周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

2018-01-01から1年間の記事一覧

石井文書(石井英三氏所蔵)7

七 大内氏奉行人書状寫 『前ニ同』 (平賀) 急度申候、當要害之儀、對二弘保一被二還遣一候、然者各之事、要害之儀、弘保代々 (石井) 堅固ニ被二去渡一、可レ有二下城一候、置物被レ下候者、両三人被二申談一、元家領内 へ可レ被二下置一候、則人夫申付、…

石井文書(石井英三氏所蔵)6

六 大内氏奉行人書状寫 『前ニ同』 去〈天文七〉、従造賀要害令二在城一、人数普請已下別而馳走之段、遂二注進一候 之處、被三成二遣 御感状一候、尤御面目之至候、弥諸事馳走肝要候、恐々謹言、 (杉) 五月十六日 隆信 (房家) 『在判』 石井和泉守殿 *…

石井文書(石井英三氏所蔵)5

五 大内氏奉行人書状寫 『横紙書翰』(安藝賀茂郡) 今度造賀之要害、不慮可レ爲二必定一之処、不思儀子細聞出、堅固大慶候、就二其 忠切之次第一、遂二注進一候、定而可レ被二 仰出賀一候、弥々馳走肝要候、恐々 謹言、 『杉次郎左衛門尉』 十一月十八日 隆…

壬生閻魔堂のかぐや姫 ─竹取物語の変異譚 part1─(The Princess Kaguya-like Yokai)

応永三十二年(1425)五月六日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─123頁) 六日、晴、(中略) 〔閻〕 抑聞、此間壬生地蔵堂之内、炎魔堂柱朽損之間、加修理之処、柱内ヨリ女房 〔議〕 忽然而出来、則成長而番匠ヲ喰云々、若鬼歟、又蛛なと化現歟、不思…

自殺の中世史 吾妻鏡4 〜捕縛は恥か!?〜

文治五年(1189)九月七日条 『吾妻鏡』第九(『国史大系』第三二巻) 七日甲子、宇佐美平次實政生虜泰衡郎從由利八郎、相具參上陣岡、而天野右馬允則景生虜之由相論之、二品仰行政、先被注置兩人馬并甲毛等之後、可尋問實否於囚人之旨、被仰于景時、々…

石井文書(石井英三氏所蔵)4

四 大内氏奉行人連署奉書寫 『前ニ同』 去十六日、於二佐東府要害城戸口一、忰者山田源三良〈切疵左肘右膝口〉、下人 与四郎〈切疵二ヶ所左膝〉、粉骨之次第、弘中々務丞興兼注進之趣、令二披露一 訖、忠節尤神妙之由、所レ被二仰出一之状如件、 (1522) (…

石井文書(石井英三氏所蔵)3

三 大内氏奉行人奉書寫 『横紙感状』(安南郡世能) 於二藝州鳥子城詰口一、郎従一人矢疵左頬、僕従一人石疵頭、一人被二矢疵二ヶ所 (興房) 〈左腕右足〉一之由、陶尾張守注進状到来、令三披二露之一、尤神妙之旨所レ被二 仰出一也、仍執達如レ件、 (1527…

石井文書(石井英三氏所蔵)2

二 毛利隆元書状寫 毛利隆元公御判物 『竪紙』 石井侘言事、『以下三字不分明』、於二防州之地一『以下文字不知』、右可レ遣レ之 (粟屋元親) 粟右『以下右同断』、罷二下裁判一候て遣候へと、可被申聞候、謹言、 十一月四日 隆元御書判 『端書ニ』 (石井…

石井文書(石井英三氏所蔵)1

解題 本文書は文化十一年(1814)正月、財満氏伝来諸旧記類改写帳に所収されたものである。石井正樹家の一号文書一通、石井昭家の全九通の写とすでに原本を失った二十一通の写をのせる。江戸時代後期の写であるが原本の存するものを校してみるに資料とし…

未来からのサイン ─物言ふ動物・予言獣─ (Signs of death)

応永三十二年(1425)二月二十八日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─99頁) 参議右中将義量 廿八日、晴、入風呂如例、将軍他界実事也、昨夕云々、為天下驚歎、両三年内損、此 間興盛、種々被尽祈療、然而無其験、遂被堕命、当年十九歳也、尤可惜々々、…

自殺の中世史 吾妻鏡3 〜訴願と自殺〜

文治元年(1185)十月十三日条 『吾妻鏡』第五(『国史大系』第三二巻) 十三日壬戌、去十一日并今日、伊豫大夫判官義經潜參 仙洞、奏聞云、前備前守行家向背關東企謀反、其故者、可誅其身之趣、鎌倉二位卿所命、達行家後聞之間、以何過怠可誅無罪叔父哉…

周梨槃特の巨木コレクション その1(完)

庄原市高野町新市「乳下りイチョウ」 鳥取県湯梨浜町松崎「松崎神社のスダジイ」 鳥取県東伯郡琴浦町「伯耆の大シイ」 尾道市「艮神社のクスノキ」 三原市「糸崎神社のクスノキ」 岡山県奈義町高円「菩提寺の大イチョウ」 福山市金江町大字金見「金江の大ム…

石井文書(石井昭氏所蔵)9(完)

九 周防國都濃郡検知打渡坪付 防州都濃郡検地〈打渡坪付〉事 (追筆ヵ) 「五千石之内」 合 戸田郷 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(紙継目裏印)・・・ センホウ道捽 井口ノ 田四反小 米三石貳斗五升 新二郎 ヤチウタ スカハラノ 田貳反 米九…

石井文書(石井昭氏所蔵)8

八 大内氏奉行人連署書状(切紙) (深津郡) (弘中) 去四日備後外郡五ヶ庄動之時、人数等令二馳走一出張之由、隆兼注進之趣遂二 披露一候、尤神妙之由、得二其心一可レ申之旨候、恐々謹言、 (天文十六年)(1547) (小原) 六月十二日 隆言(花押) (…

石井文書(石井昭氏所蔵)7

七 大内氏奉行人書状(切紙) (安芸賀茂郡) (杉) 造賀要害ニ長々令二在城一、毎事馳走之由、隆宣注進之趣遂二披露一候、尤神妙之 通、以二御書一被二仰出一候、面目之至候、弥可レ被レ遂二忠節一之通、能々可レ申之 旨候、恐々謹言、 (天文七年ヵ)(15…

石井文書(石井昭氏所蔵)6

六 杉隆宣書状(切紙) 内々かの平二郎申しさい候条、於二此方一よくゝゝ相きわめ、すてにしき相調候、 城内之儀、右之人と申たんし、そのかくこ肝要にて候ふ、なを定兼可レ申候、恐々 謹言、 六月十六日 隆宣(花押) (房家) 石井和泉守殿 進之候 「書き…

石井文書(石井昭氏所蔵)5

五 大内義隆安堵状 (義隆) (花押) 父元家所帯事、任二去天文八年十二月廿日之譲状之旨一、石井九郎三郎宣家、可レ 全二領知一之状如レ件、 (1543) 天文十二年三月十七日 「書き下し文」 父元家所帯の事、去んぬる天文八年十二月二十日の譲状の旨に任せ…

ハーレム内の憂鬱4 ─中世公家密通法─

永享二年(1430)五月十一日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─201頁) (正親町三条) 五月十一日、晴、仙洞女房一条局〈日野中納言盛光卿女、〉令懐妊云々、是三条中将 (後小松上皇)(足利義教) (実煕) 実雅朝臣所犯也、自仙洞室町殿へ被訟仰之…

ハーレム内の憂鬱3

【史料1】 応永三十一年(1424)六月一日・四日・八日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─38〜45頁) (田向) (兼宣) 六月一日、晴、毎事幸甚々々、祝着如例、抑長資朝臣自広橋可来之由申間出京、是仙 (称光天皇) 洞女中事、此間被閣了、而再発、…

ハーレム内の憂鬱2

応永三十一年(1424)五月十二日・十五日・十六日・二十日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─36〜37頁) 十二日、晴、入夜大雨降、行豊朝臣参語世事、仙洞女房事御所中女房達皆御糺明、随 而卿相雲客十人許ツヽ結番被書告文、三ケ日殿上ニ被召置祗候被…

ハーレム内の憂鬱1

応永三十一年(1424)五月六日・七日・九日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─35〜36頁) (後小松上皇) 六日、時々雨灑、只今聞、仙洞祗候女房大納言典侍殿〈甘露寺故大納言兼長卿息 〔世〕(持頼ヵ) 女、〉逐電云々、土岐与安密通露顕云々、但定説…

石井文書(石井昭氏所蔵)4

四 石井賢家合戦手負注文(切紙) (證判) (大内義長) 「一見畢、 (花押)」 石井蔵人賢家謹而言上 欲下早賜二 御證判一備中後代亀鏡上軍忠状之事 右、去年〈天文廿貳〉、至二石州一、吉見大蔵少輔正頼要害御取懸之時、被レ疵之 次第、備レ左、 去年八月…

石井文書(石井昭氏所蔵)3

三 大内義興感状(切紙) (安藝安南郡) (興房) 去九日熊野要害落居之時、被二矢疵〈左腕〉一之由、陶尾張守注進状一見畢、尤 神妙之至也、弥可レ勵二戦功一之状如レ件、 (1527) (義興) 大永七年二月十三日 (花押) (宣家) 石井九郎三郎殿 「書き…

自殺の中世史 吾妻鏡2 〜死刑の予期と自殺〜

元暦二年(1185)五月二十七日条 『吾妻鏡』第四(『国史大系』第三二巻) 廿七日己酉、源藏人大夫頼兼申云、去十八日、盗人令推參禁裏、盗取晝御座御劒、藏人并女官等動揺求之、頼兼家人武者所久實、追奔于左衛門陣之外生虜之、奉返置御劒於本所、件犯…

石井文書(石井昭氏所蔵)2

二 石井元家合戦手負注文(切紙) (證判) (大内義隆) 「一見了、 (花押)」 (マヽ) 石井平右衛門尉元家謹言上 欲下早賜二 御證判一備中後代亀鑑上軍忠状事 (賀茂郡) 右、去年〈天文五〉十一月七日、於二藝州高屋平賀蔵人大夫興貞要害頭崎詰口一、 …

石井文書(石井昭氏所蔵)1

解題 石井昭家は先の石井正樹家と同族とみられる。その系図によると桓武平氏の出で、二十一代駿河太郎重時までは名越を称していたが、元弘年中北条高家の密意を受けて芸備を経回して、志和内村(東広島市志和町)石井城に住むことになって以来、石井を称する…

石井文書(石井正樹氏所蔵)3(完)

三 大内義長安堵状寫 (義長) (花押寫) (マヽ) 天文廿三年八月十二日賢家所務證文、藝州混乱之時紛失云々々、任二先規一可レ令二 領地一所、依執達如レ件、 天文廿三年(1554) 月 日 (賢家) 石井蔵人殿 ○本文書研究ノ要アリ 「書き下し文」 天文二十…

石井文書(石井正樹氏所蔵)2

二 大内義隆安堵状寫 此所ニ(義隆) 御在判 此所ニ(義隆) (所) (マヽ) 元家世帯之事、石井九郎三郎宣家任二譲状之旨一、可レ全二領地一之所、依執達 如レ件、 天文三年(1534) 五月三日 石井九郎三郎殿 ○本文書研究ノ要アリ 「書き下し文」 元家世帯…

石井文書(石井正樹氏所蔵)1

解題 石井正樹家は江戸時代には賀茂郡中四日市(東広島市西条町)において小倉屋と称していた。同家系図によると防州都濃郡と長州厚東郡万倉口にあった石井和泉守の子孫兵衛尉元家が志和内村(東広島市志和町)寺山城主、東西条佐々村石堂村寺家村(西条町)…

福成寺文書9(完)

九 阿曾沼元秀書状 (端裏捻封ウハ書) 「 より [ ] ⬜︎同宿中 阿豊 」 已上 今度者御無心之儀申候処ニ、御分別本望存候、清道寺廿石之地令レ進レ之候、可レ 有二御知行一候、弥々御馳走憑存候、恐々謹言、 慶長二(1597) 阿曾沼 五月十日 豊後守(花押) …