周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

戦場の精神史

 佐伯真一『戦場の精神史』(NHKブックス日本放送出版協会、2004)

 

*単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。

 また、誤字・脱字の訂正もしていません。

 

「戦場のフェアプレイ」

P105

 石井紫郎の理論は、勢力の均衡、平和の回復を前提とした戦いの中では、一般的な社会道徳に近い倫理が、戦場にも適用されるという発想を根幹としていた。手段を選ばず敵を滅ぼしたとしても、それによって名誉を失い、社会的非難を浴びて孤立してしまえば、長期的には不利になる─それは、一つの武士団を率いた「将」の立場、あるいは領主・統治者の立場での発想というべきではないか。そうした意味での倫理は、たとえば「仁」や「義」や「信」といった言葉で表されるような徳目に関わるだろう。敵との間の信義、即ち合戦の日時や場所の設定や軍使の安全などを守り、必要以上に被害者を出さず、堂々と戦う─そのような名誉ある武将が人望を集め、武士団の指導者として有力な存在となりうることは想像できる。
 しかし、功名を目標に見も知らぬ相手と戦う現場の兵たちが、命に代えて大事にしていた「名誉」とは、そうしたものだろうか。筆者が軍記物語などを読んで得た感触とは、微妙にずれている感もある。後方で采配を振るうのではなく、最前線で弓矢や刀剣を握って戦っている兵たちが、何をおいても守ろうとしている名誉とは、そうした一般的な道徳ではなく、「剛」や「勇」といった言葉で表現される勇敢さ、あるいは強さ、たけだけしさであり、また仲間を裏切らないという意味での「信」であるように思われる。そして、戦場での倫理として発達していったのは、むしろ、そのような兵の行動原理に基づくものだったのではないだろうか。

 

P113

 合戦現場の武士にとって、もっとも必要な名誉とは、強さや勇敢さについての評判だっただろう。「名誉」と言えば抽象的だが、その起源は、おそらく戦場で生き延びるための必要から発している。動物は戦うときにできるだけ自分を強そうに見せる。たとえば、猫は全身の毛を逆立てて背を丸め、尻尾を竹ぼうきのように太くする。自分の体を最大限、大きく見せているのである。それと同じように、合戦がいまだ個人技に頼っていた時代、敵と対面するときにもっとも重要なことの一つは、戦う前から敵を威圧すること、精神的に敵に呑まれないことであっただろう。「この男には勝てそうもない」あるいは「この男と戦うのは危険だ」と相手に思わせれば、命をかけた戦場では、それだけで有利になったと想像してもよいだろう。技能や力が強いという評価はもちろん、決して跡へ引かない剛の者である、向こう見ずで何をしでかすかわからない男だといった勇気についての評判も、自分を守ることにつながったはずなのである。そのような自己顕示の精神、言い換えれば他の武士たちに侮られまいとする精神こそ、武士の名誉の感情、ひいては戦場における倫理の一つの淵源なのではあるまいか。

 

P116

 「弓取りというものは、日ごろどんなに名誉の存在であっても、最後に不覚をとってしまえば、すべてが台無しになってしまいます。つまらない武士の郎等に討ち取られてはいけません。立派に自害なさってください」という。不覚を取るとは、名もない武士の郎等に敗れることによって、それまで築き上げてきた名誉の強者の名を失い、一気につまらぬ弱者に堕してしまうことであった。兼平の論理は、まさに、強さを誇る行動原理が、戦場における行動様式として定着していることをうかがわせる。同時に、身を挺して義仲を守り、義仲が討たれれば直ちに自害する兼平の行動は、乳母子としての紐帯を何よりも大事にする倫理を示しているといえよう。

 

P118

 『平家物語』の武士たちは、このように主君のために息子の首を差し出すような江戸時代の浄瑠璃・歌舞伎の世界とは異なって、息子を大事にする。息子を捨てて自分の命を惜しむ者も軽蔑されるのであり、そうした名誉を失うよりは死を選ぶわけである。同僚の評判を恐れるのは山田是行と同じだが、ここでは主として、家族の紐帯を軽んじて命を惜しむことが恥とされている点には注意しておきたい。彼らの行動の根本的な原理は、恐ろしさのあまり的に背を向けたり、親子兄弟や長年にわたる主君を捨てるような、臆病者や裏切者を嫌い、命を惜しまずに戦う、強く勇敢な武者をよしとするところにあると言えるだろう。

 

P123

 重要なポイントは、彼らの行動原理を形成する倫理は、平和な社会で醸成された倫理とは違うのではないかということである。社会一般の倫理道徳に近い石井紫郎風の「合戦のルール」は、戦場においても武士たちの行動を制約したことはあっただろうが、おそらくそれは外側からの制約、しかもあまり強くはない制約にとどまったのであって、武士たちを内側から突き動かしていたのは、むしろ一般的な道徳とは異なり、それゆえに時には反社会的でもありうるような、戦場から生まれた倫理だったのではないだろうか。

 以上、本章で見てきたところをまとめておこう。東国の自立した、そして互いに縁故関係も多く、仲間意識の強い武士団同士の合戦においては、社会一般の道徳に近い倫理感覚に基づく合戦のルールが自然に形成され、実際の戦場にもある程度適用されていたものとみられる。しかし、それは脆弱なルールに過ぎず、武士たちの心、特に現場で戦う兵の心を深く支配したものではなかった。武士たちが行動原理としていたのは、むしろ、敵に侮られない、味方を裏切らないという、素朴な名誉と紐帯の感情に発する、戦場独特の倫理感覚であった。そして、合戦が、自立した武士団の自由な戦いの場から、棟梁のもとで功名を競う場になり、さらに見知らぬ敵ともしばしば戦う全国規模の合戦が増えてゆくにつれて、戦場独特の倫理感覚が発達し、平和な社会の倫理道徳とはまったく異なる価値観の体系を作っていゆく。次章ではそうした様相を見てゆくこととしたい。

 

「合戦は倫理を育てたか」

P270

 人類はいつ頃から人間同士の殺し合いを始めたのか。動物行動学者のコンラート・ローレンツは、狼などの動物が、仲間同士で戦っても殺し合いには至らずにすむ本能的な抑制機能を持っているのに対し、人間だけが人間同士で殺し合うが、それは人間が威力ある武器を持ったことなどにより、殺し合いを抑制する本来のシステムを失ってしまったからだ─と考えた。しかし、その後の動物行動学は、杉山幸丸によるハヌマン・ラングールの子殺しの発見以来、各種の猿やライオンなどの動物が、同種の仲間同士で子殺しを行う例を多く発見するに至っている。さらには、なわばり争いから集団的な闘争に至るチンパンジーの行動を、「戦争行為の先駆者」ととらえる見解さえ提出されている(ジェーン・グドール『野生のチンパンジーの世界』)。同種による殺し合いの歴史は、おそらく人類の歴史よりも古いのであろう。

 だが、単なる殺し合いと、組織的な集団の間で展開される戦争とは、別の問題である。仮に、人間が抑えきれない闘争本能を生来的に持っているのだとしても、戦争という行為がそれだけで説明できるわけではない。おそらく、「戦争」とは、最低限、言語を通じて共同の意志や命令を確認し合う行為を伴う組織的な行動を指すはすであり、それ以外にもさまざまの複雑な要素を含む人間の文化と関連づけて考えるのが一般的であろう。

 (→言葉がなければ、戦争は起きないということか。)

 

 栗本英世によれば、先史時代の戦争に関する現代の学者たちの見解には、人間が本来持っている闘争本能を重視するホッブス的な人間観と、人間は本来は平和に暮らしていたのだと見るルソー的な人間観との対立があるが、「概していえば、ルソー派のほうが優勢で、メソポタミアで最初の都市国家が成立する以前には、戦争は存在しなかったというのが一般的な理解である」という。

 この問題に関わる考古学的な遺物も、世界にはいくつもあるようだが、人為的な傷を負った遺骸が多く発掘されたとしても、たとえば集団処刑の後かもしれず、ただちに戦争の証拠と認定できるわけではない。「戦争」と呼ぶべき殺し合いがいつから始まったのかを判定しようとすれば、根本的な人間観の相違も反映して、議論が分かれるわけであろう。しかし、約一万年前からの新石器時代の開始と共に、人間が戦争を行ったと見られる証拠は増加し、たとえば、約四〇〇〇年前のものとされるスペインのモレリャ・ラ・ビリャ遺跡の壁画には、三人と四人の集団の戦いと見られる絵が描かれている(栗源英世『未開の戦争、現代の戦争』)。

 本格的な戦争は、農耕社会の成熟と共に生まれるとするのが、世界的な通説であるともいわれている(佐原真『日本・世界の戦争の起源』)。争奪の対象となる富の蓄積が形成された時代には、いかなる意味でも戦争と呼びうる行為が始まっていたわけであろう。いずれにせよ、少なくとも人間が文字によって歴史を記録するようになるよりも早くから、戦争が始まっていたことは明らかである。

 

P272

 そのような時代の戦争というものを、私たちはどのように想像したらよいだろうか。イギリスの軍事史家であるジョン・キーガンは、次のように述べる。

 

  もし戦争の起源を紀元前四〇〇〇年とするならば、その後五〇〇〇年の間に戦われた戦争の大部分は、名誉ある人間や高潔な戦士が加わる余地などは、ほとんどないものだった。

 

 ヨーロッパ人は、戦争といえば「騎士道精神を重んじる騎士」などすぐ連想するが、キーガンにいわせれれば、

 

  しかし、実際には、彼らはみな、少なくとも数のうえでは、粗暴な一般の兵卒、愚鈍な徴用兵や荒くれた傭兵、獲物を狙って蹴散らし回る騎馬民の群れ、ロングシップを操る海賊などに圧倒されていたのである。

 

という。戦争が一定の秩序や倫理を前提としたものになるには、未開の戦争の段階から歴史時代の多くまでを包摂する、きわめて長い時間を要したというのである。キーガンは、軍隊によって戦争をなくすことができると主張するのだが、そうしたことの可能な近代の規律ある軍隊の起源は、それほど古いものではないと見るわけである。

 だが、一方で、右に見たように、チンパンジーのなわばり争いを「戦争行為の先駆者」ととらえたジェーン・グドールは、人類の進化に関するダーウィン以来の研究史を、「戦争行為が、ほぼ確実に人類の頭脳を開発する強力な圧力となった」という方向でまとめつつ、自己の論を展開している。

 彼女の紹介する議論の中には、「利他主義や勇気という人類の価値ある資質」も、戦争によって育ったのだという主張が含まれる。右に見たとおり、人類が最初から戦争をしていたのかどうかについては議論が分かれる。これは人類が人類になるかならないかという段階から戦争をしていたというような観点に立つわけなので、一方の極端に偏する意見という面もあろうが、ともあれ、このように戦争による倫理の芽生えを、ごく早い時期に想定する見方もあるわけである。

 第二次世界大戦後の日本では、戦争は何ものをも生まないという論調が支配的であり、筆者もそうした言論空間の中で育ったが、戦争は人類の進化を促したという議論は、分野によっては有力なものであるのかもしれない。

 太古の問題はさておき、歴史時代に入ってから、科学技術などの面で、進歩が戦争によって促進された場合があることは明瞭である。武器に直接関わるような領域はもとより、通信交通などの分野をも含めて、軍事に関連することによって発達した技術は多いだろう。戦争は、自己と自己の属する集団の生存に関わる問題であり、何よりも真剣な努力がそこに傾注されるのである。戦争が進歩を促進したのは、おそらく技術ばかりではなく、精神文化と呼ぶべき領域においても、類似の現象を認めることはできるはずである。

 たとえば、スポーツが戦争に由来する面を有することは、わずかながら第一・二章でふれた。倫理についても、戦国武士が独特の倫理を育てたことは、第三・四章で見てきた。さらにいえば、だらしない若者を見ては、「あんな奴らは軍隊に入れて鍛えてやればいいんだ」という類の言葉を吐く中高年の男性は、二、三〇年前までは珍しくなかったと思う。その是非はともあれ、戦争に由来する倫理や精神文化は、今なお私たちの身近なところで息づいているものと思われる。

 

P274

 しかしながら、問題は、戦争が倫理を育てたことがあるとして、その倫理とは、果たして平和な社会の育てた倫理と同様のものなのか、ということである。日本の武士に関する議論は、従来、その点の考察が足りなかったのではあるまいか。

 たとえば、武士は名誉を重んずるというのは正しい。しかし、それでは、名誉とは何か。何をもって名誉とするかという点において、平和な社会で育った倫理と戦場で育った倫理とでは、おそらく大きな違いがある。一般社会における名誉とは、たとえば公正や信義であろうが、戦場における名誉とは、たとえば勝利や力なのである。従来の議論の多くは、そうした相違に目をつぶったまま、平和な社会の価値基準を武士たちの名誉の問題に忍び込ませてきた結果、中世の武士を描くにあたって、しばしば虚像を結んできたのではないか。

 筆者の見るところ、この問題のもっとも優れた研究の一つである石井紫郎の議論も、そうした点に問題を抱えており、戦場における倫理の形成を、平和な社会における法の形成と重ね合わせてしまったために、武士たちの行動の理解にブレを生じてしまっているように見える。そうしたブレを野放図に拡大しているのが、多くの「武士道」論であるともいえよう。

 合戦が育てた倫理は、何よりも勝利を重んずる。そのためには勇敢さや力強さ、そして集団内部の団結ないし上位者への服従が必要である。そこに「勇」を重視し、極限まで自己を鍛えようとする自己鍛錬の倫理や、仲間を裏切らず、ひいては上位者への忠誠を誓う倫理が形成されてくる。しかし、自己の集団の外側の他者に対する愛情や信義などといった倫理は、戦場からは育たず、主として平和な社会で育てられたと見るべきだろう。敵に対しても公正や信義を重視してだまし討ちを否定する、フェア・プレイ精神などといった価値も、戦いの積み重ねから生まれたかのようにいわれることがあるが、本書で見てきた範囲では、それは正しくない。

 もちろん、「戦争」の分析には非常に多角的な視点が必要であり、「戦争」と「平和」とが、そう簡単に分けられるわけでもないだろう。日本の場合、中世の長い戦乱の時代と、近世の長い平和の時代とは明瞭に分かれるが、そのいずれをも武士階級が主導した。そして、中世の武士も戦闘だけをしていたわけではない。したがって、武士の精神は、どこまで戦場に由来するものといえるのか、整理が必要となる。本書は、その点を多少整理したつもりであり、それを整理したにとどまる。ただ、結果として、戦争が倫理を育てるという物言いに対しては、ある程度の疑義をさし挟むことになったように思う。

 (→戦争中の武士と平時の武士とで、生み出す倫理観は異なる。このことは、戦争中の貴族と平時の貴族、戦争中の庶民と平時の庶民が生み出す倫理観も異なるはず。)

 

P276

 なお、本書の議論は、根本的な問題意識としては、戦争一般に関する議論として組み立てているつもりである。記述対象が日本に限定されるのは、筆者が日本のことしか知らないからであって、日本が特殊であると思っているからではない。弥生時代に日本列島に居住した人たち(彼らはもちろん「日本人」ではない)から、大日本帝国(それは廃仏毀釈をはじめとする伝統文化の否定の上に成り立った)までを連続的にとらえて、「日本人」の戦争には一貫した固有の特徴があると主張するような日本特殊論にくみするつもりはないのである。

 「日本固有の武士道精神」という類の議論の虚妄さについては見てきたとおりだが、それを裏返したような「日本人」論もまた不毛であろう。たとえば、則綱のだまし討ちを真珠湾攻撃と結び付けて、「日本人の特色」を論ずるような短絡的な議論には、何の意味もあるまい。

 筆者が本書で主張したようなことが、、諸外国にどれほど当てはまるのかは、率直にいってわからない。ただ、たとえば、「武士道」はよく「騎士道」と比較されるが、ヨーロッパの騎士たちがどれほど立派であったかという問題は、たとえばアミン・マアルーフ『アラブが見た十字軍』などを視野に入れつつ検討されるべきだろう。戦争をめぐる意識に関わる記述は、ともすれば偏った視点からの一方的なものになりやすく、その分析は一筋縄ではゆかないことが多いと思われる。

 現在、世界では、「戦争」がめまぐるしく姿を変えつつ継続され、日本では、戦争や軍事に関わる議論自体を否定してきた反動もあってか、安易に戦争を美化する言論も目立つようになっている。過去の長い歴史の中の戦争を、広い視野から冷静に見つめなおし、学ぶべきことを学ぶ作業は、ますます必要となっているはずである。本書が、もしも、そうした作業のほんの一部にでも役立つことがあるならば、望外の幸せである。