周梨槃特のブログ

いつまで経っても修行中

2024-04-01から1ヶ月間の記事一覧

三原城城壁文書(楢崎寛一郎氏舊蔵)10

一〇 毛利元就書状 結句隆景ハ御腹中いかゝニ候せうし候、元春之儀早々御出待申候へく候、所々成替候ハんと 推量仕候へく候、 中郡雑説之事弥如此申候、何篇にも此方動なく候間、見かけ候て不可有正体待て まいらせ候へく候、口惜次第無念候、かやうにすまぬ…

覚者=傍観者 〜釈迦が最期に見ていたもの〜

*釈迦視点の『涅槃図』

把月 ─メルヘンチックな吉夢─

寛正二年(1461)五月二日条 (『経覚私要鈔』5─151頁) 二日、霽、 (尋尊) 禅定院御房一両日以前見夢云々、其趣ハ、モトノ寝殿ニ愚老并僧正両人在之、 西ノ射駒山ヲ見心地ス、其山邊月三在之、不思義ノ思ヲナシテ、モトアリシ渡廊 ヲ下ル心地ハ、…

三原城城壁文書(楢崎寛一郎氏舊蔵)8・9

八 小早川氏奉行人連署請取状 肴注文 一干鮭 拾喉 一ほしふく 数百ほん 一するめ 拾連 一しひたけ 壹斗温泉津舛 以上 右之請取所如件、 (天正九年・1581) (政綱) 〈辛巳〉六月四日 横見助右衛門(花押) (元盛) 河本源右衛門(花押) (尊継) 飯田 讃…

三原城城壁文書(楢崎寛一郎氏舊蔵)6・7

六 吉川元春書状 今日鉄炮可令放せ之由、従安国寺承候、聢其御催候哉、左候ハヽ爰元之儀茂可 申触候、御返事可示給候、恐々謹言、 卯月廿六日 元春(花押) (後闕) 「書き下し文」 今日鉄炮放たせしむべき之の由、安国寺より承り候ふ、聢と其の御催候ふか…

三原城城壁文書(楢崎寛一郎氏舊蔵)5

五 吉川元春書状 去廿五日御状今日廿九拜見候、 (播磨) [ ]州人質之儀、上月一着之上にてハ可返置之由堅約諾候而差出候、付而 重畳被[ ]可有御推量候、就夫以使者申入候、御方様茂色々御短息候て、 (宇喜多) 黒岩所へも人共被遣内儀御聞候而、直家へ…