周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

天狗のイタズラ その2

  永享八年(一四三六)三月二十三日条

                   (『図書寮叢刊 看聞日記』5─254頁)

 

 廿三日、晴、予誕生日来廿五日祈禱疏大光明寺進之、書名字如例、浄喜馳申、行蔵庵

  小喝食庵付、已燃上之処見付消之、喝食則逐電、月見岡辺河泣、草刈

  童部見付庵帰、事子細尋之処、喝食申、小童二三人来、可付火之由申間、無

  何心付了、軈童同道河中入云々、道之間板敷之上如歩行之由申、惘然之体也、

  天狗所為歟、只付火如此申成歟、不審、庵無為先以珍重也、

 

 「書き下し文」

 二十三日、晴る、予の誕生日来たる二十五日祈祷疏大光明寺に之を進らす、名字を書くこと例のごとし、浄喜馳せ申す、行蔵庵小喝食庵に火を付く、已に燃え上がるの処見付け之を消す、喝食則ち逐電し、月見岡辺りの河に入りて泣く、草刈童部見付け庵へ帰る、事の子細を尋ぬるの処、喝食申すに、小童二、三人来たり、火を付くべきの由申すの間、何心も無く付け了んぬ、軈て童と同道し河中へ入ると云々、道の間の板敷の上を歩行するがごときの由申す、惘然の体なり、天狗の所為か、只付け火を此くのごとく申し成すか、不審、庵無為先ず以て珍重なり、

 

 「解釈」

 二十三日、晴れ。来たる二十五日の私の誕生日の祈祷疏を大光明寺に進上した。いつものように、祈祷疏に名前を書いた。政所の小川浄喜が急いでやって来て申し上げた。行蔵庵の幼い喝食が庵に火を付けた。すでに燃え上がっているところを見つけて、火を消した。犯人の喝食はすぐに逃亡し、月見岡辺りの川に入って泣いていた。草刈り童部がこの喝食を見つけて行蔵庵へ連れ帰った。事情を尋ねたところ、喝食が申すには、子どもたちが二、三人やって来て、火をつけようと申したので、何の考えもなく火をつけてしまった。そのままその子どもたちと同道して、川の中へと入ったという。道の間に敷いた板敷の上を歩いているかのようだった、と申した。茫然としているようである。天狗の仕業だろうか。ただ放火を、ことさらこのように申したのだろうか。疑わしいことだ。行蔵庵が無事であったことが、まずはめでたいことである。

 

 「注釈」

「祈祷疏」─「疏銘・䟽銘」のこと。祈祷の趣意を書き付けた文書に、願主の姓名を書

      いたもの(『日本国語大辞典』)。

「大光明寺」─正平七年(1352)の南朝の京都進出以降は広義門院西園寺寧子

       光厳天皇光明天皇の実母)がこの地に住み、大光明寺を建立している

       (智覚普明国師語録)。以降、この寺に光厳・光明・崇光の三院が入寺

       し、後光厳院のあと、伏見宮栄仁親王へと受け継がれることになる

       が、応永五年(1398)五月、足利義満は、この伏見殿を没収した

       (椿葉記)。これが原因してか、栄仁親王は同月二十六日落飾している

       (伏見宮御記録)。これは、「天の月・川の月・池の月・盃の月」とい

       う四つの月を一度にめでることができると言われたこの指月の景勝の地

       に、「五歩ニ一楼、十歩ニ一閣」(応仁記)という壮大な規模を有する

       伏見殿を利用して、北山殿(跡地は現北区)に次ぐ第二の山荘を造営せ

       んとした没収であったと考えられているが、いかなる理由からか、この

       計画は突然中止され、翌六年には、伏見宮家に返却されている(椿葉

       記)。しかし、この伏見殿は、離宮的な機能を有していた大光明寺とと

       もに応永八年七月四日に炎上した。「迎陽記」同日条は、

        今夜丑刻、伏見殿回禄、代々皇居、無念事也、此間入道親王御座也、

        此所修理大夫俊綱宿所也、進京極大殿、又被進白河院云々、弘安回

        禄、被再興御所也、一宇不残、〈庭田許」相残云々、〉禁裏仙洞回禄

        今年火災公家衰微歟、竹園御座法護院、〈御母儀故三品」山荘也

        云々〉

       と記す。

       栄仁親王は、同十六年にその跡地に大光明寺塔頭大通院を建立、ここを

       常住の地とし、以後、この再建後の伏見殿は、領地としての伏見庄とと

       もに、豊臣秀吉による伏見城築城まで伏見宮家代々の当主に受け継がれ

       ていった(伏見殿跡『京都市の地名』平凡社)。

「月見岡」─明治天皇陵参道北の台地を宇治見山という。この高台から南方の宇治まで

      を眺望することができたので、この名が生じたと伝える。別に月見岡とも

      よばれ、観月の名勝地になっていた(「伏見山」『京都市の歴史』平凡

      社)。

 

 

*天狗のイタズラ…。そんな無責任な言葉では許されません。

 以前に紹介した「天狗のイタズラ その1」では、軒先に挿した菖蒲を反対に挿し替えた、という些細なイタズラでしたが、今回は放火です。さすがにマズいでしょう。

 それにしても、何だかホラー映画のような展開です。まずは、幼い喝食の前に、怪しげな子どもたちが現れ、放火を唆します。ここまでなら、ただの少年犯罪事件になるのでしょうが、その後、放火犯の喝食は教唆犯の子どもたちに連れられ、川の中に入ってしまうのです。不思議なことに、道に敷いた板敷の上を歩いているかのように、川の中をザブザブと歩いていたようなのです。草刈り童部が発見したからよかったものの、そのまま川の中に沈んで水死していたかもしれません。

 この世ならぬものに導かれ、水辺に引きずり込まれる。古今東西を問わずよく聞く筋書きですが、幼い喝食に犯罪を唆し、そのうえその子を死に導こうとするなんて、なかなか背筋のゾッとする話です。