周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

吾妻鏡(完)

自殺の中世史 吾妻鏡11 〜恥辱と自殺〜

建長二年(一二五〇)六月二十四日条 『吾妻鏡』第四十(『国史大系』第三三巻) 廿四日戊午、今日居住佐介之者、俄企自害、聞者競集、圍繞此家、觀其死骸、有此人之聟、日來令同宅處、其聟白地下向田舎訖、窺其隙、有通艶言於息女事、息女殊周章、敢不能許…

自殺の中世史 吾妻鏡10 〜放火と臨終正念往生思想〜

宝治元年(一二四七)六月七・八日条 『吾妻鏡』第卅八(『国史大系』第三三巻) 七日戊子、天晴、胤氏、素暹等襲秀胤上総國一宮大柳之舘、于時當國御家人、如雲霞起而成合力、秀胤兼用意之間、積置炭薪等於舘郭外之四面、皆悉放火、其焔太熾、而非人馬之可…

自殺の中世史 吾妻鏡9 〜恥辱と自殺と名誉心〜

承久三年(一二二一)六月十六日条 『吾妻鏡』第廿五(『国史大系』第三二巻) 十六日己巳、相州・武州兩刺史移住六波羅舘、如右京兆爪牙耳目、廻治國之要計、求武家之安全、凡今度合戰之間、雖多殘黨、疑刑可從輕之由、經和談、四面網解三面、是世之所讚也…

自殺の中世史 吾妻鏡8 〜後悔と自殺〜

承久三年(一二二一)六月六日条 『吾妻鏡』第廿五(『国史大系』第三二巻) 六日己未、今曉、武藏太郎時氏、陸奥六郎有時、相具少輔判官代佐房、阿曽沼次郎親綱、小鹿嶋橋左右衛門尉公成、波多野次郎經朝、善左衛門尉太郎康知、安保形部烝實光等渡摩免戸、…

自殺の中世史 吾妻鏡7 〜殉死?〜

【史料1】建保七年(一二一九)二月六日条 『吾妻鏡』第廿四(『国史大系』第三二巻) 六日癸卯、故鶴岳別当闍梨使白河左衛門尉詣大神宮、遂奉幣還向之処、於三河国矢作宿、聞彼滅亡事自殺云々。 「書き下し文」 六日癸卯、故鶴岡別当闍梨の使ひ白河左衛門…

自殺の中世史 吾妻鏡6 〜放火と自殺〜

建仁三年(一二〇三)九月二日条 『吾妻鏡』第十七(『国史大系』第三二巻) 二日丁卯、今朝、廷尉能員以息女〈將軍家妾、若公母儀也、元号若狭局、〉訴申、北條殿、偏可追討由也、凡家督外、於被相分地頭職者、威權分于二、挑爭之條不可疑之、爲子爲弟、雖…

自殺の中世史 吾妻鏡5 〜臨終正念往生思想〜

建久四年(一一九三)七月二日条 『吾妻鏡』第十三(『国史大系』第三二巻) 七月大、二日丙寅、武藏守義信召進養子僧、〈號律師〉、去夜參着、是曾我十郎祐成弟也、日來在越後國久我窮山之間、參上于今延引云々、而今日聞可被梟首之由、於甘縄邊、念佛讀經…

自殺の中世史 吾妻鏡4 〜捕縛は恥か!?〜

文治五年(一一八九)九月七日条 『吾妻鏡』第九(『国史大系』第三二巻) 七日甲子、宇佐美平次實政生虜泰衡郎從由利八郎、相具參上陣岡、而天野右馬允則景生虜之由相論之、二品仰行政、先被注置兩人馬并甲毛等之後、可尋問實否於囚人之旨、被仰于景時、々…

自殺の中世史 吾妻鏡3 〜訴願と自殺〜

文治元年(一一八五)十月十三日条 『吾妻鏡』第五(『国史大系』第三二巻) 十三日壬戌、去十一日并今日、伊豫大夫判官義經潜參 仙洞、奏聞云、前備前守行家向背關東企謀反、其故者、可誅其身之趣、鎌倉二位卿所命、達行家後聞之間、以何過怠可誅無罪叔父哉…

自殺の中世史 吾妻鏡2 〜死刑の予期と自殺〜

元暦二年(一一八五)五月二十七日条 『吾妻鏡』第四(『国史大系』第三二巻) 廿七日己酉、源藏人大夫頼兼申云、去十八日、盗人令推參禁裏、盗取晝御座御劒、藏人并女官等動揺求之、頼兼家人武者所久實、追奔于左衛門陣之外生虜之、奉返置御劒於本所、件犯…

自殺の中世史 吾妻鏡1 〜恥辱と自殺と称賛と〜

寿永元年(1182)二月十四・十五日条 『吾妻鏡』第二(『国史大系』第三二巻) 十四日乙卯、伊東次郎祐親法師者、去々年已後、所被召預三浦介義澄也、而御臺所御懷孕之由風聞之間、義澄得便、頻窺御氣色之處、召御前、直可有恩赦之旨被仰出、義澄傳此趣…