周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

広島県史 古代中世資料編Ⅳ

仏通寺正法院文書4

四 小早川元平寄進状 仏通寺正法院領所々、或本物返、或年記永地之事、於二自今已後一者、不レ可レ 有二其煩一者也、殊徳政等事、堅可レ令二成敗一、然者可レ為二新寄進一之状如レ件、 (1481) 文明十三年正月十日 掃部助元平(花押) 「書き下し文」 仏通…

仏通寺正法院文書3

三 真田頼澄売券 売渡申永代下地之事 合参段者 〈坪 真良之内」かきの木つほ、梅木坪」くろはさ〉 右件下地者、為二仏通寺之正法院領一、除二臨時天役万雑公事一、限二永代一売渡申 所実也、殊為二頼澄今世後世費一、寄進ニ申定上者、聊忌(忩)劇候共不レ可…

仏通寺正法院文書2

二 真田弘通売券 売渡申本銭返下地之事 (安芸豊田郡) 坪者本郷之内源内林 合参段代拾五貫文 三段八斗代 (安芸豊田郡) 右田地依二要用有一、仏通寺智泉院祠堂分仁、沽却申所実也、但雖レ有二本銭一、 (康正二年) (寛正六年) 自二丙子歳一至二乙酉歳一…

仏通寺正法院文書1

解題 当院は、仏通寺山内五派の一つである。長享元年(1487)、小早川扶平が宗綱恵統を開祖として開いたものである。一号・七号文書のほかは三原市立図書館蔵の写真から採録した。 一 真田則通売券 (則通) (花押)(花押) うり渡申候本銭返下地之事 …

仏通寺文書45(完)

四五 福島正則合力米給与状 ○東大影写本ニヨル 仏通寺僧〈扶持方之事」并帋子之代之事〉 五人扶持 (含暉) 一 がんき院 七石ハ帋子之代 四人扶持 (永 徳) 一 やうとく院 五石ハ同 四人扶持 (肯 心) 一 かうしん院 五石者同 四人扶持 (長 松) 一 ちや…

仏通寺文書44

四四 小早川隆景制札写 ○住持記ニヨル 制札 仏通寺 右当山中竹木採用之事、堅令二制止一事、若此旨諸郷違背之村於レ有レ之者、従二 寺家一可レ有二注進一、対二其地下地中一遂二糺明一、其内族之者、則時可レ処二 罪科一者也、仍如レ件、 (1588) (隆景) …

仏通寺文書43

四三 仏通寺珪岳書状 ○東大影写本ニヨル (包紙ウハ書) 「 仏通寺 小早川左衛門佐殿 貴答 珪岳」 醍醐上味経之板木全函、於二 当山一可レ被レ成二寄置一之旨、撰者文月二日為十乗坊 (マヽ) 真田景久使節、入持来至二明潔ニ一殊 御判各致頂載候事、前代未…

仏通寺文書42

四二 小早川隆景書状 ○包紙ハ東大影写本ニヨル (包紙ウハ書) 「 小早川 仏通寺 御門派中 左衛門佐隆景」 (版木) 法華之判規全部致三寄二進之一候、閫外不出之被レ補二重物一載二注記一、於レ被二 摺写一者可レ為二本望一候、若向後磨滅之節者、被レ催二…

仏通寺文書41

四一 小早川隆景書状 ○東大影写本ニヨル (端裏捻封ウハ書) (慶岳) 「 日名内但馬入道殿 〆 隆景 真 田 大和守殿 」 (版木) 法花経判規仏通寺江寄進候、委細十乗坊相含候間、有二相談之一、末代重宝ニ成候 (真田景久ヵ) 様能々可レ被三申二渡之一、然…

仏通寺文書40

四〇 小早川氏奉行人連署書状 就二向上寺夫丸之儀一、両度蒙レ仰之条、遂二披露一、対二彼百姓四人一為二 (向上納所) 公事恩一、田数可レ被レ遣之由、致二口才一相調候、今度之儀ハ文賀長々被レ成二 (文賀) 御逗留一、別而御辛労候、御分別所レ仰候、猶…

仏通寺文書39

三九 浩雲周養書状 ○東大影写本ニヨル 本寺山境御究之 旦命御判之儀申調進二覧之一候、定而惣山中之御安堵不レ可レ 過レ之候哉、以二此上一或者寺家廻、或者道路阡陌其外及樹木竹林、致レ全二 御壹通旨一、為レ各堅有二制止一而可レ被二相守一事、乍レ恐肝要…

仏通寺文書38

三八 小早川隆景制札 仏通寺山境新傍尓之事 東者、大人之足跡、三道祖、馬胡木田尾杖衝場大池之畝、備後安芸之道祖神限 南者、龍王正面之畝、水呑場塔之岡簑打越限 西者、従二柿木谷東之畝一、船石之前通、岡者古道高良田尾炭𥧄天池西畝 ヲツハカクシ高坂之…

仏通寺文書37

三七 浩雲周養書状 ○東大影写本ニヨル 又昨日之御書只今進レ之候、寺家ニ可レ被二留置一候、 (マヽ) 当寺代官三郎左衛門役目 殿様御判頂載之事、今度山御定之御一行対二寺家一被レ 出砌候之間、以二昨日首尾一伺申候之処、被レ任二先 御判之旨一如レ此被レ…

仏通寺文書36

三六 小早川隆景制札 ○東大影写本ニヨル 制札 仏通寺 一山境者被レ任二四至傍尓一、可レ令二禁制一事 一山河殺生禁断之事 一樵夫等手物及二口論一者、早可レ有二注進一事 一春秋於二野山一放火者、尋捜交名可レ有二注進一之事 一門前左右之植木採用之事 右所…

仏通寺文書35

三五 仏舎利粒等注文写 ○住持記ニヨル 舎利塔之内数之事 大皿 一ヶ 小皿 二ヶ 盞子 二ヶ 大壺之内九十九 仏舎利粒 小壺之内七粒 愚中和尚舎利 角壺之内四十六粒 以上壺数三之内百五十貳粒也、 又小壺一ヶ有 (1555) 天文廿四年乙卯二月十五日 長松派之時与…

仏通寺文書34

三四 毛利元就禁制 ○東大影写本ニヨル 禁制条々 仏通寺 一毛利人数濫妨狼藉事 一竹木採用之事 一喧嘩之事 右堅加二制止一訖、於二違犯之輩一者、可レ処二厳科一者也、仍制札如レ件、 (1548) 天文十七年十月十七日 右馬頭(花押) 「書き下し文」 一つ、毛…

仏通寺文書33

三三 蓮花寺真正書状 仏通 蓮華御契約之儀、随二先代之筋目一、即以二末世一無二相違一申談所也、以二 此旨一新寄進而御智行之在所、師檀ニ申宣者也、恐惶敬白、 享禄五稔壬辰(1532) 正月十九日 真正(花押) 進上 仏通寺 参 衣鉢侍者閣下 「書き下し文」 …

仏通寺文書32

三二 真田敬賀制札添状 ○東大影写本ニヨル (端裏書) 「十七ヶ条添状」 就二山中悪事一、以後之制札老僧様申二合興平一以二判形一被レ申候、已後之事者 以二此筋目一堅可レ被二仰付一事千万目出度候、此旨違乱於二悪事一者、一段従二 此方一可二申付一候、…

仏通寺文書31

三一 小早川興平并祥誾外九名連署制札 ○東大影写本ニヨル (端裏書) 「制札」 御許山仏通寺制札 一当住持番衆諸塔主、堅可レ被三相二守先師之規式一事、 (不器之仁)(事) 一諸派出番納所等、不レ可レ被レ任二□□□□一□、 一当納所一回之間、寺家細大雑務件…

仏通寺文書30

三〇 前潮音山主真庵野衲栄淳跋文写 ○住持記ニヨル (前闕ヵ) 「 右当寺規模者、檐間額榜寺産帳券年月行事式目年月定案作法、諸回向集捴二挍割簿一、凡列刹可有所之物全備矣、悉是吾祖一咲老衲之筆跡而、先輩之聚首所レ令二議定一也、爰有二不審之一件一為…

仏通寺文書29

二九 連行次郎右衛門抱分散田坪付同作人帳 (端裏書) 「連行次郎右衛門抱分散田坪付同作人帳」 連行次郎右衛門抱分散田坪付同作人帳 四段之内 一段八斗 八フコモ一枚 山枡五合充各 連行六郎次郎 一ツ町 一段六斗 ヒ子コモ一枚 山枡五合 同四郎右衛門 梨子木…

仏通寺文書28

二八 小早川家政所奉書(折紙) ○東大影写本ニヨル (端裏書) 「段銭免許之状 政所」 就二今度一乱一、御寺領段銭米之事被レ申候、依二御侘事一被レ閣候、可レ被二 御心安一思召候、塔頭所々同前候、委細以レ状被レ申候、恐惶敬白、 文明十(1478) 眞田兵…

仏通寺文書27

二七 小早川元平書状 ○東大影写本ニヨル 仏通寺并諸塔頭、就二一乱一寺領段銭米申付候、無為ニ成候間、自今以後者不レ 可レ有二其煩一候、恐惶敬白、 (文明十年・1478) 十一月二日 元平(花押) 納所禅師 「書き下し文」 仏通寺并びに諸塔頭、一乱に就き寺…

仏通寺文書24〜26

二四 仏通寺塔立柱馬人中注文写 ○本文書、小早川家證文一三五号ニ収ムルニヨツテ省略ス 二五 仏通寺方丈上棟馬人数注文写 ○本文書、小早川家證文四四号ニ収ムルニヨツテ省略ス 二六 仏通寺仏殿上棟馬人数注文写 ○本文書、小早川家證文九七号ニ収ムルニヨツテ…

仏通寺文書23

二三 小早川煕平并祥瑞外七名連署規式写 ○住持記ニヨル 御許山仏通禅寺評定衆御人数之事 当住持 納所 維那 含暉院主 肯心院主 智泉院主 長松院手 長悳院主 一当住持番衆諸塔主、堅可レ被三相二守先師之規式一事 一諸派出番納所等、不レ可レ被レ任二不器之人…

仏通寺文書22

二二 一笑禅慶書状写(切紙) 貴寺御病気ニ而、其地へ御出被レ成二御養生一之由、御尤ニ存候、当夏者暑も別而 酷敷御難儀推察申候、次第ニ御快然之段珍重ニ候、願而も宜様ニ申進候へ与申 候、即久以二書中一不二申通一、御無沙汰に打過申候、甲山ゟ人参伝承…

仏通寺文書21

二一 千畝周竹長松院規式 ○板ニ陰刻 長松院規式 常住最初捨財之外、不レ許レ置二衆僧之私銭一矣、依二金穀之過分一而、招二外人之 譏嫌一者、老拙深所レ恥也、蓋財多則煩亦多矣、煩多則不如法亦多矣、不如法多則 譏亦多矣、理必然也、凡安二衆之地一常住資用…

仏通寺文書20

二〇 一笑禅慶外二名連署向上寺條々規式 (安芸豊田郡生口島) 向上寺条々規式 一当寺住持先年所レ定雖レ限二二十五月一、近来或一回或半年任レ意退去、然則行事 世諦退転多レ之、以二故檀那懇請一重加二評議一、向後堅守二旧規一、必可レ守二 二十五月之法…

仏通寺文書19

一九 天寧寺仏通寺両寺住持并番衆次第写 ○住持記ニヨル 両寺住持并番衆次第 天寧寺 仏通寺 一番 一番 住持契沢庵主 住持明三庵主 番衆聖喜寺派 番衆正覚庵派 二番 二番 住持玄貴庵主 住持養浩和尚 番衆祥雲寺派 番衆大慈寺派 三番 三番 住持景延庵主 住持的…

仏通寺文書18

一八 管領畠山持国奉書 ○東大影写本ニヨル (豊田郡生口島) 安芸国向上寺事、為二御祈願寺一可レ被レ致二精誠一之由所レ被二仰下一也、仍執達 如レ件、 (1444) (畠山持国) 文安元年十二月廿六日 沙弥(花押) 住持 「書き下し文」 安芸国向上寺の事、御…