周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

広島県史 古代中世資料編Ⅳ

楽音寺文書53

五三 毛利輝元寄進状写 寄附状 一楽音寺山林境内 一町四反四畝 一寺領百石余 内北方之内寺内 四拾石余 甑社領 拾貳石余 山王社領 八石余 龍王社領 三石余 山崎領 七石余 二尊領 三石余 善入寺領 四石余 光台寺領 一石余 観音寺領 一石余 天福寺領 一石余 釜…

楽音寺文書52

五二 一宮修正会役人注文 (端裏書) 「一宮正月二日修正之次第」 定 (豊田郡沼田庄) 一宮正月二日御修正役人事 初夜導師 一人 平坂〈従僧一人」大懺悔一人〉 呪願師 一人 有羽 後夜導師 一人 学頭分従僧一人 三十二相 一人 円御堂 唄 円御堂 散花 一人 江…

楽音寺文書51

五一 小田景盛寄進状 (安芸豊田郡) 釜山之貳反之内壹反」六斗代反銭ふたへともニ」末代寄進申候、永代可レ有二知行一 候、其」方死去候者何之寺家江茂可レ有三」寄二進之一候、為二後年一如レ件、 (1586) 小田又三郎 天正拾四年〈丙戌〉貳月吉日 景盛(…

楽音寺文書50

五〇 小早川隆景自筆書状 (持) 法寺院物語之儀、心静ニ」内儀被レ聞候而、分別候様ニ」頼入候、猶内蔵主可レ 申候、謹言、 正月廿七日 隆景(花押) (捻封ウハ書)(小田景盛) 「 又三郎殿 隆景」 「書き下し文」 法持院物語の儀、心静かに内儀を聞かれ…

楽音寺文書49

四九 頼源法印置文 (安芸豊田郡) 一就二新発意契約一、潤月御影供、為二反役其支度一、釜山」下六斗代段銭二重共、 米参拾貳俵御礼ニて、末代」法持院江寄進申候、反銭一重者何之新発意成共、 (小早川) (景盛) 契約」首尾号二 御影供銭一進之置候、彼…

楽音寺文書48

四八 小早川弘景自筆書状 御寺領夫丸侘事」之由承及候、然者」日からおもわ敷候ハね共、」ふと渡海御祈」念 奉レ期候、為二御布」施一免除申候也、雖下無二」御等閑一候上、弥御祈念」奉レ憑 候、連々」陣中より可レ申候、」暮之十日十日罷」出度候へ共、存…

楽音寺文書47

四七 小早川煕平課役免状(切紙) 若宮経免」田之事、任二先」例一諸役所二免」除申一之状如レ」件、 文安元(1444) 二月廿九日 煕平(花押) 法持院 御同宿御中 「書き下し文」 若宮経免田の事、先例に任せ諸役免除し申す所の状件のごとし、 「解釈」 若宮…

楽音寺文書46

四六 小早川興景書状(切紙) 至二遠国緬々一御使」僧快然候、歳暮之儀」御斟酌候へ之由申候間」忝候、不二 尋申一候哉、御隔心と」却而迷惑候、爰許大切」之筆三対御濃情之至」更難二 申尽一候、明春者」早々以二面拜一諸慶可二」申述一候、恐惶謹言、 十一…

楽音寺文書45

四五 小早川煕平書状 去十八日之御書委細拜見仕候、」乍二御返事一巨細蒙レ仰候、誠畏入」存候、愚意 之義委申入、御心中」委細蒙レ仰候、悦喜此事候、 一若宮田事可レ任二先例之趣一、」堅可二申付一候、先年諸公事不レ可レ」申之由申て 候ハんには、今度致…

楽音寺文書44

四四 小早川仲好軍役免状 (蟇沼)(楽音) (姓) (軍役) (領) ひきぬかくおん寺両寺之」百しやうともくんやくの事、」りやう中に、いさゝかの 事も、」いてき候ハんする時ハ、御合力」あるへく候、そのほか他国」他所の人、 ミつきなんとの」ときハ、…

楽音寺文書43

四三 小早川仲好安堵料足免状 安芸国沼田庄梨子羽郷南方内」楽音寺院主職継目安堵料足事 右於二彼安堵料足一者、自二往古一雖レ」令レ致二其沙汰一、依レ有二各別宿願一、」 自二仲好代始一而、至二于子々孫々一、永代」令三停二止之一者也、不レ可レ有二異…

楽音寺文書42

四二 小早川仲好安堵状 安芸国沼田荘梨子羽郷内」楽音寺 南方院主代事 右於二彼代官職一者、向後可レ為二」院主之計一者也、若於二違乱」煩輩一者、可レ 処二罪科一者也、」仍為二後日一安堵之状如レ件、 (1389) 康応元年〈己巳〉六月七日 平仲好(花押) …

楽音寺文書41

四一 小早川仲義宛行状 宛行 梨子羽郷内楽音寺西方三分二院主職事 右於二当寺三分二寺務職一者、任二鏡賢譲」状旨一、頼真所二宛行一也、有レ限寺役」 至二御祈祷一、守二先例一無二懈怠一」可レ令二勤行一之状如レ件、 (1384) 至徳元年十二月五日 平仲義…

楽音寺文書40

四〇 小早川義春自筆書状 楽音寺南方三分二之院主」職事、此之間自二方々一承二子細一候へ共、」重代相伝 (管) 無二相違一之由承候間、」如レ元可レ有二御官領一候、就二其者代」官職事一、自二 (由緒) 円御堂方一ゆい」所ある之由申され候、無二子細一…

楽音寺文書39

三九 御室任助法親王令旨 金剛坊今度被三成二下」院号一之由、」御室被二仰出一候也、」仍執達如レ件、 天正十二年(1584) 五月廿二日 法眼(花押) 金剛楽音寺院権大僧都御房 「書き下し文」 金剛坊今度院号を成し下さるるの由、御室仰せ出だされ候ふなり…

楽音寺文書38

三八 御室任助法親王令旨 今度御下向処、御寄宿」以下被二申沙汰一、被レ励二懇志」馳走一之段、無二比類一 (仁和寺法親王) 被二悦思召一候」由、依二」御室御気色一、執達如レ件、 天正十二年(1584) 五月廿二日 法眼(花押) 楽音寺 法持院法印御房 「…

楽音寺文書37

三七 毛利氏奉行人連署奉書(折紙) 以上 (楽) (寺) 覚音寺之儀、」百石被二付遣一候、」然者去務之儀惣」並以二御校量一可レ被レ」遣 旨候、為二御心得一候、」恐々謹言、 榎中太 卯月十六日 元吉(花押) 堅兵少 元慶(花押) 福式少 廣俊(花押) (…

楽音寺文書36

三六 毛利氏奉行人連署奉書(折紙) (楽) 沼田覚音寺」於二内外当検」百石之地一、可レ被二付」遣一候条、可レ有二御」 (佐世元嘉) 配当一候、委細者」石州御存之前候、」恐々謹言、 (榎本)(大) 榎中太 三月廿九日 元吉(花押) (二宮) 二信 就辰…

楽音寺文書35

三五 小早川隆景判物 若宮朝日田之事、以二先」判之旨一令二寄附一候、諸寺社」役之事者、任二先例一可レ 被二」相懃一者也、仍如レ件、 (1553) 天文廿二年六月六日 隆景(花押) 法持院 御同宿中 「書き下し文」 若宮朝日田の事、先判の旨を以て寄附せし…

楽音寺文書34

三四 小早川又鶴丸〈繁平〉判物 就二若宮経免之儀一蒙レ仰候、」得二其心一候、任二先判一可レ有二御知行一候、」 於二諸役等一者可レ為レ如二手次一候、猶」委細年寄共可レ申候也、仍而」状 如レ件、 天文十七(1548) 十一月十六日 又鶴丸 法持院まいる 御…

楽音寺文書33

三三 小早川興景判物 楽音寺法持院拘分東村」之内教市名納所之事、如二」前々頼義手次一、以二壹貫 六」百六拾文在所一候之間、此前」有二校量一、長久被二其調一可レ」有二知行一候、 人足四分一、是又」其懃専要候、弥以二此旨一祈」念頼入之状如レ件、 (…

楽音寺文書32

三二 小早川興平書状 若宮経免朝日田事、先規」御拘之由、証文旨得二其心一候、然」間以二其筋目一致二 契約一候上者、」全可レ有二御知行一候、社役等」儀聊無二怠慢一御祈念肝」要 候、恐々謹言、 六月廿七日 興平(花押) 法持院 進覧候 「書き下し文」 …

楽音寺文書31

三一 小早川熙景寄進状 (端裏書) 「結縁汀免鹿田原寄進状 梨子羽殿」 奉二寄進一 楽音寺結縁灌頂免田事 右彼法事者、先祖以来代々」檀越并有縁無縁之衆生、為二善根」結縁一、於二当寺一 毎年不レ闕二結縁汀一」可二勤修一旨、依レ勧二頼春法印一、為二仏…

楽音寺文書30 ─室町時代の植林─

三〇 祐明山林返進状 (豊田郡) 梨子羽郷南方内一宮領六町の」山林の事 右彼山林ハ、もと一の御ミやの御きしん」のうちたりといへとも、中比木なん とも」なく候しほとに、あつかり申候て、かたの」ことく、木をもそたて候ぬ、 (得分) それニよりて、」少…

楽音寺文書29

二九 小早川頼平寄進状 奉二寄進一 楽音寺四季大般若経免田 事 合壹町貳段者横枕前中坪 右為三 聖朝安穏天下太平民屋」豊稔万民快楽頼平心中所願皆」令二満足一、所二 寄進一如レ件、 (1333) 元弘三年五月廿二日 民部丞平頼平 (花押) 「書き下し文」 寄…

楽音寺文書28

二八 比丘尼浄蓮寄進状 寄進 楽音寺御塔修理田事 合壹町者 既大工貞永入道跡 (小早川茂平) 右彼塔婆者、為二 関東将軍家及」親父沙弥本仏聖霊比丘尼浄蓮」乃至 法界出離生死頓証菩提一、」所レ奉二造立一也、然為二当院主浄地房」舜海沙汰一、 於下至二未…

楽音寺文書27

二七 比丘尼浄蓮寄進田畠坪付 (塔用) 楽音寺たうゑうをまいらする 田畠事 合田一丁内 福弘五反内 〈さゝハら三反」屋敷 二反〉 うち田 二反 一善 二反 紙すきか垣内 一反 福連畠 番匠四郎跡畠横枕 右坪付如件、 (1291) 正応四年〈辛卯〉二月十九日 毗丘…

楽音寺文書26

二六 比丘尼浄蓮寄進状 寄進 楽音寺三重宝塔建立助成田事 合壹町者〈羽坂村八段内三所合、」大門興二反内田皆在二四至堺一〉 右件田者、尼浄蓮之先祖相伝私領也、」而為二 関東将軍家次浄蓮并向後」当郷 相伝輩現当二世悉地成就一、割二」別本門田内壹町一、…

楽音寺文書25

二五 小早川陽満弘景同盛景連署寄進状 (端裏書) 「漆原御寄進状」 奉二寄進一 楽音寺領田之事 右意趣者、奉二為天地長久御願円満、」殊者信心施主子孫繁盛増長・」福寿 祈祷料一而、梨子羽郷〈南方〉漆原」石代八段永代当寺令二寄附一所也、」但此内 (釈…

楽音寺文書24

二四 小早川陽満弘景同盛景連署寄進状 (端裏書) 「十王免寄進状」 奉二寄進一 楽音寺内十王堂免田事 (横) 右為二浄琳禅尼後菩提一、梨子羽郷」南方模枕石代壹段、永代彼堂」令二寄附一所 也、毎月十日廿七日勤二」仏供灯油一、以二余分一上葺破壊時」可…