周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

自殺関係論文一覧 その1

 *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。

 また、誤字・脱字の訂正もしていません。

 

出版年月 著者 論題 書名・雑誌名 出版社 媒体 頁数 内容 注目点
1938.10 新渡戸稲造 勇・敢為堅忍の精神 武士道 岩波文庫2014.1 著作 45 しかしながら、武士道にありてはしからず、死に値せざる事のために死するは、「犬死」と卑しめられた。 ただ死ぬことは評価されない。
1938.10 新渡戸稲造 名誉 武士道 岩波文庫2014.1 著作 80 繊細なる名誉の掟の陥りやすき病的なる行き過ぎは、寛大及び忍耐の教えによって強く相殺された。些細な刺激によって立腹するは、「短気」として嘲られた。 名誉VS忍耐の相克あり。忍耐・堪忍が弱いから殺すし、自害するのか。
1938.10 新渡戸稲造 自殺及び復仇の制度 武士道 岩波文庫2014.1 著作 107 選んで腹を切るのは、これを以って霊魂と愛情との宿るところとなす古き解剖学的信念に基づくのである。 腹を切る理由。
1938.10 新渡戸稲造 自殺及び復仇の制度 武士道 岩波文庫2014.1 著作 110 それは武士が罪を償い、過ちを謝し、恥を免れ、友を贖い、もしくは自己の誠実を証明する方法であった。それが法律上の刑罰として命ぜられる時には、荘重なる儀式を持って執り行われた。それは洗煉されたる自殺であって、感情の極度の冷静と態度の沈着となくしては何人もこれを実行するを得なかった。 切腹の作法。
1938.10 新渡戸稲造 自殺及び復仇の制度 武士道 岩波文庫2014.1 著作 114 生命は世間の名誉の標準をもって計るに廉いものであった。しかしながら真の武士にとりては、死を急ぎもしくは死に媚びるは等しく卑怯であった。 生命は軽いか?生命と名誉を比べているのか?
1938.10 新渡戸稲造 自殺及び復仇の制度 武士道 岩波文庫2014.1 著作 117 刑事裁判所のなき時代にありては殺人は犯罪ではなく、ただ被害者の縁故者の付け狙う復仇のみが社会の秩序を維持したのである。 敵討ちの役割。
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 93 芥川龍之介侏儒の言葉』「あらゆる神の属性中最も神のために同情するのは神には自殺のできないことである」これはプリニウス「神でさえ決して万能であるわけではない。というのは、神は自ら欲しても自殺することはできないのだから」の引用。人間はまさしく「自殺のできる動物である」と呼ぶことができる。  
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 95 死者が生きたいと思えば生きることができる正気なものの死であり、しかも犠牲や強制でない死であり、論理的義務によらない死であることが必要にして欠くべからざる条件とならなければならない。自殺とは、あらゆる倫理的義務や強制や犠牲の外において生きていたいと思えば生きていられるのに、死を選ぶ正気な人が自己に死を与える行為である。 そもそも、死を選ぶ正気な人がいるのか?死を選ぶとき狂気ではないのか?正気とは何か?言葉尻を批判しているだけか?それとも本質的な批判か?
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 97 日本の自殺傾向。農村の自殺率が戦前では都市の自殺率より高かった。戦後都市の自殺率より低くなったが、それも戦後農村の自殺率が減少したのではなく、都市の自殺率が急激に増大して農村の自殺率を追い越したという意味。 村社会の特質は何か?自殺の本質は都市型社会にはないかもしれない。歴史分析はこのような意味で必要か?
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 98 貧苦は自殺の原因であるが、餓死寸前の極貧による自殺は案外少なく、寧ろ収入の減少による生活水準の低下に対する不満や、隣人や近親者に対する劣等感などの精神的、感情的要素による場合が少なくないので、貧苦は常に相対的な貧苦であるということができる。革命や戦争の場合、自殺は極めて少ない。自殺の動機=自殺の直接的心理的原因。 人間関係が近すぎることが問題なのか?
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 99 自殺の倫理。何らかの意味で正当化して自殺することに十分な理由があると論理的に追究して、自分自身は勿論周囲の人々をも納得させようとするいわゆる内側からの必然性である論理と心理が伴う。純粋自殺・哲学自殺は死を美化し憧れるロマンチックな自殺のための自殺は、攻撃性よりも逃避性が強い。自殺には、消極的なものと積極的なものの二つが働いている。消極的なものとして、①意欲の喪失、②人格の萎縮による自己愛の心理状態。消極的受動的条件のみで自殺に赴くことは稀で、自殺に踏み切るためには、積極的な心理が働かなければならない。積極的なものには、攻撃的なものと逃避的なものがある。①自殺の攻撃性は、つらあてや抗議の意味もあるが、それがその対象に向かわず、自己自身に反対した「内向した攻撃性」がある。②逃避的な場合は、欲求が空想の形をとり死を憧れ、美化するに至る。 自分には攻撃性や逃避性はなかった。「内向した攻撃性」とは何か?自己否定とはおそらく違うはず。
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 101 国民・民族・人種的な問題ではなく、国内における文化的社会的環境においてのみ見られる事実。(海外に移住した日本人の自殺率は高くないから)日本の自殺率の高い一つの原因は、女子の自殺の多いことである。普通男の自殺100につき女の自殺は20〜30であるのに、日本では60以上であり、男女の自殺の開きは極めて(本当は比較的であろう)小さい。  
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 103 日本は家族主義的社会。家族主義的に形成される人間にとって、家族外の社会は一般に荒波の立つ浮世と考えられ、自由に独立しがたい人々にとっては、家族のみが彼らの生活を保障し、安息を与えてくれる場であり、家族外の社会は無秩序な不安な社会と見られる。したがって彼らはこの家族外の社会においても家族的な結合を持ち込み庇護を与えてくれるにとに対して一種の家長的な権威を認める。人々は親分と子分という同時に主従的でもある結合を持って社会を作り上げる。すなわち封建的家族主義が社会の構造を彩る。このように主体的な自覚がない場合、彼らの道徳は、他人が何と言おうとも正しいことは行うという内面的道徳とはならず、他人に非難されるから、また嘲笑されるからという外面道徳となる。したがって、彼らの行動を規制するのは恩であり、義理であり、恥であって、罪の意識は生まれてこない。生活の基準は常に自分の外にある。ヒューマニズムに基づいた正常な罪悪感的文化は生まれず、恥辱文化があるに過ぎない。夫婦関係では男に、親子関係では親に加重の権威と負担を担わせている。この絆が切れたり、意識的にこの抑圧に反抗するなら、人々は内外において強い抵抗に合う。これが日本の青少年の自殺の激増と女子の自殺率の高さに表れる。 内面化という過程を経なければ内面化しないものは、外面だと定義すべき。内面化の意識なく内面化しているものは、どいうものか?そもそも、そんなものはあるのか?(本能的欲求だけじゃないか?)無教育で人道的罪悪感など生まれるのか?本能的欲求を除いたものは、すべて外面的なもの。その外面的なものが、内面化していることが問題であって、なぜ内面化しているのかも問題。内面化しない人間もいるから。生得的内面道徳など存在しないはず。
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 104 死を伴う自殺は原始社会や未開社会では明らかに恐怖の目を持ってみられていたことは容易に想像できる。ピタゴラスの自殺否定理由。「人生は神が人間に課する修行の道であり、この道から勝手に逃れ去ろうとする自殺行動は、神のおきてに背く仕業であり、人間は神の意志による自然死を待たなければならない。」ソクラテスの自殺否定理由。「人間は神に仕える兵卒であり、自殺は隊を離れて逃亡するに等しい行動であるとして、自殺を進学的立場から否定している。  
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 105 ギリシア都市国家の自殺者への罰は、手を切り取る、名を記さず埋葬すべきこと、テーベやスパルタでは埋葬も許されず、死体を市中引き回すべき法令も出ている。キリスト教初期には自殺について何ら関心を示さなかったゆえに、聖書のなかにおいても自殺を正面から非難した文句は見出されない。しかし、4世紀に入ると、教会は自殺者に対して非常に否定的態度を取るようになった。  
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 106 中世では、自殺者の葬儀は勿論墓地への埋葬も禁じられるようになり、ことに犯罪者の自殺には、財産、土地の没収という重罪をもって望んだ。これらの慣習は、13世紀にイギリスで、14世紀にフランスで成文化されるようになった。15〜16世紀のヨーロッパでは、プロテスタントの影響で、自殺は他人的行動として認められるようになり、自殺が急増。カルヴァニズムの場合、神によって選ばれざるものと断定された人々が深い絶望感に陥り、自殺を遂げることが少なくなかった。 絶望とは何か。どのように陥るのか?絶望論が必要。
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 107 近代に入ると、宗教の権威が薄らぐとともに、自由主義の台頭に続く資本主義の勃興は、次第に自殺行為をむしろ賛美し、ことに詩人や文学者、哲学者のなかには自殺を人間に残された最後の唯一の自由として謳歌しようとの風潮が強くなってきた。ゲーテは自殺を賛美し、自殺が大流行した。ショウペンハウエルは自殺を罪悪ではないとする。カトリックは現在でも自殺を罪悪視し、それが強い国では自殺率が低い。  
1952.2 稲岡順雄 日本における宗教と自殺の問題 禪學研究   論文 108 昭和31年度の自殺原因に関する統計表によれば、「厭世自殺」が総数の25%を占めている事実は、日本人がいかに現世に対する執着が乏しいのかの一端を占めている。  
1962.10 西元宗助 仏教と自殺 京都府立大學學術報告 京都府立大学 論文 62 釈尊は自殺を否定。自殺者既遂者に対しては非難しない。自殺者に対し「入涅槃」と考えている。生死は迷いに過ぎず、人生問題の窮極的解決にはならない。人間の至高の目的は覚者(仏)になることで、その境涯を涅槃という。阿含経においては、「死」=「涅槃」に転化している。「涅槃」には、①「有余涅槃」=「煩悩はないが、肉体の繋縛はある」と②「無余涅槃」=「完全な涅槃」に別れ、死は肉体の繋縛の脱却を意味するから、死=無余涅槃の論理が構築される。小乗思想である自害成仏思想があとを断たなくなる。  
1962.10 西元宗助 仏教と自殺 京都府立大學學術報告 京都府立大学 論文 63 紀元後、大乗仏教(上求菩提・下化衆生)の台頭によって、厭身的利己的自殺は反省・否定。利己的自殺を否定し、法のために衆生のために身命を捨てねばならぬ利他の場合にのみ許される(不惜身命)。捨身や焼身供養供養が後を絶たない。  
1962.10 西元宗助 仏教と自殺 京都府立大學學術報告 京都府立大学 論文 65 支那高僧伝の分析。①焼身・執刀自害が過半数を占めている。法華経薬王品の影響。②虎狼・蚊蛭への捨身供養は、金光明経の影響。③浄土系の自殺者の自殺手段が、投身・入水。④自殺者は高齢者。平均66歳。高僧伝に採録された人物は高僧と評価されているだけで、自殺そのものを肯定しているわけではない。自殺は過咎であるが、高僧の自殺は特別弁護せざるを得なかった。  
1971.9 森三樹三郎 言語・文字としての名 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 23 避諱について。父祖の実名によって、文章で使用しなかったり、官職を辞したりする。 音通・意通の端緒
1971.9 森三樹三郎 言語・文字としての名 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 51 「名」に対する「義理」によって、失敗を認めない。自己防衛に走る。教師という「名」を与えられれば、何でも知っているという「実」「分」を持つことになる。  
1971.9 森三樹三郎 名誉・名声としての名 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 74 名誉・名声に捕われて、自害に至る  
1971.9 森三樹三郎 中国人の名誉観と封建武士の名誉感 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 138 封建制は忠誠心と名誉心とが結合したもの。主我主義。没我主義。  
1971.9 森三樹三郎 中国人の名誉観と封建武士の名誉感 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 145 中国は秦以降家産制。家産制官僚制は恭順を基礎とする。君主は父、民は子。封建時代の武士は忠誠と自立的名誉心の両方を併せ持つ。 封建制の武士と家産制の貴族では、意識にちがいはないのか?
1971.9 森三樹三郎 中国人の名誉観と封建武士の名誉感 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 148 敗軍の将の自殺は特権。自殺の許可は刑罰権の放棄を意味する。 武士の特異性
1971.9 森三樹三郎 言語・文字としての名 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 152 名声と名誉の違い。「名」は本質的に社会的な性格を持つ。世間に向けられた自己の「顔」。名声は、外面的で社会的な意識。名誉は、内面的で個人的な意識。共通点は、自己主張・自己顕示欲。  
1971.9 森三樹三郎 恥と罪 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 185 中国は、銭を愛さない文臣を上位に置き、死を惜しまない武臣を下位に置く。文人的教養が名誉。日本は武人的勇敢さや忠誠が名誉。日本人は、報復によって人を傷つけることはなくなったかわりに、自らを傷つけやすい性格の持ち主になった。  
1971.9 森三樹三郎 中国人の宗教意識 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 205 先祖崇拝と死者崇拝は異なる。死者崇拝は死後の世界、来世に中心を置いた信仰。先祖崇拝は、現世の子孫の生活を祈る信仰。  
1971.9 森三樹三郎 言語・文字としての名 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 215 宮刑に処せられた司馬遷は、恥辱をすすぐために『史記』を編纂。  
1971.9 森三樹三郎 言語・文字としての名 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 217 中国人は無神論に近い汎神論。人間にも天性(神)が宿る。神は善だから、人間は性善説となる。社会経済によって悪が生まれる。性悪説は、本質が悪ではない。天性は不完全な善。野放しにすると悪に走る。礼という人為で調節する。天性と人為の結合。  
1971.9 森三樹三郎 言語・文字としての名 「名」と「恥」の文化 講談社学術文庫 著作 220 キリスト教こそが性悪説。人間は原罪を負った存在。西洋人は神に対する罪の意識。中国人は、汎神論であるがゆえに、法の刑罰に対する(対人関係の)罪意識。罪よりも恥の意識が内面的な道徳意識。行為の善悪は、神の罰ではなく、世間の制裁。  
1990.4 森三樹三郎 日本人の人生観 生と死の思想 人文書院 著作 22 浄土教は死の肯定。阿弥陀仏は死の象徴。末法的な現世に対する絶望感を経て、厭離穢土、欣求浄土が形成。  
1990.4 森三樹三郎 迷信と生活 生と死の思想 人文書院 著作 126 迷信を持つこと=信仰を持つこと。人間は弱い存在で、死は科学が発達しても解決できない、人間の力を超えた運命だから、信仰へと向かう。  
1990.4 森三樹三郎 迷信と生活 生と死の思想 人文書院 著作 180 釈迦の悟りは、理知的。たとえば、美人は実在しない。分解すると蛋白質と石灰質の結合に過ぎない。そう考えると、執着・煩悩は起こらない。  
1990.4 森三樹三郎 迷信と生活 生と死の思想 人文書院 著作 182 無神論は、①神はない。②神に対して無関心。孔子や釈迦は無神論②の立場。  
1994 千葉徳爾 切腹民俗研究の目的と方法 日本人はなぜ切腹するのか 東京堂出版 著作 126 沖縄の門中制度の場合、自殺者や変死者は、共同墓に入ることはできず、本墓の外の路地に小さな墓石を置かれて、そこに葬られる。一族祭祀からは除外された。 自死と死者の差別。
1997.2 富塚俊夫 仏教とイスラム教⑵ ─イスラム教と自殺─ 中東協力センターニュース   論文 32 自殺はイスラム教の教えでは罪悪であり、御法度。ギリシャ人は有罪宣告を受けた犯罪者が自らの生命を絶つことを許した。日本の武士の切腹や、中世を示す殉死も同じ。インドのバラモンは、「自己を自己の意志によってその身体を解放する人」として自殺者を讃えた。 『中東研究』433(1997.12)とほぼ同文。
1997.2 富塚俊夫 仏教とイスラム教⑵ ─イスラム教と自殺─ 中東協力センターニュース   論文 34 一神教では自殺は大罪である。なぜなら一神教とにとって命とは、すべて創造主(神)から戴いたものであり、それは神に対する冒瀆になるから。釈迦は人間が現世で悟りを得れば、その後、自殺をしようが生きながらえようが、輪廻の世界を断ち切ることができる。凡夫は自殺してはならず、悟りを目指して精進努力せよというのが釈迦の本意。 『中東研究』433(1997.12)とほぼ同文。
1997.2 富塚俊夫 仏教とイスラム教⑵ ─イスラム教と自殺─ 中東協力センターニュース   論文 35 自爆テロとは、イスラム教徒の意識では、イスラム教徒の聖なる義務である「ジハード」(聖戦)を行っているのであり、自殺者ではない。 『中東研究』433(1997.12)とほぼ同文。
1997.2 富塚俊夫 仏教とイスラム教⑵ ─イスラム教と自殺─ 中東協力センターニュース   論文 35 イスラム社会では、自殺行為はアッラーに対する大罪であることから、自殺に関する情報が一般に公開されていない。自殺者に対しては、イスラムの戒律を破り、その家族へ不名誉をもたらした不信心者と見なされる。そのため、自殺の事実が知れた場合には、共同墓地でその死体の埋葬も拒否される。現実には、そのような場合は稀で、多くの場合は自殺者は病的原因として扱われ、同情・支援が行われる。聖コーラン「病めるものは非難されてはならない」。老人の自殺者が少ない。核家族化が先進国に比べて進んでいないからか。まだ、老人に優しい社会。聖コーランの戒律が、自殺の規制になっていることは伺える。 『中東研究』433(1997.12)とほぼ同文。
2003.3 池澤優 中国の死生観 死および死者崇拝・死者儀礼の宗教的意義に関する比較文化的総合的賢雄 科研報告書 論文 160 死者を悼み、蘇生を願う一方で、死者の再来を嫌い、追放しようとし、死体を破壊する一方でそれを保存しようとし、死との接触が生命に悪影響を及ぼすとされる(穢れ)一方で、葬送儀礼は生殖や生産に関わる要素が多く用いられる。  
2003.3 池澤優 中国の死生観 死および死者崇拝・死者儀礼の宗教的意義に関する比較文化的総合的賢雄 科研報告書 論文 161 第1に人間には肉体としての物質的側面があり、第2に個性を持った存在であり、第3に社会的役割を担う者としての社会的存在である。死はそのすべての面について存在を消滅させる。
葬送儀礼は聖者から死者へ移行する儀礼なのだが、この移行が完了するには一定の時間がかかる。
 
2003.3 池澤優 中国の死生観 死および死者崇拝・死者儀礼の宗教的意義に関する比較文化的総合的賢雄 科研報告書 論文 163 死または死者が人間の生殖や自然の生産をもたらすとする考え方は、人間の生命というものが一定の量を持つ宇宙の生命力の一部であり、個人が死んで宇宙の生命力に回帰することで新たな生命が生まれることが可能になる、死があるから誕生があり得るという感覚(ブロックはこれを「限定的資源としての生命」という考え方と呼ぶ)に基づいている。その上で、死は本質的に社会の秩序を破壊するものであり(第1に、死は社会の一成員を消失させるというダメージを与え、第2もいかなる人も死ぬ時には一人でなければならないという意味で、死は個人的であり、集団性を否定する、第3にしは社会によっては制御不可能であるという意味で、その能力を否定する)、社会はその存在死体を容認できない。しかし、死の事実自体は否定できない上、社会はそのような自然の死(反社会的死)に対立するもう一つの死ー社会的「死」を人工的に設定し、二つの「死」を軸とする省庁体系を発達させる。自然的死は、破壊、自然、反秩序を、社会的死は生産性、文化、秩序を表す。その上で、儀礼において意図的にこの二項対立のシンボリズムを強調し、最初に自然の死を演出した上で、それが社会的氏により打倒される様子を演出することによって、社会の死に対する制御不可能性を主張氏、死が内包する反社会性を被治するのだ。  
2004.8 鈴木岩弓 老いと宗教 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 261 井上勝也の分析。「もしあなたの家族が、寝たきりであっても少しも迷惑がらず、1日でもよいから長生きして欲しいと願い、心から暖かく看護してくれるとしたら、あなたはもうぽっくり往くことを願わないか。」という質問に対し、「大変嬉しいが、ぽっくり往きたい」が82%を占めた。老人は人に迷惑をかけるより、「寝たきり」が大きな意味を持っており、ぽっくり願望の真の動機となっている。 自分が迷惑すると思っているから、他人に迷惑をかけたくないのではないか。他人の本当の気持ちは分からないことが前提。迷惑をかけて死んだ人、死なれた人、迷惑をかけずに死んだ人、死なれた人の存在を知っているはず。行政などのサービスに対する迷惑と、家族親族に対する迷惑(負担)に対する気持ちの違いはあるはず。
2004.8 鈴木岩弓 老いと宗教 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 263 ポックリ信仰は、安楽往生の願いの前提に、健康な長寿生活が祈られていたのである。結果としては往生へ通じる願いであるが、その前提の「よき生」を全うでき、しかも安楽に往生を迎えることができたならば、往生した本人のみならず、残された人にとっても悲しいというよりは祝うべきことだったのであろう。ポックリ信仰は、仏壇や墓などを通じてなされるイエを通じた非選択的信仰とは異なる、選択的信仰として老人たちに意識的に採用されてきている。制度としてイエが無くなり、意識としてのイエに揺らぎが見える時代。 本当のところ、何を喜んでいるのか?イエ制度が無くなったことによって、人と人の紐帯が剥き出しになって、問題が顕在化してないか?イエが制度であるとき、絆などは考えなくてよかったのではないか?
2004.8 安藤泰至 いのちへの問い 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 290 村瀬学。「いのち」はいつでも常に「いのち論」としてある。どこかにわかりやすい「いのち」が「いのち」の格好をして存在しているわけではない。私たちが「いのち」と呼ぶものは、そう呼ぶことによって見出している「ある見方」の産物である。つまりそういう「論」なのである。  
2004.8 安藤泰至 いのちへの問い 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 291 上田閑照。「生命/生/いのち」に分類。生物一般に通じるものとしての「生命」、生活や人生という人間的、文化的な意味での「生」、「物のいのち」「仏のいのち」といった形で、それら二者とは質を異にした根源的な物として捉えられるような「いのち」。 生/生命/いのちの分類は、中世では何に当たるのか?
2004.8 安藤泰至 いのちへの問い 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 292 現代は「生」、とりわけ「生活」の一面が極度に肥大し、「生命」と「いのち」の生ける連関を狂わせてしまっている。  
2004.8 安藤泰至 いのちへの問い 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 293 広井良典「日本人の死生観の三つの層」。①生と死は連続的、一体的なものと捉えられ、死の世界は、この世界内部の、具体的な自然とともにイメージされている。②高次の宗教の死生観であり、そこでは生と死が二極化され、死の世界は「浄土」「涅槃」「永遠の命」といった抽象化・理念化された形式で認識される。③近代以降の唯物的な死生観があり、そこでは死は端的な「無」として捉えられる。  
2004.8 安藤泰至 いのちへの問い 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 304 生命倫理の議論において、人間の「生命の質」を区別し、生命そのものよりも価値の高いもの(人格)の尊厳を守るためには生命の犠牲や抹消が許されるとするような考え方は一般に「パーソン論」と呼ばれている。たとえば尊厳死をめぐる議論で、「生命の質」が低いからその生命を絶つことが許される、という発送に違和感を覚えつつも、「自分の場合には生命維持装置を切って欲しいと願う私たち。むしろ人間中心主義としての「ヒューマニズム」と、人格中心主義としての「パーソン論」との間の矛盾は、原理的な対立というよりも、「ここの人間が現実の極限状況において初めて直面する葛藤と言うべきもの」であり、「有限な人間の手による原理的、普遍的な解決を拒むものであるのかもしれない」。 自分の死に対する感覚と、他人の死に対する感覚には違いがある。自分の自死は良いと考えるが、他人の自殺は良くないと考えていないか?
自分の自死を良いと考え、悪いと考える違いは何か?他人の自死を良いと考え、悪いと考える違いは何か?他殺を良いと考えるときと、悪いと考えるときにちがいは何か?どんな状況が善し悪しの変化の起点になるのか?極限状態とはどんな状況か?
平素の状態(ヒューマニズム)と極限状態(パーソン論)でどちらを選択するかは変わる。(逆パターンもあり)
2004.8 安藤泰至 いのちへの問い 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 306 生の「尊厳」を個体としての人間の内在する何らかの人間的特質やその価値と同定することは、「いのち」への視線を閉ざし、いのちのつながりを断ってしまう。 生きていること自体の価値と、QOLの価値を同じ土俵で語れるのか?それが極限状態になると、語ってしまう。そこが問題。
2004.8 安藤泰至 いのちへの問い 岩波講座宗教『生命』第7巻 岩波書店 著作 307 私たちがもっとも警戒すべきことは、何らかの形で「いのち」に線引きをしてしまうことへの痛み自体を否定すること、いわば「生の尊厳について問うこと」を止めてしまうことなのである。 ヒューマニズム」と「パーソン論」の二択に対して答えを出すのではなく、考え続けることが正解。
2004.9 池見澄隆 日本霊異記』─慚愧の精神・初発─ 慚愧の精神史 思文閣出版 著書 9 「はじ」の三類型。①対世評的反応。世間の優劣基準に立つまなざしのもと、隠蔽したい自己の劣位性が露呈することへの衝迫的煩悶。「恥辱」と呼ぶ。②対自照的反応。「対世評的反応」を契機として、世間の基準が内在化され、自己の劣位性が自己に対しては隠蔽しようもなく自照・内省されることへの衝迫的煩悶。「自恥」と呼ぶ。③対冥照的反応。冥衆の照覧のもと、全裸の自己が一方的に透視されていることへの衝迫的煩悶。「慚愧」と呼ぶ。  
2004.9 池見澄隆 日本霊異記』─慚愧の精神・初発─ 慚愧の精神史 思文閣出版 著書 23 「慚愧」は邪淫・偸盗・誹謗といった仏教的規範からの逸脱行為に対する情念。  
2004.9 池見澄隆 日本霊異記』─慚愧の精神・初発─ 慚愧の精神史 思文閣出版 著書 54 慚愧体験が恥辱からの自己解放をもたらす。 慚愧体験のほうが恥辱よりも重いのか?
2004.9 池見澄隆 日本霊異記』─慚愧の精神・初発─ 慚愧の精神史 思文閣出版 著書 114 「恥意識を世間から天地に転じたことは、世間に対する恥が内面化の極限に達したことを示すが、天地は世間の化身であるかもしれない」という森三樹三郎説に異議。 森は「恥」を社会性、「罪」を宗教性に分類しているが、池見は「恥」の宗教性に注目
2004.9 池見澄隆 日本霊異記』─慚愧の精神・初発─ 慚愧の精神史 思文閣出版 著書 117 「慚愧」には、恥体験の告白によって、負価値性の贖償という機能が含まれる。  
2004.11 佐伯真一 復讐の論理 京都語文   論文 16 武士にとって、従者を殺されるのは、そしてそれに対して報復もしないでいるのは、「恥であった。和辻哲郎の言葉を借りれば、武士に求められたのは「名のため命を捨てる」態度なのであり、恥をかかされた (名誉を傷つけられた)場合には命をかけて報復することが求められたわけである。そうした意味では、武士達 は名誉を非常に大事にした。名誉とは、他者から軽んじられないこと、現代の俗語でいえば「ナメられない」ということであろう。妻を寝取られたり、従者を殺傷されたりして、何も報復措置をとらなければ、名誉は傷つく。ましては、親を殺されたりすれば、その敵が絶対に許さず、命をかけて報復せねばならない─そのような意味で名誉を重んずる心情が、日本の中世の武士たちの復讐という行為を支えていた精神であると思われる。
敵討を「ふおくろあ」の問題と捉えた折ロ信夫(前掲注9)が、妻敵討の問題は本来「名誉の問題であって、道徳問題ではありません」とも述べているように、中世の敵討とは、倫理・道徳とか、思想などというよりは、右のように名誉を重んずる武士の心情に支えられた慣習というべきではないか。そして、中世末期に誕生した「武士道」は、そうした心情を引き継いだ、荒々しい感覚を伝えるものであり、儒教道徳とは関係ないどころか、むしろしばしば対立する精神であった。それを儒教道徳と合体させて描き出したのは、近代「武士道」論の生んだ虚構である。いや、近代「武士道」論は、儒教道徳のみならず、幕末の尊皇思想も、上代の防人も、そして神話までも、あらゆるものをつぎはぎして、合体獣ヌエのような怪物「武士道」を、空想的に作り上げたのだが。
恥が一方で復讐に結びつき、一方で自死に結びつく。この矛盾をどう説明するか?
2004.11 佐伯真一 復讐の論理 京都語文   論文 18 真名本『曽我物語』が、兄弟の敵討を弁護するために、このような創作と見られる説話を持ち出すのは何故なのだろうか。真名本『曽我物語』には、これらに限らず、 創作かと疑われる原拠不明の説話が多く、それは、『神道集』『平家打聞』『平家族伝抄』などにもある程度共通することである。そ して、不可解な説話であるだけに、 その創作の理由を解明することも容易ではなさそうだが、現在、筆者は次のように考えている。もともと『曽我物語』が作られた環境においては、江戸時代の「仇討物」に見られるような敵討肯定の論理が未成熟だったのではないだろうか。当時の社会で敵討が肯定的に捉えられたのは、あくまで一種の慣習、武士らしいならわしによることであって、先例や理論を備えた体系的な教えによることではない。真名本『曽我物語』の手持ちの論理としては、親を供養せねばならないという仏教的論理しかなく、それに合わせた「先例」の説話を創作するしかなかったのではないだろうか。  
2004 佐伯真一 戦場のフェア・プレイ 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 105 石井紫郎の理論は、勢力の均衡、平和の回復を前提とした戦いの中では、一般的な社会道徳に近い倫理が、戦場にも適用されるという発想を根幹としていた。手段を選ばず敵を滅ぼしたとしても、それによって名誉を失い、社会的非難を浴びて孤立してしまえば、長期的には不利になる─それは、一つの武士団を率いた「将」の立場、あるいは領主・統治者の立場での発想というべきではないか。そうした意味での倫理は、たとえば「仁」や「義」や「信」といった言葉で表されるような徳目に関わるだろう。敵との間の信義、即ち合戦の日時や場所の設定や軍使の安全などを守り、必要以上に被害者を出さず、堂々と戦う─そのような名誉ある武将が人望を集め、武士団の指導者として有力な存在となりうることは想像できる。
しかし、功名を目標に見も知らぬ相手と戦う現場の兵たちが、命に代えて大事にしていた「名誉」とは、そうしたものだろうか。筆者が軍記物語などを読んで得た感触とは、微妙にずれている感もある。後方で采配を振るうのではなく、最前線で弓矢や刀剣を握って戦っている兵たちが、何をおいても守ろうとしている名誉とは、そうした一般的な道徳ではなく、「剛」や「勇」といった言葉で表現される勇敢さ、あるいは強さ、たけだけしさであり、また仲間を裏切らないという意味での「信」であるように思われる。そして、戦場での倫理として発達していったのは、むしろ、そのような兵の行動原理に基づくものだったのではないだろうか。
同じ武士でも、階層によって、名誉の中身が違う。
石井紫郎「合戦と追捕─中世法と自力救済再説(1・2)『国家学会雑誌』9ー7・8、11・12号、1978年7・12月、『日本国制史研究Ⅱ 日本人の国家生活』東大出版会、1986
2004 佐伯真一 戦場のフェア・プレイ 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 113 合戦現場の武士にとって、もっとも必要な名誉とは、強さや勇敢さについての評判だっただろう。「名誉」と言えば抽象的だが、その起源は、おそらく戦場で生き延びるための必要から発している。動物は戦うときにできるだけ自分を強そうに見せる。たとえば、猫は全身の毛を逆立てて背を丸め、尻尾を竹ぼうきのように太くする。自分の体を最大限、大きく見せているのである。それと同じように、合戦がいまだ個人技に頼っていた時代、敵と対面するときにもっとも重要なことの一つは、戦う前から敵を威圧すること、精神的に敵に呑まれないことであっただろう。「この男には勝てそうもない」あるいは「この男と戦うのは危険だ」と相手に思わせれば、命をかけた戦場では、それだけで有利になったと想像してもよいだろう。技能や力が強いという評価はもちろん、決して跡へ引かない剛の者である、向こう見ずで何をしでかすかわからない男だといった勇気についての評判も、自分を守ることにつながったはずなのである。そのような自己顕示の精神、言い換えれば他の武士たちに侮られまいとする精神こそ、武士の名誉の感情、ひいては戦場における倫理の一つの淵源なのではあるまいか。  
2004 佐伯真一 戦場のフェア・プレイ 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 116 「弓取りというものは、日ごろどんなに名誉の存在であっても、最後に不覚をとってしまえば、すべてが台無しになってしまいます。つまらない武士の郎等に討ち取られてはいけません。立派に自害なさってください」という。不覚を取るとは、名もない武士の郎等に敗れることによって、それまで築き上げtきた名誉の強者の名を失い、一気につまらぬ弱者に堕してしまうことであった。兼平の論理は、まさに、強さを誇る行動原理が、戦場における行動様式として定着していることをうかがわせる。同時に、身を挺して義仲を守り、義仲が討たれれば直ちに自害する兼平の行動は、乳母子としての中退を何よりも大事にする倫理を示しているといえよう。 恥の問題
2004 佐伯真一 戦場のフェア・プレイ 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 118 平家物語』の武士たちは、このように主君のために息子の首を差し出すような江戸時代の浄瑠璃・歌舞伎の世界とは異なって、息子を大事にする。息子を捨てて自分の命を惜しむ者も軽蔑されるのであり、そうした名誉を失うよりは死を選ぶわけである。同僚の評判を恐れるのは山田是行と同じだkが、ここでは主として、家族の紐帯を軽んじて命を惜しむことが恥とされている点には注意しておきたい。彼らの行動の根本的な原理は、恐ろしさのあまり的に背を向けたり、親子兄弟や長年にわたる主君を捨てるような、臆病者や裏切者を嫌い、命を惜しまずに戦う、強く勇敢な武者をよしとするところにあると言えるだろう。  
2004 佐伯真一 戦場のフェア・プレイ 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 123 重要なポイントは、彼らの行動原理を形成する倫理は、平和な社会で醸成された倫理とは違うのではないかということである。社会一般の倫理道徳に近い石井紫郎風の「活線のルール」は、戦場においても武士たちの行動を制約したことはあっただろうが、おそらくそれは外側からの制約、しかもあまり強くはない制約にとどまったのであって、武士たちを内側から突き動かしていたのは、むしろ一般的な道徳とは異なり、それゆえに時には反社会的でもありうるような、戦場から生まれた倫理だったのではないだろうか。 まだ、平和な現代人の感覚で、中世びとの自死を見ている。このバイアスを取り除くことが大切。
2004 佐伯真一 戦場のフェア・プレイ 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 123 以上、本章で見てきたところをまとめておこう。東国の自立した、そして互いに縁故関係も多く、仲間意識の強い武士団同士の合戦においては、社会一般の道徳に近い倫理感覚に基づく合戦のルールが自然に形成され、実際の洗浄にもある程度適用されていたものとみられる。しかし、それは脆弱なルールに過ぎず、武士たちの心、特に現場で戦う兵の心を深く支配したものではなかった。武士たちが行動原理としていたのは、むしろ、敵に侮られない、味方を裏切らないという、素朴な名誉と紐帯の感情に発する、戦場独特の倫理感覚であった。そして、合戦が、自立した武士団の自由な戦いの場から、棟梁のもとで功名を競う場になり、さらに見知らぬ敵ともしばしば戦う全国規模の合戦が増えてゆくにつれて、戦場独特の倫理感覚が発達し、平和な社会の倫理道徳とはまったく異なる価値観の体系を作っていゆく。次章ではそうした様相を見てゆくこととしたい。 結局、戦場の論理(非日常の論理」を、日常の論理で縛ろうとしても、縛りきれるわけがない。現場が司令官の言うことをみな聞き入れるわけではないのは、当然のこと。
2004 佐伯真一 終章 合戦は倫理を育てたか 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 270 おそらく、「戦争」とは、最低限、言語を通じて共同の意志や命令を確認し合う行為を伴う組織的な行動を指すはすであり、それ以外にもさまざまの複雑な要素を含む人間の文化と関連づけて考えるのが一般的であろう。 言葉がなければ、戦争は起きない。
2004 佐伯真一 終章 合戦は倫理を育てたか 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 271 しかし、約一万年前からの新石器時代の開始と共に、人間が戦争を行ったと見られる証拠は増加し、たとえば、約四千年前のものとされるスペインのモレリャ・ラ・ビリャ遺跡の壁画には、三人と四人の集団の戦いと見られる絵が描かれている(栗源英世『未開の戦争、現代の戦争』)。本格的な戦争は、農耕社会の成熟と共に生まれるとするのが、世界的な通説であるともいわれている(佐原真『日本・世界の戦争の起源』)。本格的な戦争は、農耕社会の成熟と共に生まれるとするのが、世界的な通説であるともいわれている(佐原真『日本・世界の戦争の起源』)。争奪の対象となる富の蓄積が形成された時代には、いかなる意味でも戦争と呼びうる行為が始まっていたわけであろう。いずれにせよ、少なくとも人間が文字によって歴史を記録するようになるよりも早くから、戦争が始まっていたことは明らかである。  
2004 佐伯真一 終章 合戦は倫理を育てたか 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 273 戦争が一定の秩序や倫理を前提としたものになるには、未開の戦争の段階から歴史時代の多くまでを包摂する、きわめて長い時間を要したというのである。キーガンは、軍隊によって戦争をなくすことができると主張するのだが、そうしたことの可能な近代の規律ある軍隊の起源は、それほど古いものではないと見るわけである。
これは人類が人類になるかならないかという段階から戦争をしていたというような観点に立つわけなので、一方の極端に偏する意見という面もあろうが、ともあれ、このように戦争による倫理の芽生えを、ごく早い時期に想定する見方もあるわけである。
 
2004 佐伯真一 終章 合戦は倫理を育てたか 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 274 戦争は、自己と自己の属する集団の生存に関わる問題であり、何よりも真剣な努力がそこに傾注されるのである。戦争が進歩を促進したのは、おそらく技術ばかりではなく、精神文化と呼ぶべき領域においても、類似の現象を認めることはできるはずである。
しかしながら、問題は、戦争が倫理を育てたことがあるとして、その倫理とは、果たして平和な社会の育てた倫理と同様のものなのか、ということである。
たとえば、武士は名誉を重んずるというのは正しい。しかし、それでは、名誉とは何か。何をもって名誉とするかという点において、平和な社会で育った倫理と戦場で育った倫理とでは、おそらく大きな違いがある。一般社会における名誉とは、たとえば公正や信義であろうが、戦場における名誉とは、たとえば勝利や力なのである。従来の議論の多くは、そうした相違に目をつぶったまま、平和な社会の価値基準を武士たちの名誉の問題に忍び込ませてきた結果、中世の武士を描くにあたって、しばしば虚像を結んできたのではないか。たとえば、武士は名誉を重んずるというのは正しい。しかし、それでは、名誉とは何か。何をもって名誉とするかという点において、平和な社会で育った倫理と戦場で育った倫理とでは、おそらく大きな違いがある。一般社会における名誉とは、たとえば公正や信義であろうが、戦場における名誉とは、たとえば勝利や力なのである。従来の議論の多くは、そうした相違に目をつぶったまま、平和な社会の価値基準を武士たちの名誉の問題に忍び込ませてきた結果、中世の武士を描くにあたって、しばしば虚像を結んできたのではないか。
 
2004 佐伯真一 終章 合戦は倫理を育てたか 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 275 合戦が育てた倫理は、何よりも勝利を重んずる。そのためには勇敢さや力強さ、そして集団内部の団結ないし上位者への服従が必要である。そこに「勇」を重視し、極限まで自己を鍛えようとする自己鍛錬の倫理や、仲間を裏切らず、ひいては上位者への忠誠を誓う倫理が形成されてくる。しかし、自己の集団の外側の他者に対する愛情や信義などといった倫理は、戦場からは育たず、主として平和な社会で育てられたと見るべきだろう。敵に対しても公正や信義を重視してだまし討ちを否定する、フェア・プレイ精神などといった価値も、戦いの積み重ねから生まれたかのようにいわれることがあるが、本書で見てきた範囲では、それは正しくない。  
2004 佐伯真一 終章 合戦は倫理を育てたか 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 276 日本の場合、中世の長い戦乱の時代と、近世の長い平和の時代とは明瞭に分かれるが、そのいずれをも武士階級が主導した。そして、中世の武士も戦闘だけをしていたわけではない。したがって、武士の精神は、どこまで戦場に由来するものといえるのか、整理が必要となる。本書は、その点を多少整理したつもりであり、それを整理したにとどまる。ただ、結果として、戦争が倫理を育てるという物言いに対しては、ある程度の疑義をさし挟むことになったように思う。 戦争中の武士と平時の武士とで、生み出す倫理観は異なる。このことは、戦争中の貴族と平時の貴族、戦争中の庶民と平時の庶民が生み出す倫理観も異なるはず。
2004 佐伯真一 終章 合戦は倫理を育てたか 戦場の精神史 日本放送出版協会 著作 277 戦争をめぐる意識に関わる記述は、ともすれば偏った視点からの一方的なものになりやすく、その分析は一筋縄ではゆかないことが多いと思われる。  
2005.12 中野東 自殺についての仏教の視点 平和と宗教24 庭野平和財団平和研究所編集委員会 論文 20 シュナイドマンの定義。「自殺」は、耐えることのできない精神的苦痛の中で、望みも救いもないと思い、意識の流れを止めることを企図する。「自殺様行為」は、重要な人物からの反応を期待し、疎外感に悩み、救いを求めており、生活の場の再編成を望んでいる。
アリシア・クラークのリストカット説。コントロールできないくらいの不安を抱えると、どうしようもない恐怖心が襲ってきて、麻痺状態になり空虚感に囚われる。自分の感覚に感情が感じられなくなる。そうならないために、自傷をする。
ダスティ・ミラーの説。緊張や不安を和らげるため。抑鬱状態や空虚感から逃れるため。ぼうっとして自分を見失っている状態から逃れるため。何かを感じて、生きていることを確かめたくて。これまでの虐待的なパターンの続きとして。怒りや攻撃的な気持ちを和らげるため。強烈な苦痛を和らげるため。身体の自己コントロールを取り戻すため。背景には現実感覚の喪失がある。
むしろ、現実感覚の喪失を怖いと思うことが問題。現実感覚を喪失しなければ、自殺念慮を取り除けないのではないのか?
2005.12 中野東 自殺についての仏教の視点 平和と宗教24 庭野平和財団平和研究所編集委員会 論文 23 下園壮太のまとめ。複数の問題や苦悩が重なると、優先順位をつけて重要な問題に能力を集中させるのが問題解決の方法だが、そのときにプログラムに誤作動が生じるため死に傾斜する。一つの目的を特別重要視してしまうと、疲労の苦痛を薄めてしまうという誤作動も生じる。これが過労自殺。また、原因を特定することで、硬直思考が生じ、自分いじめの傾向になる。エネルギーを消耗すると、感情のプログラムに入り、生きる自信の低下が諦め絶望のルートへと誤作動する。そして、あきらめから終わりにしたいへと発展する。
中野のまとめ。自殺防止には、①援助者との関係性の回復、②安心感の回復、③自分の意識の偏りに気付く機会があること。
下園の提言。①自分の苦しさの仕組みについて理解する。②自分の状態を客観的に観察してみる。③刺激から遠ざかる。④根本の精神疲労へ対応する。⑤今の悩みや問題にこだわらない。⑥話すことは感情のプログラム全般を鎮めてくれる。⑦精神科を受診する。
意識の偏りに気づくことは大事。
2005.12 坂本堯 自殺についてーカトリックの立場から 平和と宗教24 庭野平和財団平和研究所編集委員会 論文 56 自殺についてのカトリックの教え。『カトリック教会のカテキズム』。 ここに現れる表現の「神」の部分を「自然」に置換してみる。違和感を感じれば、人の作為が伺えるのではないか。
2005.12 坂本堯 自殺についてーカトリックの立場から 平和と宗教24 庭野平和財団平和研究所編集委員会 論文 62 自殺念慮者への対策 何も考えない。考える必要もない。ぼーっとする時間を作る。とにかく何もしない。眠くなる。腹が減る。排泄もしたくなる。体に気づく。まずはそこから。落ち着いたら考える。煮詰まればやめる。逃げる方法を考える。習慣や価値観にこだわらない。別のものがあってもよい。一つにこだわらない。立ち直る必要はない。受け入れるだけ。乗り越える必要もない。潰れればいい。潰され切らなければいい。分かりもしない奴にわかってもらう必要もない。聞いてもらうだけ。だれも助けてくれない。助かろうとも思わない。ただ体に従ってみる。意識に従わない。
2005.12 坂本堯 自殺についてーカトリックの立場から 平和と宗教24 庭野平和財団平和研究所編集委員会 論文 64 オランダでは、現在年間、約3000人が安楽死で自殺している。安楽死が合法化されているわけではない。一定の条件が満たされているときには、医師が患者を故意に死亡させても、罪に問われることはない。有罪だが不可罰処分になる。  
2006.3 渡部良一 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 6 1日平均80〜90人が自殺で命を絶つ  
2006.3 渡部良一 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 7 男性では20〜44歳の年齢層で死因の第1位、15〜19歳、45〜49歳においては第2位、該当する年齢階層の死因の30〜40%を占める  
2006.3 中村良太 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 19、20 自殺行動を自身から他者へのシグナル行為、自殺行動の伝染。 自殺の結果を肯定的に捉え、模倣的、連鎖的な自殺行動へ発展。社会現象であり、メディアに責任の一端がある。
2006.3 中村良太 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 25 デュルケムの3分類、自己本位的自殺、集団本位的自殺、アノミー的自殺  
2006.3 中村良太 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 26 分析対象。年齢階層、離婚、結婚、出生、女性の社会進出、世帯、社会関係  
2006.3 中村良太 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 28 年齢が高くなるほど自殺率は高くなる  
2006.3 古川雅一 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 95 予防対策として、自殺が生じてしまった場合には、他に与える影響を最小限度とし、新たな自殺を防ぐこと  
2006.3 古川雅一 自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書 平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査 京都大学 web 99 50名以上の労働者が働く事業場では産業医の選任が義務づけられている。報道の特徴、短期間と繰り返し、自殺方法の詳細報道、自殺防止の報道が少ない  
2008.12 鷲田清一 〈いのち〉への問い 死なないでいる理由 角川ソフィア文庫 著作 155 生・病・死は単体の身体に起こる出来事のように考えられが、本当はみなひとのあいだで起こる出来事。  
2008.12 鷲田清一 消えた幸福論 死なないでいる理由 角川ソフィア文庫 著作 159 「死ぬとわかっていて、なぜ人間はいきてゆけるのか」、そういう根源的な問いに答えを出していくのが文学部というところだ、大宅映子。  
2008.12 鷲田清一 消えた幸福論 死なないでいる理由 角川ソフィア文庫 著作 173 問いの立て方。①「幸福であるとはどういうことか」(価値倫理学・目的論的倫理学)、②「幸福に値するとはどいうことか」(義務論的倫理学)。幸福について考えないことが幸福。「私は、私でないことにおいて、私である」 幸福手段をベンサムが望ましいと考えていたわけではない。
2009.1 浜田寿美男 「神のうち」から「人の世」へ 子ども学序説 岩波書店 著書 72 誰にも「死」は経験できない以上、「死」はどこまでいっても観念でしかない。しかし、この観念のゆえにこそ、人は意図して死を選ぶ。自殺の最低の必要条件は、「自分の死」を考えられるということだからである。自殺可能性は、その意味で、おとなへの移行の一つの指標なのである。 他者の死を経験し、それをイメージできることが必要。おとなでなければ、自殺はできない。言葉を通して外の世界へと広がりなら、自己の内面世界へと向かう内向きのベクトルが働いて、初めて自死へと向かう。