周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

仏通寺文書

仏通寺文書4

四 愚中周及書状 (足利義持)(則平) 京都を罷出候者軈可二罷下一存候処ニ、上意小早川しわさと被仰候、雖レ然其方へ 不レ下候間無二子細一候、雖二何時候一其方へ罷下候者、可レ為二同辺一間無二其儀一 (真知) 候、背二本意一存候、随而仏通寺の事覚隠…

仏通寺文書3

三 愚中周及規式写 ○住持記ニヨル 滅後定門徒寺坊主事〈大通禅師御自筆」自判有レ之、〉 (清唯) (真知) 留心〈金山第二世諱安久」阿州人俗ハ安宅〉 諾渓 覚隠 (玄胤) 宗孚庵主字希淳 春岩〈諱妙育濃州人」末后為二大衣鉢侍者一〉 覚伝 隣月〈定山和尚…

仏通寺文書2

二 愚中周及禁制 ○板ニ陰刻 禁制 第一 不レ許三一切女人入二寺中一事 第二 不レ許三一切酒入二寺中一事 第三 不レ許二年少沙喝畜一レ之事 已上三件永為二 仏通寺不易之規式一、 (1406) 応永十三年九月廿七日 住持 老比丘 周及(花押) 「書き下し文」 禁制…

仏通寺文書1

解題 沼田高山城主小早川春平は応永四年(1397)、彼が欽仰する禅僧の愚中周及を迎え「佳き山水」の地である現在の土地にこの寺を開創した。この寺は愚中が入唐に際し師事した仏通禅師にちなんで、仏通寺と名付けられた。その後、小早川氏一門の信仰に支…