周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

広島県史 古代中世資料編Ⅳ

仏通寺住持記 その18

「仏通寺住持記」 その18 二月廿八日改 (1466) 文正丙戌 大慈派 月洲祖心禅師宗綱嗣 侍真慈継書記 納所 智縁 向上 月海宗印 塔主 善的 観白 全灯 維那 寿松 鎮守右辺塔造立、願主肯心派浄善、一重而廃壊矣、時代不レ審 (導) 三月十三日真田福海乾徳居…

仏通寺住持記 その13

「仏通寺住持記」 その13 二月十七日改 (1441) *嘉吉辛酉 覚隠住 〈于レ時八旬又一、今僧堂上棟三月五日 大工氏守、施主信元〉 称仏通祈願 千畝住丹金 大通三十三回 (記)「并下馬札下ル」 護国禅寺 十二月廿一日為祈願寺○ 有東昇院住持記 (記)「六…

豊町歴史民俗資料館所蔵多田文書6(完)

六 安芸国豊田郡安直村打渡坪付写 案文 芸州豊田郡安直村打渡坪付之事 能祖の内 さこ 一畠貳段 代六百卅文 民 部 同所 せいた 一畠壱段五畝 代四百五拾文 左近丞 同所 どうのもと 一屋鋪五畝 代四百文 同 人 同所 せいだのうしろ 一畠二畝 代六拾文 同 人 合…

豊町歴史民俗資料館所蔵多田文書5

五 安芸国豊田郡安直村打渡坪付写 芸州豊田郡安直村〈打渡」坪付〉 堂ノもと 清田 屋鋪五畝 代四百文 彦次郎 能祖迫 能祖ノ 畠二反 代六百文 民 部 以上米一石三舛 慶長五年(1600) 小方 二月十八日 太郎左衛門書判 三輪 加 賀 守書判 (蔵) 前田 加 賀 守…

豊町歴史民俗資料館所蔵多田文書4

四 備中国賀陽郡八田部郷内打渡坪付写 備中国賀陽郡八田部郷之内四貫文之地田畠坪付之事 一所田壹段 分四斗五升 国府与三右衛門抱 かうの 一所田貳拾五代 分貳斗 孫右衛門 一所田壹段卅代 分六斗四升 国府与三右衛門 清水之内 一所田壹段卅代 分五斗六升 勘…

豊町歴史民俗資料館所蔵多田文書3

三 小早川徳寿丸隆景吹挙状写 三郎左衛門尉所望之事、可レ令三吹二挙京都一之状如レ件、 (1544) 天文十三年十一月十八日 徳寿丸 多田助八殿 「書き下し文」 三郎左衛門尉所望のこと。京都に吹挙せしむべきの状件のごとし、 「解釈」 三郎左衛門尉を所望す…

豊町歴史民俗資料館所蔵多田文書2

二 小早川隆景充行状写 連々致二愁訴一候条、防州以二五ヶ所之内壹貫文一充行候、弥可レ抽二奉公忠儀一 事、可レ為二干要一者也、仍状如レ件、 (1535) 天文四年四月十六日 隆景書判 多田三郎左衛門とのへ 「書き下し文」 連々愁訴致し候ふ条、防州五ヶ所之…

豊町歴史民俗資料館所蔵多田文書1

解題 御手洗は近世「沖乗り航路」の港町として発達した町である。多田家は当地の豪商であり、近世から近代にかけての文書多数を蔵していた。その中に中世に遡りうる六通の文書の写があるのでこれを所収した。 いずれも多田家の中世末の状況を示すものである…

西福寺文書2(完)

二 沙弥円教施入摺仏墨書 為二権僧都定真後生善処一 願主沙弥円教 三十三体 (教) 為二沙弥証円後生善処施入一 願主沙弥円□ 三十三体 為二二親現当二世施入一 願主沙弥円教 三十三体 尊 為二僧重真○後生善処一 願主沙弥円教 卅三体 為二法界衆生平等利益一 …

西福寺文書1

解題 無住の小堂の中に聖観音立像一躯が安置されている。その背刳りの中には、紙片に摺った観音三百三十体が束ねてしまいこまれている。摺仏には施入の趣旨を記した墨書をもつものがある。また一部には、正慶元年(1332)の黒瀬村内海方検注帳などの紙背…

林善右衛門旧蔵文書1(完)

解題 林家は、江戸時代に賀茂郡風早村(安芸津町風早)の庄屋をつとめていた。 一 小早川隆景感状写 ○東大影写本ニヨル 息 (ヵ) 今度於二生楚一○式部丞立レ用候、此儀不便候処ニ、兄弟能助於二日名井一討死候、 打続如レ此儀無二是非一候、老後悲歎推察候…

仏通寺正法院文書10(完)

一〇 毛利氏奉行人書状(切紙) 被レ対二貳分内蔵助殿一御状并数通之御証文、令二披見一候、則遂二披露一候之 (二分内蔵助) 処、被二仰出一之旨候条、委細二蔵へ申渡候、於二我等一者少も不レ可レ有二疎略一 候、仍貳十疋送給候、吉悦之至候、猶重畳可二申…

仏通寺正法院文書9

九 小早川詮平安堵状(折紙) (緒) 当院領所之事、於二自今以後一、或号二下作職一、或号二自然之由所之地一、若至下 有二押妨之輩一者上、任二注進之旨一、堅可レ加二下知一候、以二此旨一全可レ有二 御裁判一之状如レ件、 (1540) 天文九年三月廿日 詮…

仏通寺正法院文書8

八 小早川興平充行状 (正法院) 当院之事、被三立二置惟三位牌一之條、聊不レ可レ存二等閑一候、依レ之本郷田中 給内田参段、依レ有二由緒一還二付之一、備後国杭荘社家方之内長楽寺等、為二 毎日霊供料一、令二新寄進一者也、永代無二懈怠一可レ被二勤備一…

仏通寺正法院文書7

七 仏通寺塔頭正法院領田地目録 (証判)(小早川興平)(真田敬賀) 「(花押)(花押)」 仏通寺塔頭正法院領田地目録 合 自二往古一買得分 源内林 (弘通) 一所 参段 各八斗代 〈本郷内 売主真田左京助」 康正元年乙亥十二月十三日〉 半迫 一所 壹段 八…

仏通寺正法院文書6

六 小早川敬平書状(切紙) 就二安堵 御封頂戴一賀承候、殊鳥目済々送給候、自二政所一令二注進一候、目出 候、満足可レ有二御推量一候、恐々敬白、 八月廿二日 敬平(花押) 正法院 進覧候 「書き下し文」 安堵の御封頂戴に就き賀び承り候、殊に鳥目済々送…

仏通寺正法院文書5

五 小早川敬平安堵状 (正法院) 当院領事、任二安堵并支証等旨一、弥無二他妨一可レ被レ全二寺務一、将又陣夫諸役 事、近年不レ懸レ之云々、任二手次一於二向後一不レ可レ有二其役一、以二此趣一寺家 宜レ被二存知一之状如レ件、 (1489) 長享三年八月十一…

仏通寺正法院文書4

四 小早川元平寄進状 仏通寺正法院領所々、或本物返、或年記永地之事、於二自今已後一者、不レ可レ 有二其煩一者也、殊徳政等事、堅可レ令二成敗一、然者可レ為二新寄進一之状如レ件、 (1481) 文明十三年正月十日 掃部助元平(花押) 「書き下し文」 仏通…

仏通寺正法院文書3

三 真田頼澄売券 売渡申永代下地之事 合参段者 〈坪 真良之内」かきの木つほ、梅木坪」くろはさ〉 右件下地者、為二仏通寺之正法院領一、除二臨時天役万雑公事一、限二永代一売渡申 所実也、殊為二頼澄今世後世費一、寄進ニ申定上者、聊忌(忩)劇候共不レ可…

仏通寺正法院文書2

二 真田弘通売券 売渡申本銭返下地之事 (安芸豊田郡) 坪者本郷之内源内林 合参段代拾五貫文 三段八斗代 (安芸豊田郡) 右田地依二要用有一、仏通寺智泉院祠堂分仁、沽却申所実也、但雖レ有二本銭一、 (康正二年) (寛正六年) 自二丙子歳一至二乙酉歳一…

仏通寺正法院文書1

解題 当院は、仏通寺山内五派の一つである。長享元年(1487)、小早川扶平が宗綱恵統を開祖として開いたものである。一号・七号文書のほかは三原市立図書館蔵の写真から採録した。 一 真田則通売券 (則通) (花押)(花押) うり渡申候本銭返下地之事 …

仏通寺文書45(完)

四五 福島正則合力米給与状 ○東大影写本ニヨル 仏通寺僧〈扶持方之事」并帋子之代之事〉 五人扶持 (含暉) 一 がんき院 七石ハ帋子之代 四人扶持 (永 徳) 一 やうとく院 五石ハ同 四人扶持 (肯 心) 一 かうしん院 五石者同 四人扶持 (長 松) 一 ちや…

仏通寺文書44

四四 小早川隆景制札写 ○住持記ニヨル 制札 仏通寺 右当山中竹木採用之事、堅令二制止一事、若此旨諸郷違背之村於レ有レ之者、従二 寺家一可レ有二注進一、対二其地下地中一遂二糺明一、其内族之者、則時可レ処二 罪科一者也、仍如レ件、 (1588) (隆景) …

仏通寺文書43

四三 仏通寺珪岳書状 ○東大影写本ニヨル (包紙ウハ書) 「 仏通寺 小早川左衛門佐殿 貴答 珪岳」 醍醐上味経之板木全函、於二 当山一可レ被レ成二寄置一之旨、撰者文月二日為十乗坊 (マヽ) 真田景久使節、入持来至二明潔ニ一殊 御判各致頂載候事、前代未…

仏通寺文書42

四二 小早川隆景書状 ○包紙ハ東大影写本ニヨル (包紙ウハ書) 「 小早川 仏通寺 御門派中 左衛門佐隆景」 (版木) 法華之判規全部致三寄二進之一候、閫外不出之被レ補二重物一載二注記一、於レ被二 摺写一者可レ為二本望一候、若向後磨滅之節者、被レ催二…

仏通寺文書41

四一 小早川隆景書状 ○東大影写本ニヨル (端裏捻封ウハ書) (慶岳) 「 日名内但馬入道殿 〆 隆景 真 田 大和守殿 」 (版木) 法花経判規仏通寺江寄進候、委細十乗坊相含候間、有二相談之一、末代重宝ニ成候 (真田景久ヵ) 様能々可レ被三申二渡之一、然…

仏通寺文書40

四〇 小早川氏奉行人連署書状 就二向上寺夫丸之儀一、両度蒙レ仰之条、遂二披露一、対二彼百姓四人一為二 (向上納所) 公事恩一、田数可レ被レ遣之由、致二口才一相調候、今度之儀ハ文賀長々被レ成二 (文賀) 御逗留一、別而御辛労候、御分別所レ仰候、猶…

仏通寺文書39

三九 浩雲周養書状 ○東大影写本ニヨル 本寺山境御究之 旦命御判之儀申調進二覧之一候、定而惣山中之御安堵不レ可レ 過レ之候哉、以二此上一或者寺家廻、或者道路阡陌其外及樹木竹林、致レ全二 御壹通旨一、為レ各堅有二制止一而可レ被二相守一事、乍レ恐肝要…

仏通寺文書38

三八 小早川隆景制札 仏通寺山境新傍尓之事 東者、大人之足跡、三道祖、馬胡木田尾杖衝場大池之畝、備後安芸之道祖神限 南者、龍王正面之畝、水呑場塔之岡簑打越限 西者、従二柿木谷東之畝一、船石之前通、岡者古道高良田尾炭𥧄天池西畝 ヲツハカクシ高坂之…

仏通寺文書37

三七 浩雲周養書状 ○東大影写本ニヨル 又昨日之御書只今進レ之候、寺家ニ可レ被二留置一候、 (マヽ) 当寺代官三郎左衛門役目 殿様御判頂載之事、今度山御定之御一行対二寺家一被レ 出砌候之間、以二昨日首尾一伺申候之処、被レ任二先 御判之旨一如レ此被レ…