周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

須佐神社文書 参考史料1の3

  小童祗園社由来拾遺伝 その3

 

*改行箇所は 」 を使って示しておきます。また、一部異体字常用漢字に改めたところがあります。書き下し文についても、私の解釈に基づいて、原文表記を変更した箇所があります。

 

 人王四十九代」光仁天皇御宇宝亀二年辛亥」詔を以、国々に牛頭天王を祭らしめ」給

                  (園)

 ふ、当社ハをや御の御神にて、本朝」祇遠の本元也、八王子を産み玉ふ、」太郎王子

 は讃岐国瀧の社、本地」日光菩薩大歳神也、二郎王子は」播州広峯天王、本地勢至菩

 薩」大陰神也、三郎王子倶摩羅天王」因幡国高岡天王、本地地蔵菩薩」大将軍神也、

 四郎王子ハ得達天王」安芸国佐東天王、本地観世音菩薩」歳刑神也、五郎王子ハ即侍

 天王越中国」少尾天王、本地月光菩薩歳破神なり」六郎王子ハ侍神相天王、大和国

 野天王」本地釈迦如来歳殺神なり」七郎王子ハ亀神相天王下総国蘇達」天王、本地薬

 師如来黄幡神也、」八郎王子ハ山城国二ツ鳥居之天王、」本地虚空蔵菩薩、豿尾神

 也、」蛇毒気神と申ハ五條之天神是也云云」古記に江の熊の国之神社と云ハ」当社の

 事歟、伝を失ふのみならず」剰昔尽焼して有も無か如く」たえくニ而年久しき事と見

 へたり、」

   つづく

 

 「書き下し文」

 人王四十九代光仁天皇御宇宝亀二年辛亥(七七一)詔を以て、国々に牛頭天王を祭らしめ給ふ、当社は親御の御神にて、本朝祇園の本元なり、八王子を産み給ふ、太郎王子は讃岐国瀧の社、本地日光菩薩・大歳神なり、二郎王子は播州広峯天王、本地勢至菩薩大陰神なり、三郎王子は倶摩羅天王、因幡国高岡天王、本地地蔵菩薩・大将軍神なり、四郎王子は得達天王、安芸国佐東天王、本地観世音菩薩・歳刑神なり、五郎王子は即侍天王、越中国少尾天王、本地月光菩薩歳破神なり、六郎王子は侍神相天王、大和国吉野天王、本地釈迦如来歳殺神なり、七郎王子は亀神相天王、下総国蘇達天王、本地薬師如来黄幡神なり、八郎王子は山城国二ツ鳥居の天王、本地虚空蔵菩薩豹尾神なり、邪毒気神と申すは五條の天神是れなりと云々、古記に江の熊の国の神社と云ふは当社の事か、伝を失ふのみならず、剰え昔尽焼して有も無がごとく、絶え絶えにて年久しき事と見えたり、

   つづく

 

 「解釈」

 人王四十九代光仁天皇御宇宝亀二年辛亥(七七一)、勅命によって各国に牛頭天王を祭らせなさった。当社は親御の神で、我が国の祇園の本社である。八王子を儲けなさった。太郎王子は讃岐国瀧の社に鎮座し、本地は日光菩薩・大歳神である。二郎王子は播州広峯天王のことで、本地は勢至菩薩大陰神である。三郎王子は倶摩羅天王で、因幡国の高岡天王のことである。本地は地蔵菩薩・大将軍神である。四郎王子は得達天王で、安芸国の佐東天王のことである。本地は観世音菩薩・歳刑神である。五郎王子は即侍天王で、越中国の少尾天王のことである。本地は月光菩薩歳破神である。六郎王子は侍神相天王で、大和国の吉野天王のことである。本地は釈迦如来歳殺神である。七郎王子は亀神相天王で、下総国の蘇達天王のことである。本地は薬師如来黄幡神である。八郎王子は山城国二ツ鳥居の天王である。本地は虚空蔵菩薩豹尾神である。邪毒気神と申すのは五條の天神のことであるという。古い記録に江の熊の国の神社というのは、当社のことか。所伝を失っただけでなく、あろうことか以前に悉く焼けてしまって、かつてあったものも、もともとなかったかのようで、途切れ途切れに年月が長く経過したように見えた。

   つづく

 

 「注釈」

「瀧の社」─滝宮天満宮のことか。香川県綾歌郡綾川町滝宮。

 

「広峯」─廣峯神社姫路市広嶺山。

 

「高岡」─高岡神社。鳥取市国府町高岡。

 

「佐東」─安神社。広島市安佐南区祇園

 

「少尾」─未詳。

 

「大和の国吉野」─奈良県吉野郡吉野町吉野山牛頭天王社跡。

 

「蘇達」─未詳。

 

「二ツ鳥居」─未詳。

 

「五条の天王」─五条天神社か。下京区天神前町。

 

「江の熊」

 ─現広島県福山市新市町戸手の素盞嗚神社。ここでは、小童の祇園社が江隈国社ということになっています。