周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

朽木未翻刻文書1

『朽木家古文書』未翻刻文書

 

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

 

 康暦二(一三八〇)年十二月廿七日付丹後倉橋庄与保呂村年貢米結解状案

                               (七六〇)

 

  与保呂村御年貢米結解状

   合 康暦弐季分

  兵衛さ衛門兵衛次郎給分

四石八斗七升六合九勺    貞行名

四石八斗九升六合      貞久名

九斗七升四合        二郎丸

一石一斗二勺        秋光名

一斗八升一合八勺      孝月

一石七斗八升五合      今末名

二斗四升四合        兼丈ヽ

一斗三升二合七勺      沢藤ヽ

二石二斗九升八合      正久ヽ

一斗三升三合        恒任ヽ

五升五合三勺        俊岡ヽ

 以上十六石六斗七升六合九勺

         代銭十三貫九百文

一秋地子御結解状

   合

   八田 平野給分

 二石九斗四升四合     貞行名

 五石八斗一升八合     貞久名

 

一麦地子

   八田 平野給分

 一石二斗一升五合五勺   貞行名

 一石二斗七升四合     貞久名

 

    以上十四石四斗九升六合七勺

           代銭七貫二百四十九文

一上用

   八田 平野給分

  二貫八十五文       貞行名

  五百八十文        二郎丸

 

     御代官給

   三百三十文        正仲ヽ

   五百文          由里恒分

     以上五貫五百三十七文

一夫賃夏冬分

   八田 平野給分

 六百六文          貞行名

 七十四文          今末ヽ

 

    御代官給

  百三十四文         正仲ヽ

    以上一貫七百二十文

  惣都合二十八貫四百六文

一進上分

              (葛粉カ)

  二百文         くすのこ

              (焙炉紙)

  八十文         ほいろかみ

  五十文         かみ五月一そく

              (紬)

  一貫七百五十文     つむき二

  百文          かみ二束十月三日御うゑより

  百四十文        いと十月三日御うゑより

  一貫四百文       御きぬ

  一貫三百文       新殿へ

  百二十文        かみ二束十一月十四日

  百三十文        紙二束六月廿五日

  百五十文        紙三束十二月廿五日

  一貫文         貞行上銭

  一貫文         六月廿五日進上申

  七百文         五月五日 御節供新殿ゑも進上  

                   (献)

  一貫二百文       国依殿一こんの分

               (月毛)

  二貫五百文       つきけの御馬代

                 (鹿毛

               二貫文ハかけの御馬代をさた仕候       

                    (履カ)

   五十文         右馬二郎の草足

   十一貫文        八田殿 桜殿 平野殿御恩        

   一貫四百五十文     きぬ飯田殿へ

   百文          小麦二斗御うゑへ

   四百十文        符中へ瓜原礼

               正躰候、一宮反銭かれこれニ七度           

   二百四十文       八月一日焼米代新殿へも進上 

   五百八十文       九月十日同廿五日御まつり

               あたち殿(カ)

   九百三十文       阿立殿にもつたらす候ふん

    以上二十六貫六百四十五文

   残一貫七百五十八文 地下未進

右結解状如此、

  康暦弐季十二月廿七日  勘定

 

※仲村(領主)論文

 

 応永三十四年十二月十七日付馬三郎田地売券(八八〇)

 馬三郎売也 応永卅四年十二月十七日

                  素珍(花押)」

    売渡永代畠事

    合小廿四分者 北古賀下庄内」屋敷常荒畠なり、」東限衛門五郎畠、限

           南」細一御前之馬庭、西限道、」北素珍房畠

   右件畠者、雖為馬三郎先祖相伝」下地、依有用要、現米五石六斗仁」そち

   んの御房仁売渡申候所実正」なり、依有類地、新現文売渡申候、」子ヽ孫ヽ

   此下地ニいらん煩を申物」候ハヽ、公方ニうつたへ、さいくわにおこな」

   ハれ可申候、又天下一同之御徳せいと」申とも、本仁かへり候事、あるま

   しく候、」依為後日、永代売券状如件、

   応永卅四年十七日               馬三郎(花押)

 

※仲村(領主)論文

 

 文安五(一四四八)年十月十六日付岩神右馬・飯田小五郎連署出挙米借券

                               (五八四)

  一石 岩神けんた馬」

  かり申出挙米の事

   合壱石者

  右件米ハ、はうれいの加」利分を、来十月中ニ可弁」申候、質物ニハはたほ

  この」ひの口田壱反入おき申候、もし」ふさたの儀候ハヽ、永代おさへ」め

  さるへく候、万一天下一同の」御徳政候共、無沙汰の儀ある」へからす候、

  仍為後日、請状如件、

                岩神右馬(略押)

   文安五年十月十六日     飯田小五郎

 

※仲村(領主)論文

 

 寛正二(一四六一)年十二月日付太山寺奥院住持高勝田地売券(九二一)

 

売渡申  永地之事

 合肆段大者 在江州高島郡廣瀬南庄」地頭方也、但此内参段半者奥院」公   

       方也、壱段小者南古賀地頭方仁」漆斗年貢米可弁、此外諸役」 

       不可有之者也、

                             (マヽ)

右件田地者、雖為太山寺奥院寺領、近年依不熟、」寺領等失墜之及間、年貢

 

等無沙汰之間、為致其」弁、古賀庄升能米拾捌石仁限永代、朽木殿仁」売渡

           可      有(マヽ)

申之處実正也、但本証文雖相副」、依地類破裏、以新券文於去渡申候処」明

                               (カ)

白也、於此下地、尽未来際、更ゝ不可有他」妨者也、若又違目有者、以余下

 

地可入立給」候、仍為後証、売券之状如件、

                        太山寺奥院

  寛正二年辛巳十二月日               経持高勝(花押)

                          知□

                           光地(花押)

 

※仲村(領主)論文

 

 寛正四(一四六三)年二月付近江朽木庄算田帳(七六七)

   算田事

    合寛正二二年二月

  弐段百五十歩                椋川中野村

  壱段大宮引田年貢アリ  八斗         地

  大段岩神ニアリ    六斗六升六合所当壱斗六舛大宮役引田   □彦次地

  壱段向       壱石年貢四斗斗子定         大咲屋

  壱段市上      壱石年貢四斗斗子定        河屋敷

  壱段小舟ハシ     壱石貳斗年貢貳舛斗定い子田へ      大蔵坊買地

  壱段ナヘサカ     壱石年貢三斗大宮殿憑子中参        連蔵分

  壱段ナヘ坂両所    壱石新田公事アリ      三郎大夫地

  貳段        貳石          野□公事ナシ

 半       壱石五斗新田公事アリ定徳七斗五舛    樫村源三郎大夫

  壱段□□□屋敷    壱石公事無        馬入道

  三段        貳石五斗新田公事アリ    野源内

安□田□崎進                    中間

  半岩神        □□代        半 五郎衛門[      ]

  壱段樫村アリ     壱石本田         古川常妙

  半古川南澤アリ   斗          ヒケ左近

  大方村アリ      六斗六升本田

  半空谷原ニアリ     五斗          左近三郎地

  三段                     毛来由大夫□

  壱段半能家アリ    六斗定得分ハリ畑舛定    針畑公文

  二      弐石定得分能家舛定      手大夫

  四段半長尾ニアリナカ尾舛定      奥院地

  壱段字下蕨野     捌斗[ ]        職使田

  壱段字花木の本野垣内      [  ]       樫村源三郎

                             賣田

  大字榎本       七斗一升六合六夕     小坂方賣田

  半字ヒスリ谷      二斗定徳分        椋川中野左近

  一畝畠 同屋敷麻まき  百文           同 左近

  三畝字中野前屋敷麻まき 升代百文       野浄円

  二畝在中野前田     八升          野平三郎

  一畝畠 在所同麻まき  百文           同 平三郎

  三畝在所坂ノ原小谷口屋敷麻蒔アリ   米 八升代 百文        前弥三郎

  一畝半        六升         谷清西

  二畝字中山竹ノ下    八升         山五郎次郎大夫

  二畝在所黒谷前池ノ下  八升         山与三大夫

  半在所中山前      二斗          山与三大夫

  二畝在所中山ノ下ホソ田  八升          山孫次郎大夫

  一段一畝       五斗           栃生道祐

  一段四畝畠     斗六斗代分       栃生道祐

  一段         五斗此外新開之年貢あり        古川式部

 段在所古川コミヒラ□今ハ御□□      六斗

  一段   公事無     壱石          古川在与一大夫分

  半佃         五斗          同道□□

  半          五斗           同所

  半          五斗           岩神□□□

  三畝自在坊新ヒらき               行イタス

  壱段        五舛         職使田領家分也

 

          (後欠)

 

※仲村(領主)、湯浅論文分

 

 寛正五(一四六四)年六月十日付平三郎田畠流状売券(九三四)

 

     〔く脱〕

む川甲甲中のゝ平三郎升ちし百文」

   

 永代上申候田畠之事

  合二畝畠一畝者在所ハ中のゝ前田にて候、又やしき、あさまきともに上申候、  

 右件田畠者、中のゝ平三郎先祖相伝之」雖私領也、借用申候御米の相当に、                  

 この」田畠あけ申候処実正也、もしこのとして、申候」

 、いてきたり候ハヽ、地下の」うけ、公方として

に」をこなわれ可申候、其時更ゝ一言の子細」申ましく候、仍為後日、永代

 

 状如件、

 寛正五年六月十日    三郎(略押)

 

※仲村(領主)論文

 

 文明二年(一四七〇)十二月一日付近江朽木庄林番下番四二寸銭注文(七七三)

  下番御四二寸銭之事

    合

  百十九文        万

  百十九文        新二郎

  百十九文        く内

  百十九文        

  百十九文         源藤五

  百十九文         道清

  百十九文       

  百十九文         刑部二郎

  百十九文       藤五左近

  百十九文         左近三郎

  百十九文         中務

  百十九文         刑部四郎

  百十九文         今藤二大夫

  百十九文         今藤二

  百十九文         刑部五郎

  百十九文         刑部大郎

  百十九文         刑部

  百十九文         おこ

  百十九文       近四郎

  百十九文         左近大郎

  百十九文         与五郎

  百十九文         弥二郎

  百十九文         与二郎大夫

  百十九文       藤二

  百十九文         左近四郎

  百十九文         左近大夫

  百十九文         弥四郎

  百十九文         中務

  五十一文         衛門五郎

      以上三貫三百八十一文

    文明二年十二月一日

  

   林番下番御四二寸銭之事

    合

  百十九文       五郎

  六十八文         衛門五郎

  百十九文         道祐

 〇百十九文       門

  百十九文         衛門二郎

  百十九文         むま

  百十九文         左近九郎

  百十九文         上通

  百十九文         馬四郎

  九十一文         与五郎大夫

      以上一貫百十一文

    文明二年十二月一日

  下番御四二寸銭之事

    合

  廿八文          与五良大夫

  百十九文         刑部二郎

  百十九文        二郎大夫

  百十九文         衛門二郎

 〇百十九文         しん源二大夫

  百十九文         藤二郎

  百十九文         刑部三郎

  百十九文         与平二大夫

  百十九文         衛門大郎

  百十九文         四郎大夫

  十二文         

      以上一貫百十一文

    文明二年十二月一日

 

          以上五くわん二百四十一文

 

※仲村(領主)、西田論文

 

 文明四(一四七二)年十二月日付文明二年分御米算用状案(七七二)

 

  殿さま御米

    文明弐年御米算用状事

     合百貳拾七石伍斗者

  一 参拾八石三斗五升  貫文仁売申

  一 三石八斗三升五合  かん米

      い上四拾二石一斗八升五合

      残八十五石三斗一升五合之内

  一 拾八石        

  一 拾六石六斗      飯米

      い上参拾四石六斗

      壱石五斗二升五合 かん米

      残御米四拾九石壱斗九升

       又四拾九石壱斗九升利分

     并九拾八石三斗八升

    文明二二年十二月 日

 

※仲村(領主)論文

 

 文明七(一四七五)年三月日付御米渡日記(七七七)

      御米渡日記 文明七月日

  四十四石 平井藤衛門[    ]上申候、□□庄舛定 

       同廿八石廿貫文分

       残十四石あり

  三石一斗 三重生永地江田方へ渡候、請取あり、

       此延七斗七舛五勺

     以上三石八斗七舛五勺

     □ 十七石八斗七舛五勺定

  午年舛当請取分

  壱石三斗  三重生永地所当此外二斗年貢以上一石五斗

  七斗    新殿ウリ田 此外一斗年貢弁以上八斗 

      此返□延四斗八舛五勺

     并貳石四斗八舛五勺

 残十五石三斗九升 弁分

  こ米ニ散用申候也、

         正法寺□□(花押)

 

※藤木論文

 

 文明七(一四七五)年付四二寸内御恩注文(七七八)

 

        御四二寸内御恩注文

               文明七年

  二貫文   〇   岡孫三郎

  二貫文   〇   飯田小五郎

  二貫文   〇   井村小三郎

  壱貫文   〇   村上

  壱貫文   〇   長尾

  壱貫五百文 〇   津田

 〇壱貫文   〇   新左衛門

  二貫文   〇   高見源八

 〇一貫文   〇   五郎四郎

  一貫五百文 〇   弥二郎

  一貫文   〇   与三郎

  一貫文   〇   まこ三郎

  八百文   〇   さいほうし

  七百文   〇   弥七

 

      以上十八貫五百文

  三貫文   〇   

  壱貫文   〇   あかう

  三貫文   〇   御ちの人

  壱貫五百文 〇   ちい

  壱貫文   〇   三川

  四百文   〇   さい

  六百文   〇   おこ

  五百文   〇   むめ

  五百文   〇   七郎

 

     以上十一貫五百文

 

 惣都合卅貫文   冬の御おんに候

 

※仲村(領主)論文

 

 文明十一(一四七九)年付年貢米算用状(七八一)

 

   請取申 御米事

     合 文明十一年分

 一、七拾石五八合 大竹方ヨリ

 一、御料足参貫六百八文 同 申候

 一、拾九石七斗     出挙本米

   九石八    同利平

    已上内

 

      下行申候分

 一、拾三石二□    むく川人夫廿二人

  八升    用

 一、拾貳石      あさう人

   八斗       同下用

 一、壱石二斗     きく両人

 一、参石五斗     在庄下用宿ちんにて

 一、参石       我々下され候

 一、壱石       彦五郎下され候

 一、貳石      下され候

 一、拾壱石      地下人借申候

 一、拾五石   □  うり□□百文ニ一斗四升あて鳥羽

       (後欠)

 

※藤木論文

 

 文明十三(一四八一)年十二月廿四日付家一之御倉米算用状案(七八五)

  年御米算用状 空谷惣中」

 

    文明十三年家一之御倉御米事

      合 九十弐石四斗五升九合者

  此内三石六斗夏上殿参る

  壱石上殿様より下殿へ御売候

  百文別ニ四升五合宛

  八斗大宮殿へ百文別四升宛也

  六斗このもとのひに御下行うつを谷

  四斗日置殿御弔□百文別四升宛

  六斗三升是ハすし御樽代

  四升宛

  弐斗四升いた同柱うつを谷へ御下行

  壱斗三升五合すきしやうしくたへ御下行

  百文別四升五合宛

  八斗五合宮前大工方へ御下行

  百文別七舛宛

  八升□□同ひ

  御つかひあし八石弐斗九升

  二石五斗二升かん米

  残而 八十一石六斗四升九合

  此内四石ハ六把利也蓮常坊へ

  此御利分七把利半陸升七合

  惣已上 百四十二石弐斗八升六合

    此内

  百石ハ家一御倉ニ納之

  四十二石弐斗八升六合者

  上殿御倉ニ納之

    文明十三年十二月廿二二日

             空谷惣中

 

 ※田代論文、仲村(領主)、高村(支配)論文

 

 文明十三(一四八一)年十二月廿九日付古川貞国料足算用状(七八六)

 

    預申御料足算用状之事

      合七十貫文之内

 文    大宮御造榮御用上申

     六月公方様明王御参之時上申

     残而六十五貫文本銭定

     利分貳十貳貫七百五十文

   本利ツ十七貫七百五十文之内

       上申

   七百五十文 上申

  残而五十壱貫文在 ■文利

  定残分六十貫文也

  文明十三年十二月廿九日  押)

 

※仲村(領主)論文、鈴木、藤田、島村論文

 

 文明十四(一四八二)年十二月廿九日付古川貞国料足算用状(七八九)

 

      預申御料足算用状之事

        合文明十四年分

    五十壱貫文    本銭在之

    八貫文     月・二月御公用在之

    壱貫文      山札代在之

      以上六十貫文 惣ツ合本銭也

      利平弐十壱貫文

   本利ツ合以上八十壱貫文之内

 文   日置方へ渡

     当郷御公用京都へ上申

 百文   正月御美物代ニ渡

 文   上申

      以上十六貫上申

   残而六十五貫文在

      文明十四年十二月廿九日 

 

※藤木論文、仲村(領主)論文、鈴木、島村論文

 

 文明十五年二月付納下行算用状(七九一)

     さん用状    

     納下行御散用状事

       合文明拾二二年壬刀□分

  一、納申分

    拾八石三斗一舛八合 御所当米三合入舛定

    五石四斗九舛五合  同器物ノ延

    廿石六斗八舛    出挙方御米

      已上四拾四石四斗九升三合

  一、同御下行分事

       合同年

    七石七斗七舛三合入舛定 諸公方年貢弁小日記在之 

    二石三斗三舛     同延

    四拾八石六斗一舛五合 諸下行   小日記在之 

       已上五拾八石七斗一舛五合

    納下行テ諸舛定拾四石二斗二升二

           八石四斗六舛五合御寺米ヲ但□シテ

          

           五石七斗五舛七合造営米内口入申 是

          

       已上引違申分九石五斗一舛四合造営米舛定

 

   此外未進分

  一、鴨大蔵方永地      作人鴨ゆいおけ同五郎二郎衛門

  一、地 河嶋ウラ二反内一斗弁候、余ハ皆水

  一、新殿永地七畝分     未進 但請人在之

      已上

 

    文明拾五年 二月日       連蔵

 

※藤木論文

 

 

 文明十九(一四八七)年六月吉日付造営所当米并出挙米納帳(七九六)

 

   納 造営所当米之事

     合文明十八年十一月十日

   貳斗五舛  さ近

   七斗貳舛  三さ衛門方

 八舛  七大夫

  斗    衛門

   五斗     門二郎

   四斗    務

 ││││以上貳石七斗五舛│││(紙継目)││││

 

   納 出挙米之事

   七石八斗   御屋形さま古川方より返弁   

   壱石四斗弐升五合   与七方

   参石六斗       ひしり

   壱石九斗四舛五合五夕郎

   参石六斗       所当村

   七斗五舛     郎大夫

   壱斗五舛     郎大夫

   貳斗七舛     近大郎

   壱石四舛九合二夕 郎大夫

   貳斗二舛五合   さ衛門方

   九斗九合     ちのうへ

   貳斗四舛三合   衛門五郎

   九舛       夫

   壱斗一升二合五勺 門三郎

   壱斗一升二合五勺  郎四郎

   壱斗二合      四郎

    已上弐拾弐石三斗三升七合五夕

 現米惣都合弐拾五石八升七合五夕

 

  都合余 未進分

   五斗六升二合五夕 馬允方

  壱斗五升       小九日田衆

 升       津田方

 斗六升五夕   もん方

   八斗三升四合七夕 夫

      以上弐石四斗五升六合七夕

  │││││(紙継目)│││││

    加立分

  壱石    文書あり  郎大夫

 壱石六斗         所当村

 五石       御屋形さま御飯米古川方口 入

  弐斗    文書あり  近大夫惣左衛門方口 入  

  六斗    文書あり  郎大夫

  四斗    文書あり   四郎

  貳斗        部八田方口入 

  二斗    文書あり  郎四郎二郎三郎口入  

  壱斗五舛        門三郎二郎三郎口入  

  貳斗    文書あり  六方

  五斗五舛六合文書あり  近衛門五郎

  壱斗五舛  文書あり   藤次

  六斗    文書あり   部三郎

  貳斗    文書あり   大郎

   │││││(紙継目)│││││

  四斗    文書あり  法師

  参斗    文書あり   大郎

  貳斗    文書あり  郎大夫

  貳斗           東殿

  弐斗         門二郎八田方口 入

  壱斗一舛七合     さ近

  壱斗一升七合     郎大夫

  四斗         ちのうへ

  壱斗九舛八合      衛門五郎

  壱石三斗       三郎

  壱石貳斗  文書あり  七方

  弐斗         大郎八田方口 入

  弐石    文書あり  衛門四郎方聖口入

   │││││(紙継目)││││││(裏花押カ)││

  壱石五斗  質あり    右衛門方八田方口 入

  八斗八升四合五勺     聖

  壱斗三升四合五勺     八田方

    已上弐拾石五斗九升三合五夕

    文明十九年借口

      六月吉日     聖 (花押)

               阮範(花押)

 

※仲村(領主)論文

 

 明応元(一四九二)年九月日付米下行帳(八〇一)

 

       (飯田民部裏花押)

   下行申米之事

     合明応元年九月日

       おこ渡

       おこ渡

 五舛     おこ渡

 六舛     永春院殿様

   壱斗八舛     六郎次郎

   壱斗八舛     □林

   壱斗八舛     初瀬川

   壱斗八舛     五郎四郎

 米分渡申    日記八田方出

   四斗三升四合   大蔵卿

   四斗三升四合   

   四斗五升     まゝ

   │││││(紙継目裏花押・古川貞国)│││││

   四斗三升四合   ■■きり

   四斗三升四合   おこ

   四斗三升四合   虎まつ

   二斗八升     小梅

   壱石六升二合   福田方

   壱石六升二合   八田方

   七斗三升八合   井口方

   三斗三合     中井方

   八斗八升二合   大郎五郎

   貳斗四合     源二郎

   八斗八合     さい二郎

   八斗八合     二郎五郎

   七斗九升二合   刑部

   六斗二升一合   御こひいらさま

   七斗       正円房さま

   壱石三斗二升九合 御うへさまへまいる

   二斗六升五合   同 まいる

   壱石五斗七升一合 同 まいる 御引違分由候

   四斗五升     いゝ田方へ渡

    初瀬川  此外一斗八舛

                 在□立用□□□二月□

 壱石二舛     六郎二郎 同

 壱石二舛     □林  同一斗八舛二月渡

 壱石二舛     五郎四郎 同

   四石四斗     永春院殿さまへまいる此外二月ニ二斗[  

 

  御陣へ上申米之事

     合明應元年九月日

 賣買舛  中井方へ渡 人夫 村井

 三斗 同舛   同渡    人夫 地子原

   │││││(紙継目裏花押)││││││

 三斗 同舛   同渡    人夫 洞谷

 同舛   同渡    人夫 古川

 同舛   同渡    人夫 地子原

 同舛   同渡    人夫 あら川

 同舛   同渡    人夫 麻生

 同舛   井口方へ渡 人夫 椋川

  同舛   同渡    人夫 栃生

  同舛   同渡    人夫 □□

  斗 同舛   同渡    人夫 村井

  斗 同舛   同渡    人夫 小川

 同舛中井方へ同渡    人夫 荒川

 同舛   井口方へ渡 人夫 椋川

  斗 同舛   同渡    人夫 あさう

  斗 同舛   同渡    人夫 地子原

  斗 同舛   同渡    人夫 栃生

  斗 同舛   同渡    人夫 小川

   │││││(紙継目裏花押)│││││

  斗 同舛   同渡    人夫 村井

  斗 同舛白米 同渡    人夫 あら川

  斗五  同渡   人夫 坊村

 

 うりかい舛  三□宮へ酒米大蔵へ渡

  せん□さかて

  うりかい舛  いのこ

 下用    二郎五郎渡御馬かい

 斗五 源さ衛門切米之内下行

 斗五 平井方御□分之内下行

 石 うりかい舛  初瀬川御□分之内下行

 一斗九舛六合 蕨野方へ渡御うへさま御引違ニめさるゝ    

 

※仲村(領主)論文

 

 明応五(一四九六)年十二月日付料足算用状(八〇三)

 

       (前欠)

  六貫文       領家四二寸銭

  五百文       庄馬宿銭

  壱貫文       平良・小川馬夫銭

  壱貫文       銭

  四百文       椋川地子銭彦三郎帳之内

  五貫文       荒川惣山事礼物

  五貫文       椋川惣山事礼物

  参貫文       地子原惣山事礼物

  七貫文       小川衛門おや子礼物

   十貳貫七百廿文  山札料足

  八百文       栃生せに事

               

  壱貫五百文     村井・栃生両郷より炭かまの代    

 

   以上貳百六拾一貫三百八十二文、此内

   貳百五拾七貫四百七十七文御下行引申候、

   残而参貫九百五文未進、但此分

   明應四年十二月ニ参拾一貫百七十七文御

   借銭、明應五年十二月マテ本利四拾六貫

   七百七拾文内、参貫九百五文引申候、

   猶残而四拾貳貫八百六拾五文、明應六

   年之正月ヨリ御借銭

  明應五年十二月日   押)

 御屋形江 算用状

 

 明応七(一四九八)年十二月日付料足諸納帳(八〇五)

 

  」

   御料足諸納帳之事

    合明応七年分

  伍拾四貫七十二文  山札之代

  参拾貫文      本夫銭

             わらひ野方より請取 

 

  五貫文       奥畠より山事

       此内五百文大野へ下行  御礼物

  七貫文       村井・栃生よ礼銭

  壱貫廿五文     栃生銭取納代

          但林孫右衛門方より請取

 

  三貫文       宮川次郎左衛門方請取

          針畠銭歟

 

  壱貫文       市商人公事銭

  五百文       馬宿之公事銭

  七百文       平良・小川馬夫銭

  貳文    

     但此内一貫文引物

  七貫文       ちか寸銭残皆立物

  五拾九貫六十三文  四二寸銭

       但此内拾貫立物請取在之

 

  四百文       椋川地子銭

               彦三郎帳之内

  三貫九百文 ん

  六貫文       領家四二寸銭

  拾貫文       鮎炬銭

 納百九十貫九百六十三文之内]目下行

  貳百六十貫百卅文  下行

  残六十九貫百文   引違

  明応七年十二月日 部(花押)

  御屋形へ参

 

※仲村(領主)論文

 

 文亀元(一五〇一)年十月十七日付古川殿買得田畠注文(八〇六)

 

   古川殿於麻生買徳之田畠事

     畠之御分

 半ハ栗林   半ハ西山   左近四郎分

 壱段にしのかわら       彦三郎分

 半 清水之本          五郎二郎分

 弐畝や二郎 九郎かいと     彦二郎分

 壱段引坂          角左近二郎分

 参畝ひきさか         又四郎大夫分

    已上畠四段也 但田ニアリ候てハ壱反分也

   田地分

 弐畝十八分 樋口      平二郎分

 参畝    大畠      平三大夫

 弐畝はし本のうへした     五郎四郎分

 参畝はかのした        孫二郎分九郎かいと

 壱畝かやのたにくち      宮内大夫

 四畝常入道      上野寅刑部三郎

 参ハ         二郎三郎分

 参畝樋之くち         左近太郎分

 壱畝十八分 樋の口     十郎大夫

 壱畝            岡四郎大夫

 壱畝東之谷       上野彦二郎大夫

    已上弐段半也

  たけやふ已上両所也岡ニ壱所九郎かいとニ壱所也文亀元年十月十七日

 

※仲村領主1論文、二四七頁。

 

 永正二(一五〇五)年付米方納帳(八〇八)

 □□    御米方納帳」

   御屋形 御米納帳之事

 

      此外井料川成度御借米諸下行返弁

 三石貳斗五舛 下用舛ニ延而本米拾石六斗      鍋坂荒ほり年貢

 八合 下用舛ニツヽめて本米壱石壱斗二舛       本庄取納米

 貳斗七舛二合 下用舛ニツヽめて本米八石七舛九合八夕  椋川取納米

 五斗壱舛 下用舛ツヽめて本米参石九斗     麻生取納米

 斗九舛 下用舛延て本米五斗         同岩こしこへ年貢

 七升六合 下用舛ニツヽめて本米壱斗九升五合八夕  洞谷庄わき年貢

 四升一合五夕 下用舛ニツヽめて本米九斗三升五合  洞谷半在家年貢

 六升六合二夕 下用舛延而定本毎四斗八升   洞谷半在家新開

 斗七合 下用舛ニ延而本米二斗五升       洞谷もつか年貢

                        衛門三郎

 斗七升二合八夕 下用舛ニ延而本米五斗一升   洞谷中野年貢

  参斗七合 下用舛ニ延而本米二斗五升         同中野年貢

 六合 下用舛ニ延而本米一斗八升     洞谷大谷口荒ほり年貢  

 八斗四舛二合 下用舛ニツヽめて本米三石一斗五舛七合五夕荘領家年貢米

 四舛四合七夕 下用舛ニツヽめて本米四斗九舛四合一夕 麻生領家年貢米

 一舛六合七夕 下用舛ツヽめて本米六斗八舛五合二夕地子原領家年貢米

 壱石七斗五舛七合四夕 下用舛延而定本米三十五石三斗八舛八合 新開米

 六石四斗二舛 下用舛延て本米十二石五斗四舛一合□夕彦三郎帳内

 三斗九舛五合四夕 下用舛ツヽめて本米六石八斗一舛八合北古賀彦三郎帳内

 斗四舛四合 下用舛ニツヽめて本米八斗        古賀はんしやう井上坊分   

  下用舛延て本米壱石          安野方より

 斗二舛 下用舛ツヽめて本米里舛壱石        蓮蔵坊より借米

 石四斗五舛六合 下用舛延而本米二石八斗八舛  米

四斗九舛 うりかい舛ニツヽめて下用舛延而本米二石此内八舛九合かん米三重生より借米

 貳石 下用舛ニ延て本米十石          七郷惣米

 斗一舛 下用舛ニ延て本米六斗         四郎衛門より借米

 斗□舛 下用舛ニツヽめて          ]

          (後欠)

 

※仲村領主2論文。