周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

あきの宮島と地形名称「尾頸」

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要害山からの眺望

 

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紅葉谷公園 その1

 

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紅葉谷公園 その2

 

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弥山山頂

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弥山 霊火堂

 

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紅葉谷公園 その3

 

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紅葉谷公園 その4

 

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紅葉谷公園 その5

 

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紅葉谷公園 その6

 

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紅葉谷公園からの眺望

 

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大聖院仁王門

 

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大聖院御成門

 

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 厳島神社

 

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修築中の大鳥居

 

 

 以前、「飯田米秋氏所蔵文書4」を紹介したときに、「尾頸」という地形名称が出てきたのですが、具体的にどんな場所を指すのか、よく分からなかったので、今回の旅行で確認してきました。

 「尾頸」とは、尾根筋が一番狭くなった場所のことで、宮島要害山(宮之城・宮要害)の場合、毛利方がそこを掘削し、空堀にしていたそうです。これを「尾頸之堀」と言い、現在その跡が切通しとして利用されています。詳細は、秋山伸隆「尾頸之堀」(『宮島学センター通信』第8号、2017・3、http://www.pu-hiroshima.ac.jp/uploaded/attachment/11552.pdf)を参照してください。

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以下に示す写真は、「Start」地点から「尾頸」に向かって並べてあります。

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上記「Start」地点

 

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「Start」地点の方を振り返って撮った写真

 

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「尾頸」にかかる橋(要害山・今伊勢神社側から) その1

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「尾頸」にかかる橋(要害山・今伊勢神社側から) その2

最も狭くなっている場所に橋が架けてあります