周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

楽音寺文書18

    一八 小早川仲義相計状

 

    うしろまへたかくほうか」つくりにて候へく候、

 梨子羽郷〈南方〉太郎名」之内、りやう所分の田一反、」山田ほうしニはからい

                                (蟇沼)

 候、下」地者大かいらに御たつね」候てめされ候へく候、但」ほうしひきぬ

 (楽音寺)

 かくをんし」両寺うけとり候ハんまて」にて候へく候、仍」相計状如件、

 (1398)

 応永五年〈つちのへ」とら〉二月 日

              仲義(花押)

  いぬまるとのへ

 

 「書き下し文」

 梨子羽郷南方太郎名の内、両所分の田一反、山田法師に計らひ候ふ、下地は大かいらにお尋ね候ひて召され候ふべく候ふ、但し法師蟇沼・楽音寺両寺受け取り候はんまてにて候ふべく候ふ、仍て相計状件のごとし、

    後ろ前高くほうかつくりにて候ふべく候ふ、

 

 「解釈」

 梨子羽郷南方の太郎名のうち、蟇沼寺・楽音寺の両所分の田一反は、山田法師に相談しました。下地は大かいらにお尋ねになりまして、取得なさってください。ただし山田法師が蟇沼寺と楽音寺の両寺から受け取ろうとするまでです。

 

*追而書は訳せませんでした。また、本文の解釈もよくわかりませんでした。