周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

モーリス・パンゲ その1

  モーリス・パンゲ『自死の日本史』(講談社学術文庫、2011)

 

*単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。

 また、誤字・脱字の訂正もしていません。

 

目次

第1章 カトーのハラキリ

 自殺のコード

 諦めと憤り

 隷属者の自由死

 奴隷の絶望

 隷属から倫理へ

 賢者の尊厳

 形而上学の優位

 不幸な意識

 内在の国、日本

 夕は時なり

第2章 自殺の統計学

 自殺の波

 戦争の傷跡

 自殺死亡率の低下

 自殺死亡率の変移

 意志のただなかに

第3章 自殺社会学の歩み

 心正しき人と心やさしき人

 医学愚行集

 個人主義からニヒリズム

 ニヒリズムの治療法

 社会主義の未来像

 〈意志的な死〉の尊厳

 フロイトデュルケーム

 自殺類型学の試み

 デュルケームの心配

第4章 兆候としての自殺 

 階級闘争と企業闘争

 コンクリートと森

 老人と自殺

 青年の自殺

 もっとも気がかりな兆候

 未来という重荷

 挫折の償い

 超自我の目覚め

 オイディプスの転調

 母親とのきずな

 超越する善、内在する善

 役割ナルシシズム

 責任をめぐるかけひき

 宿命感

 親子心中

 自殺兆候説のかなたへ

第5章 歴史の曙

 死と《神道》 

 供物と生贄 

 殺される生贄から意志的な生贄へ

 献身的自殺

 三日目の復活

 愛に死す

 古墳時代

 埴輪の発明

 殉死

第6章 暴力の失効

 殉死の禁止令

 暴力の後退

 加持祈祷と迷信

 死者の復讐

 〈意志的な死〉の衰退

 自殺未遂、二重の成功

 満ち足りた生活の憂愁

第7章 武芸そして死の作法

 皆殺し

 合理的な死

 敗北のなかの栄光

 夫に殉じる妻

 幼帝安徳の死

 死の演出法

 腹と真実

 切腹の制度化

 機略

 集団切腹

 〈意志的な死〉の饗宴

 《切腹》批判

 生きることの義務

第8章 捨身

 戦いの人、宗教の人

 「中」なる道

 キリスト教による自殺の排斥

 希望と絶望の狭間で

 不動の中心

 自己埋葬

 犠牲の回帰

 禁欲の修行

 仏教の両義性

 阿弥陀信仰の慰め

 不動の慈悲心

 狂言入水

 ある強情な男の話

 皮と芯

 苦行者と竜

第9章 残酷の劇

 暴力から意志へ

 腹を切るという特権

 新しい秩序

 名誉と奉仕

 自己処罰

 儀式

 非公開の舞台

 剣の扱い方

 刑罰の恐ろしさ

 支配者階級を支配すること

 君主の報復

 城下の暮らし

 太平の矛盾

 《武士道》とは死ぬことなり

 死は武士道なり

 殉死の衰退

 忠臣たちの仇討ち

 我ら、人殺しにあらず

 四十七士批判

 死と演劇空間

 武家体制の衰退

 絶対主義の動脈硬化

 蒸気船と大砲

 理性の策略

 「サムライ」は死に同意する

 「サムライ」の死

第10章 愛と死

 嫁いびり

 悲嘆と同情

 父権の絶対主義

 色を好む男

 快楽の組織化

 幻影と真実

 愛と記憶

 遊女の愛

 悔恨と亡霊

 虐げられた者たちの最後の手段

 紙屋治兵衛の悲嘆

 一切廻向

 姦通の苦難

 擬装心中

 愛欲から解脱へ

第11章 自己犠牲の伝統

 ナショナリズムの高揚

 万世一系

 武士階級の終焉

 天皇万歳、政府打倒

 末期の痙攣

 偉大なる西郷

 暴力と政治

 軍隊の屈従と偉大

 ある兵士

 反戦の歌

 やがて彼らは死ぬ、彼らはそれを知っている

第12章 奈落の底まで

 テロリズムの正統

 テロと徳義

 〈意志的な死〉の悪用

 越権問題

 暗殺者の時代

 青年将校

 中国戦争

 思想の最前線で

 虚無への跳躍

 自己犠牲の歯車装置

 秘密兵器

 〈意志的な死〉の三段論法

 二十歳の死

 ある公正な殉教者

 奈落を前に

 民族自殺の期限

 天皇の意思表明

 いかに死ぬか

 嵐は去った

 第二の波

 歴史の審判

第13章 ニヒリズム群像

 思想の論理的帰結

 理性という名のガードレール

 あるロマン主義者の運命

 青春の躍動

 自殺という社会問題

 高貴なる行為

 ある上流名士の絶望

 何も本気にしないこと

 虚無の郊外にて

 ブルジョア

 熱情の人

第14章 三島的行為

 薄明のとき

 生への目覚め

 悲嘆と困惑

 だいなしの人生

 我思う、ゆえに我もはや生きてはあらじ

 才能にめぐまれた青年

 太陽と夜

 悲劇への意志

 楯の会の誕生

 精神の贖罪

 計画と準備

 実行

 存在とはすべて迷宮なり

 時代精神

 カタルシス、そして至上性

 

 

『日本版への序』

P13、「本当に重要な哲学的問題は一つしか無い。それは自殺の問題である」という『シジュフォスの神話』〔アルベール・カミュ〕冒頭の言葉をわたしは忘れていたわけではない。

 

 ことがことであるだけに、人は自分が何を考えている本当に分かっているとは限らない。その人間の内なる信念が現れるのは、彼がいう言葉においてでもなく、彼が自分でそうだと思っている思いこみにおいてでもなく、彼が為す行為においてなのである。

自死者は、本当に最期の最期まで理性的であるのか?何をもって、いつをもって自死の理由とするのか。理由は1つか、それ以上か。限定することに意味があるのか、しないことに意味があるのか。人間の考えは浮かんでは消える可変性をもっている。最終的な思考や感情などを限定できるのか。できなくても死への誘導性は指摘できるか。厳密に言えることはどこまでか。)

 

→死の要因ではなく、死へと誘導する要因として説明する。あくまで誘導するだけで、実行の決定的要因ではない。中止する可能もある。

 

P14、歴史家の研究によって蓄積されている材料を使って、その上に哲学的反省を成しうるのだということを示したいと思った。歴史学が確立する歴史的真実は、それがわたしたちに反省を促し、わたしたちの共感や賞賛、わたしたちの考察に値するようなものを与えてくれるのでなければ、いったい何の役に立つと言うのか。〈意志的な死〉が日本文学のなかに残した痕跡をとおして、わたしはそれぞれの時代の精神がみずからを明らかにして行くのを見た。そして歴史生成のあらゆる契機において、個人の心理と集団の心性が自殺するその人間において結合されているのを確認した。これ以上に個人の内面にかかわる行為はないのに、どれひとつとして社会と時代精神の深刻な影響を被らないではいない。それぞれの場合に、〈意思的な死〉は、この行為の意味が汲み取られる人間的環境の矛盾を、暗闇から浮かび上がらせている。したがって、社会学的観点と心理学的観点とを結び付け、全体的分析と個体的分析とを相互に補完するようにしなければならないだろう。

(個人の内面は個人でのみできあがっているわけではない。自己は他者・社会との関係性によって形成される。本人も気づかないうちに、他者・社会的価値観が刷り込まれている可能性がある。その分析も欠かせない。自己を規定する他者・社会的価値。それを妥当とみなす個人の価値判断。その価値判断は他者・社会から生まれてくる。それを妥当とみなす個人の価値判断は…。堂々巡りになる。)

 

→史料に則して、堂々巡りを突き止められるだけ突き止めておく。

 

P16、(いじめられた生徒、奴隷、遊女)しかし、ある日、あまりにひどい仕打ちを受けたひとりの被抑圧者が、その哀れな勇気を振るってこの地獄から脱げ出す決心をする。(中略)抑圧されている者は、この恐るべき自由を自分から奪うことは誰にもできないことをよく知っているのだ。

(死を選択する自由をもっている。自ら死することができる能力をもっている。自分で死ぬことは可能である。それはやはり言葉か。所与の能力というよりは、言葉によって意味を考えるようになるからか。)

 

P18、西欧は今、そのキリスト教的過去の痕跡を残していようといなかろうと、日本が西欧よりも先に身をもって示した〈意志的な死〉に対するあの明朗なる寛容に近づいているように思われる。

 

 これから先、技術の進歩が人間にさらに大きな力を与え、わたしたちすべてを、選ぶことの自由、ということはつまり選ぶことの必然のもとにおくことになろう。この自由をわたしたちは生きるために用いるのであろうか、それとも死ぬために用いるのであろうか。たとえば、医学の普及は、自分がのぞんだときに死んでゆく自由、あるいは自分の苦痛を長引かせる治療拒否する権利などについて、それぞれの個人が自問しなければならない事態をいつかは招来させるであろう。

(みずから死を選ぶ自由が認められるのか、認められないのか。何が認めるのか、認めないのか、主体は何か。ここでも個人と社会の相関性が問題になる。日本人は自殺のすべてに寛容なのか、それとも寛容されない自殺はあるのか。)

 

P19、過去の忘却や意識下への抑圧という選択は危険なものであっただろう。なぜなら、それは同じ歴史の袋小路に人々をふたたび誘い込むことになっただろうからである。市の湯涌を断ち切って生き続ける力が、自分にはあるのだということを日本民族は示した。生を、平和を、労働を、日本は選んだのである。人間の歴史を脅かすことを決してやめることはないであろう深淵の魅惑から身を引き離すことを、日本は為し得たのである。

 

 何世紀にもわたってこの日本列島の男たち、女たちを〈意識的な死〉に誘ってきたさまざまな道筋を注意深く観察した結果、わたしは今でははっきりとこういうことができるー日本人の持つあらゆる徳のなかでもひときわ優れて美しい徳はその生命力である、と。

(訳者まえがきでは、このパンゲの評価が、現代の日本でできているのかを疑問に思っている)

 

 

第1章「カトーの《ハラキリ》」

P32、しかし重要なことは、日本が死ぬことの自由を、原則としてみずからに禁じたことはかつて一度もないということなのである。

(悲しむことと、禁止することの意味は違う)

 

P34、すべての自殺がそうであるように、カトーの自殺も両義的だ。それは同時に、諦めであり、憤りである。沈黙であり同時に叫び、絶望であり同時に反抗なのだ。二つの顔を持つヤーヌスさながらに、彼の行為は、過去に向かうと同時に未来に向かっている。過去を取り返し不可能なものにすると同時に、未来に可能性を与えている。

(寿命と偶然死は悲痛であるが、無意味。自死は悲痛でありつつ、意味をもつ。これが未来への問いかけとなる。いや、人間は寿命・偶然死に限らず、死全般に意味を与えようとする。なぜか。現象に意味づけしようとする性質は、言語を扱う人間の特徴。言葉を使う限り、意味を求めて、付加してしまう。セクシャリティのエチカ参照。ただ、こうした一般哲学論では答えにならない。やはり、個体分析・社会分析によって、当該期の歴史的特殊性を明らかにしておく必要はある。なぜそんな必要があるのか。同じ袋小路に迷い込まないため。)

 

P35、事故とか病気とかによる偶発的な死は、自殺に比べれば受け入れ易い。だがそれは意味を持つことがなく、それだけに一層痛ましく感じられる。意味を担うということ、それは〈意志的な死〉だけのよく為しうることだ。たとえその意味をわれわれがすぐに理解できない場合があるとしても、というのも、その動機が錯乱し混乱している自殺も多くあるからだが、その場合でも、われわれはそこに何らかの意味を予感し、どんな見分けにくいものであっても、そこに意味が欠けているはずはないと考える。そして、注意深く耳を傾けてゆけば、やがてその自殺がその思いを叫んでいる声が聞こえるようになることを、われわれは知っている。

自死は偶発的な死、あるいは寿命ではない、みずから意志した死だと、われわれは思うからこそ、そこに意図を感じてしまう)

 

P38、市民的法秩序(都市国家の市民を律する公法)の裏側で、それとは異なった慣習法的秩序(家族の法)が家庭内を支配すべきものとされていた。

(法の二重性。日本の場合、どちらの法で自死は賞賛され、非難されるのか。そんな区別がそもそもできるのか。)

 

 そしてもし誰か、この家庭内空間に属する者が自殺するようなことがあった場合、一家の主人たる者は、そのような行為を正当なものとみなすわけにはいかなかった。なぜならそれは、多くの場合、彼の父権に対する批判であり、彼の権力に対する犯行であり、彼の資産に対する毀損であったからだ。彼はそこに反乱の萌芽を嗅ぎとり、その行為の根底にあるものを断罪しないわけにはいかなかった。自分の家の外でならば多分、彼も正当な行為であると認め、政治の舞台の上で行われたのならば賞賛を惜しまなかったであろうこの行為、その同じ行為を、一家の主人である彼は世間に隠そうとし、あるいはそれができなければ自殺を、質の悪い人間、何をしでかすかわからない、役立たずの、狂気の所業として避難するのであった。

自死には権力への批判がある。自家以外の他者に対して、自家内の自死者の存在は、隠すべき恥となる。)

 

 古代都市国家イデオロギーはこうして〈意志的な死〉に二つの型を認め、両者を対立させたのである。一方には主人の自殺。他方には奴隷の自殺。前者は原則として正当な行為であり、場合によっては名誉ある行為であったのに対して、後者は恥ずべき、嫌悪すべき行為であった。同じ行為でも、その価値はそれを行う行為者の身分、すなわちその行為者が自由の身に生まれついているか否かということを不可分に結び付けられていたのである。普遍的個人というもの、後にディオクレティアスとユスティニアヌスの法官たちがその権利を法制化することになる、あの均質的な個人の観念は、まだこの時期には存在していなかった。主人の側の名誉ある自殺に応答するように、闇のなかに、抑圧された隷属者たちのもの言わぬ絶望の死があった。

(自殺の意味・価値に、身分差があることを念頭においておく必要がある。)

 

 

第3章「自殺社会学の歩み」

P74、(自殺が)およそ人間の行為である限り、たとえそれがどんなに世間から孤立したものであり、個人的なものであり、あるいは沈黙のうちに行われる行為であっても、その上には常に他者の言葉が重ねられる。それに意味を与えるのは、行為者の意図であるよりも他者の言葉なのだ。われわれが自殺を個別的に考えるにしろ、あるいは自殺一般について考えるにしろ、それは固有の歴史を持ち、固有の条件のなかで出現して固有の語法を持つ、ある言説の織物〔その時代固有の歴史的イデオロギー体系〕のなかに位置をしめている。

(自殺の意味づけは他者によるもので、歴史的に形成されたイデオロギーによって意味づけされている。)

 

 したがって、自殺現象を公正に研究しようという社会学的目論見は、十九世紀全体を通じて少しずつ、自殺を罪と考える問題の立て方から解放されなければならなかった。そしてついに、そのような道徳的反発は無意味であり、冷酷であり、宗教的偽善であると感じられるときがやってくる。

(自殺は罪ではなく、病気なのだ。)

 

→自殺を本当に病気にしてよいのか。それで問題は解決するのか。

 

P80、なぜかと言えば、その(自殺)問題はソ連邦では解決済みの問題であり、資本主義諸国では解決不可能な問題である。(中略)社会が病んでいることの兆候でないと言うのならば、自殺というこの行為は、個人の精神の不健全の表現であり、要するに精神の異常であるほかはないのである。(中略)精神病医や精神科医の考えと統計学者や社会学者の考えは違うように見える─しかし、どちらも自殺を病理的兆候と考える点では同じだ。対象を単体(個人)として捉えるか(精神科医)、総体(社会)として捉えるか(社会学者)の違いでしかない。

(自殺は個人的、社会的な病理であると考えているため、受動的な行為と見なされ、能動的行為(意志的な死)とは見なされない。)

 

→自殺の受動性と能動性のバランス、規定度合いをどう説明するか。

 

P82、最近の統計を見ている限り、日本の事態はほかの西欧諸国とあまり変わった点はない。というのも、その統計はもともと同じ前提に立って解釈されているからである。しかし過去の日本の証言を聞けば、われわれは自殺という行為のなかに、自殺の原因とされる幻想をではなく、この行為がうち立てる真実を捉えることができるのではないだろうか。自殺は、そのとき、宗教的罪悪でもなく、病理的兆候でもない姿を見せてくれるだろう。〈意志的な死〉はもはや、何らかの誘惑や衝動に身を任せてゆく受動的な行為ではなく、他の解決法を捨てて一つを選ぶ決断的な選択の行為であり、ある精神的原理とか道徳的価値とかにもとづく倫理的行為であることを、われわれは見るだろう。

(自殺原因は幻想で、自殺行為の結果に真実がある。宗教的罪悪は結果、病理的兆候は原因。)

 

→原因を語ることに意味があるのか、結果を語ることに意味があるのか、何を語れば意味があるのか。

 

P85、確かに〈死への意志〉において私は、自分がいったい何を望んでいるのかを知らない。なぜなら、死に関しては私は何も知り得ないからだ。しかしまさにそうであるがゆえに、死の無意味さを通じて私は死以外の目標を狙うほかなく、この死以外の目標が死ぬという行為に意味を与えるのである。死は、私が知っている何物でもないがゆえに、多くの意図の焦点たり得るのである。自殺とは、犯行なのか諦念なのか。他者攻撃なのか自己犠牲なのか。呼びかけなのか逃亡なのか。精神の昂揚なのか絶望なのか。自殺ほど曖昧な行為は他にはない。それはどんな場合にも、後に残された者たちにとっては、自分たちの前に投げ出された一個の謎のように思われる。事故で死ぬとか病気で死ぬとかの場合には、死は死でしかない。しかし自死は、死の沈黙を迷宮に響き渡るこだまに変えるのである。

(死は無意味だ。他の選択肢に意味がある。だから、それ以外の意味が死にはある、ということか。これが自死の意味を複雑にする。だから、分類・類型化しようとする。)

 

 

第4章「兆候としての自殺」

P95、「貧困が自殺から人を守る」とデュルケームは言う。その貧困が、変えようのない宿命として生まれたときからの生活条件である場合には、あるいはそうであるかもしれない。だがそれが倒産した小資本家、あるいは借金を返せなくなったサラリーマンの貧困である場合には、自殺の原因になる。

(自殺の要因は相対的なもので、環境のマイナス変化によって起こる。もともと貧困状況であれば、それを理由に自殺することはなく、それよりもさらに貧困化すれば自殺する可能性が出てくる。)

 

→当たり前の環境からの劣悪化が自殺へと誘導する。

 

P98、自殺の動機に関しては、警察庁が毎年発表する統計資料の報告(病気、家庭の不破、失恋、借金、仕事のうえでの失敗、死別の悲哀、精神の衰弱、等々)があるが、このような表面的な観察では、たいして意味のある情報は得られない。各事例に即してより深い考察を行って初めて、複雑に錯綜した自殺動機の実情を明らかにすることができるだろう。それは自殺者本人にさえ常に明瞭に意識されていたとは限らないのだから。

(表面的な観察は本当に無意味か。自殺の要因は遺書か、関係者の証言などによって、確定されるだろう。検視官は報告書にどのような価値観で要因を記載するのか。要因は1つしか書かないのか、複数書くのか。この点についてもよくわからない。杉尾論文の視角参照。さらに、遺書を書いたときは、本当に冷静なのか。混沌とした思考を整理しなければ文章は書けないだろうが、興奮状態で要因を絞り込み遺書を書く場合もあるのではないか。自殺しようとする理由が1つではなく、複数であることに、自分自身で気づくことができたなら、主要な要因の重大さは相対的に低くなり、自殺を思い止まらせる可能性もある。それができているときこそ、本当に冷静に自己分析ができているのではないか。こうなれば、もはや自殺を遂行しようとはしないのではないか。逆にいえば、自殺を思い止まったとき、あるいは未遂に終わったときでなければ、自殺の動機を正確に説明することはできないのではないか。自殺者の自殺遂行時の心情はやはり明確にできない。だからと言って、自殺を思い止まった後、あるいは未遂に終わった後に分析した動機が、本当に自殺遂行時の動機と一致するかどうかもわからない。)

 

→もはや、この点は仮説として論証を進めるしかないか?

 

P101、そういうわけで、老人の自殺の引き金となるのは、孤独感であり、自分を無用なものであると感じることからくる抑鬱的な感情なのである。そのために老年にありがちな体の不調、生活苦などがなんの意味もないもの、したがって、絶えることのできないものになる。これ以上辛抱して何になるというのか。

 経済的必要というやむをえぬ事情のもとで、農村共同体はその人口の均衡を保たなければならないのだが、そのための手段が、年老いて働けなくなった寡婦の半ば自発的な自己犠牲であり、堕胎や、あるいは生後すぐの間引き(特に女児に多い)であった。

 

P103、老いた自殺よりもさらに痛ましいのは、若い人たちの自殺、つまり青年あるいはさらに少年の自殺である。それは人を悲しませると同時にまた人をとまどわせる。彼らが拒むのは人生最後の苦い時間ではない。まだ幸とも不幸とも決まらない人生の全体を、彼らは初めから拒否するのだ。自殺する若者には、あのシレノスの託宣を聞き入れる暗く秘めた勇気がったかのように思われる。「人間にとって最大の善は何か」と尋ねるミダス王にシレノスの神託は答える─「生まれてこないことだ」、と。だから、生まれてしまったのならば、すぐに死ぬことだ。

 自殺とは、ひとつの兆候、つまり、当の本人にはどうすることもできない原因によって生み出され、表層に現れてくる結果である。特に青少年の自殺の場合にそれが言える。しかし、それは単に兆候であるばかりではない。そこに働く意志が、たとえどんなに漠然としていても、またどんなに間違った方向に向かっているとしても、それは同時にひとつの行為なのだ。

 それは何物かに対する拒否なのであり、さしあたっては与えられた状況に対する拒否なのであるが、同時にそれを超えて、人生の価値についての総括的な判断でもあるだろう。

 

P107、すべての心理的兆候がそうであるように、この青少年の自殺もまた矛盾した構造をもっている。ただ一つの行為であるにもかかわらず、そこには欲望の充足とその償い、要求と拒否、犯行と従順とが混じり合っている。自殺する子供は自分が依存する親たちに何かを訴えているのだ。彼は自立したいのか、それとも今以上に保護してもらいたいのか。はやく大人になりたいのか、あるいはもう一度子供に戻りたいのか。いや、彼は同時に二つのもの、過去と未来、保護と自由とを求めているのである。

 

P111、人生途上のこの挫折を思い悩むあまり自殺するということもあろうが、しかし本当のことを言えば、それだけで自殺の動機が説明しつくされるわけではない。家庭内の雰囲気や子供の置かれている立場の弱さのために、この挫折が破局としての意味をもつようになるのでないならば、失敗がそれだけで自殺の原因となることはなかっただろう。全体にかかる張力のためにその最も弱い環が切れる鎖を想像していただきたい。

 自殺を社会病理の兆候と見る場合、そこには社会的側面と個人の心理的側面とが相互に原因となり結果となる相乗効果が見られるのだが、青少年の自殺は、他のどんな自殺よりもそのことをはっきり示している。このような社会制度であるがゆえの挫折が、自殺という結果に終わる原因は何か。その子の精神的脆さだ。だがこの精神的脆さの原因は何か。家庭の雰囲気だ。そしてこの家庭の雰囲気というものは、生活と制度を支えている社会的言説(世間一般の常識であるとか支配的価値観)に貫かれているのである。

 

→自殺要因の堂々巡り状況を、要因どうしの相乗効果と説明して終わりにしてよいか?

 

P112、一世代ないし二世代前に始まって、徐々に日本の家族を、産児制限をする夫婦中心の核家族に縮小してきた内破的縮小傾向は、小さく閉じられた器のなかで、親と子の両義的な緊張関係をさらに緊張させることになった。規模の大きい家族にあっては責任は分担されていた。それが今ではごく少ない子供の上に集中されている。子供は保護されすぎ、期待されすぎ、そして金をかけられすぎている。受験の失敗は、したがって、家族の期待の崩壊であり、今まで払ってきた犠牲が水泡に帰することだと、親の目には映る。(中略)失敗した場合、この罪の意識が自己処罰的意識を生むかもしれないことを母親はあまり見ようとはしない。失敗は取り返しのつかない過ちと感じられるかもしれないのにだ。

(過度の期待や失望は、人格の崩壊を生む。)

 

P114、とにかく、日本人は西欧の人間に比べて、自己の責任という感情─それは恥の意識と罪の意識とから形作られているのだが─に動かされやすいのだ。そこに見出されるのは、伝統的徳目(体面は守れ、だが責任は認めよ)の痕跡であるが、それを子供の教育が永続化し、絶えず活性化しているのである。

 

P123、一言で言えば、日本人の超自我は人間関係の自覚的意識であり、西欧のそれは法の意識なのである。われわれの罪は法に対する侵犯であるが、日本人にとって罪とは集団からの離脱なのだ。

(検証してみる価値はある。)

 

P129、職業上の責任というこの感じやすい点を誰か第三者に批判されたり、あるいはその人自身が誰にも言わず自分の心の中でそこに何か負い目を感じたような場合、それが、自殺という破綻行為につながることもある。責任追及によって引き起こされるこの種の自殺を、日本語は「叱られ自殺」という名で読んでいる。社会的存在としての自己を非難された日本人は、非難の対象とされている過ちあるいは単なるミスを償い、その責任を大げさな身振りで引き受け、失われそうになった名誉を回復する。

 しかし、同時に自己処罰のために彼が自殺という手段を選んだ場合、その自殺という行為はしばしば、自分の自殺したことの責任を自分を非難した人間に転嫁することによって相手に復習するのだ。

 

P131、しかしもし自分(嫁)が死ねば相手を後悔させることができるという見込みが少しでもあれば、彼女は離縁されるよりも先に死を選ぶことができるのだ。だから当面、自殺してみせるという脅しや、あるいは単に世間で嫁の自殺が認められているということが、姑の圧力に抵抗する手段になり得たし、姑の嫁いじめを抑制する役割を果たし得たのである。

 

 

P132、すぐに分かることだが、責任というものをこのように広く考える考え方の中には、個人の意図というものは考慮に入っていない。(中略)重要なのは行為の結果がどうであるか、ということなのだ。その結果を見て、各人それぞれに自分を判断すべきものとされる。無能、へま、うっかりミス、単なる不運、そういうものも他人に迷惑をかけ害を及ぼす限り、当の本人が自分を恥ずべきものと感じる立派な理由になるのである。また、周りの人間たちがわざと責任をとらざるをえない状態にその人の気持ちを追い込む場合もある。

(行為の意図と結果が一致するとは限らない。仮に正義の意図をもってある行為を行ったとしても、結果が不義になる(不義と受け取られる)こともある。意図によって責任が発生するのではなく、結果によって責任が発生する。恥は自分の予想とは違う結果がおき、それが非難されるときに発生する。正村俊之との関連は?)

 

P133、日本文化はこれとは反対の方向の道を辿る。行為の源泉は測りがたいものとして無視される。責任というものを測るために、日本人は流れを下に下り、結果に注目する。日本人は自分が望んだのではなかった結果に拘束され、予見しがたいその結果までも含めて自分の行為と一体をなしているのだと感じるように教育される。責任逃れはするべきことではないと教えられるのだ。仏教のカルマの教義がこの倫理的選択の根拠となる。今わたしの身に起きることは私の前世の当然の報いなのであり、それを不運のせいにすることさえできない。なぜなら、カルマの思想においては、偶然は廃棄されているのだから。自分の無実を訴えるようなことをすれば、私は卑怯者とされ、品位を落とすことになりかねない。

(正村説の偶然・必然論との関連付け。前世からの因縁だから、責任を取るのか。なぜ卑怯と思われるのを嫌がるのか、なぜ品位を落とすことを嫌がるのか。必然から責任が発生するのか。偶然からは責任は発生しないのか。どこに責任を発生させるのか。)

 

→責任と自死の関係を追及しなければならない。責任とは何か、なぜ責任をとらなければならないのか。どういう契約なのか。どうして発生したのか。責任を取って死ぬとはどういうことか。

 

P137、このような親子の自殺がフランスにもないわけではないし、件数もわずかに日本より少ない程度であろう。しかし、フランスでは、それは突発的な精神抑鬱の兆候とされ、野蛮な行為の範疇に入れられてしまう。フランス人はそれがあることを知ってはいても、そこに自分自身の姿を見ることはない。それに対して、日本の伝統は親子心中にある合理性を与えてきた。日本ではそれは、子供の教育、日本的オイディプス構造、母子関係の重視、等に根拠を置くものであり、それを辿ってゆけば最後には、一社会の歴史のなかに分節される根源的選択に行き着くのである。

(日本人は親子心中に合理性を見るが、フランス人は精神抑鬱の兆候とみる。違いは何か。歴史的・社会的慣習や価値観の違いは何か。)

 

 したがって、心理学や社会学の、自殺をなんらかの病理的兆候として解釈しようという態度は、根本的な妥当性を有するものではないということになる。それと言うのも兆候とは、その文化があらかじめ引いている線に沿って出現してくるものに過ぎないからだ。したがって、当時の社会の必要に応じて十九世紀ヨーロッパで考案されたこの自殺解釈は、十九世紀の西欧社会とは異なった指導原理にもとづいて行われる日本の自殺行為を、十分に説明することはできない。

自死は意志によって遂行される。その意志はどのように形成されているのか。1つは社会的・経済的・心理的なマイナス要因。もう1つはそのマイナス要因よりも自殺することに積極的意義を見出す感覚。不遇な環境のなかでもがくことよりも死を選ぶ感覚。その感覚はどのように形成されているのか。個人が自死を妥当とみなす感覚は、個人の意志であると同時に、何らかの社会的な価値観が入り込んでいる。事故や病気のような自然条件に規定された偶発事象(死んだ個人の死にたいという意図が入り込まないという意味で偶然性が高い)であるがゆえに、その意図の形成過程・要因を問題としなければならない。

 

P138、現代の日本において見られる自殺現象を理解しようとして、われわれはまず社会学と心理学の結合した解釈方法に出会う。しかし、われわれはすぐに、日本という国の歴史が作り上げてきた制度とか、価値とか、精神原理とかのほうに送り返される。これらの制度、これらの価値、これらの原理こそあれこれの行為の意味が生まれてくる心理の地平なのである。そしてこれらの制度や価値や原理が単なる過去の遺物であって今は退行と消滅の途上にあるものだという証拠はどこにもないのだ。

 人間の本性というものが1つだけ存在するのであるのならば、人間諸科学にその説明を求めてわれわれは満足できるかもしれない。心理学と社会学が、自殺の─自殺ばかりか、家族の、芸術の、刑罰の、労働の、狂気の、権力の、さらに人間存在の骨格となるあらゆる構造の、様態は様々に変化し錯綜していてもその本性において不動の姿を、われわれに教えてくれるだろう。もし人間が時間から離れて存在しうるものならば、あるいはそれも可能であるかもしれない。超時間的存在としての人間本性という、形而上学的な理念主義が追求したこの古い夢を近代科学は引き継ごうとした。だが、神の立法の名において、あるいは自然の法則の名において、どのように境界を定めようとも、人間はその境界を超えてゆくだろう。われわれのできることはありのままを描き、ありのままを理解することだ。境界を定め、限界を定めて人間を定義し、規定することではない。

(制度・価値・原理に照らして初めて、行為に意味が生じる。照らされなければ行為に意味などない。自他の行為に意味を持たせようとする、自他の行為に意味を見出そうとするときには、意識的・無意識的にかかわらず、制度・価値・原理を引き合いに出していることに気づかなければならない。)