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史料紹介という修行

松尾大社データベース6

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

1573? 元亀4?.2.11 細川藤孝 革市(革嶋市介秀存)         秀存 (切封上書、革市、細兵藤孝)、御見舞、滝左(滝川一益)、御内、木村方、織田信長、当城(勝竜寺城?) 細川藤孝書状 『革』10
1573? 元亀4?.2.14 明十兵(明智)光秀 革嶋(河嶋)刑部丞殿忠宣         忠宣 御家来与惣次、木戸表、御手柄、御手養生 明智光秀書状 『革』14
1573? 元亀4?.2.24 明十兵(明智)光秀 河嶋(革嶋)市介殿御返報秀存         秀存 御見舞、木戸表、今堅田、刑部丞忠宣殿御手 明智光秀書状 『革』15
1573? 元亀4?.3.1 柴修(柴田)勝家 河嶋(革嶋)市介殿御返報秀存         秀存 昨日今堅田成敗、御名代 柴田勝家書状 『革』19
1573? 元亀4?.3.4 朽木左兵衛尉成綱 革嶋市介殿秀存         秀存 坂本、昨日御内勘左、御構御番、人質進上、自身御番相勤、出京 朽木成綱奉書 『革』24
1573 天正1.9.14 長岡(細川)兵部大輔藤孝 革嶋市介殿秀存         秀存 桂川西地一職、織田信長、千代原、上野、東寺分 長岡(細川)藤孝折紙 『革』8
1574 天正2.1.22 蔵人左少弁藤原宣教 秦相頼   秦相頼       上卿左大将、宣旨、従五位上秦相頼、正五位下 口宣案 『松』465
1574 天正2.1.22 蔵人左少弁藤原宣教 秦相房   秦相房       上卿左大将今出川晴季、宣旨、正五位下秦相房、従四位下 口宣案 『松』472
1575 天正3.6.9 長岡権介・松井甚介康之・志水雅楽介清久・毛利六大夫勝次・上原左衛門大夫之能・三上兵衛友清・米田壱岐守求政 革嶋市介殿秀存         秀存 敬白起請文、大岡と革嶋境目、日本国中大小神祇、八幡大菩薩、面々氏神細川藤孝、奉行法度 細川藤孝奉行人連署起請文 『革』13
1575 天正3.10.9 三位南相光・宮内大輔相房 蔵人   三位南相光・南子息宮内大輔相房・蔵人相頼?       譲与状、家居屋敷東は六反、西は道、南は大道、北は六反溝、権現の本畠薮東は宮仕屋敷、南は大道、西は東南坊分、北は東南坊、宮仕屋敷内西之方一畠一色に諸公事なし、堂之辻八斗代作職、堂之辻七斗代作職内ヨリ、安井ヲ五方へ判升壱石遣、さくらコ五方へ同升壱石遣、堂之辻苗代三町、但一期之間、以後は追退、但年貢米谷升壱斗社務へ納、馬之鞍くつわ、つはめくち(燕口?)の折敷一流、平くわんす、知行 東相光譲状 『松』98
1575 天正3.10.9 相光 宮内大輔・蔵人   相光・宮内大輔・蔵人         相光譲状 『松』1322
1575 天正3.10.9 山田駿河           すへなかの膳部新介、まへおとし駿河方へ永代申付、他違乱あるまじく候 某下知状 『松』169
1575 天正3.11.4 蔵人相頼 御百大夫殿   蔵人相頼・御百大夫殿       我等正禰宜職は上申付けて、正祝分内手作五反双方禰宜・祝存分給、祝衆分不可相違 蔵人相頼下知状 『松』160
1575 天正3.11.26 右中将親綱 伯少将殿(白川雅英王) 相房 禰宜相房       松尾社神主職事、正禰宜相房以て補す、下知、天気 正親町天皇綸旨案 『松』1323
1575 天正3.11.26 大炊助 松尾社神主殿   禰宜相房・正祝職子息百大夫丸       当社神主職事、正禰宜相房以て補任、綸旨、案文遣わす、并正祝職事、子息百大夫丸、存知、本官 伯家御教書 『松』1324
1575 天正3.12.23 長岡(細川)兵部大輔藤孝 松尾宮内大輔殿南相房御居所   東分・御親父三位殿南相光・松尾宮内大輔南相房       東分代官職、御親父三位殿時、地蔵院門前散在分、此方(長岡)彼院(地蔵院)へ寄進、1貫400文并茶5斤半差置、残年貢納所、其外近年如領知 細川藤孝折紙 『松』55
1575 天正3.12.29 伯家雑掌政久 松尾一社中 相房 禰宜相房       当社社務職、正禰宜相房をもって補任、一社中存知 伯家御教書 『松』1325
1575 天正3.12.29 左中将 伯中将殿 相房 禰宜相房       松尾社神主職、正禰宜相房をもって補、下知、天気 正親町天皇綸旨案 『松』1326
1575 天正3.12.吉 蔵人相頼     蔵人相頼・相冬・相宣・相長・神主宮内少輔三位相光       年中社務分神事注文、明応7年より相冬下行の由也、永正10年4月11日三河注文、永正6年正月5日記す、本帳は相冬明応6年より当職の間かくのごとく下行、当所の乱により本帳失、相宣より帳を請いだし写す、天文6年2月21日に記置、文明11年相帳の時帳、永正9年1月16日、 年中社務分神事注文 『松』1080
1576 天正4.2.2 蔵人相頼 宮内大輔殿   蔵人相頼・宮内大輔殿       当社東分支証、真珠院えらませ渡し奉り申す 蔵人相頼請文案 『松』1328
1576 天正4.10 蔵人相頼 宮内大輔殿   蔵人相頼・宮内大輔殿       当社東分支証、皆済請取 蔵人相頼起請文案 『松』1329
1577 天正5.3.10 政久 松尾社権禰宜殿   氏人一法師丸       当社権禰宜職事、氏人一法師丸をもって補す、早く存知、本官 伯家御教書 『松』262
1577 天正5.3 織田信長 松尾社家神方           松尾神領当知行、一職進退、諸公事免除、神事修理 織田信長朱印状案 『松』1330
1577 天正5.閏7.12               城州松尾神領当知行、雀部庄 某下知状案 『松』1331
1577 天正5.11.27 右大臣兼右近衛大将朝臣織田信長     神主       松尾社領、不可有相違、各神主、所務、社頭修理并神事 織田信長朱印状 『松』90
1577 天正5.12.29 備前満信・内総一 御社務   御社務       ひらき年貢4斗ずつ納所、諸事何かにつき御社務御沙汰 満信・総一起請文 『松』1332
1579 天正7.12.12 蔵人左少弁藤原定藤 秦相頼   秦相頼       上卿勧修寺中納言晴豊、宣旨、正五位下秦相頼、従四位下 口宣案 『松』466
1580〜 天正6.1.7以降               御出?、悉勧請、御遷座、御輿を飾り榊を立て勧請、御祭、還幸、神人神子御迎えに参、氏子共悉御供、天下泰平五穀豊饒、御的、悪魔を払わんために射手組定、天下泰平五穀豊饒、猪狩、是あたれる年の次は干支祠官を入れるべし、今日鹿丸猪丸御神事、東作せんがために猪狩場へ勧請、社官・供僧・衆徒・神人参向、鹿丸猪丸を他方世界へ追い払い御神事執行、五穀豊饒天下泰平、猪狩場へ御榊をもって勧請、御阿礼、社司・神人いそしんで御阿礼の富草を摘む、太上天皇より文武百官五畿七道社頭の砌に至るまで守幸賜、天正八(1580)年正月七日、白馬御神事、社司一疋ずつ引き備え、社頭の砌安穏に守幸賜、天正六(1578)年正月晦日、公御祈り社司・社人各参勤、御千度勤め、社頭の砌参詣の輩安穏泰平 祝詞 『松』918
1580 天正8.3.吉 若狭宗忠 御社務様   御社務様       船渡りの道下荒地、谷升2斗5升懈怠なく納所、最福寺わき 若狭宗忠請状 『松』1334
1580 天正8.閏3.29                 一の井算用注文 『松』1333
1581 天正9.4.23               井戸、万石、松室 一の井出役人数 『松』1334
1582 天正10.3.吉 周弘・春保 御社務宮内大輔殿・宮内少輔殿   御社務宮内大輔殿・宮内少輔殿       松尾神領東分、長岡兵部大輔殿へりん首座、西岡表矢部善七殿、猪子平介殿、寺僧衆連判 地蔵院周弘等連判請状 『松』1337
1582 天正10.10.14 右大臣兼右近衛大将朝臣織田信孝     神主       松尾社領、先判、不可有相違、各神主、所務、社頭修理并神事 織田信長御教書 『松』91
1582 天正10.11 周弘・寿庵・周?・寿保 御社務東殿           借用申銀子四枚 周弘等起請文 『松』1338
1582 天正10.12.10 杉原七郎左衛門尉家次 社家神方御中   社家神方御中       松尾御神領所々散在山林竹木河上川原、御朱印筑前守折紙、当知行、御領知、諸公事以下免除 杉原家次書状 『松』56
1583 天正11.1.28 従四位下神主秦宿禰相房・執行法印慶?・惣公文所 宰相公   従四位下神主秦宿禰相房       松尾社御読経所供僧職、補任宰相公、権行懈怠あるべからず、社家承知 公文所補任状 『松』1339
1585 天正13.11.21 豊臣秀吉 松尾旅所社家中   松尾旅所社家中       領知方散在、今度弥々西七条内145石寄付、社納、祭礼并燈明懈怠無、同社中修理以下不可有油断、悔返 豊臣秀吉朱印状 『松』75
1585 天正13.11.21 豊臣秀吉 松尾社家中   松尾社家中       山城国谷山田内933石、末代社納、祭礼燈明懈怠無、同社中修理以下不可有油断、無沙汰悔返 豊臣秀吉朱印状 『松』89
1586 天正14.12.23 三河守家貞・右兵衛家慶・主馬丞秀家・蔵人相頼 宮内少輔殿   蔵人相頼・宮内少輔   三河守家貞・右兵衛家慶・主馬丞秀家   預申八木事、但判升、34石4斗1升、何時も御用次第に渡申 社務預り状 『松』161
1587 天正15.6.19 松尾社務相房     松尾社務相房       上卿日野大納言藤原輝資、松尾社務相房従三位、蔵人左中弁藤原頼宣 口宣案写 『松』1348
1588 天正16.12.26 沙汰人山田右兵衛家慶・同主馬丞秀家・同善左衛門尉満慶・松尾三郎相□・同宮内少輔相□・本願尭海・松尾蔵人相頼・社務三位相房   相房 尾三郎相□・松尾宮内少輔相□・本願尭海・松尾蔵人相頼・社務三位相房   沙汰人山田右兵衛家慶・沙汰人同主馬丞秀家・沙汰人同善左衛門尉満慶   社務御綺内四分一置米、給田参段半宛内三分一置米、別相伝分各置米同前(三分一)、御供田内置米、油断なく神蔵へ取納、三位并本願沙汰人内一人、三人と惣社人中へ立相、算用聞申、昨日承、御意に任相談究申 沙汰人等連署 『松』157
1588 天正16.12.26 沙汰人山田右兵衛家慶・同主馬丞秀家・同善左衛門尉満慶・松尾三郎相□・同宮内少輔相□・本願尭海・松尾蔵人相頼・社務三位相房 松尾社御奉行山口玄蕃殿道任 相房 尾三郎相□・松尾宮内少輔相□・本願尭海・松尾蔵人相頼・社務三位相房   沙汰人山田右兵衛家慶・沙汰人同主馬丞秀家・沙汰人同善左衛門尉満慶   社務御綺内四分一置米、給田参段半宛内三分一置米、別相伝分各置米同前(三分一)、御神田油断なく悉神蔵へ取納、三位并本願沙汰人内一人、三人と惣社人中へ相立、算用聞申、置米、借銭方御公方儀并御修理油断なく仕、本書之頭書社務 沙汰人等連署定書 『松』158
1588 天正16.12.26 沙汰人山田右兵衛家廣・同主馬丞秀家・同善左衛門尉満廣・松尾三郎相□・同宮内少輔相秀・本願尭海・松尾蔵人相頼・社務三位相房   相房 尾三郎相□・同宮内少輔相秀・本願尭海・松尾蔵人相頼・社務三位相房   沙汰人山田右兵衛家廣・同主馬丞秀家・同善左衛門尉満廣   同上 沙汰人等連署定書 『松』1086
1589 天正17.7.1〜               奉加、大覚寺二品親王天正11(1583)年霜月吉日宝性院、百貫文、寶性院、四条東洞院坂東屋町宥玉法印、天正十七(1589)七月一日、百貫文、寶性院、同四条東洞院坂東屋町宥玉法印、天正十一霜月三日、米五石最勝院、太秦広隆寺、米二石天正十一年十一月六日太秦広隆寺円林坊、米二石天正十一年中一月六日太秦広隆寺少納言、米五石吉田栄可、米二石吉田与七、五十疋くぼ村惣中、百六十枚御所之内、一貫文山田惣中、一石六斗仁和寺惣中、六斗七升中河原惣中、一貫文依多主水助、一貫文念仏衆より嵯峨惣中、一石三斗石原惣中、二十疋さか不及軒、一石五斗辻河嶋惣中、一貫文安井惣中、百五十枚莚御所内惣中、十疋中路宗慶、一石五斗南泉乗寺、二石北川勝寺、一石大豆北常磐惣中、二石大豆等持院門前、二石上桂惣中、一石徳大寺惣中、五石太秦惣中、一石梅津の長福寺、二石三斗御室谷惣中、二石東梅津惣中、二石岡宇治井、三斗上山惣中、五斗御陵広野郷、五斗松室惣中、五斗井戸万石惣中、八斗二升上野惣中 松尾社奉加帳 『松』1088
1589 天正17.12.1   松尾社家中   松尾社家中       当社家境内地子以下免除 豊臣秀吉朱印状 『松』57
1590 天正18.12.13 禰宜松尾蔵人相頼・正祝宮内少輔少?・松尾神主相房 法輪寺 相房 禰宜松尾蔵人相頼・正祝宮内少輔少?・松尾神主相房       読経、八講田預所職、社家として法輪寺に寄進、代々法輪寺執行として納所事執沙汰、先例に任せ御知行 八講田預所職安堵状 『松』964
1593 文禄2.12.11 蔵人相頼 ごんのすけ相朝?   ごんのすけ相朝?         蔵人相頼譲状 『松』257
1594 文禄3.9.吉                 禰宜分納帳 『松』1047
1595 文禄4.2.28 左衛門尉 松尾社権祝殿   氏人相勝       (端花押、白川雅英王)、当社権祝職事、氏人相勝をもって補任、存知、本官 伯家御教書 『松』1340
1595 文禄4.9.吉                 禰宜殿納帳 『松』1043
1596 文禄5.9.吉                 禰宜殿算用状納申分 『松』1044
1597 慶長2.9.吉 松尾社務相房 徳善院御奉行前田玄以 相房           禰宜田算用状 『松』1042
1597 慶長2.12.7               宮内少輔分年貢賃、松尾宮内少輔分勘定 松尾宮内少輔勘定注文 『松』1235
1600 慶長5.6.8 山田沙汰人・松室左衛門佐・松尾社務     松尾社務 松室左衛門佐     一ノ井用水 山田沙汰人等起請文 『松』1347
1600 慶長5.9.19 羽柴左衛門大夫・羽柴三左衛門 西岡松尾惣中           禁制、濫妨狼藉、放火、男女人取、停止、罪科 福島正則連署禁制 『松』58
1600 慶長5.9.21 徳川家康 松尾           軍勢甲乙人濫妨狼藉、放火、妻子牛馬取、停止、違反、厳科、下知 徳川家康禁制 『松』59
1600 慶長5.9.27 肥前             谷山田村、今度乱妨狼藉停止、成敗 前田家長禁制 『松』115
1605 慶長10.6.14 相致内蔵すけ     相致       御石塔、その数二万一千、社司・官周防・神人に至るまで、御神事三個の珍物を備え、山海の珍物、御菓子、御神酒を備え奉る、御出、御輿を飾り榊を立て、勧請、宮移しのとき祝言相致、御祭、今日還幸、神人・神子御迎え、氏子共悉御供、足浮(あしがる)手浮(てがる)に勇み送り御神殿へ移す、結地才、今日年木をそなへ天下泰平五穀豊饒、社司・社人名に拝領せらる、御的、悪魔を払わんがために射手組を定、天下泰平五穀豊饒、猪狩、今日かんまる(鹿丸)いまる(猪丸)の御神事、東作せんがために猪狩場へ勧請、社官・供僧・衆徒・神人に至まで参向せしめ、鹿丸猪丸を他方世界へ追い払い御神事執行、五穀豊饒天下泰平、猪狩場へ榊をもって勧請、御阿礼、社司・神人いそしんで御阿礼の御富草を摘む、太上天皇より文武百官五畿七道社頭のまで守りさかえ(幸)おわします(賜)、御戸代、五穀豊饒御神事、天下泰平安穏、社頭の砌参詣の輩に至るまで安穏、正月七日、天正六(1578)年正月七日白馬の御神事(918号文書参照)、社司一疋引き備え社頭の砌安穏に守幸、慶長十(1605)年その月日入れ申、今日明日の御供、山海の珍物、御菓子、御神酒を調え備、社頭の砌参詣の輩安穏泰平守幸賜、慶長10年6月14日写、相致内蔵のすけのて也 祝詞 『松』917
1607 慶長12.1.6 蔵人頭左中弁藤原総光 秦相?   秦相房?       上卿広橋大納言兼勝、宣旨、従三位秦相房?、正三位 口宣案 『松』473
1608 慶長13.12.25 和泉守英永 松尾社権禰宜殿   氏人相廣       当社権禰宜職事、氏人相廣をもって補任、存知、本官 伯家御教書 『松』1349
1609 慶長14.5.28 相秀 後家   相秀・兵部(相景)子珎鶴       譲状、よ町田ついはせみそのを総衛門作り、又小田たうの辻わさ田こしまい、大こん畠、とう路の辻、屋敷、後家へ譲、もし他所へ取り行い候はば、取り返し申すべし、後家一期之後は兵部子珎鶴へ相渡 相秀譲状 『松』162
1609 慶長14.8.26 和泉守英永 松尾社権祝殿   氏人久尉丸       南家三代目、当社権祝職、氏人久尉丸をもって補任、存知、本官 伯家御教書 『松』1085
1609 慶長14.11.3 松尾社務・相房 尭海十穀   松尾社務・相房       松尾社頭の南の屋敷、本願尭海へ寄進、以来異儀あるべからず、寺を相立てられるべし、そのため一筆 社務・相房一筆状 『松』966
1609 慶長14.12.18 松尾正三位相房 松尾兵部殿   松尾正三位相房・松尾兵部       松尾社領のうち東分、右?譲与上、永く相違あるべからず 相房譲状 『松』192
1610 慶長15.1.16 正三位宿禰相房・従四位下禰宜相朝・従五位下正祝相景     正三位宿禰相房・従四位下禰宜相朝・従五位下正祝相景・権神主息宮松丸       差定、来年正月十六日結地御神事頭役?、新入権神主息宮松丸、来頭 神事頭役差定文 『松』1350
1612 慶長17.閏10.20 松尾本願尭円周済 正三位   正三位       今度本願職仰付、忝く存候、この上私に抑留を構申まじく候、以来如何様の儀仰付けられ候とも御定め次第に仕るべし、自然御定違候ば、本願職余人に仰付けられるべし 本願尭円房請書 『松』215
1612 慶長17.12.13 松尾社務正三位相房卿 御奉行様   松尾社務正三位相房卿       本願、尭円 相房返答書案 『松』1351
1613 慶長18.3.22 松尾社務正三位相房 おしや方   松尾社務正三位相房         相房譲状 『松』1352
1613 慶長18.11.24 権佐相朝?・兵部少輔相量・主殿相重・四兵衛可? 松尾中務殿   権佐相朝?・兵部少輔相量・主殿相重・松尾中務殿       文右衛門ぬすみ迷惑 権佐某申状 『松』1353
1614 慶長19.10 伊賀守板倉勝重禁制 松尾社中           当軍勢濫妨狼藉、社内并社家寄宿、竹木伐採、停止、違犯之輩、厳科 板倉勝重禁制 『松』116
1615 元和1.9.26 和泉守英永 松尾社神主殿 相朝 禰宜相朝       当社神主職、正禰宜相朝をもって補任、綸旨、存知、本官、綸旨とも四通は我等祖父相朝にて御座候 伯家御教書 『松』1085
1615 元和1.9.26 和泉守英永 松尾社正祝殿   権祝久尉丸       当社正祝職、権祝久尉丸をもって補任、存知、本官 伯家御教書 『松』1085
1616 元和2.12.? 神方権? 松尾兵部少輔(少)   松尾兵部少輔       禰宜職御炊役仰付、 神方権?請状 『松』167
1616 元和2.12.18 神方長満 松尾兵部少輔(少)   松尾兵部少輔       禰宜職膳部役忝存、 神方長満請状 『松』168
1618 元和4.9.19 社務相朝 兵部少輔 相朝 社務相朝・東正禰宜兵部少輔相景         松尾社正禰宜田注文 『松』189
1618 元和4.9.19 兵部少輔 社務相朝 相朝 社務相朝・東正禰宜兵部少輔相景         松尾社社務分正祝田注文 『松』190
1618 元和4.10.24               本は文明6年2月1日、主松尾中務大輔、松尾大明神祝言本、相長 日供祝言 『松』1354
1618 元和4.11.4 和泉守英永 松尾社権祝殿   氏人勝尉丸       当社権祝職、氏人勝尉丸をもって補任、存知、本官 伯家御教書 『松』1085
1619 元和5.3.18     相朝 社務相朝・東正禰宜兵部少輔相景・正祝久尉         松尾社領目録 『松』463
1619 元和5.3.18     相朝 社務相朝・東正禰宜兵部少輔相景         松尾社領惣高及下行目録案 『松』492
1619 元和5.3.18                 神事下行目録写 『松』1355
1619 元和5.9.27 松尾正禰宜兵部少輔相景 御奉行様(板倉伊賀守勝重)   松尾正禰宜兵部少輔相景       社務と正禰宜とは内陣にて同座の社役、かように仕り板倉伊賀守勝重殿へ上申 松尾正禰宜兵部少輔相景言上状 『松』193
1619 元和5.10.9 松尾櫟谷祝大膳重理・松尾民部少輔相泰・同左馬允相和・同中務相長     同左馬允相和・同中務相長   松尾民部少輔相泰櫟谷禰宜・松尾櫟谷祝大膳重理   松尾社家十官次第、社務今は権佐、正禰宜今は兵部少輔、正祝、権神主中務、権禰宜左馬允相和、権祝権介久対、櫟谷禰宜民部少輔相泰、櫟谷祝大膳佐重理、月読禰宜譜代職内蔵允、月読祝隼人、右次第を聞こし召し上げ、其上白川殿御折紙御座候、上の職上り候はば、次第に仰付けられ候折紙御座候 社家十官次第 『松』1356
1620 元和6.11.5 松尾社務相朝   相朝 松尾社務相朝       松尾社年中行事社務下行仕候次第、氏神神事も元亀3年より退転仕候を我等社務を持ち近年執行申、社職法度の次第写、御理申上、天文19年祖父相光自力遷宮、元亀3年上野中務大輔社領違乱 松尾社年中神事等 『松』1084
1620 元和6.12.21 中務相長・左馬允相和・民部相泰・大膳重理 御奉行様(八郎兵衛様)   社務権佐相朝・正禰宜兵部少輔相景・正祝(欠)/権神主中務相長・権禰宜左馬允相和・権祝久千代・月読禰宜社の惣領筋譜代職内蔵允重隆・櫟谷禰民部相泰・櫟谷祝大膳重理       松尾社次第に上る、社務権佐相朝・正祝(欠)と/正禰宜兵部少輔相景・権神主中務相長(中務より前の権神主左馬佐五体不具にて出世ならず)・権禰宜左馬允相和・権祝久千代(久千代より前の権祝三郎は悪病にて出世ならず)・月読禰宜社の惣領筋譜代職内蔵允重隆・櫟谷禰宜民部相泰民部相泰(権介親も櫟谷禰宜より出世、権介親の次月読家内蔵允重隆持申候、重隆次は隼人重根、この次只今民部相泰持申、先例かくのごとし、この次民部、次は大膳上り申先例なり)・櫟谷祝大膳重理らとの相論あるカ、権官は正官に上がり申さず、権介(社務相朝)申上げ候、権介子も権の字付申候間、社家職に罷りある間、正祝へ上り申す望みあるまじく候、此方東家の権の字の付申社家、往古の社家権神主より正祝へ上り申す先例証文あり、相を名乗り申す社家は櫟谷禰宜祝から次第に社家まで出世、重を名乗り申す社家は櫟谷祝禰宜まで出世、また月読祝へ出世、社務権介相朝狼藉仕条 松尾社家申状 『松』194
年月日未詳               194号の関連文書カ、権官側主張、松尾社務相房死去に付けて申上げ候、相房孫惣領利口にて御座候間、社務職仰付けられ候 権官衆申状 『松』195
年月日未詳 松尾櫟谷祝大膳重理・松尾月読社禰宜内蔵允重隆             194号の関連文書カ、伯家へ披露 松尾櫟谷祝大膳重理申状并月読社禰宜重隆申状 『松』238
1621 元和7.9.1 松尾亮右門相吉     松尾亮右門相吉       松尾社務領、中村勝兵衛殿、星野縫右衛門殿、御両所より請取分、払方、三月・四月祭礼、乗尻輪番、谷村・川嶋・下桂、七日開、惣市、祭礼御船、上桂村、上野村、正月16日結地才殿歩射神事、社家神方庁屋、結地才殿社去年9月修理、正月8日修正、供僧・預、10月11日より15日迄八講、三井寺衆布施飯米、供僧飯米、普請料、下山田、川端、去年9月宗像殿社修理、屋根萱、材木、釘、板、大工、竹、人足、縄、去年霜月18日御神楽本神事、去年霜月27日手打神事、社家・神方庁屋、去年霜月24日吉備宮殿本神事、去年霜月24日才神殿神事、21石9斗7升4合9勺 松尾社算用帳 『松』159
1621 元和7.9.1 沙汰人権三郎・沙汰人清兵衛・沙汰人左近衛門・松尾社家隼人重根・松尾民部少輔相泰・松尾左馬允相和・松尾中務大輔相長・松尾兵部少輔相景 松尾公文殿           公文職料玄米一石宛渡すべき証文、松尾公文知行、末代玄米一石宛社家神方中として納所申すべし 沙汰人等連署請文 『松』174
1621 元和7 山田左近右衛門家光               晦日御神事御菜方膳部目録 『松』733
1621 元和7 山田藤右衛門家頼         松尾膳部山田藤右衛門家頼   正月朔日御神事御菜方、膳部、松尾膳部山田藤右衛門かように書直上申、相景同心せず、膳部の帳と右書上筆者相違 御神事御菜方目録写 『松』769
1621 元和7 山田藤右衛門家頼             正月朔日御神事御菜方、膳部 御神事御菜方目録 『松』770
1621 元和7 山田藤右衛門家頼             正月朔日御神事御菜方、膳部 御神事御菜方目録 『松』772
1621 元和7 山田藤右衛門家頼             正月朔日御神事御菜方、膳部、考え申たきこと候、写置申留 御神事御菜方目録写 『松』774
1621 元和7 酒殿役人山田右衛門尉家重               酒殿請取覚 『松』735
1621 元和7 山田勝兵衛満政             正月十五日御神事御菜方、膳部、先度の帳面のおもて差し引き残りて3斗3升4合此方のおい(負い) 御神事御菜方目録 『松』773
1621 元和7 松尾御炊六人之衆当番主馬助政重・八左衛門定次               御神事日記 『松』1024