周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

Life Work

下園壮太著書

下園壮太『人はどうして死にたがるのか』(文芸社、2003年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 1 感情のプログラム P20 私たちの体には、この原始人の生活にうまく適応するための仕組みが備…

命は大事

『正法眼蔵随聞記』一ノ六 (『日本古典文学全集27』小学館、1971年、321頁) (前略)また、病も治しつべきを、わざと死せんと思うて、治せざるも、また、外道の見なり。仏道には、命を惜しむ事なかれ、命を惜しまざる事なかれと云ふなり。より来…

自殺の中世史3─10 〜親子不和の責任と自殺〜

応永二十五年(1418)六月十五日条『東院毎日雑々記』 (『大日本史料』第7編32冊、235頁、https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0732/0235?m=all&s=0235) 十五日、〈甲午〉、(中略)高畠布袋五郎入道切腹死云々、与…

自殺の中世史3─9 〜経済苦は自殺の超歴史的原因か?〜

応永二十五年(一四一八)三月八日条(『図書寮叢刊 看聞日記』1─199) 八日、霽、(中略) (中院) 抑三条坊門大納言通守卿去月十日令二自害一、以二小刀一喉吭かき切云々、春日祭 上卿事被レ仰、難二治故障一之由申、猶現見被レ仰、窮困過法難レ叶之…

高橋祥友著書

高橋祥友「自殺未遂の実態」 (『自殺未遂─「死にたい」と「生きたい」の心理学』講談社、2004、79〜83頁) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 P79 死への恐怖感が低くなる 前項とも…

自殺の中世史3─8 〜喧嘩と自殺 Part1〜

応永二十年(一四一三)二月十四日条 (『満済准后日記』上─13) 十四日。〈甲子。」風雨。〉法楽連歌。戌末刻武衛禅門宿所ニ於テ若党喧嘩。一方 当座死去ナカミネ名字。一方ウソウ名字。於門前自害云々。 「書き下し文」 十四日、〈甲子、風雨、〉法楽連…

自殺関係論文一覧 その2

*単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 2010.2 大山眞一 中世武士の生死観5 日本大学大学院総合社会情報研究科紀要10 日本大学 論文 63 天下を治める天皇家という公が源平武者の大義名分kとする…

自殺関係論文一覧 その1

*単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 出版年月 著者 論題 書名・雑誌名 出版社 媒体 頁数 内容 注目点 1938.10 新渡戸稲造 勇・敢為堅忍の精神 武士道 岩波文庫2014.1 著作 45 しかしながら、武士…

自殺の中世史44 ─中世の説話10(魂と肉体の二元論)─

「飛騨国猿神止生贄語第八」『今昔物語集』巻二十六 (『日本古典文学全集』23、小学館、1974、552〜554頁) 「原文」 今昔、仏ノ道ヲ行ヒ行僧有ケリ。何クトモ無ヒ行ケル程ニ、飛騨国マデ行ニケリ。 而ル間、山深ク入テ、道ニ迷ニケレバ、可出…

自殺の中世史3─7 〜井戸への身投げ〜

応永十九年(一四一二)四月四日条 (『山科家礼記』1─13) 四日、天陰、刑部次郎カ妻東洞院ノ井ニ入水ス、希代事也、 「書き下し文」 四日、天晴る、刑部次郎が妻東洞院の井に入水す、希代の事なり、 「解釈」 四日、晴れ。山科家の中間、刑部次郎の妻が…

村井康彦論文

村井康彦『文芸の創成と展開』(思文閣出版、1991) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 「中世武門の精神構造」(初出1977) P253 武者の罪業意識 むろんこれらがすべて実話とは思え…

自殺の中世史3─6 〜東寺の大湯屋と自殺教唆〜

応永十七年(一四一〇)十二月二十八日条 『東寺廿一口供僧方評定引付』1─199(思文閣出版、2002) 十二月廿八日 教遍 宣弘 宗海 賢仲 紹清 杲暁 重賢 宗源 宏済 賢我 宗順 長賢 快寿 快玄 光演 (大輔) (中将) 一 重禅阿闍梨殺害并光淳阿闍梨自…

自殺の中世史3─5 〜僧侶の昇進と自殺未遂〜

応永十七年(一四一〇)十一月十七日条『大乗院日記目録』一 (『大乗院寺社雑事記』十二、角川書店) 十七年 (中略) 十一月十七日、寺務良兼法印被切腹、極官事無勅許故云々、 「書き下し文」 十一月十七日、寺務良兼法印切腹せらる、極官の事勅許無き故…

自殺の中世史3─4 〜雪辱目的の自殺と称賛〜

応安六(一三七三)年十月二十三日条 (『後愚昧記』2─127頁) 官人大判事、(坂上) 明法博士(中原) 廿三日、伝聞、早旦於正親町烏丸、明宗〈号姉小」路判官、〉・章頼〈号勢多」 (後光厳上皇御所柳原殿) 判官、〉両官人召取人云々、是去月卅日夜推…

自殺の中世史3─3 〜自殺の先例化 分析編〜

【自殺の中世史3─2のつづき】 以前、「自殺の中世史2─13・14 〜現世の浄土と自殺〜」という記事で、嘉元二年(1304)に石清水八幡宮で起きた「大山崎神人集団切腹事件」を紹介しましたが、またしても同様の事件が起きてしまいました。ただ今回の…

自殺の中世史3─2 〜自殺の先例化 史料編〜

【史料1】 応安四(一三七一)年四月九日条 (『後愚昧記』2─32頁) (三善廣衡) 〔率〕 九日、(中略)良證語曰、八幡宮神人閉籠之間、社務卒勇士押寄之処、件閉籠神人 等切腹之間、神殿・神宝以下悉触穢了、希代事候也云々、 【史料2】 応安四(一三…

自殺の中世史3─1 〜称賛された自殺〜

応安四(一三七一)年四月一日条 (『後愚昧記』2─31頁) 〔北小路万里小路〕 一日、智恵光院辺騒動、相尋之処、土佐国住人佐川〈仮名、実名」不知之、〉居住 (細川頼之) 件寺中、而執事為四国管領之間、仰可発向南方之由之処、固辞之間、為誅伐、差遣 …

自殺の中世史2─14 〜現世の浄土と自殺 分析編〜 (Suicide and Heaven on Earth part2)

【「自殺の中世史2─13」からのつづき】 嘉元二年(1304)九月十三日、石清水八幡宮山上の社殿で、閉籠していた大山崎神人たちが集団で切腹事件を起こしました。いったい、なぜこのような事件が起きたのでしょうか。まずは、この事件の概要を説明して…

自殺の中世史2─13 〜現世の浄土と自殺 史料編〜 (Suicide and Heaven on Earth part1)

【史料1】 嘉元二年(1304)九月十三日条 (『実躬卿記』5─240頁) (源師重) 〔堯ヵ〕 十三日、〈壬戌、〉晴、(中略)抑万里小路大納言持参権別当桑清法印状、備叡覧、 此事八幡大山崎神人致嗷訴之余、自去比閉籠社頭、閉三方楼門立籠、追出御殿…

自殺の中世史2─12 〜動機未詳〜

正応五年(1290)四月一日条 (『実躬卿記』4─207頁) (亀山法皇御所) 一日、晴、早旦参禅林寺殿、(中略) 〔大〕 抑今日禁裏中門二番下人於池辺自殺、仍即舁出之云々、所存不審、不知其故、珍 事々々、 「書き下し文」 抑も今日禁裏中門大番の下…

自殺の中世史2─11 〜浄土信仰と自殺の相関性〜

文永十一年(1274)十一月十一日付日蓮書状 (『鎌倉遺文』11748号文書) (前略) 抑日蓮は、日本国をたすけんとふかくおもへとも、日本国の上下万人一同に、国のほろふへきゆへにや、用られさる上、度々あたをなさるれは、力をよはす、山林にまし…

自殺の中世史2─10 〜逃避目的の自殺〜

文永二年(一二六五)五月二十一・二十五・二十九日条 (「文永二年中臣祐賢記」『増補續史料大成 春日社記録』1─431) 廿一日、御神事如例、 (中略) 一今日、巳剋、山僧光玄於南都水門、爲六波羅沙汰被搦取了、自殺云々、但未死去 教玄(堯賢ノ誤ヵ)…

自殺の中世史2─9 〜賢明な自殺と命の価値〜

寛元四年(1246)六月九日条 (『大日本古記録 岡屋関白記』1─109) (藤原頼経) 九日、丙申、晴、此間世間不静、毎夜連日回禄、又関東有事云々、入道大納言廻 (北条) (北条) (北条) 謀察、相触武士等討時頼、〈泰時朝臣末子、兄経」時死去之…

自殺の中世史2─8 〜遺恨からの放火、そして自殺〜

寛元二年(一二四四)四月日付ヵ奈良坂非人等陳状『春日大社文書』 (『部落史史料選集』第1巻、古代・中世篇、部落問題研究所、1988年、 127〜139頁、『鎌倉遺文』6316号文書) (前略) 一法仏法師令教訓申兄近江法師大田様、豆山土申尓一…

自殺の中世史2─7 〜狂乱と自殺〜

寛喜元年(1229)十二月十七日条『明月記』 (第3─148頁、国書刊行会、および『大日本史料』5─5─400頁) 十七日、辛亥、天晴、(中略)一昨日火事、夫〈左衛門尉、〉殺其妻、我又自害、 放火焼死云々、或曰、是又非本心、狂乱所為云々、妻近江…

自殺の中世史2─6 〜「自害」は必ずしも「自殺」に非ず その2〜

正治元年(一一九九)十月十三日条 (『猪隈関白記』2─3頁) 十三日、壬申、 (殿以下十一字、モト十二日條ニ記セリ、今符號ノ意ニヨリテ移ス) 晴、殿下令参院・内并長講堂、 (後鳥羽) 頭権大夫親経朝臣相具文書来、香椎宮神人貞正・宗友与石清水権寺主…

自殺の中世史2─5 〜「自害」は必ずしも「自殺」に非ず その1〜

建久九年(1198)三月二十七日付宇佐彌勒寺留守所下文 (「豊後城内家文書」『鎌倉遺文』972号) (端裏書) 「彌勒寺留守所御下文〈遣二筑前一」建久九年也、〉」 (豊後速見郡) 下 日出庄 可下早企二参洛一申中上子細上迫五郎吉守身事 右、件吉守…

自殺の中世史2─4 〜非難されるが、不憫に思われる自殺〜

治承元年(1177)六月二日条 『愚昧記』中(大日本古記録、231頁) 二日、庚午、朝微雨、(中略) 西光被斬事 西光頸今暁斬了、於五条坊門朱雀切之云々、成親卿於川尻邊入水之由 云々、可彈指、可哀憐、世上事如何、可恐可歎、 「書き下し文」 二日、…

自殺の中世史2─3 〜鬱憤と自殺〜

嘉応元年(1169)十月十三日条『百錬抄』第八 (『国史大系』第11巻84頁) 十三日。権律師行禅自害。是依二所領争論事一。被レ付二使庁使一。不レ堪二其鬱一之故也。云々。 「書き下し文」 十三日、権律師行禅自害す、是れ所領争論の事により、使庁…

戦場の精神史

佐伯真一『戦場の精神史』(NHKブックス、日本放送出版協会、2004) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 「戦場のフェアプレイ」 P105 石井紫郎の理論は、勢力の均衡、平和の回復を前提と…