らるべき段、先々御成敗に任せ、御下知成、存知 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』3646
1547 天文16.1.4 従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰従五位下権神主秦宿禰従五位下権禰宜宿禰従五位下権祝秦宿禰従五位下月読禰宜宿禰従五位下月読祝秦宿禰従五位下櫟谷禰宜宿禰従五位下櫟谷祝秦宿禰従五位下三宮禰宜宿禰従五位下三宮祝秦宿禰従五位下宗像禰宜宿禰従五位下宗像祝秦宿禰従五位下衣手禰宜宿禰従五位下衣手祝秦宿禰従五位下四太神禰宜宿禰従五位下四太神祝秦宿禰     従四位下神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下祝秦宿禰従五位下権神主秦宿禰従五位下権禰宜宿禰従五位下権祝秦宿禰 従五位下月読禰宜宿禰従五位下月読祝秦宿禰 従五位下櫟谷禰宜宿禰従五位下櫟谷祝秦宿禰従五位下三宮禰宜宿禰従五位下三宮祝秦宿禰従五位下宗像禰宜宿禰従五位下宗像祝秦宿禰従五位下衣手禰宜宿禰従五位下衣手祝秦宿禰従五位下四太神禰宜宿禰従五位下四太神祝秦宿禰   松尾社太神宮政所、仏神事并勧農等勤行、庄内興福住人泰平、仏神事・勧農等専、殊勝年、浄雨五穀豊穰を拵、庄家承知、違失勿 松尾社太神宮政所下文 『松』150
1547 天文16.3.9       松尾社正禰宜相宣         徳政賦引付 『引付』下349
1548 天文17.10     相光 松尾社神主宮内少輔相光       神事造営料借用 賦政所方 『引付』下369
1549 天文18.4.14 蔵人右中弁兼近江権介藤原頼? 狛相光   秦相光       上卿中御門中納言宣忠、宣旨、狛相光、従五位下 口宣案 『松』468
1549 天文18.9.1 月読禰宜宮千代丸代秦宿禰重清・神主秦宿禰相光・執行権少僧都覚秀 亀千代丸 相光 神主秦宿禰南相光 月読禰宜宮千代丸代秦宿禰重清 執行権少僧都覚秀   補任、松尾社御読経所預職、社役已下先例に任せ沙汰 御経所預職補任状 『松』151
1549 天文18.9.1 月読禰宜宮千代丸代秦宿禰重清・神主秦宿禰相光・執行権少僧都覚秀 亀千代丸 相光 神主秦宿禰南相光 月読禰宜宮千代丸代秦宿禰重清 執行権少僧都覚秀   同上 御経所預職補任状案 『松』1310
1550 天文19.4.12 蔵人右中弁兼備中権介藤原頼? 狛相光   秦相光       上卿按察中納言山科言継、宣旨、正五位下狛相光、従四位下 口宣案 『松』152
1550 天文19.4.15                 正神殿御遷宮祝詞 『松』146
1550 天文19.4.15     相光 社務相光・正禰宜相慶・正祝虎松丸社務子足・権神主相久 月読禰宜・月読祝重続 櫟谷禰宜・櫟谷祝虎千世丸社務子足   (これ以前の文は146号と同文)天文19庚戌4月15日己酉の日也、正神殿御遷宮祝言の返言也、出仕人数、社務相光、正禰宜相慶、社務子足正祝虎松丸、権神主相久、月読禰宜、月読祝重続、櫟谷禰宜、社務子足櫟谷虎千世丸 正神殿御遷宮祝詞 『松』264
1552 天文21.3.28 飯尾貞広・松田盛秀 当社一社中           宮内卿局代申松尾社東分公用米事、当知行、御下知、先々如く厳密彼局代に沙汰し渡す、不可有遅怠 室町幕府奉行人連署奉書 東『室』3718
1552 天文21.10.19 中沢光俊・松田頼隆 当社一社中     松尾社月読禰宜     松尾社月読禰宜神領城州所々散在田畠山林屋地沽却地等事、去大永6年棄破、当知行、天文13年11月7日御判、相違なし、全く領知、重奉書、存知 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3748
1556 弘治2.7.2 信久 櫟谷禰宜殿       櫟谷祝相衣   当社櫟谷禰宜職事、櫟谷祝相衣をもって補す、御補任は重ねて成遣、存知 伯家御教書 『松』260
1557 弘治3.3.7 相光     相光       社務田、日記、正祝田、同東分 松尾社領田帳 『松』1082
1559 永禄2.12.1 従三位神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰             差定、来十一月手打御神事頭役、新入、来頭 神事頭役差定文 『松』1311
1560 永禄3.5.24 備前守中沢光俊・前大和守飯尾尭連 松室中務大輔殿重清     松室中務大輔重清     松尾社公文分河原田1町7段大当時不作・同梅木原2段・同畠字宇久呂須と号、并私領作職同河原開等事、綸旨帯当知行、全く領知 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3825
1560 永禄3.5.24 中沢光俊・飯尾尭連 松尾社家御中     松室中務大輔重清     松室中務大輔重清申当社領公文分河原田1町7段大当時不作、同梅木原2段・同畠字宇久呂須と号す、并私領作職・同河原開等事、綸旨帯、当知行に任せ御下知成、存知 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3826
1560 永禄3.12.3 中沢光俊・飯尾尭連 松尾社家御中     松室中務大輔重清     松室中務大輔重清申当社領公文分河原田1町7段大当時不作、同梅木原3段・同畠字宇久呂須と号す、并私領作職・同河原開等事、綸旨帯、当知行に任せ、先度御奉書成、未だ休まらず、非分競望趣退け、重御下知、存知 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3842
1562 永禄5.3.12 備前守中沢光俊・前大和守飯尾尭連 松室中務大輔殿重清?     松室中務大輔重清?     月読神領城州所々散在田畠山林并松尾前河原田方5町余、内1町7段大同梅木原2段同私領作職等公文職分、往古より当社神領、数通証文帯、一色進止地、当知行、奉書成、全く領知相違なし 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3873
1562 永禄5.1.11 正祝蔵人相頼     正祝蔵人相頼       年中神事次第、年中御神事祝言参次第 松尾社年中神事次第 『松』1081
1562 永禄5.3.13 備前守中沢光俊・信濃守諏訪晴長 松室中務大輔殿重清?     松室中務大輔重清?     預状事、先々如く不可有改動、存知 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3889
1563 永禄6.4.18 蔵人左少弁藤原晴豊 秦相光   秦相光       上卿万里小路大納言惟房、宣旨、正四位下秦相光、従三位 口宣案 『松』467
1563 永禄6.7.2 蔵人頭左大弁藤原淳光 秦相房   秦相房       上卿中山大納言孝親、宣旨、従五位下秦相房、従五位上 口宣案 『松』470
1564 永禄7.12.23 中沢光俊・諏訪晴長 上野村預状衆中     松室中務大輔重清     松室中務大輔重清申預状事、先例に任せ改動なし、去年度々奉書成、徳政と号、今に事行かず、言語道断、厳重の預状、早速返渡、猶難渋成敗加 室町幕府奉行人連署奉書 松月『室』3921
1565 永禄8.6.24 狩野信濃守宣政・寺本丹後守良清・石倉備後守季清・和久壱岐守基房             上意、御堀引崩、人足、松尾境内、守護不入証跡 牧野信濃守以下四名連署折紙 『松』85
1565 永禄8.12.27 蔵人頭右近衛権中将源重通 秦相頼   秦相頼       上卿源中納言、宣旨、従五位下秦相頼、従五位上 口宣案 『松』464
1567 永禄10.4.18 従三位神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰     従三位神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰・社務・正祝息虎千代丸       差定、来十一月氏神御神事頭役之事、新入正祝息虎千代丸、来頭社務、役所、享保9(1724)年甲辰10月二条役所へ差出写 神事頭役差定文案 『松』1312
1567 永禄10.11.21 従三位神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰     禰宜       差定、来四月氏神?御神事頭役、新入、来頭正禰宜 神事頭役差定文 『松』1313
1567 永禄10.11.25 従三位神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰             差定、来十一月手打御神事頭役、新入、来頭 神事頭役差定文 『松』1314
1568 永禄11.1.吉 相光             社務田・正祝田、田帳 社務田正祝田田帳 『松』1714
1568 永禄11.3.4 蔵人左少弁藤原宣教 秦相房   秦相房       上卿帥中納言山科言継、宣旨、従五位上秦相房、正五位下 口宣案 『松』471
1568 永禄11.9.29 信濃神宿禰(諏訪?)・散位平朝臣             禁制、山城国松尾社境内谷山田、軍勢甲乙人乱入狼藉、山林竹木剪採、放火、矢銭兵糧相懸、陣取、停止、違犯之輩、厳科 室町幕府禁制 『松』114
1568 永禄11.9.29 信濃神宿禰(諏訪?)・散位平朝臣             同上 室町幕府奉行人連署奉書写 『松』489
1569 永禄12.1.16 従三位神主秦宿禰従五位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰             正月十六日結地御神事、新入、来頭 神事頭役差定文 『松』1315
1569 永禄12.6.17 右馬助(飯尾貞遥?)・前信濃             松尾社領境内同山林河上并所々散在、去年当知行請文捧、領知、御祈祷丹誠 室町幕府奉行人連署奉書 『松』84
1569 永禄12.6.17 右馬助(飯尾貞遥?)・左衛門尉             松尾社領山城国境内同河上田畠山林并諸散在、去年当知行、当社当国一宮、三社准據、崇神、度々御下知、領知 室町幕府奉行人連署奉書 『松』86
1570 永禄13.3.20               皇太神宮神主、注進正遷宮東宮正殿御汚損につき、数度言上、今に御沙汰に及ばず、万一遅引、御顛倒明日を期せず、早速御執行を遂げらるれば、弥々天下静謐御祈祷 皇泰神宮注進状(後欠) 『松』1316
1570 元亀1.4.23 織田信長 革嶋越前守殿一宣         一宣 越前諸浦、賊船、城州西岡革嶋在所、革嶋勘解由左衛門、月読、内蔵助、右衛門 織田信長朱印状 『革』2
1570 元亀1.4.28 松田頼隆・諏訪俊郷 革嶋越前守殿一宣         一宣 越前国諸浦、兵船、要害、織田信長、城州西岡知行 室町幕府奉行人連署奉書 『革』21
1570 元亀1.11.21 従三位神主秦宿禰従四位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰             来年四月氏神御神事頭役、新入、来頭 神事頭役差定文 『松』1317
1571 元亀2.4.12 従三位神主秦宿禰従四位下禰宜宿禰従五位下正祝秦宿禰             来年十一月氏神御神事頭役、新入、来頭社務 神事頭役差定文 『松』1318
1571 元亀2.4.23 相房     相房       西芳寺南山定式目、鉞、鉈、鎌、証人、衣躰、大輔殿、蔵人殿、三郎殿、調興寺、小野七郎左衛門、左兵衛、万石三郎左衛門、下山田右兵衛、万石新四郎、谷奥善得、井戸五郎衛門、谷奥与次郎、同次郎四郎 西芳寺南山定式目 『松』1319
1572 元亀3.1.16 従三位神主秦宿禰従四位下禰宜宿禰従四位下正祝秦宿禰             差定、来年正月十六日結地御神事頭役、新入、来頭 神事頭役差定文 『松』1320
1572 元亀3.9.3 織田信長 河嶋(革嶋)越前守殿一宣         一宣 入洛、細川兵部大輔藤孝、与力筋目、陣参普請 織田信長朱印状 『革』3
1572 元亀3.11.8 玄頼 三位相光・宮内大輔相房・駿河家祐・但馬満氏   三位相光・宮内大輔相房   駿河家祐・但馬満氏   金子替米、御神領申直付けて預り申すこと候 玄頼副状 『松』1321
1572 元亀3.12.1 上野中務大輔秀政 当社家神主中   当社家神主中       城州松尾七社神領諸給田并山林河上所々散在、代々御判御下知、当知行、有来、領知、違乱、折紙 上野秀政下知状 『松』54
1572 元亀3.12.2 沙弥・前加賀守(飯尾盛就?) 当社家神主中   当社家神主中       山城国松尾七社神領諸給田所々散在并山林河上、代々御判御下知、当知行、領知、御祈祷丹誠 室町幕府奉行人連署奉書 『松』83
1572? 元亀3頃           彦之丞秀勝、茂兵衛友房、重右衛門家久、播磨家友、理介家信、三河守家貞、刑部縫殿介重寿、長兵衛家里、筑前定次、主馬介政重、内蔵佐家定、喜介家綱、市左衛門友次、宮内家成、但馬家賢、長五郎家本、土佐守友重(元亀三年死)、縫殿助家光、家光忰直に縫殿助と改名光信、右衛門尉家重、若狭家長、駿河家祐右近、吉兵衛家信民部、権三郎家盛帯刀   元亀三年のころ相勤候名前、(包紙、元亀年中相勤め候名前書、神方中)、今は豊前玄重、重右衛門家久今は駿河好賢、播磨家友今は豊前知達、理介家信今は多門道好、三河守家貞今は志摩知長、刑部縫殿介重寿今は治部美寿、長兵衛家里今は掃部宣玄、筑前定次今は将監玄定、主馬介政重今は主馬雅房、内蔵佐家定今は民部道房、喜介家綱今は正親伴秀、市左衛門友次今は蔵人久茂、宮内家成今は宮内貞雄、但馬家賢今は但見道矩、長五郎家本今は隼人伴貞、土佐守友重今は主殿孝雅(元亀三年死)、縫殿助家光今は玄蕃師延、家光忰直に縫殿助と改名光信、右衛門尉家重今は大学恒長、若狭家長今は童形鶴之助、外に、駿河家祐右近、吉兵衛家信民部、権三郎家盛帯刀 元亀三年相勤候名前注進 『松』911