周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

松尾大社データベース7

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

1622 元和8.11.21 周防守板倉重宗 松尾社家中             松尾社領分目録写 『松』736
1622 元和8.12.13 年寄作右衛門・庄屋三郎左衛門・松尾助右衛門・相朝後家・松尾久丞・延慶慎首座     社務相朝       相朝社務譲分田地下作職分口、去年相朝社務死去時遺言または譲状の旨に任せ田地の下作職面々に分け付定申候 年寄作右衛門以下連署請書 『松』258
1621/1622 元和7.12.12/元和8.11.28 松尾社正禰宜兵部少輔相景     松尾社正禰宜兵部少輔相景       194号の関連文書カ、元和7年12月12日に両御伝奏様広橋・三条、防州様板倉周防守重宗へ上申元和8年11月28日京より仲村八郎右衛門?にて御廣様へ上申(249号まで関連) 禰宜相景申状 『松』239
1622/1623 元和8.3〜9.1.15               (付箋、この一巻前神主相行筆作、正紙にあらず、私案、元和年中祖父相景板倉周防守重宗殿へ上申、正紙不都合、相行料簡を加え書記と見えたり、猶考えるべし 御神事下行目録 『松』771
  東社務相景     東社務相景       慶長19(1614)年社務正三位相房果て申候(死亡)、それより、正禰宜相朝・正祝相景・権神主相長?社務職三人望む、白川殿正禰宜相朝綸旨御取次候て正禰宜持ち申す、正祝は正禰宜へ上り申、正祝職社務職に付申すゆえ、東家・南家惣領領家にて候ゆえ、正祝は社務子持ち申す、権神主公事果たさず、京の所司代に板倉伊賀守勝重御内縁にて申上、元和元年に伊賀守子周防と申す仁所司代持ち、検地松尾社領へ入、社務知行260石の高御座候を、高100石8斗になし、境内も屋敷も打ち、社家・神方屋敷までを許し申す間、330石など打ち出す、宮本願蔵へ納、社務、月読禰宜、神方膳部役人宮にて取り申す、残り申す米は社用御修理に仕り候へと、巻物出し申す、それと残りに仕宮にて取申、米御供御菜方宮にて社務32石請取、御炊役人神事社務へ請けに参おろし申す、先規は役人ともに社務より下行仕り、中古かように成り申候、社務御供?升にして下行仕り、新儀?成り申候、中古よりちかくなり申候 年中行事 『松』249
1623 元和9.3.25 治部権少輔相堅 兵部少輔殿   治部権少輔相堅・兵部少輔殿         治部権少輔相堅請状 『松』191
1624 寛永1.6.4 松尾左近相吉・権少輔相賢 松尾民部殿・左馬丞殿・中務殿   松尾左近相吉・権少輔相賢・松尾民部殿・左馬丞殿・中務殿         相賢・相吉請状 『松』1358
1632 寛永9.7.1 松尾中務大輔相長     松尾中務大輔相長         相長披露状 『松』1359
1634 寛永11.4.1 左衛門尉光久 松尾社正禰宜殿   正祝相賢       当社正禰宜職、正祝相賢をもって補任、存知、本官、右三通は我等親父相賢にて御座候 伯家御教書 『松』1085
1634 寛永11.7.28 松尾中務大輔相長・左馬丞相和・民部少輔相泰     松尾中務大輔相長・左馬丞相和・民部少輔相泰         相長等連判訴状案 『松』1360
1634/1635 寛永11〜12頃                 神事目録奥書 『松』1025
1636 寛永13.6.2 松尾社務相景   相景 松尾社務相景       引替下行 社務年中御神事下行目録 『松』734
1636 寛永13.6.2 松尾神主兵部大輔相景   相景 松尾神主兵部大輔相景       右目録社家より御炊・膳部・酒殿三役人年中諸神事下行米目録書上げ候控出入あるにつき、寛永13年6月2日板倉周防守重宗様へ双方召し出され対論に及勘定吟味あり 秦相景一札状 『松』1009
1636 寛永13.6.2 松尾社務相景   相景         社務年中御神事下行入用目録 社務年中御神事下行入用目録 『松』1019
年未詳.2.24/8.2               この目録立合見申、板倉周防守重宗、(相景関連文書?) 松尾社領分目録写 『松』1020
1636 寛永13.6.2 松尾社務相景   相景         この目録一通は社務家と御炊・膳部・酒殿三役人相論、年中御神事諸下行目録書上げ候様にと双方へ仰付けられ、かくのごとく相認め寛永13年6月2日板倉周防守重宗様へ指上 年中神事目録奥書 『松』1021
1636 寛永13.6.2 松尾社務相景   相景         政所年中御神供米諸下行入用目録、御神供米二年分我等引替諸役人へ下行、御神事執行申 政所年中御神供米諸下行入用目録 『松』1022
1636 寛永13.6.2 松尾社務相景   相景         同上 政所年中御神供米諸下行入用目録 『松』1023
1637〜 寛永14以降       社務相朝       谷升と申は先規より社司方に神事諸下行の取りさばきいたし申用いてきたり、今の京判の升の七合ほど、又古の神事の帳などに本斗御升は下行方に付して御座候、寛永年中に社中混乱致し作法とも乱れ、役人方より京判の升にて請取 記録断簡 『松』1011
1645 正保2.12.4 松尾惣社中内匠光成、式部少輔重種、修理進相行 関屋市郎右衛門殿、梅戸八右衛門殿           山城葛野郡松尾皇大神宮、月読正神殿松室、櫟谷社上山田、宗像社上山田、三宮社社内、衣手社社内、四大神社、十禅師社、諸神勧進所、弁才天、大酒神社松室、宿院殿無社、若王子無社、山神社、朝寝神無社、若宮無社、日角社谷、東吉備社、西吉備社、若神子、小倉神社、水本神社、山神社上山田、才神社、御霊社下山田、三宮社、藤社上山田無社、神宮寺社内無社、舎利堂、万石寺谷無寺、光明寺谷無寺、不動堂上山田、松尾社内棟数、廻廊、拝殿、楼門、鳥居、宮仕、御服所、御膳部所、御供所、庁屋、舞殿、本願坊、経所、月読社内棟数、拝殿、御供所、鳥居、松尾社内間数南北百五十二間、東西五十六間 松尾社末社并松尾社内棟数、月読社内棟数、松尾社内間数、等注進状案 『松』875
1650 慶安3.4.28 左衛門尉光久 松尾社権禰宜殿   権祝主膳相音・松尾社正禰宜相章       当社権禰宜職、権祝相音をもって補任、存知、本官、右両通主膳相音当家分家故、一通に書き加え進上申、寛文4(1664)年7月3日松尾社正禰宜相章 伯家御教書 『松』1085
1666 寛文6.4.11 伯家雑掌右馬尉勝久 松尾社神主殿           当社祭礼、綸旨、無為遂行、本官 伯家御教書 『松』1085
1666? 寛文6?.4.11 右少弁資廉 伯三位殿           松尾祭社家に付す、遂行、下知、天気 綸旨 『松』1085
1790 寛政2.1 神主三位相養     神主三位東相養       (松室家系図)、寛政2年庚戌正月松室伊勢重古方にてこれを借用し写置 月読社禰宜祝松室家秦氏由緒写 『松』1094
1825 文政8.10 正祝従四位上秦相命     正祝従四位上秦相命       夫本願は、天文の初め、西国より奴一人社頭にいたり、掃除役を願う、名慶林、茲により社家会所の留守居として始めておく 本願記序文 『松』990
年未詳.8.14 織田信長 細川兵部大輔殿藤孝           明智に申含候 織田信長書状 『革』1
年未詳.9.28 織田信長 革嶋越前守殿一宣・革嶋市介殿秀存         一宣・秀存 滝川一益 織田信長朱印状 『革』4
年未詳.9.8 織田信長 河嶋(革嶋)市介殿秀存         秀存 重陽祝儀、小袖、猪子兵介高就 織田信長朱印状 『革』5
年未詳.11.13 羽柴筑前守秀吉 河嶋(革嶋)一介(市介)殿御宿所秀存         秀存 家をこぼちめしよせ候、人足、正近兵三 羽柴秀吉折紙 『革』6
年未詳.3.9 細川藤孝 革嶋市介殿秀存         秀存 当城(勝竜寺城?)、御内衆、誓言、日本国中大小神祇、八幡大菩薩愛宕山地蔵権現御照覧 細川藤孝請文 『革』9
年未詳.1.7 細兵(細川)藤孝 松井友閑玉吟下           革嶋罷下、滝左在陣(滝川一益)、大覚寺殿御千句出座 細川藤孝書状 『革』11
年未詳.6.15 米田壱岐守求政・三上兵衛友清・毛利六大夫勝次・上原左衛門大夫之能・志水雅楽助清久・松井甚介康之・長岡権介直次 革嶋市介殿御宿所秀存         秀存 大岡と井水通、用水 細川藤孝奉行人連署折紙 『革』12
年未詳.6.17 明智光秀 河市御返報(革嶋秀存)         秀存 (切封上書、河市、明十兵光秀)、御普請、近日御出馬 明智光秀書状 『革』16
年未詳.10.9 明十兵(明智)光秀 河市御宿所(革嶋秀存)         秀存 御合力御手柄、後家来衆 明智光秀書状 『革』17
年未詳.9.28 滝川左近一益 細兵様尊報(細川藤孝           革嶋知行 滝川一益書状 『革』18
年未詳.3.9 安威兵部少輔藤治・沼田勘解由左衛門尉清□・運斎祐阿・後藤治部少輔 革嶋市介殿秀存         秀存 御請取石蔵普請、人足無人、権左 安威藤治等連署書状 『革』20
年未詳.閏7.22 滝川左近一益 河嶋(革嶋)一介(市介)殿御宿所秀存         秀存 彦三郎、諸親類中相預、女房、請乞人質御返 滝川一益書状 『革』22
年未詳.11.27 嶋田但馬守秀助 革嶋市介殿御返報秀存         秀存 先日御来儀、鯉三つ 嶋田秀助書状 『革』23
年未詳.7.24 三好孫次郎範長 革嶋新五郎殿御宿所(一宣)         一宣 来27日松浦陣取へ手遣、明後日26日、堺へ御着陣、加地肥前 三好範長折紙 『革』25
年未詳.8.27 香川美作守元綱 革嶋勘解由左衛門尉殿泰宣?         泰宣 諸本所本役加地子未進、御中間御力者、京都御糺明、召文、請文 香川元綱奉書 『革』26
年未詳.10.2 村井貞勝 河嶋殿御宿所           寿寧院領、長者放状 村井貞勝書状 『革』34
年未詳.10.10 松村兵衛尉 赤沢民部大輔殿御宿所           田能料分、河嶋方売得分2・3反 松村兵衛尉折紙案 『革』35
年未詳.7.28 滝川一益 松室在所名主百姓中       月読分松室   今度月読分松室、松室并百姓退出、当郷、預物、革嶋方へ持遣 滝川一益書状 『革』36
年月未詳.10 慈鎮?           けいしん(桂心)、ひんろうし(檳榔子)、入薬、茶碗器、革嶋、光明真言供養法一座、未来際自身菩提、榎並、猪熊殿菩提、所作、腹ふくれ、口ただれ 伝慈鎮書状 『革』7
年未詳.6.14 治部卿 松尾前神主齋館   松尾前神主齋館       仁倉林民屋、先例、土民濫壊、社領衰微、神領闕怠、自由沙汰停止、社役、天気 治部卿奉綸旨 『松』60
年未詳.3.24 左権中将実綱 右大将殿           松尾社領摂津国山本庄濫妨、一条前中納言状、雑掌事書副、庄雑掌に下地を沙汰、武家、天気 左権中将実綱奉綸旨 『松』61
年未詳.10.8 勘解由次官 松尾神主館   松尾神主館       西七条神民舎屋、壊他所に渡、神事違例、制禁、院宣 勘解由次官奉院宣 『松』63
年未詳.閏6.12 尊氏将軍管領山名前伊賀守 松尾神主殿   松尾神主殿       丹波国雀部庄用水、御奏聞、先例、中御門前中納言殿御奉行所 中御門前中納言御教書 『松』64
年未詳.1.6 三好日向守長逸 尾三位殿御返報   尾三位殿(南相光?)       御折紙、拜見、当春御慶、御祈祷巻数并御供若菜、頂戴、祝詞 三好長逸書状 『松』65
年未詳.11.8 三好筑前守長慶 松尾社家雑掌   松尾社家雑掌       松尾社領諸公事免除、代々御下知、近年筋目当知行、領知 三好長慶書状 『松』66
年未詳.9.28 細川兵部大輔藤孝 松尾社官中   松尾社官中       当社境内、濫妨狼藉非分輩、注進 細川藤孝書状 『松』67
年未詳.7.27 民部卿法印前田玄以 松尾社家中   松尾社家中       其地簗、違乱族 前田玄以書状 『松』68
年未詳.4.12 徳善院前田玄以 松尾社家中   松尾社家中       麥年貢、田方分三分一納所、当社領分内検、帳を作、在所に納置、帳面に麥田を隠置、領主越度 前田玄以書状 『松』69
年未詳.2.28 民部卿法印前田玄以 松尾社家中   松尾社家中       当社山林竹木伐採、惣別御停止、今度御普請中、御法度、御朱印、伐採留置 前田玄以書状 『松』70
年未詳.7.9 民部卿法印前田玄以 松尾惣中           大仏殿廻に御用を植、当社松苗一万本、来春種蒔植 前田玄以書状 『松』71
年未詳.8.17 木下藤吉郎秀吉 社家神方中   社家神方中       松尾社谷山田内神領、当知行、違乱 木下藤吉郎書状 『松』72
年未詳.8.13 金右衛門五味政重 松尾神主・祝・役者   松尾神主・祝・役者       当社神子田西七条村、其田地、西七条村長右衛門後家と少太夫公事、追而明十九日四ツ時分罷出 五味政重折紙 『松』73
年未詳寅.5.18 備前豊直 松尾社務・社家中   松尾社務・社家中       松尾御旅所川勝寺村宮守中間公事、相尋 備前豊直折紙 『松』74
年未詳.5.21 備前豊直 松尾兵部・修理・式部・右京・内匠・民部・主水   松尾兵部・修理・式部・右京・内匠・民部・主水       其元、外記後家と申事、田地公事、相尋、神領之水帳并年々納所帳、来廿七日持参 備前豊直折紙 『松』76
年未詳.閏12.14 備前豊直 松尾雑掌   松尾雑掌       少御用、今日京都に至、私宅へ参 備前豊直折紙 『松』77
年未詳.5.21 五金右門五味政重 松尾兵部・修理   松尾兵部・修理       松尾内井戸村外記後家、中務年貢出入、相尋、早々罷出 五味政重折紙 『松』78
年未詳.6.12 豊臣秀吉 松尾社家中   松尾社家中       御陣祈祷巻数并帷子三到来、山中播内申 豊臣秀吉朱印状 『松』79
年未詳.6.25 豊臣秀吉 松尾惣中           見舞帷三到来、九州并嶋々迄悉平均仰付、近々御馬納、石田弥三申聞 豊臣秀吉朱印状 『松』80
年未詳.7.13 豊臣秀吉 松尾中           名古屋見廻、帷子三遠路到来、施薬院 豊臣秀吉朱印状 『松』81
年未詳.8.5 豊臣秀吉 松尾社家中   松尾社家中       音信帷子三到来、民部卿法印(前田玄以)申 豊臣秀吉朱印状 『松』82
年未詳.3.19 伯家雑掌政久 松尾神主殿   松尾神主殿       御書付、披露、正祝職田、御蔵入落着、御本所、御修理料、徳善院殿前田玄以、貴殿、徳善院殿御折紙、正祝職、社務職、御補任不申請、内蔵丞社官、権神主、和泉殿へ相尋、喜右衛門服明、貴殿社務職服中御補任申請、服中不苦、御八講、聖護院御門跡仰談、月読祝田売得、御法度 伯家雑掌書状 『松』113
年未詳.5.晦日 矢澤中務大輔秀政 尾三位殿(南相光?)   尾三位殿(南相光?)       広隆寺用水儀、先度上使差越、貴殿御扱、広隆寺へ用水下、石性意見肝要 矢澤中務大輔秀政 『松』122
年未詳.10.17 内藤国貞 松尾一社中   東相郷       当社神主職、東相郷、綸旨并御下知、神人緩怠、相郷を合力 内藤国貞書状 『松』130
年未詳.10.17 内藤国貞 山田沙汰人中・谷所本所代官中   東相郷       松尾社神主職、東相郷、綸旨并御下知、神人緩怠、相郷を合力 内藤国貞書状 『松』131
年未詳.10.17 内藤国貞 西岡与力衆御中   東相郷       松尾社神主職、東相郷、綸旨并御下知、神人緩怠、相郷を合力、用意 内藤国貞書状 『松』132
年未詳.10.17 内藤国貞 中路修理亮殿・中路七郎五郎殿・中路次郎殿   東相郷       松尾社神主職、東相郷、綸旨并御下知、神人緩怠、相郷を合力、用意 内藤国貞書状 『松』133
年未詳.10.10 細川玄蕃頭国慶 社家御中           松尾神領、当知行、社納、今村源介 細川玄蕃頭国慶書状 『松』134
年未詳.4.8 下間隠岐守頼辰 松尾御社家衆御中御宿所           越中松尾領、此間断絶、宣都司内々申入、御公用運上、御分別、馳走、宣公(宣都司)、(包紙表書、松尾御社家衆御中御宿所頼辰) 下間頼辰書状 『松』137
年未詳.7.18 松永弾正忠久秀 松尾宮内少輔殿御返報           御折紙、鮎鮨数百、山田之水之儀、存分、御礼 松永久秀折紙 『松』138
年未詳.4.25 下間頼徳 禰宜殿・神主殿御返報   禰宜殿・神主殿       松尾御社領、御公用、五六ヶ年以来不知行、私曲非、御尋、度々御返事、在所之百姓衆へ御不審、当知行之方へ御催促肝要、圓良坊へも申入 下間頼徳書状 『松』141
年未詳.8.11 下間頼徳 松尾神主殿御宿所   松尾神主殿・禰宜殿       好便、公用、国2千疋、京着16貫文申定、関口兵衛以下拙者傍輩青木出羽守成日代代100疋、同八木(米)三俵在所、禰宜殿より沽却、近日承驚入存、青木方へ出置一札、御公用引、御心得、委細孫左衛門尉方へ懇演説、領知内源之宮畠壱貫本、光西寺へ禰宜殿仰合、方々散々一向所務無、近比迷惑至極、公方公用断、御心得肝要 下間頼徳書状 『松』142
年未詳.10.9 仙庵道任 三位様参人々御中   三位様       宮内少輔殿御赦免、昨日未刻宮永亀山に至、扨々珍重御大慶、御祝飛脚 仙庵道任書状 『松』152
年未詳.10.4 松田孫左衛門摩擦儀 富田左近様御方御報           尊書、辺土に内検申付、御見廻不申上、すいさか岡左衛門尉、借状之面何かとりくつ(理屈)申、急度納、民法民部卿法印前田玄以?)に申聞、松尾社務御肝煎忝、義元刀買得、納分当年、隠去曲事、太閤様御諚、民法と御相談、御侘言、御馳走、祗候、相積 松田政次書状 『松』153
年未詳.12.27 飯沼五右衛門長勝 松尾社務公参御宿所   松尾社務       不断御床敷、下司久右衛門方、山次左へ我等理申、貴殿へ相尋、川に在分御検地、替地松尾近辺参申、名名御失墜、久右衛門身上、御向意、山次左、幾度も我等理申、宮内少輔殿書状以て申上、御意得頼入、善七申付、仰越、我等馳走、別儀無、御寄寄様に御馳走 飯沼長勝書状 『松』154
年未詳.12.17 松内 宮内少輔殿御宿所           只今御心静申承、忘難、しやうき散上に、内々契約2町、其方より御伝 宮内少輔充書状 『松』155
年未詳.2.5 右中将季国 伯三位殿   相豊       松尾社神主職事、相豊をもって還補、下知、天気 右中将季国奉綸旨 『松』171
年未詳.3.15(戦国?) 信久 松尾櫟谷祝殿       氏人虎千代丸   当社櫟谷祝職事、氏人虎千代丸をもって補す存知、本官 伯家御教書 『松』259
年未詳.9.28(安土?) 政久 正祝殿       櫟谷禰宜相頼   正祝職事、櫟谷禰宜相頼ら超越の儀仰付、御補任は重ねて申請すべし 伯家御教書 『松』261
年未詳.2.28(安土?) 左衛門尉政久 松尾正禰宜殿   権禰宜相朝       当社正禰宜職事、権禰宜相朝超越儀仰付、御補任重ねて申請すべし 伯家御教書 『松』263
年未詳.9.28 政久 正祝相房   正祝相房       禰宜職事、正祝相房転任仰付、御補任申請 伯家雑掌政久折紙 『松』474
年未詳.5.27 飯尾貞運(貞連?) 松尾社御師東殿   松尾社御師東殿       先年当社鳥居造立、御約束神馬一疋青毛、只今牽進 飯尾貞運奉御教書 『松』764
室町初期               仁倉林、西芳寺最福寺、水本社、若神子社、万石大路、西吉備宮、井戸、東吉備宮、奥西、織戸、新屋、北屋敷、結地社、谷川、向屋敷、中村社、御手洗川、竃殿、月読社、仮殿、舞殿、講坊、楼門、庁屋、楼門、木本社、光明寺、相庭道祖、若王子、神宮寺、宿院、三重塔、中鳥居、一鳥居、桂川、十禅師社、一参社、衣手社、月読権宮、王神殿、本社、仮殿、櫟谷新宮、講坊、拝殿、御料屋、御輿宿、祝屋、正禰宜局、正祝局、経所、楽所、舞殿、庁屋、二階楼門、廻廊、廻廊、御前鳥居、野神、御前河原、御手洗川、瀧御前、三宮社、四大神社、?多護社、竃殿、贄殿、唐門、小社、大道祖、二井、法輪寺、萱坊、山神、山傍道、櫟谷社、宗像社、杉尾社、庁屋、贄殿、竃殿、楼門、一井、大井川 松尾大社及び近郷図  
年月日未詳               市杵島比賣命櫟谷神、羽山戸神衣手神、麻を蒔き衣を作る、四大神春若年神夏高津神秋比賣神冬年神、三宮玉依比賣賀茂御祖神(賀茂建角身命・伊可古夜神)、五丁殿山神 松尾社并末社系譜 『松』493
年月日未詳               市杵島比賣命、櫟谷神と号す、大土神或は土御祖、或は山田原地守神結地祭社、羽山戸神衣手神、昔日麻を植える、四大神春若年神、夏高津神、秋比賣神、冬年神、三宮玉依比賣賀茂御祖神 山城国葛野郡松尾社并末社系図 『松』872
年月日未詳               御本社、釣殿、廻廊、拝殿、楼門、鳥居、月読社、櫟谷社、宗像社、三宮社、衣手社、四大神社、新宮社、本宮社、結地才社、十禅師社、弁財天社、御輿屋、神宮寺、舎利堂、御膳部殿、御供所、庁屋、神子屋、神蔵、清門、南門、北門、社頭四至、東西七十間一尺、南北百四十一間 松尾社間数之覚付社頭四至 『松』876
年月日未詳               白馬祝詞、社司一疋ずつ引き並べ奉る、社頭の廻り安穏泰平、御出祝詞(三月)、(四月祭礼)御阿礼祝詞、社司神人いそしんで御阿礼の御富草を摘む、太上天皇より百官五畿七道社頭、安穏泰平、御阿礼歌、祭礼祝詞、御還幸神人・神子御迎え、氏子共御供申、安穏泰平、御戸代祝詞(六月)、諸郷より植女参向、天下泰平五穀豊穰、結地才祝詞(一月)、今日御年木を備え奉る、五穀豊穰、社頭を廻り富貴繁盛、結地才御的祝詞、、今日御的悪魔を払い、天下泰平国家安全に御神事執行、国家豊饒、猪狩祝詞(一月)、東作せんがため猪狩場に勧請せしめ、社官・供僧・神人参向、鹿丸猪丸を他方世界に追い払い、五穀豊饒天下泰平、今日猪狩場に御榊をもって勧請、社司・供僧・神人参向し御神事執行、御紙立口伝、今日御菓子紙立入組み調え、御鏡ようきの物を飾り、五穀豊饒、太子の御料祝詞、山海の珍物、御菓子神酒、社頭まわり安穏泰平、御石塔祝詞、今日の石塔二万一千、社司・供僧・神人まで積み神供を奉る、御姫又ハソトシタエル神事、臨時などの節此祝詞か、今日の供物山海の珍物、御菓子、三寸(神酒)、社頭のまわり安穏泰平、御物申祝詞山海の珍物、御菓子、神酒 祝詞口伝書 『松』916
年月日未詳 重相             松尾権官三人、櫟谷禰宜職田数、同神事共少々注 松尾社領田帳 『松』1083
年月日未詳               松尾社、禁裏御奉加、権大納言藤(花押)、権中納言藤(花押)、神祇伯王(花押) 松尾社奉加帳 『松』1089
年月日未詳 東主書             大文小文、歳中御神事祝詞、三ヶ日天下泰平国土安全五穀成就宝祚悠久玉体安穏王子王臣所々官人公民牛馬の蹄に至まで、かきわに常磐に守幸たまへ、日供皇御孫天地日月とともに平安、白馬罪咎を神直大直、天下泰平国土安穏、猪狩勧請祝言榊を天羽車として鎮座、猪狩祝言作物守幸賜、太子御料豊饒守幸賜、御石塔天下の川洪水川中を下給、神幸下遷宮天下泰平国土安全五穀成就宝祚悠久玉代安穏皇子以下公民牛馬まで守幸賜、御祭正遷宮社頭繁盛守幸賜、御祭神供献上天皇朝廷、皇子王臣百官人公民に至るまで天皇朝廷帰順せしめ平安せしめ、御阿礼御船悪風に遭わず守幸賜、御田植悪風荒水にあわず稲蟲伊毛遅の禍を祓い一本を千本に栄太穂長穂成新嘗の御食に備、相嘗新嘗皇御孫命の御世堅磐に常磐に祝奉り、万世に御座、歩射邪神松尾二柱の皇大神に帰順せしめ、不順の邪神等は今日歩射の矢に当たり忽死、臨時祭御神楽神事天下泰平国土安全五穀成就宝祚悠久玉体安穏、皇子以下公民牛馬に至るまで守幸賜、御物申庚申の御神供 歳中御神事祝詞 『松』1148
年月日未詳         重弘     本願 重弘語紀 『松』1150
年月日未詳               礼儀類典抜書、松尾祭小右記寛弘九(1012)年〜康富紀文安六(1449)年 礼儀類典抜書 『松』1152
年月日未詳               山城国一宮松尾七社略記 松尾七社略記 『松』1234
年月日未詳               装束、束帯、衣冠(装束呼称) 装束明細呼称 『松』1605
年月日未詳               松尾社、本殿、釣殿、廻廊、拝殿、楼門、鳥居、月読社、櫟谷社・宗像社相殿、三宮社、衣手社、四大神社、新宮社、本宮社、結地才社、十善神社、神輿宿、神宮寺、舎利堂、膳部所、御供所、庁屋、神楽所、神蔵、脇門、南門、北門、社辺四至東南七十間一尺、南北百十一間 松尾社建物間数 『松』1607