周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

マジョリティーの限界とマイノリティーの可能性 part1

 伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書、2015)

 

*単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。

 また、誤字・脱字の訂正もしていません。

 

P29

 見える人が目をつぶることと、そもそも見えないこととはどう違うのか。見える人が目をつぶるのは、単なる視覚情報の遮断です。つまり引き算。そこで感じられるのは欠如です。しかし私がとらえたいのは、「見えている状態を基準として、そこから視覚情報を引いた状態ではありません。視覚抜きで成立している体そのものに変身したいのです。そのような条件が生み出す体の特徴、見えてくる世界のあり方、その意味を実感したいのです。

 それはいわば、4本脚の椅子と3本脚の椅子の違いのようなものです。もともと脚が4本ある椅子から1本取ってしまったら、その椅子は傾いてしまいます。壊れた、不完全な椅子です。でも、そもそも3本の脚で立っている椅子もある。脚の配置を変えれば、3本でも立てるのです。

 →見えない状態を当たり前と感じている人と、見える状態を当たり前と感じている人が混在している。見える状態を当たり前に感じている私は、視覚によってすべてを感知できているように感じているが、実際は感知できていないことばかり。自分自身が、5本脚の椅子ではなく、3本脚の椅子でもなく、経年劣化しつつ4本脚の椅子であることを相対化できる。5本脚の視角、3本脚の視角とは何かを考えることで、マジョリティである4本脚の視角から、容易にパラダイムシフトできる。視覚健常者の見方も、所詮は言語と文化に規定されている。視覚情報をあるがままに受け取っているわけではない。

 

 脚の配置によって生まれる、4本脚のバランスと3本のバランス。見えない人は、耳の働かせ方、足腰の能力、はたまた言葉の定義などが、見える人とはちょっとずつ違います。ちょっとずつ使い方を変えることで、視覚なしでも立てるバランスを見つけているのです。

 

 →世界観が根本的に違う可能性がある。この視角に立てば、マジョリティの視角や価値観を相対化、超越することができるのではないか。視覚健常者は世の中の境界を明確に見極められる(と思い込んでいる)から、境界で相論を起こすのではないか。人間の引き起こす紛争の多くは、領土争い。「私有」の根本は、視覚を重視する社会の隆盛にあるのではないのか。「人は見た目が9割」などと言い続けている限り、「私有」のもたらす弊害からは永遠に逃れられないのではないか。目に偏らない、目のみを重視しない、目と目以外の感覚器とをバランスよく使う。そんな社会になれば、「私有」と「共有」のバランスの保てた社会になるのではないか。「私有」執着による人間的・社会的な病気も減るのではないか。

 

 変身するとは、そうした視覚抜きのバランスで世界を感じてみるということです。脚が1本ないという「欠如」ではなく、3本が作る「全体」を感じるということです。

 異なるバランスで感じると、世界は全く違って見えてきます。つまり、同じ世界でも見え方、すなわち「意味」が違ってくるのです。

 

P50

 彼ら(目の不自由な人)は「道」から自由だと言えるのかもしれません。道は、人が進むべき方向を示します。もちろん視覚障害者だって、個人差はあるとしても、音の反響や白杖の感触を利用して道の幅や向きを把握しています。しかし、目が道のずっと先まで一瞬にして見通すことができるのに対し、音や感触で把握できる範囲は限定されている。道から自由であるとは、予測が立ちにくいという意味では特殊な慎重さを要しますが、だからこそ、道だけを特別視しない俯瞰的なビジョンを持つことができたのでしょう。

 

P55 「踊らされない安らかさ」

 もちろん、難波さんも失明した当初は情報の少なさにかなりとまどったと言います。とまどったというより、それは「飢餓感」というべきものだったそうです。

 「最初はとまどいがあったし、どうやったら情報を手に入れられるか、ということに必死でしたね。(・・・)そういった情報がなくてもいいやと思えるようになるには二、三年かかりました。これくらいの情報量でもなんとか過ごせるな、と。自分がたどり着ける限界の先にあるもの、意識の地平線より向こう側にあるものにはこだわる必要がない、と考えるようになりました。さっきのコンビニの話で言えば、キャンペーンの情報などは僕の意識には届かないものなので、特に欲しいとも思わない。認識しないものは欲しがらない。だから最初の頃、携帯を持つまでは、心が安定していましたね。見えていた頃はテレビだの携帯だのずっと頭の中に情報を流していたわけですが、それが途絶えたとき、情報に対する飢餓感もあったけど、落ち着いていました」。

 →ものや情報が溢れすぎ。生きていくうえで、ほとんど不要であることを、多くの人がわかっていない。正直なところ、毎日ご飯が食べられ、安全に暮らしていくために必要な、最低限の物質や情報以上のものは、なくて構わないはず。どうでもいいはず。現代人は欲しがりすぎ。どうも執着心が強すぎる。だから、足りないことに不平や不満を言う。他人と比較したり、もともと裕福だった過去の自分と比較したりして苛立ち、絶望し、そんな状況を他人や社会のせいにしてつまらない行動に出る。現代で「マストアイテム」と呼ばれているものは、ほぼすべて「マスト」ではない。「マスト」という言葉で消費意欲を煽られているだけ。どう考えても、いらないものばかり。「マスト」は自分で決めればよく、他人様によって決めていただく必要は、まったくない。欲望煽動型社会からドロップアウトし、穏やかな生活が送れるであろう老後生活が、楽しみで仕方ない。

 

 難波さんのこうした心理はもはや「悟り」にすら聞こえます。「意識にのぼってこない情報を追わない」という考えに至るまでの二、三年は、難波さんにとって、視覚を持たない新しい体が捉える「意味」を、納得して受け入れるまでの期間だったということができるでしょう。

 →視覚健常者で、資本主義に煽られっぱなしの現代人からすると、悟ったように見えるだけ。常識的に考えれば、どんな人間でも、意識にのぼらない情報や物は、そもそも認知できていないわけだから、欲求も嫌悪もできないに決まっている。現代社会で生きていくのがつらいと思うなら、意識にのぼった情報や物を、考えないようにすればいい。どうしても考えてしまうなら、考えることが苦痛なら、それを考えさせてしまう場から、物理的に逃亡すればいい。逃亡は生物の基本。無理やり抗おうとするのは人間ぐらいではないか。

 

P58

 (視覚障害者が認知している)それ(とある場所・この場合「大岡山」)は幾何学的で抽象的な、図式化された空間です。視覚が個々の物の、とりわけ表面をなぞるのだとすれば、推論によって得られるのは、むしろ物の配置や物と物の関係です。見えない人は、情報量が減る代わりに配置や関係に特化したイメージで空間を捉えているのです。

 

P70

 同じ空間でも、視点によって見え方がまったく異なります。同じ部屋でも上座から見たのと下座から見たのでは見えるものが正反対ですし、はたまたノミの視点で床から見たり、ハエの視点で天井から見下ろしたのではまったく違う風景が広がっているはずです。けれども、私たちが体を持っているかぎり、一度に複数の視点を持つことはできません。

 このことを考えれば、目が見えるものしか見ていないことを、つまり空間をそれが実際にそうであるとおりに三次元的にはとらえ得ないことは明らかです。それはあくまで「私の視点から見た空間」でしかありません。

 →人間は、何を見て、何をわかったような気になっているか。読めば読むほど、これまで自分が何も見てなかった、見えてなかったことがわかり、それなのに、さも見えているかのように振る舞っていたことに恥ずかしさを覚える。

 

P86

 (視覚障害者に対する)特別視がもたらす問題の2つめは、見えない人のイメージを固定してしまうことです。道を歩くこと一つをとっても、聞こえてくる音を頼りにする人、杖と足の裏の感触から情報を得る人、頬に当たる風を手がかりにして曲がるべき角やエレベーターホールの位置を把握する人など、その手法はさまざまです。

 同じ触覚を利用する人でも、きわめて慎重に進む「石橋を叩いて渡る」タイプの人もいれば、とりあえず足や白杖を出してみて、ぶつかることで壁や柱を把握する「出たとこ勝負」タイプの人もいます。駅などで壁に向かっていく人を見ると「危ないですよ」と声を掛けたくなりますが、彼らはぶつかることで、対象を知覚しているわけです。

 そう、私たちはつい「見えない人」とひとくくりにしてしまいがちですが、実はその生き方、感覚の使い方は多様なのです。「見えない人は聴覚や触覚がすぐれている」という特別視は、この多様性を覆い隠してしまうことになりかねません。

 木下さんは「僕はポットの位置なんか分からないよ」と笑いながら言いますし、そもそも感覚なんか研ぎすまさずに「どんどん人に聞く」というのも一つの認識の方法です。こうした多様性を無視して、「見えないということは触覚がすぐれているんですね」という態度で最初から接したら、「すごい」と称賛したつもりが逆に相手にプレッシャーを与えてしまいかねません。

 もっとも、かつては「イタコ」や「座頭市」のように、こうした特別視が、社会における視覚障害者の地位を作り出してもいました。特別視が見えない人の社会的地位を保証していたことを考えると、それは一概に否定すべきものではないのかもしれません。

 とはいえ、特別視による神聖化は、遠ざけることにつながります。「変身」をモットーとする本書では、見えない人を、むしろ「友達」や「近所の住人」のように身近に感じる方法を探ります。そうすることで、社会の共同運営者として付き合うような関係を作り出したいと願っています。

 →健常者も多様なわけだから、障害者も多様であるという当たり前のことを忘れがち。人間はすぐに神聖視したり卑賤視したりと、極端から極端に行きたがる。どちらかに振り切れず、微妙な揺れを保つバランス感覚がなぜ持てないのか。執着の弊害か、若さの弊害か。最近は歳をとっても若いつもりでいる中年以降の人間が多すぎる。いつまで、若者と同じ土俵にいるつもりか。「オレの若いころは〜」とか「最近の若いやつは〜」と語る中年以降は、若者と同じ土俵で戦い続けている。例えば、40年も生きているのに、なぜ20年ほどしか生きていない人間と、同じ土俵で勝負しなければならないのか。20歳の人間が0歳児と同じ土俵で勝負していることと同じではないか。それは、進歩してない証拠ではないか。そもそもなぜ、何十年も同じ価値観でいつづけなければならないのか。そんなことができるのか。そんな状態、不自然ではないか。いつまで同じ価値観にこだわり続けなければならないのか。成長・進歩・発展・富裕・合理性・功利性・コスパ・有能・努力・成功・地位・名誉・結婚・セフレ・高級志向・ブランド品・美食・アンチエイジングエステ・美魔女・RIZAP(ライザップ)・筋肉体操…。身体は年々衰えていくのに、それとは無関係に、若者と同様に、脳みそだけはこれらをいつまでも求め続けなければならないか。本当に、要るか? いつまで経っても、現代人の金銭欲・名誉欲・性欲が衰えない。食生活が豊かになり健康的になった証拠か。それとも、知らず知らずに現代的価値観に洗脳されているだけか? その両方か?

 

P94

 これら2つの感覚(視覚・聴覚)が圧倒的に優位な上位感覚で、これに嗅覚、味覚、触覚が続きます。「視覚/聴覚」と「嗅覚/味覚/触覚」という2つのカテゴリーを分ける基準は、対象に接触しているかどうかです。視覚や聴覚においては、知覚している対象、たとえば見ている本や聴いているピアノと、目あるいは耳は接触していません。器官と対象のあいだには距離があり、離れています。

 それに対して、嗅覚や味覚や触覚においては、対象との物理的な接触が生じます。触覚はまさに対象に触ることによって生じますし、味覚においては舌が食べ物に触れます。嗅覚は微妙ですが、対象から発せられた粒子が化学的に作用していることを考えれば、広義の接触と言えます。

 いずれにせよ、伝統的な考え方に従えば、序列の最高位に視覚が、そして最低位に触覚が位置しているのです。触覚を重視する思想家もいましたが、その場合にも触覚はあくまで「視覚に対するアンチ」の地位しか与えられていませんでした。

 

P106

 これ(情報を集めること)は、いうまでもなく、視覚以外の器官を用いてもできることです。たとえばカフェにいてぼうっとしているとき。私たちは後ろの席の話し声や外の車の音をなんとなく耳に入れています。先の定義に従うなら、これはまさに「眺める」というべきでしょう。見えない人は、耳のみで「眺める」を行い、カフェの状況を把握しているのです。ベテランの視覚障害者だとこの能力が非常に鋭く、たとえば会話しながら周囲の様子を音によって「眺めて」いるので、教えなくてもトイレの場所がわかってしまうと言います。「眺める」は、すぐに必要のない情報をキャッチする働きだとしても、状況把握には必須の認識モードなのです。視覚障害者は、「特別な聴覚」を持っているわけではなくて、見える人が目でやっていることを耳でやっているだけなのです。

 

P110

 翼、羽、胸ビレ、と使っている器官は違うけれど、どれもが巧みに揚力を生み出し、飛ぶという目的を達成している。進化論的に考えれば、鳥の翼は「前脚」に由来します。でもそれは、もはや歩くことはない。つまり歩いたり走ったりすることだけが脚の能力ではないことを、鳥になる生物は発見したのです。脚は飛ぶことだってできた。進化とは、ある器官から思いもかけない能力を取り出すことです。進化のことを考えると、器官と能力の関係が決して固定的でないことがイメージできます。

   (中略)

 それは別の言い方をすれば、期間というものがそもそも明確に変えて考えることのできないものである、とも言えるかもしれません。目で物の質感をとらえたり(触覚的な視覚)、耳で聞いた音からイメージを連想したり(視覚的な聴覚)、甘い匂いを嗅いだり(味覚的な嗅覚)、といったことを、感覚は自然に行なっています。

 広瀬さんは言います。「もちろん人間の感覚を五つに分けて考えるというのは、アリストテレス以来の伝統があるんだけど、それほどスパッと聴覚は聴覚、視覚は視覚と分けて考えるようになったのは近代的な発想なのではないか」。

 もちろん、絶対に越えられない壁はあります。耳や手がどうがんばっても、目にしかできないこともあります。たとえば「目が合う」といった経験。あの親しみにも気まずさにも転じ得る質を、耳の経験に置き換えるとはおそらく不可能でしょう。他にも、青の青さや星のきらめきなど、目が見える人にしか経験できないことがたくさんあるのは重々承知です。逆に見えない人の世界観を、見える人が完全に理解することも不可能でしょう。

 「分かり合えないこと」はもちろん大切なのですが、でも、それは最後でいい。まずは想像力を働かせてみたいのです。見えない体に変身すること。4本脚ではない3本脚のバランスを感じてみること。そのためにはまず、器官と能力を結びつける発想を捨てなくてはなりません。器官にこだわるかぎり、際立つのは見えない人と見える人の差異ですが、器官から解放さてしまえば、見える人と見えない人の間の類似性が見えてきます。

 →近・現代人特有のものの見方・考え方を捨てると、新しい世界が見えてくる。

 

P121

 見える世界に生きていると、足は歩いたり走ったりするもの、つまりもっぱら運動器官と捉えがちです。しかしいったん資格を遮断すると、それが目や耳と同じように感覚器官でもあることがわかる。足は、運動と感覚の両方の機能を持っているのです。地面の状況を触覚的に知覚しながら体重を支え、さらに全身を前や後ろに運ぶものである足。暗闇の経験は「さぐる」「支える」「進む」といったマルチな役割を足が果たしていることに気づかせてくれます。

 そう、見えない体の使い方を説く最初の鍵は、「足」です。「触覚=手」のイメージを持っていると、見えない人が足を使っているというのは意外かもしれません。しかし言うまでもなく、触覚は全身に分布しています。

 →産業革命以後、生産性や効率性を重視してきた近代は、昼や明るい空間に高い価値を置き、夜や闇を価値が低いものとみなしてきたのではないか。だからこそ、近代建築は明るい空間の実現を目指し、人工照明を開発してきたのではないか(狩野敏次「住居空間の心身論― 『奥』の日本文化」)。24時間生産・消費を維持し、経済を活性化するためには、夜を昼に、闇を明るい空間に変える必要があった。これによって、近・現代人は視覚を重視するようになり、その他の身体感覚を重視しなくなってしまったのかもしれない。そのため、近・現代人がもっていた夜や闇に対する理解の仕方がわからなくなっているのではないか。この世はすべて視覚で捉えられるという大きな勘違いがある。

 

P134

 アメリカのダンサー、トリシャ・ブラウンは、「ノる」をこう定義しています。それは「動きの副産物に自然な進路を取らせること」であると、つまり思い通りにならない、偶然生まれてしまった動きを、「ノイズ」として消すのではなく、むしろキャッチして次の動きのきっかけとすること。興味深いことに、ブラウンは、「ノる」の可能性を追求するために視覚をなるべく排除したドローイングを行なっていました。

 電車の揺れという偶発事に一人対応できていたあの目の見えない男性は、電車に「乗る」と同時に「ノる」ことができていたのでしょう。難波さんも、電車の振動や揺れを楽しんでいる、と言っていました。もちろん、見えない人が常にハイテンションという意味ではありません。むしろ、常に注意力を要する生活にかかる労力は相当なものでしょう。

 しかし、だからこそ、見えない人は状況を対話的にやりくりする術に長けているのかもしれません。意志をかたくなに通そうとするのではなく、自分ではないものをうまく「乗りこなす」こと。そうしたスキルが、見えない人の運動神経には組み込まれているのかもしれません。

 

P140 身体の本質─シンクロする力

 触覚面を通して相手の体や波、あるいは自転車のようなものと一つになる。完全に合体するわけではないけれど、ひとつになったように感じられる。よくよく考えると不思議なことです。触っただけで、自分の体の範囲が拡張されてように感じるわけですから。

 しかし、この曖昧さこそ身体の本質ではないかと私は考えています。確固とした輪郭を持たず、自分でないものと接続して大きくなったり小さくなったりすること。もちろん現実には瞬時に大きさが変化するわけではありませんが、感覚としてはそのように感じられます。

   (中略)

 たとえばペンを持ってペン先を紙につけると、髪の感触を感じます。ペンを握っている指ではなく紙と触れているペンの先で触覚を感じるわけです。まるでペンが体の一部になったようです。見えない人が使う白杖は、まさに体のこうした性質を利用したものです。

 あるいは、義足を使っている人なら、義足が自分の体の一部だと感じられなければ、使いこなすことができません。切断して存在しないはずの四肢を、まるであるかのように感じることを「幻肢」と言います。一説によれば、義足を使いこなすには適切な幻肢を持っていることが必要なのだそうです。「自分には足がある」というイメージがないと、義足を異物として感じてしまうのでしょう。中には、毎朝切断部分をピシャピシャたたいて幻肢を「起こす」人さえいることを、神経学者のオリバー・サックスは報告しています。

 このように、自分以外の物や人と同調していっしょに仕事を成し遂げる力が体にはあります。「シンクロ力」とでもいうべきこうした力がなかったら、人の体にできることはかなり限られてしまっていたでしょう。さまざまな物や人とシンクロする可能性を秘めていること。障害のある/なしにかかわらず、体が本来的に持っているこの開放性は、人間の活動を密かに支えています。

 

P166 印象派とは、「目の、目による、目のための絵画」

 現実の野原を湖と見間違える人はいません。この二つは全く別のものです。ではなぜ、野原が湖に見えてしまったのか? それは、その絵が印象派の手法で描かれていたからに他なりません。

 印象派というは、ご存知の通り、光を描くことをその特徴とします。初めてヨーロッパに行ったとき、太陽の光が妙にチカチカしていて、「これが印象派の光か」と思った記憶があります。日本ではおひまさまの光といえば「ぽかぽか」ですが、そのとき私が感じたヨーロッパの太陽は「チカチカ」でした。チカチカした光が風景や人にあたって私たちの目に飛び込み、その目の中までもチカチカさせる。そこを描こうとしたのが印象派です。

 色を表現するにも、絵の具をあらかじめ混ぜて色を作ってからキャンバスにのせるのではなく、いろいろな色の細かい斑点を並べて描くことで、離れて見たときに目の中でそれが混ざって見えるように描いた。印象派とはまさに「目の、目による、目のための絵画」であったわけです。

 目のための絵画であるということは、印象派が、見えない人に伝えるのが最も難しい様式のひとつだ、ということを意味します。「目がチカチカする」というあの感じをいったいどう言語化すればよいのか。もちろん、見えない人は文字通りの視覚的な経験としてはそれを実感できないわけですが、なんとかしてそこを伝えなければ、印象派の絵画を理解したことになりません。

 そこで「意味」が生きてきます。野原が湖に見えてしまった、という美術館職員の間違いは、図らずも、印象派の本質を明かしています。野原の色とは何色でしょう。夏の昼間には緑色かもしれませんが、夕焼けに染まれればオレンジ色、夜の闇に沈めば黒紫、冬になれば茶褐色になります。「これが野原の色だ」という決まった色はない。

 湖だって同じです。青、緑、赤、黄色……季節と時間によって刻々と変化していきます。物の姿を固定的にとらえず、目に映る瞬間的な像に注目する。だからこそ、印象派にとっては、それが野原であるのか、果たして湖であるか、区別は曖昧なものになっていくのです。

 つまり、印象派とは、事実として「湖と野原が似てくるような絵」なのです。「湖っぽい野原」なんて現実には存在しませんが、にもかかわらず印象派を知る上では、この間違いこそむしろ正解です。ただの「野原」ではなく「湖っぽい野原」であること。印象派の定義と言っていいほど、これは本質を突いています。

 教科書には、絶対にそうは書いてありません。「この絵には野原が書かれています」という「情報」の説明があるだけ。それに対して、「湖っぽい野原」というのは、見た人の経験に根ざした「意味」です。物理的には同じだったものが、その人にとっての意味としては湖から野原に変化した。情報としては捨象されてしまうこの遠回りこそ、実は印象派の本質を明かすものであったのです。

 

P176 「陶器だと言われた瞬間に陶器になる」

 難波さん(視覚障害者)は最初、そのコップをガラス製だと思っていました。確かにガラスと陶器は質感が似ていますし、そのような形ではガラスだと推測する方がむしろ自然です。しばらくお茶を楽しんだあと、ふとした話のはずみで、そのコップが話題にのぼりました。そして私の発言から、難波さんは自分が誤解していたことに気づきます。

 すると、難波さん曰く「陶器だと言われた瞬間に陶器になる」のだそうです。難波さんの頭の中で、目の前にあるものが魔法のように瞬時に変わるわけです。

 しかも難波さんの場合は中途失明ですから、頭の中のイメージもかなり視覚的です。今回の例でいえば、透明/不透明の区別を知っている。だから、「陶器になった瞬間、コップの中身も見えなくなる」のだそうです。誰しも頭の中のイメージを現実だと思って行動しているわけですから、これはものが突然変わったのに等しい変化です。

 しかし、断片を積み重ねることに慣れている見えない人は、その都度得られる情報によってイメージを修正したり、解像度をあげたりすることに慣れっこなのでしょう。中には、「間違っていたらその都度更新すればいいや」くらいの感じで世界に臨んでいる人もいるように感じます。こうしたイメージの柔軟さは、見える人が頭の中のイメージに固執しがちなのとは対照的です。

 →目の見えない人ほど、パラダイムシフトがしやすい。この感覚は学ぶ必要がある。

 

P177

 ソーシャル・ビュー特有の矛盾や間違いをはらんだ、行ったり来たりの道行きは、見えない人がそもそも日常的に行なっている推理的・演繹的な情報処理に似ている、あるいは少なくとも親和性が高いのでしょう。見えない人は普段から断片的な情報を総合しつつ徐々に頭の中に対象を作り上げていきますが、ソーシャル・ビューもまた、直したり壊したりしながら、作品を頭の中に作り上げていくプロセスなのです。そう、鑑賞するとは、自分で作品を作り直すことなのです。

 

P185 見える人も盲目だ

 障害者が優れていると言いたいわけではありません。重要なのは障害が触媒として、人々との関係を変えることです。林さんは言います。

 「見えていることが優れているという先入観を覆して、見えないことが優れているというような意味が固定してしまったら、それはまたひとつの独善的な価値観を生むことになりかねない。そうではなく、お互いが影響しあい、関係が揺れ動く、そういう状況を作りたかったんです」

 「特別視」ではなく、「対等な関係」ですらなく、「揺れ動く関係」。ソーシャル・ビューが単なる意見交換ではなく、ああでもないこうでもないと行きつ戻りつする共同作業であるからこそ、お互いの違いが生きてくるわけです。

 変化は見えない人の中でも起きます。白鳥さんは、美術鑑賞を通して「見る」ということについての考え方が変わったと言います。「それまでは、見えているのはいいことで、見えていないのは良くない、見えていることは正しくて、見えていないことは正しくない、という印象が子どもの頃からずっとあった。見えている人の言うことは絶対的な力があったんですよ。見えている人は強くて、見えていない人は弱い、と言うような。でも見えている人が湖と野原を間違うと言うような出来事があって、何か違うぞと思い始めたんですね(笑)」。

 つまり、「見る」が絶対的なものでないことを、白鳥さんは知った。そう思うことによって初めて、見えない人にとっても、見える人に対する関係が揺れ動き始めます。

 「見えていてもわからないんだったら、見えなくてもそこまで引け目に思わなくてもいいんだな、見えている人がしゃべることを全部信じることもなく、こっちのチョイスであてにしたりあてにしなかったりでいいのかな、と思い始めました」

 ある意味で、見える人も盲目であることを、白鳥さんは知った。障害が、「見るとは何かを問い直し、その気づきが人々の関係を揺り動かしたのです。福祉とは違う、「面白い」をベースとした障害との付き合い方のヒントが、ここにはあるように思います。

 

 本章では、私が「ソーシャル・ビュー」と呼ぶ美術鑑賞を例を取り上げながら、言葉を道具として「他人の目で見る」ことについて、お話ししてきました。

 見える人と見えない人が一緒になって、頭の中で作品を作り直していく過程は、「見るとは何か?」を問い直す作業でもありました。見える人が実は見えていないかもしれないこと、見えない人の方が実は柔軟に見えているかもしれないこと、そうしたことをお互いに感じることによって、関係が揺れ動きます。

 ソーシャル・ビュー以外にも、最近では障害を触媒と見なすような動きが生まれています。たとえば「インクルーシブデザイン」というデザインの手法は、障害者をものづくりのプロセスに積極的に巻き込んでいきます。健常者を「平均的なユーザー」とすれば障害者は「極端なユーザー」であり、極端だからこそ新しい視点を持っている可能性がある。それを創造につなげようとするのです。

 健常者が障害者をサポートするという福祉的な視点も重要ですが、それと同時に、「障害の使い道」をもっともっと開いていく必要があるのではないでしょうか。

 →障害者が健常者の役に立ち、健常者が障害者の役に立つ。障害は不利な条件であるという限定的な見方をすることをやめるべきかもしれない。障害はハンディキャップで、障害者は弱者で、助けてもらう存在だという一方的な見方は間違っているのかもしれない。

 

P191 「不自由さの扱い方」

 見えない人にとって、社会は決して自分の体にフィットするようにはできていません。駅前は淵自転車だらけですし、画面はますますタッチパネルが増え、カードで買い物をすれば、サインを求められます。

 この不自由さに対して、とりうる方法はいくつかあります。もっともストレートな方法は、行政に異議申し立てを起こしたり権利を求めて街頭でデモを起こすことでしょう。これらはいわゆる「市民運動」と呼ばれるものです。こうした活動は大切ですし、地道な努力が世論や行政に揺さぶりをかけた前例もたくさんあります。

 でも、私がかかわった視覚障害者の中には、それとは別の戦略をとる人もいました。不自由な環境を物理的に変えようとするのではなく、その意味を変えることによって、生き抜こうとするのです。

 そこで使われる武器が「ユーモア」です。ユーモアたっぷりに不自由な状況を読み替えることによって、社会に無理やり自分を合わせなければならないプレッシャーをかわしてしまう。それはもしかすると個人的で、単なる強がりにうつるかもしれません。でも決してそんなことはない、と私は思っています。その理由については最後に述べましょう。まずは具体的に例を見てみます。

 

P193 今日食べるパスタは、ミートソース味か、クリームソース味か

 難波さんは、自宅でよくスパゲティを食べるのでレトルトのソースをまとめ買いしています。ソースにはミートソースやクリームソースなどいろいろな味がありますが、すべてのパックが同じ形状をしている。つまり一人暮らしの難波さんがパックの中身を知るには、基本的に開封してみるしかありません。ミートソースが食べたい気分のときに、クリームソースが当たってしまったりする。

 はたから考えれば、こうした状況は100パーセントネガティブなものです。でも難波さんは、これを単なるネガティブな状況とは受け取りません。食べたい味が出れば当たり、そうでなければハズレ。見方を変えて、それを「くじ引き」や「運試し」のような状況として楽しむのです。「残念」というのはあるけど、今日は何かなと思って食べた方が楽しいですよね。心の持っていき方なのかな」「『思い通りにならなくてはダメだ』『コントロールしよう』という気持ちさえなければ、楽しめるんじゃないかな」。

 つまり難波さんは、見えないことに由来する自由度の減少を、ハプニングの増大としてポジティブに解釈しているのです。「情報」の欠如を、だからこそ生まれる「意味」によってひっくり返しているのです。

 →障害者は健常者よりも、圧倒的にタフだ。思い通りになり続けてきた健常者ほど、思い通りにならなかったときに軟弱さを露呈するのかもしれない。思い通りにならないことが当たり前の障害者は、ある種、諦める感覚に慣れているのかもしれない。諦めることによって、新しい意味を生み出そうとしているのかもしれない。諦念感は諦めであると同時に、悟りでもある。悟るためには、諦めなければならない。

 

P199

 第1章で、見えない人は「道」から相対的に自由だという話をしました。健常者は、製品やサービスに埋め込まれた使い方におのずとしたがってしまいます。そんな真面目なユーザーを尻目に、見えない人は決められた道をかわしていきます。「こっちの道もあるよ!」─何だか先を越されたような気分さえ感じます。

 「こっちの道もあるよ!」と先を越されるのが痛快なのは、健常者の社会や価値観そのものが障害者の使い道によって相対化されるからに他なりません。パスタソースや自動販売機の例は、笑いのジャンルとしては「自虐」に近いものです。ところが、自虐の攻撃対象がふつうはそれを口にする本人にあるのに対し、この場合はなぜか言われた方もチクっとやられたような気分になる。だからこそ「痛」快なのです。

 なぜ痛みがこちらに返ってくるのか。言うまでもなくそれは、笑いのネタに「障害」が関わっているからです。そして、それを聞いている私たちが、健常者だからです。

 しかし、それは単なる痛みではありません。「『痛』快」は「痛『快』」でもあるわけで、何か「つかえ」が取れたような気分にもなる。痛すぎると笑えなくなってしまいますが、快さがあるかぎり、その笑いは建設的なものです。ではいったい、どんな「つかえ」が取れたのでしょうか。

 

P200 フロイトのユーモア論

 「つかえ」の正体を知るために、根本に戻ってみましょう。そもそもユーモアとは何でしょうか。

 ここで、有名なユーモア論を参照してみます。精神分析の父と言われる精神科医ジークムント・フロイトのそれです。

 フロイトが例に出すのは、ある死刑囚のエピソードです。死刑が確定したその囚人は、刑が執行されるのを待つばかりの生活を送っていました。そして、ついにその日が来ます。ある月曜日の朝に、今日が刑の執行日であることを伝えられるのです。とうとう迎えることになった人生最後の日。ところがそこで党の囚人が思いがけない一言を口にします。「おや、今週も幸先がいいぞ」。

 いかりや嘆きのかけらもない、実に拍子抜けする別れの辞です。「幸先がいい」と言う言い方もそうですが、もっと痛烈なのは「今週」という言葉です。今日を限りで死ぬ彼には、もはや月曜日しかない。にもかかわらず「今週」とはずいぶん悠長な時間感覚です。

 まるで、自分という視点を超越して、置かれた状況全体を俯瞰的に見下ろしているかのようです。フロイトは、ユーモアの秘密は視点の移動にあると言います。現実が、自分を苦しめようとしている。けれどもそんな状況をものともせず、超越した視点に立って「世の中そんなものさ」とユーモアは笑いとばすのです。ユーモアは、苦痛を強制されるような状況にあっても自己を守るための一つの防衛方法だとフロイトは言います。

 これは言ってみれば非常にマゾヒスティックな視点です。マゾヒズムというと何やら性的なニュアンスが強いですが、その本質は、与えられたマイナスの状況をプラスに転化する価値転倒の力にあります。自分の置かれた状況をちょっと離れたところから眺めて、正反対の意味を与えてしまう。マゾヒズムとユーモアは密接な関係があります。

 →マゾヒズムパラダイムシフト力!

 

 面白いのは、このマゾヒスティックな視点によって、周囲の人々もユーモアの痛快さを感じることです。刑の執行と聞いて、私たちは当人の気持ちを想像します。「彼は怒りだすだろうか、嘆くだろうか、あるいは絶望したまま死んでいくのだろうか」。死の間際に人が感じそうな感情を思い描き、みている側もそれに感情移入して、我がことのように同情や哀れみを感じる準備をするのです。けれども、死刑囚のユーモラスな一言によって、こうした予期があっさりと裏切られます。感じるつもりだった感情が、行き場を失って的外れなものになる。この拍子抜けの状態を、フロイトは「感情の消費の節約」と言います。

 「節約」というのは何だか奇妙な表現ですが、使われるはずのものが使われなかった、という意味でしょう。同情や哀れみが無効になり、囚人とともに私たちも自己を超越した視点に立ちます。そして「世の中そんなものさ」と現実の厳しさをかわす姿勢に驚きつつ、快楽を感じるのです。

 

P208

 フロイトが例に挙げた死刑囚について、「自分という視点を超越して、置かれた状況全体を俯瞰的に見下ろしているかのよう」だと述べました。自分という存在から距離をとることはユーモアの基本ですが、ここでも障害者の持つ距離感に健常者がハッとさせられている。自分が当事者である障害に対するクールな態度、あるいは障害というものに対する距離の取り方に、健常者が目を覚まされるのです。

 彼らにとっては、その距離感が「当たり前」であり「日常」です。私は見えない人と最初にかかわったときの状況が、見えない人がたくさんいて、そこに自分がまざっている、というものでした。つまり、彼らの自然な「日常」に触れることができた。今思えばそれはラッキーなことで、一対一で接していたら、ずいぶん印象が変わっていたかもしれない。

 もちろん、同じ障害を抱えているように見えても、障害の中身は一人ひとり違いますし、その中には考え方の違いや対立があります。しかし、そのような経験がない健常者にとっては、障害を抱えた人同士のコミュニケーション、そこでの「当たり前」や「日常」に触れるだけでも、思い込みを変えるのに十分なヒントを得ることができます。

 

P209 障害とは何か

 最後に改めて考えてみたくなります。そもそも障害とは何でしょうか。

 「障害者」というと「障害を持っている人」だと、一般には思われています。つまり、「目が見えない」とか「足が不自由である」とか「注意が持続しない」とかいった、その人の身体的、知的、精神的特徴が「障害」だと思われている。

 しかし、実際に障害を抱えた人と接していると、いまだ根強いこの障害のイメージに対しては、強烈に違和感を覚えます。端的にいって、こうした意味での障害は、その人個人の「できなさ」「能力の欠如」を指し示すものです。「できなさ」や「能力の欠如」だから、触れてはいけないものと感じられる。

 何人もの研究者が指摘していますが、こうした個人の「できなさ」「能力の欠如」としての障害のイメージは、産業社会の発展とともに生まれたとされています。現代まで通じる大量生産、大量消費の時代が始まる時期、均一な製品をいかに速くいかに大量に製造できるかが求められるようになりました。その結果、労働の内容も画一化されていきます。車を作るのに、Aさんが作ったのとBさんが作ったので出来上がりが違うのでは困る。「誰が作っても同じ」であることが必要であり、それは「交換可能な労働力」を意味します。

 こうして労働が画一化したことで、障害者は「それができない人」ということになってしまった。それ以前の社会では、障害者には障害者にできる仕事が割り当てられていました。ところが「見えないからできること」ではなく「見えないからできないこと」に注目が集まるようになってしまったのです。

 →知らず知らずのうちに、現代人の考え方は近代資本主義の価値観に影響されていた。そのことに無自覚であったからこそ、相模原の事件は起きたのではないか。無知・無自覚、一つの価値観への盲信ほど、恐ろしいものはない。自戒の念も込めて…。イデオロギーも宗教と同じだ。やはり、どちらにも偏りすぎないバランス感覚、ころころと価値観を変える気軽さが、最も大事なのかもしれない。重くて硬くて動かないものは、動くことを本質とする動物である人間には、適していないのではないか。

 →ところで、第4次産業革命に突入した現代人の価値観は、今後どのような変化していくのか。前代までの「交換可能な労働力」という価値観が生き残ることはない。そんなものはロボットや機械にやらせればよくなるからだ。そうすると、均一的な労働しか提供できないごく普通で、何の取り柄もない健常者に、経済的な価値が見出せない社会になるのではないか。そうした健常者には、経済的な価値が見出せないがゆえに、社会的な価値も見出せなくなり、いずれ差別の対象になるのではないか。つまり、近代において障害者が受けてきた扱いと同じように扱われるのではないか。現在、世界人口の最富裕層の1%が、世界にある資産の半分を握っている。マイノリティー富裕層が、それ以下のマジョリティーを経済的に支配している。差別まで進むかどうかはさておき、特殊性や創造性のない有象無象のマジョリティーが幅を利かせてきた時代は、これで完全に終わるのかもしれない。コントロールされるだけの存在にならないように気をつけたい。

 

 こうした障害のイメージに対しては、1980年頃から、世界各国で疑問が突きつけられるようになります。さまざまな論争や事件の詳細な歴史はここでは記しませんが、「個人のできなさ」とは違う形で障害を捉える考え方が模索されました。こうした運動は「障害学」という新しい学問をも生み出しました。

 そして約30年を経て2011年に交付・施行されたわが国の改正障害者基本法では、障害者はこう定義されています。「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」。つまり、社会の側にある壁によって日常生活や社会生活上の不自由さを強いられることが、障害者の定義に盛り込まれるようになったのです。

 従来の考え方では、障害は個人に属していました。ところが、新しい考えでは、障害の原因は社会の側にあるとされた。見えないことが障害なのではなく、見えないから何かができなくなる、そのことが障害だと言うわけです。障害学の言葉で言えば、「個人モデル」から「社会モデル」の転換が起こったのです。

 「足が不自由である」ことが障害なのではなく、「足が不自由だからひとりで旅行に行けない」ことや「足が不自由なために望んだ職を得られず、経済的に余裕がない」ことが障害なのです。

 先に「しょうがいしゃ」の表記は、旧来どおりの「障害者」であるべきだ、と述べました。私がそう考える理由はもうお分かりでしょう。「障がい者」や「障碍者」と表記をずらすことは、問題の先送りにすぎません。そうした「配慮」の背後にあるのは、「個人モデル」でとらえられた障害であるように見えるからです。むしろ「障害」と表記してそのネガティブさを社会が自覚するほうが大切ではないか、というのが私の考えです。

 →何で読んだか覚えてないが…。こんな不景気で財政も困窮しているなか、障害者への社会保障ばかり充実させようとするのはおかしいのではないか。むしろ、生産力を向上させることにつながる、子育て支援にもっとお金をかけるべきではないのか。こうした考え方が健常者の一部にあるそうだが、そもそも、従来の社会は、健常者が暮らしやすいように配慮された社会であった。つまり、健常者はずっと甘やかされてきた。それなのに、最近になってやっと、障害者の暮らしやすい社会にするためにお金が使われるようになっただけで、障害者ばかりが優遇されているなどと批判することは、まったくもって外れている。健常者はどこまで欲を追求し続け、いつまで子どものように社会に甘え続けるつもりか。

 

 もっとも、法律の定義が変わったからといって、それはあくまでお題目にすぎません。障害の社会モデルがまだまだ浸透していないのは、障害を受け止めるアイディアや実践が不足しているからでしょう。第3章の終わりで述べたように、障害は高齢化と密接な関係があります。高齢になると、誰でも多かれ少なかれ障害を抱えるからです。障害を受け止める方法を開発することは、日本がこれから経験する前代未聞の超高齢化社会を生きるためのヒントを探すためにも必要です。

 →たしかに、高齢者と障害者の区別はつきにくい。

 

 ただ、注意しなければならないのは、社会の側に障害があるからといって、それを端から全部なくしていけばいいというものではない、ということです。「パスタソースを選べないこと」は社会モデルの定義にしたがえば「障害」です。しかしこの障害をなくすことは、見ない人のユーモラスな視点やそれが社会に与えたかもしれないメリットを奪うことでもあります。

 もちろん味を選べたほうがいいのは当然です。しかし、見えない人と見える人の経験が100パーセント同じになるとはありません。見える人がパックのビジュアルから想像する「味」と、見えない人がたとえばパックの切り込みで理解する「味」は、決して同じものにはならないでしょう。違いをなくそうとするのではなく、違いを生かしたり楽しんだりする知恵の方が大切である場合もあります。

 いずれにせよ、「味がわかるようにするのがいいだろう」と健常者が見えない人の価値観を一方的に決めつけるのが一番良くないことです。言葉による美術鑑賞の実践がそうであったように、「見えないこと」が触媒となるような、そういうアイディアに満ちた社会を目指す必要があるのではないでしょう。

 →マジョリティの閉塞感を打ち破るマイノリティの可能性!