周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

2021-03-28から1日間の記事一覧

キレイ?な現象 その5(未完)

散歩コース 上?下? ハナニラ 毛利氏庭園 ウメ ボケ ツツジ ナルキッスス・ブルボコディウム リアリナ・マロッカナ マツバウンラン ヒメハギ アオサ? トウダイグサ ノヂシャ クリーピングタイム ハマエンドウ ツボスミレ イチリンソウ アケビ アリドオシ …

稲葉桂氏所蔵文書7

七 梨子羽郷預所下文写 コヽニカキハンアリ 宛行 梨子羽郷弁海名事 源信成所 右件名田、任二前中司富小路民部権大輔入道下知状之旨一、如レ元令二進退領掌一、 於二有レ限御公事一者、無二懈怠一可レ被レ致二其沙汰一、仍下知如レ件、庄家宜承知 敢勿二違失…

自殺の中世史3─15 〜刑罰としての切腹と代理自害 分析編〜

*今回の事件(史料1〜3)については、清水克行「室町殿の紛争解決法」(『室町社会の騒擾と秩序』吉川弘文館、2004、89〜91頁)、同「復讐の衝動」(『喧嘩両成敗の誕生』講談社選書メチエ、165・166頁)で検討されているので、詳細はそち…

自殺の中世史3─14 〜刑罰としての切腹と代理自害 史料編〜

【史料1】 応永三十一年(1424)三月十四日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─24) 十四日、晴、 (中略) (満元) 〔招〕 抑後聞、今日前管領細河、屋形有喧嘩事、為節養赤松一党詔請有大飲、而安東 (義雅) ゝゝ〈公方近習、〉酔臥之処、赤松左馬助…

自殺の中世史3─13 〜殉死未遂〜

応永二十九年(1422)閏十月二十三日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』2─237) 廿三日、晴、 (中略) (忠嗣) 抑聞、此間近衛前関白最愛妻室他界、不堪悲歎太閤欲切腹、人々刀奪取留之、 其後被切本鳥、不能取留、則被出家云々、頗狂気歟、雖悲歎如此…

自殺の中世史3─12 〜喧嘩と自殺 Part2〜

【史料1】 応永二十七年(1420)八月二十二日条 (『増補史料大成 康富記』1─113) 廿二日戊午 晴、 (中略) 後聞、今日於八幡御山櫻本坊、土岐宮内少輔ト同右馬頭ト及喧嘩、宮内少輔既 自害、右馬頭被疵云々、室町殿御参籠中之間、以外上下騒動云…

自殺の中世史3─11 〜親子不和の責任と自殺〜

応永二十五年(1418)六月十五日条『東院毎日雑々記』 (『大日本史料』第7編32冊、235頁、https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0732/0235?m=all&s=0235) 十五日、〈甲午〉、(中略)高畠布袋五郎入道切腹死云々、与…

自殺の中世史3─10 〜経済苦は自殺の超歴史的原因か?〜

応永二十五年(一四一八)三月八日条(『図書寮叢刊 看聞日記』1─199) 八日、霽、(中略) (中院) 抑三条坊門大納言通守卿去月十日令二自害一、以二小刀一喉吭かき切云々、春日祭 上卿事被レ仰、難二治故障一之由申、猶現見被レ仰、窮困過法難レ叶之…

自殺の中世史3─9 〜喧嘩と自殺 Part1〜

応永二十年(1413)二月十四日条 (『満済准后日記』上─13) 十四日。〈甲子。」風雨。〉法楽連歌。戌末刻武衛禅門宿所ニ於テ若党喧嘩。一方 当座死去ナカミネ名字。一方ウソウ名字。於門前自害云々。 「書き下し文」 十四日、〈甲子、風雨、〉法楽連…

自殺の中世史3─8 〜井戸への身投げ〜

応永十九年(1412)四月四日条 (『山科家礼記』1─13) 四日、天陰、刑部次郎カ妻東洞院ノ井ニ入水ス、希代事也、 「書き下し文」 四日、天晴る、刑部次郎が妻東洞院の井に入水す、希代の事なり、 「解釈」 四日、晴れ。山科家の中間、刑部次郎の妻が…

自殺の中世史3─7 〜東寺の大湯屋と自殺勧告〜

応永十七年(1410)十二月二十八日条 『東寺廿一口供僧方評定引付』1─199(思文閣出版、2002) 十二月廿八日 教遍 宣弘 宗海 賢仲 紹清 杲暁 重賢 宗源 宏済 賢我 宗順 長賢 快寿 快玄 光演 (大輔) (中将) 一 重禅阿闍梨殺害并光淳阿闍梨自…

自殺の中世史3─6 〜僧侶の昇進と自殺未遂〜

応永十七年(1410)十一月十七日条『大乗院日記目録』一 (『大乗院寺社雑事記』十二、角川書店) 十七年 (中略) 十一月十七日、寺務良兼法印被切腹、極官事無勅許故云々、 「書き下し文」 十一月十七日、寺務良兼法印切腹せらる、極官の事勅許無き故…