周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

三原市史

仏通寺住持記 その10

「仏通寺住持記」 その10 (1425) 卅二乙巳 諾渓和尚住 〈番衆幻観等、八月昔方丈立 千畝自立同勘〉 卅三丙午 三月六日昔東司立、十月十五日昔庫院始杣 卅四丁未 心源和尚住 八月昔庫裡開堂 宗綱録、心源和上有下退二仏通首席一語上、故記二于此一 禁制 …

仏通寺住持記 その9

「仏通寺住持記」 その9 (1423) 三十癸卯 安心庵主 道文書記 咸一侍者 字東谷 聖崗庵主 案捴上座 聖日庵主 字笑花 字宝林 祖間上座 真琢上座 真璨侍者 永存蔵主 周竹侍者 禅慶上座 仏通・天寧両寺住持老僧四員交代十二年後、此十二人次第可レ令二住持一者…

仏通寺住持記 その8

「仏通寺住持記」 その8 (1418) 廿五戊戌 元哉和尚 六月六日、於小峠之東万能先達従大 峯帰路頓逝、依同志行者頼当住下火、 墓于同処河浜 廿六己亥 覚隠和尚住 見二于禅堂文殊像之後一 有下応永廿 六己亥六月一日開堂奉レ安二尊像一 住持真知奉造上 廿七…

仏通寺住持記 その7

「仏通寺住持記」 その7 (1409) 十六己丑 今年愚中和尚在金山賜紫方袍、八月念五日遷化、 九月十三日勅諡仏徳大通禅師 十七庚寅 十八辛卯 留心和尚住 〈今年含暉院仏殿造立、棟札有之」 大檀越越前作州太守沙弥常建〉 十九壬辰 二十癸巳 二十一〈甲午〉 …

仏通寺住持記 その6

「仏通寺住持記」 その6 (1404) 十一甲申 春退居肯心院、今年建于鎮守之社、冬有金山 十二乙酉 二月、自金山回建喜悦堂、遺嘱 周及順寂後、 但当以正月十九日為年忌、月忌不可為、予別有 営為若違背者非予弟子也、応永十二年乙酉五月 十九日(花押影) 十…

仏通寺住持記 その5

「仏通寺住持記」 その5 御許山仏通禅寺住持記 (1397) 応永四〈丁丑〉 八月、大通禅師始入二此山一誅レ茆、同十月、初祖 忌入寺、大㮣見二于年譜一、天心当寺創建本願檀 五 戊寅 那、愛道庵同誘化者也、又以備芸両国之人夫 経二十三年一相調、玆事真庵和…

仏通寺住持記 その4

「仏通寺住持記」 その4 仏通十六派 カツラノツ 聖記派 阿州勝瑞津聖記寺、開山留心和尚 トンダ 祥雲派 坊州富田祥雲寺、開山覚隠和尚 正覚派 丹後州正覚庵、開山諾渓和尚 大慈派 備之後州吉舎大慈寺、開山元哉和尚 慈雲派 丹之後州常喜山宗雲寺、開山千畝…

仏通寺住持記 その3

「仏通寺住持記」 その3 シテ テ メ ヲ ニ レハ ノ 然後五派勉而不レ弛二先規一于レ今百有余年矣、竊以歴代好古筆力 ニ ク ント クハ ン ノ コト ヲ ヤ 将二漸衰一、懼 迨下乎強弩之末勢不上レ能レ穿二魯稿一也、獣也 ス チ ニ ハ シ ノ ニ ハ シテ ノ ニ …

仏通寺住持記 その2

「仏通寺住持記」 その2 カ ヨ リ テ ノ ニ ステニ 吾山自従二応永乙丑一臻二延享之初一既已三百有余歳矣、 リ ニ ルモノ ニ チ リ ヲ ニ テ ノ テ ニ 当二輪次一登二住簿一者乃得二百五十有余人一、固以仁明勇之機随レ分而 ルモノカ シテ ヲ ニス 行者歟、…

仏通寺住持記 その1

【仏通禅寺住持記】(『三原市史』第5巻、資料編1) 解題 「佛通禅寺住持記」は、三原市高坂町、佛通寺の所蔵で、住持の交替のほか、寺の規式・文書・棟札などの諸記録、政治情勢、自然災害、近郷地域とのかかわりなどを記した、応永四年(1397)から…