周梨槃特のブログ

いつまで経っても修行中

浄土寺文書57・58

    五七 畠山貞国細川顕氏連署執行施行状

 

             (御調郡)    (泰綱)

 浄土寺雑掌為俊申、備後国因島事、早杉原淡路守相共莅彼所、任安堵状之旨、沙汰付為俊、可被執進請取之状如件、

     1336

     建武三年三月四日      源貞国(花押)

                   源顕氏(花押)

     (三善貞冬)

     大田弥五郎殿

 

 「書き下し文」

 浄土寺雑掌為俊申す、備後国因島の事、早く杉原淡路守と相共に彼の所に莅み、安堵状の旨に任せ、為俊に沙汰し付け、請取を執り進らせらるべきの状件のごとし、

 

 「解釈」

 浄土寺雑掌の為俊が訴え申す備後国因島のこと。早く杉原淡路守泰綱とともにそこに行き、安堵状の内容のとおりに、為俊に引き渡し、為俊の請取状を受け取ってこちらに進上してください。施行状は以上のとおりです。

 

 

    五八 畠山貞国細川顕氏連署執行施行状

 

             (御調郡)  (三善貞冬)

 浄土寺雑掌為俊申、備後国因島事、早大田弥五郎相共莅彼所、任安堵状、沙汰付為俊、可被執進請取之状如件、

     1336

     建武三年三月四日      源貞国(花押)

                   源顕氏(花押)

       (泰綱)

     杉原淡路守殿

 

 「書き下し文」

 浄土寺雑掌為俊申す、備後国因島の事、早く大田弥五郎と相共に彼の所に莅み、安堵状に任せ、為俊に沙汰し付け、請取を執り進らせらるべきの状件のごとし、

 

 「解釈」

 浄土寺雑掌の為俊が訴え申す備後国因島のこと。早く三善貞冬とともにそこに行き、安堵状のとおりに、為俊に引き渡し、為俊の請取状を受け取ってこちらに進上してください。施行状は以上のとおりです。

浄土寺文書56

    五六 和智豊広書状

 

 徳良地頭分事、此方入手候者、如以前之燈明分厳重渡可申候、此旨聊不可有無沙汰候也、

     明応参(1494         和智 筑前守

       五月二日         豊廣(花押)

      浄土寺 まいる

        ◯以上、五一号カラ五六号マデノ六通ヲ一巻ニ収ム(第一六巻)

 

 「書き下し文」

 徳良地頭分の事、此方入手し候へば、以前の燈明分のごとく厳重に渡し申すべく候ふ、此の旨聊かも無沙汰有るべからず候ふなり、

 

 「解釈」

 得良郷地頭職のこと。こちらで入手しましたので、以前の灯明料の得分のように、厳重に渡し申すつもりです。この件については、けっして約束を反故にするつもりはありません。

山伏の秘術 Part2 〜「魔法」という言葉の使用例〜

  永禄十一年(1568)年一月二十日条(『多聞院日記』2─51頁)

 

 一吐田殿ノ内ニ吉田ト云侍あり、印をむすひ文を唱てつまはしきすれハ、不依大少ニいかやうなるしやうのゑひもするゝとぬけ了、矢ニすけたるかねの根も、同クぬくるを正ク見たるよし語了、或時山伏客僧ニ宿をかしける時、礼ニおしゑけると也、魔法なるへし、

 

 「書き下し文」

 一つ、吐田殿の内に吉田と云ふ侍あり、印を結び文を唱へて爪弾きすれば、大小に依らず如何様なるしやうのゑひもするするすると抜け了んぬ、矢に付けたる金の根も、同じく抜くるを正しく見たるよし語り了んぬ、或る時山伏の客僧に宿を貸しける時、礼に教ゑけるとなり、魔法なるべし、

 

 「解釈」

 一つ、吐田殿の被官に吉田という侍がいる。印を結んで呪文を唱えて爪弾きをすると、大小によらず、どのような「しやうのゑひ」もするするすると抜けてしまった。矢に付けた鏃も、同じように抜けるのをたしかに見たと語った。ある時、山伏の客僧に宿を貸したとき、お礼に教えたということだ。魔法であるにちがいない。

 

 「注釈」

「しやうのゑひ」─未詳。

 

 

【コメント】

 「魔法」という言葉がいつから使われはじめたのか、これまで考えもしませんでしたが、改めて『精選版 日本国語大辞典』をめくってみると、初見史料は『文明本節用集』(辞書)でした。つまり、室町時代中期には言葉として存在していたことがわかります。今回の史料は、それに次ぐ古さということになるでしょう。

 さて、今回の魔法ですが、どれほど役に立つものかイマイチよくわかりません。一つめの事例である「しやうのゑひ」という言葉がさっぱりわからないので、なんとも言えないのですが、「金の根」(鏃)のエピソードから考えると、どうもきっちり嵌め込まれたものがスルッと抜ける魔法のようです。

 前回、念仏を唱えると、蟹の足が簡単に取れるというエピソードを紹介しましたが、それと同じくらいどうでもいい魔法のように思えます。まるで『葬送のフリーレン』に出てくる、役に立たない魔法のよう…。ですが、これもやはり、中世びとにとっては重要な魔法だったのでしょうか。どう考えても、フリーレンぐらいしか喜びそうにないのですが…。

 以前、山伏が秘術を使って、木の葉をお金に見せかけ、茶屋でお茶を飲んだという、これまたしょうもないエピソード(「山伏の秘術 Part1」)を紹介しましたが、古記録に書き残されている秘術は、今のところこの程度のものばかりです。人々を心底驚かせるような神がかった験力は、当時であっても、物語(フィクション)の中にしか現れなかったのかもしれません。中世社会で実際に目撃された秘術は、詐欺まがいのマジックか、生活の知恵程度の技術なのでしょう。

浄土寺文書55

    五五 山名豊通寄進状

 

                       (寄)

 備後国浄土寺領上山両村 并草村公文職之事、被帰付候、任先例可有御知行状如件、

     1512

     永正九年二月一日       豊通(花押)

    浄土寺 

 

 「書き下し文」

 備後国浄土寺領上山両村并びに草村公文職の事、寄付せられ候ふ、先例に任せ御知行有るべき状件のごとし、

 

 「解釈」

 備後国浄土寺領上山両村ならびに草村公文職のこと。これらは寄付されました。先例のとおりご領有になってください。寄進状は以上のとおりです。

浄土寺文書54

    五四 浦宗勝兒玉就忠連署書状

 

 尾道浄土寺鐘被鋳造之由候、尤珍重候、於様躰者如前々可被仰付事可然候、為御分別候、恐々謹言、

       十二月廿五日       宗勝(花押)

                    就忠(花押)

      木梨殿 進覧之候

 

 「書き下し文」

 尾道浄土寺の鐘が鋳造せらるるの由候ふ、尤も珍重に候ふ、様躰に於いては前々のごとく仰せ付けらるべき事然るべく候ふ、御分別を為し候へ、恐々謹言、

 

 「解釈」

 尾道浄土寺の鐘が鋳造されるとのこと。たいそうすばらしいことです。形状については、以前の鐘のとおりにご命令になるのがよいです。よく考えてください。以上、謹んで申し上げます。