周梨槃特のブログ

いつまで経っても修行中

三原城城壁文書6・7

    六 某書状(断簡)

 

(前闕)

 茂□入候、隆景様吉田被成御出候ハヽ、私事茂則□参上候て」

 (後闕)

 

 「書き下し文」

 茂□入り候ふ、隆景様吉田へ御出でに成られ候はば、私事茂則□参上し候ひて

 

 「解釈」

 茂□が入りました。小早川隆景様が吉田へおいでになられますならば、〜?〜参上しまして

 

 

*書き下し文・解釈ともに、まったくわかりませんでした。

 

 

 

 

    七 某書状

 今度渡海付而人数渡舟之事、以注文被示越候、承知候、一人差出船頭共可被引合

 之由、得其心候、雖然於舟裁判者不可有余儀候条、有談合可有御調候、宿賦等

                (マヽ)

 彼是候之条、何一両日中一人可進之置之候、兼又其元御渡海定日舟預、此方之儀も

 可成其心得候、関々渡海舟造作之儀可申付候、猶重々示預可申入候、

 

 「書き下し文」

 今度渡海に付けて人数・渡舟の事、注文を以て示し越され候ふ、承知し候ふ、一人差し出し船頭どもと引き合はさるべきの由、其の心を得候ふ、然りと雖も舟裁判に於いては余儀有るべからず候ふ条、談合有りて御調へ有るべく候ふ、宿賦等彼是候ふの条、何れも一両日中に一人之を進め置くべく候ふ、兼ねて又其元御渡海の定日に舟を預り、此方の儀も其の心得を成すべく候ふ、関々渡海舟造作の儀申し付くべく候ふ、猶ほ重ねがさね示し預け申し入るべく候ふ、

 

 「解釈」

 今度の渡海について、人数や渡舟の数のことを、注文をもって知らせてくださいました。これについては承知しました。「こちらから一人遣わして、船頭どもと引き合わせなければならない」というお考えは承知しました。しかし、舟裁判については、不都合な処遇などあってはならないので、話し合いをしてご調整になるべきです。宿の割り当てなど、あれやこれやと懸案がありますので、どれも一両日中に、使者を一人差し遣わすつもりでおります。一方でまた、そちらのご渡海の定日に舟を預り、こちらもそのように取り計らうつもりです。各関所の渡海と舟の造作を申し付けるつもりです。なお、くれぐれもそちらのお考えを示していただくことを頼み申し上げます。

 

 

*書き下し文・解釈ともに、よくわかりませんでした。

三原城城壁文書5

    五 某書状

              (沙汰)             (御座)

 けやきの儀、藤太左へも可被□□候之由尤候へく候ふ、只々松少な□□候事候間、

 是ニ可有[ ]其事にて候、夜前も[ ]よのつねの勢力ならて[  ]才木上切

 候事相成間敷候、就夫御覚悟入事事短束候、心移候条、名嶋三原作来年中停止之事

 筑前大鋸引有躰之作」

 (後闕)

 

 「書き下し文」

 けやきの儀、藤太左へも沙汰せらるべく候ふの由尤も候へく候ふ、只々松少御座候ふ事に候ふ間、是に[ ]有るべき其の事にて候ふ、夜前も[ ]よのつねの勢力ならで[  ]才木上げ切り候ふ事相成るまじく候ふ、夫に就き御覚悟入れ事々短息し候ふ、心移し候ふ条、名嶋三原作来年中停止の事

 筑前大鋸引有躰の作」

 

 「解釈」

 けやきの件は、藤太左へも知らせなさるべきことが当然のことでございます。ただ松少がいらっしゃいますので、ここに[ ]有るべきことでございます。昨夜も[ ]ありきたりの人夫ではなくて[  ]材木を切り上げることはできるはずもございません。それについては、難しいことをご覚悟になり、こちらとしてはどれもこれも努力して事に当たっております。注意を向けておりますことに、名嶋と三原作を来年中停止すること事

 筑前大鋸引有躰の作」

 

 

*書き下し文・解釈ともに、まったくわかりませんでした。

三原城城壁文書4

    四 某書状

 

(前闕)

 第一為上使曽我常陸介一昨日爰許着候、彼是被仰聞儀共候、是又申談不叶儀候、兎角御出奉待候、

 一元春之御事石州表警」

 (後闕)

 

 「書き下し文」

 第一上使として曽我常陸介一昨日爰許に着き候ふ、彼是仰せ聞かせらるる儀ども候ふ、是又申し談ずるも叶はざる儀候ふ、兎角御出でを待ち奉り候ふ、

 一つ、元春の御事石州表警」

 

 「解釈」

 まず、第一に上使として曽我常陸介が一昨日こちらに到着しました。あれやこれや言い聞かせなさる件がございました。こちらもまた相談し申し上げたが、思い通りにならない件がございます。いずれにせよ、お出でになることをお待ち申しております。

 一つ、吉川元春の御事。石見国の最前線の警固」

 

 

*書き下し文・解釈ともに、まったくわかりませんでした。

バケモノの単位

「妖怪 サルイタチ」


  康正三年(1457)六月十三日条

        (『経覚私要鈔』3─204頁)

 

  十三日 乙巳、霽、(中略)

 一去月廿八日男山八幡宝殿人五六人も取合音為之間、告社僧開見之処、カホハ猿、

             〔互ニヵ〕

  身ハイタチノ如ナル者二人□□食合死了云々、希代表事也、又放生川水三ケ日

  澄流云々、旁不宜哉、

 

 「書き下し文」

  十三日、乙巳、霽る、(中略)

 一つ、去月二十八日男山八幡宝殿人五、六人も取り合ふ音為すの間、社僧に告げ開き見るの処、顔は猿、身は鼬のごとくなる者二人食い合ひ死に了んぬと云々、希代の表事なり、又放生川の水三ケ日澄み流ると云々、かたがた宜しからずや。

 

 「解釈」

 一つ、去る五月二十八日、石清水八幡宮の宝殿で、五、六人が争っている音がしたので、社僧に知らせて宝殿を開いて見たところ、顔が猿で体がイタチのような者が二人、食い合って死んでいたという。奇怪な兆しである。また放生川の水が三日間、澄んだまま流れたという。あれやこれやよくないことであるなあ。

 

 I heard the following. On May 28th, a person heard voices of five or six people fighting in the main shrine of Iwashimizu Hachimangu Shrine. So he informed the shrine priest, opened the main shrine, and saw two monsters with the faces of monkeys and the bodies of weasels. They were biting each other to death. This is a strange sign. I also heard that the water in the Hojo River was clear for three days. Both are bad things.

 (I used Google Translate.)

 

 

【考察】

 顔が猿で、体がイタチ。バケモノはバケモノなのでしょうが、見た目は動物そのものです。ところがこのバケモノを、経覚は「者」「二人」と表現しているのです。「二体」、「二匹」、「二羽」ではなく、「二人」なのです。「人」という単位を与えている以上、中世の人びとはバケモノから、人間と同程度の意志や知性を感じ取っていたのではないでしょうか。少なくとも、一般的な動物と同等に見ていないことだけは、はっきりわかります。バケモノの単位など、これまで考えたこともなかったのですが、たかが単位、されど単位。「人」という単位から、中世びとがバケモノに抱いていた考え方を読み取ることができそうです。

 さて、もう一つの怪奇現象は、石清水八幡宮膝下の放生川の水が澄んでいることでした。水が澄んでいること自体、現代人の感覚からするとよい兆候のような気もしますが、これも我々とはまったく違うのでしょう。普段から濁っている水が、突然澄みわたってしまったことで、異常さ・不気味さを感じてしまったのかもしれません。「水至淸則無魚(=水至って清ければ則ち魚なし)」ではないですが、何もかもが清ければよい、ということではなさそうです。

三原城城壁文書3

    三 某書状

 

(前闕)

 得御意度事候、おか[  ]御返事待入候、将又御無心之事候へ共、町中短束申

 候へ共、無御座候段、鈆江者壹二百目借申度候、恐々謹言、」

 (後闕)

 

 「書き下し文」

 御意を得たき事候ふ、おか[  ]御返事を待ち入り候ふ、将又御無心の事に候へども、町中短息し申し候へども、御座無く候ふ段、鈆江は壹二百目借り申し度く候ふ、恐々謹言、

 

 「解釈」

 ご納得していただきたいことです。おか[  ]ご返事を待ち受けております。あるいは、金銭のご催促ですが、町中で調達し申し上げておりますが、金銭がございませんので、鈆江は一、二百目を借り申し上げたいです。恐々謹言。

 

 

*書き下し文・解釈ともに、まったくわかりませんでした。