周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

自殺の中世史3─3 〜自殺の先例化 分析編〜

 以前、「自殺の中世史2─13・14 〜現世の浄土と自殺〜」という記事で、嘉元二年(1304)に石清水八幡宮で起きた「大山崎神人集団切腹事件」を紹介しましたが、またしても同様の事件が起きてしまいました。ただ今回の場合、事件の概要についても、切腹の動機についても、残念ながらほとんどわかりません。

 

 前回の事例と大きく異なるところといえば、閉籠・切腹した悪党が、石清水神人ではなかったところです。【史料2】の交名注文を見ると、7名中4名が、すでに亡くなっている中村越中房尚恵という人物の関係者だということがわかります。尚恵がどのような人物かはっきりしませんが、石清水と尚恵一派の間で何らかのトラブルが起きていて、彼の死後もその問題が解決していなかったため、閉籠という手段に打って出たのだと考えられます。何か新たな史料でも見つかれば書き足そうと思いますが、現在推測できるのはこの程度です。

 

 さて、気になる自殺の動機ですが、石清水の所司らは、悪党等が「為方を失」ったため、切腹したと考えたようです。『日本国語大辞典』によると、「為方」は「なすべき方法。適切な処置の方法。せんかた。せんすべ」を意味します。つまり、「悪党らは捕り方に追い詰められ、どうしようもなくなって切腹した」と所司らは判断したのでしょう。「失為方」という言葉が心理的に「諦め」を意味するのか、「パニック」を意味するのかはっきりしませんが、当時の人々はこうした「手詰まりの状況」が自殺を誘発すると考えていたようです。

 

 ただし、なぜ「手詰まりの状況」が人を自殺へと誘うのか、という疑問は残されたままです。かりに「諦め」の心情が生起したなら、何の抵抗もせず捕らえられるという選択肢を選んでもよいでしょうし、「パニック」に陥っていたなら、ただひたすら暴れるという行動に出ることも考えられます。「諦め」であろうと、「パニック」であろうと、そのときに「自殺」を思い浮かべてしまうことが問題なのです。なぜ、「自殺」が思い浮かんでしまうのか。それは、過去に起きた自殺事件を、後世の自殺既遂者が先例として記憶していたからではないでしょうか。

 

 私はこれまでに、八幡系の神人たちが引き起こした自害・切腹事件を2件紹介してきました。1つ目は正治元年(1199)に起きた香椎宮神人の自害事件(自殺の中世史2─6)で、2つ目は前述の「大山崎神人集団切腹事件」です。この2つの記事の概要を時系列で振り返ってみましょう。

 

 まず、正治元年(1199)十月十三日、石清水の別宮である筑前香椎宮で、神人貞正と宗友が自身を傷つけ、その流血を社殿に塗って穢しました(自殺の中世史2─6)。それから約50年後の13世紀中頃に、石清水本社で往生目的と考えられる自殺が2件発生し、さらにその約50年後、嘉元二年(1304)に大山崎神人集団切腹事件が起きているのです(自殺の中世史2─13・14)。それから約70年後、応安四(1371)に起きたのが今回の事件になります。

 

 以上の推移を見ていると、神人たちは最初から自殺をしようとしていたわけではないことがわかります。もともとは、自傷行為による流血で社殿を穢し、香椎宮の諸行事を中止に追い込むことで、香椎宮石清水八幡宮の上層部に自らの要求を認めさせようとしただけだったと考えられます。その後、石清水八幡宮の鎮座する男山を極楽浄土とみなす「男山浄土思想」と、「往生目的の自殺」の広まりによって、石清水社殿で自殺する者が現れます。こうした自傷行為・流血塗布行為と、往生目的の自殺が結びつき、最終的に集団切腹事件を引き起こしたのではないでしょうか。

 

 今回の事件に影響を与えた先例として、70年も昔に石清水で起きた事件を持ち出すよりも、石清水とは無関係な直近の自殺事件を持ち出した方が、本当は適切なのかもしれません。この時期は南北朝の内乱期でもあるのですから、武士の切腹事例には事欠きません。ですが、石清水の社頭は闘争の場であると同時に、聖地でもあるのです。戦場とは違います。死や血によってここを穢すわけですから、本当ならば、自殺遂行の心理的なハードルは高かったはずです。そのハードルを低くしたのが「男山浄土思想」であり、事件当事者の頭に「自殺」という手段を思い浮かばせたのは、以上のような先例の記憶だったのではないでしょうか。

 

*2019.10.7追記

 今回紹介した自傷・自殺事件のなかで最も古いものは、正治元年(1199)十月十三日の香椎宮の事件(詳細は「自殺の中世史2─6」参照)でした。ただこれよりも古いものとして、文治三年(1187)六月七日に大隅国八幡宮で起きた「自害事件」があります(『後愚昧記』2─60・61、応安四年五月十九日条、史料2のつづき)。ただし、この記事では「自傷」なのか「自殺」なのかが判断できなかったので、あえて紹介することはしませんでした。