周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

ライフワーク part3 ─室町・戦国時代─ (Study of suicide in Medieval Japan)

自殺の中世史3─10 〜親子不和の責任と自殺〜

応永二十五年(1418)六月十五日条『東院毎日雑々記』 (『大日本史料』第7編32冊、235頁、https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0732/0235?m=all&s=0235) 十五日、〈甲午〉、(中略)高畠布袋五郎入道切腹死云々、与…

自殺の中世史3─9 〜経済苦は自殺の超歴史的原因か?〜

応永二十五年(一四一八)三月八日条(『図書寮叢刊 看聞日記』1─199) 八日、霽、(中略) (中院) 抑三条坊門大納言通守卿去月十日令二自害一、以二小刀一喉吭かき切云々、春日祭 上卿事被レ仰、難二治故障一之由申、猶現見被レ仰、窮困過法難レ叶之…

自殺の中世史3─8 〜喧嘩と自殺 Part1〜

応永二十年(一四一三)二月十四日条 (『満済准后日記』上─13) 十四日。〈甲子。」風雨。〉法楽連歌。戌末刻武衛禅門宿所ニ於テ若党喧嘩。一方 当座死去ナカミネ名字。一方ウソウ名字。於門前自害云々。 「書き下し文」 十四日、〈甲子、風雨、〉法楽連…

自殺の中世史3─7 〜井戸への身投げ〜

応永十九年(一四一二)四月四日条 (『山科家礼記』1─13) 四日、天陰、刑部次郎カ妻東洞院ノ井ニ入水ス、希代事也、 「書き下し文」 四日、天晴る、刑部次郎が妻東洞院の井に入水す、希代の事なり、 「解釈」 四日、晴れ。山科家の中間、刑部次郎の妻が…

自殺の中世史3─6 〜東寺の大湯屋と自殺教唆〜

応永十七年(一四一〇)十二月二十八日条 『東寺廿一口供僧方評定引付』1─199(思文閣出版、2002) 十二月廿八日 教遍 宣弘 宗海 賢仲 紹清 杲暁 重賢 宗源 宏済 賢我 宗順 長賢 快寿 快玄 光演 (大輔) (中将) 一 重禅阿闍梨殺害并光淳阿闍梨自…

自殺の中世史3─5 〜僧侶の昇進と自殺未遂〜

応永十七年(一四一〇)十一月十七日条『大乗院日記目録』一 (『大乗院寺社雑事記』十二、角川書店) 十七年 (中略) 十一月十七日、寺務良兼法印被切腹、極官事無勅許故云々、 「書き下し文」 十一月十七日、寺務良兼法印切腹せらる、極官の事勅許無き故…

自殺の中世史3─4 〜雪辱目的の自殺と称賛〜

応安六(一三七三)年十月二十三日条 (『後愚昧記』2─127頁) 官人大判事、(坂上) 明法博士(中原) 廿三日、伝聞、早旦於正親町烏丸、明宗〈号姉小」路判官、〉・章頼〈号勢多」 (後光厳上皇御所柳原殿) 判官、〉両官人召取人云々、是去月卅日夜推…

自殺の中世史3─3 〜自殺の先例化 分析編〜

【自殺の中世史3─2のつづき】 以前、「自殺の中世史2─13・14 〜現世の浄土と自殺〜」という記事で、嘉元二年(1304)に石清水八幡宮で起きた「大山崎神人集団切腹事件」を紹介しましたが、またしても同様の事件が起きてしまいました。ただ今回の…

自殺の中世史3─2 〜自殺の先例化 史料編〜

【史料1】 応安四(一三七一)年四月九日条 (『後愚昧記』2─32頁) (三善廣衡) 〔率〕 九日、(中略)良證語曰、八幡宮神人閉籠之間、社務卒勇士押寄之処、件閉籠神人 等切腹之間、神殿・神宝以下悉触穢了、希代事候也云々、 【史料2】 応安四(一三…

自殺の中世史3─1 〜称賛された自殺〜

応安四(一三七一)年四月一日条 (『後愚昧記』2─31頁) 〔北小路万里小路〕 一日、智恵光院辺騒動、相尋之処、土佐国住人佐川〈仮名、実名」不知之、〉居住 (細川頼之) 件寺中、而執事為四国管領之間、仰可発向南方之由之処、固辞之間、為誅伐、差遣 …