周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

切り裂き女房 ─Nyobo the Ripper─  付:妖怪「鳶人」

【史料1】

  永享十年(一四三八)二月六日条  (『図書寮叢刊 看聞日記』6─121頁)

 

 六日、晴、暁風吹、(中略)聞、此間公方御所中変化之物〈女房云々〉、女中切髪、

  或切小袖、其人目見、他人不見云々、不思議事歟、御祈無退転云々、

 

 「書き下し文」

 六日、晴る、暁に風吹く、(中略)聞く、此の間公方御所中に変化の物〈女房と云々〉、女中の髪を切り、或いは小袖を切る、其の人の目に見え、他人には見えずと云々、不思議の事か、御祈り退転無しと云々、

 

 「解釈」

 六日、晴れ。夜明け方に風が吹いた。(中略)聞くところによると、先日、将軍足利義教の御所のなかで、化け物〈女房の姿という〉が女中の髪を切ったり、小袖を切ったりした。被害者の目には見え、その他の人には見えないという。不思議なことだろう。御祈祷を中断することなく続けたそうだ。

 

 It was fine on February 6th. The other day, in the house of General Ashikaga Yoshinori, a monster (in the form of a female officer) cut the hair of the female officers and their clothes. I heard that the victim could see it but not others. It is unbelievable.

 (I used Google Translate.)

 

  「注釈」

*怪談話やホラー映画のメインキャクターには、古今東西で何らかの違いがあるのでしょうか。試しに、「ホラー映画」「キャラクター」でネット検索してみると、洋画の場合は男性らしき主人公が多いのですが、邦画の場合は女性らしき主人公が多いようです。個人的には、リングの「貞子」がすぐに思い浮かびます。こうした単純な比較に意味があるのかわかりませんが、それにしても日本の場合は、男性のキャラクターは少ないように思います。いったいなぜなのでしょうか。

 今回紹介した、切り裂きジャックならぬ、切り裂き女房も、女性のバケモノでした。以前に、「イカれた女」「厠の尼子さんとその眷属」「壬生閻魔堂のかぐや姫」という記事を書きましたが、このバケモノたちはみな女性の姿であって、男性ではないのです。怪談話のメインキャラクターは女性(らしき存在)がよいという考え方が、中世にはすでにできあがっていたのかもしれません。

 

 

 ところで、この3年後、化け物の正体に関する仮説が提起されました。

 

【史料2】

  嘉吉元年(1441)二月七日条          (『建内記』3─73頁)

 

 七日、乙亥、天晴、(中略)

  天龍寺)    (承朝)

 次向慶寿院、奉謁海門和尚、辛酉事等言談、和尚云、於室町殿女房髪近年切之怪異

 事、為何者之所為哉不審之処、近比見洛陽伽藍記之処狐之所為也、及百卅人切之事有

 先例也、狐者拜北斗如此変化欤、所詮北斗欤尊星王欤、何様就星被修其法有祈念者可

                            〔狗〕

 然哉、其物之所為と已覚知スル時ハ、其物不成変化事也、天駒なとも皆不可尽ト云事

 あり、肝要ハ就其事修其法、攘災可然欤之由有言談、尤可然、博覧之人也、如此事太

 有謂者哉、(後略)

 

 「書き下し文」

 次いで慶寿院に向かひ、海門和尚に謁し奉り、辛酉の事など言談す、和尚云はく、室町殿に於いて女房の髪近年切るの怪異の事、何者の所為たるや不審の処、近比洛陽伽藍記を見るの処狐の所為なり、百三十人に及び切るの事先例有るなり、狐は北斗を拜み此くのごとく変化するか、所詮北斗か尊星王か、何様にも星に就き其の法を修せられ祈念有るは然るべきや、其の物の所為と已に覚知する時は、其の物変化に成らざる事なり、天狗なども皆尽くすべからずと云ふ事あり、肝要は其の事に就き其の法を修し、攘災すること然るべきかの由言談有り、尤も然るべし、博覧の人なり、此くのごとき事太だ謂れ有る者か。

 

 「解釈」

 次に、私(記主:万里小路時房)は天龍寺慶寿院に向かい、海門承朝和尚に謁見し、辛酉革命の件などについて語り合った。和尚が言うには、「近年、室町第で発生している女房の髪を切る怪異のことは、何者の仕業であるかはっきりしなかったが、最近『洛陽伽藍記』を見たところ、狐の仕業である(とわかった)。一三〇人にも達する人々の髪を切ったことが、先例にあるのだ。狐は北斗星を拝み、このように変化したのだろう。結局のところ、北斗星であろうと尊星王であろうと、どのようにでもその星についての修法を執り行い、祈念することが適切であろう。何者の仕業かすでに判明しているときには、それは化け物にはならないのである。天狗などであっても、その正体が判明すれば、みな力を失うということがある。大事なことは、その事件にふさわしい修法を執り行い、災いを払い除けることが適切であろうという話があった。なるほど、当然のことである。和尚は知識の豊富な人物である。このようなことには、必ず根拠があるのだろう。

 

 「注釈」

海門承朝」─ 1374-1443 室町時代の僧。応安7=文中3年生まれ。長慶天皇の皇

       子。臨済(りんざい)宗。空谷明応(くうこく-みょうおう)に師事してそ

       の法をつぐ。京都の相国寺,南禅寺の住持となり、のち嵯峨(さが)の景

       寿院にうつった。嘉吉(かきつ)3年5月9日死去。70歳。諡号(しごう)は

       宝智円明禅師(「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」

       https://kotobank.jp/word/海門承朝-1064391)。

「天駒なと〜あり」─この部分を訳すことができませんでした。ひとまず、「天狗など

          もみな力を尽くすことはできない、ということがある。」と直訳

          し、そこから上記のような意訳を考えてみました。

「洛陽伽藍記」─北魏の洛陽における、政治・経済・社会・民俗・学芸などを、精細か

        つ壮大に書き記した文学作品。以下、今回の内容に関わる部分の解釈

        を、『洛陽伽藍記・水経注(抄)』(中国古典文学大系、第21巻、

        平凡社、1974年、79頁)、『洛陽伽藍記』東洋文庫517、平

        凡社、1990年、178頁)から引用しておきます。

 

【第4巻】

 法雲寺は西域の烏場国の沙門曇摩羅が建てたものである。宝光寺の西にあり、隣り合わせになっていた。(中略)

 市の北には慈孝・奉終の二里があった。里内の住人は棺桶を売るのと霊柩車を賃貸しするのを業としていた。

  挽歌うたいの孫巌というものがいた。妻を娶って三年になったが、いつも妻は衣を脱がないで寝るので、彼はおかしいと思って、その寝ついたのを伺って、ひそかに衣を剥ぐと、長さが三尺もある毛が生えており、〔身全体が〕まるで狐の尾そっくりであった。巌はこわくなって離縁してしまった。妻は出てゆくときに、刀で巌の髪の毛を切り取って逃げた。隣人が追いかけると、狐に変わってしまい、追いつくことができなかった。その後、都で髪の毛を切られるものが百三十余人に及んだ。そいつは初めは女に化け、美しく盛装して道を歩いていく。それを見て、にやけて近寄ってゆく男は、みんな髪の毛を切り取られた。それで当時、派手な着物を着た女がいると、人はみな指さして狐のお化けだと言ったものである。これは熙平二年(517)の四月のことで、秋になって止んだ。

 

 

*さてこの記事によると、女房の髪を切った化け物の正体は狐だったと推測されています。中国の『洛陽伽藍記』では、男の髪の毛を切るという設定でしたが、日本の場合、女の髪や小袖を切るというように、少しばかり違いがあるようです。

 室町時代の「切り裂き女房」の元ネタが、本当に中国の古典であったのかどうかはわかりませんが、よくぞ根拠になりそうな情報を探し当てたものです。中世の僧侶たちの勉強量・博覧強記ぶりには頭が下がります。

 

 

 この16年後、切り裂き女房はまた出現します。

 

【史料3】

  康正三年(1457)三月二十一日条  (『大乗院寺社雑事記』1─108頁)

 

    廿一日

   (中略)

 一近日京都ニ鴟人ヲ取云々、又室町殿ニ火柱両三度立云々、又同御所中ニカミ切出来

  云々、希代事也、普光院殿ノ御末ニ如此カミ切事在之、今度ハ女房ノカミヲ六七寸

  残テ切之云々、京都ヨリ下向ノ人々同口ニ物語了、

 

 「書き下し文」

 一つ、近日京都に鴟人を取ると云々、又室町殿に火柱両三度立つと云々、又同御所中に髪切出来すと云々、希代の事なり、普広院殿の御末に此くのごとき髪切の事之在り、今度は女房の髪を六、七寸残して之を切ると云々、京都より下向の人々同口に物語り了んぬ、

 

 「解釈」

 一つ。近日京都で鳶人を捕らえたという。また室町第で火柱が二、三度立ったそうだ。また室町第に「髪切」が現れたという。たいそう不思議なことである。普広院殿故足利義教のとき、御末の間でこのような「髪切」の事件があった。今度は女房の髪を六、七寸(約20センチ)ほど残して切ったそうだ。京都から下向した人々は、みな同じように語った。

 

 

 「注釈」

*「普光院殿ノ御末ニ如此カミ切事在之」という表現こそが、まさに【史料1】の事件を指していると考えられます。

 さてこの妖怪、3回目の出現ということもあり、今回はきちんと「カミ切」という名前が付けられています。【史料1】では髪や小袖を切ったことしかわかりませんでしたが、【史料3】では約20センチ、いわゆる「チコちゃんカット」(尼削ぎ)くらいの長さに切ってしまったことがわかります。傷害・殺人事件にならなかっただけよかったのかもしれませんが、突然出現して髪や小袖をザクザク切っていく妖怪というのも、なかなか恐ろしいものです。

 

 ところで、この「カミ切」とは別に、新たな化け物が登場しています。それは「鴟人」です。そもそも何と読むのかもわかりませんし、ひょっとすると「近日京都で鳶が人を捕らえた」と訳すのかもしれません。よくわかりませんが、一応、「とびびと」と読んで、顔が人間で体が鳶か、顔が鳶で体が人間の妖怪、あるいは人間に化けた鳶と考えておきます。前者ならば、鵺のようなキマイラ型妖怪かもしれませんし、後者ならば、『宇治拾遺物語』巻第2第─14「柿の木に仏現ずる事」で、仏様に化けた「糞鳶」のような化け物かもしれません。