周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

東禅寺文書10

十 小早川興景申渡状 依二蟇沼寺一四分一之儀、度々蒙レ仰分特寄進状披見候、更以雖下不レ及二分別一 候上、貴僧之儀者、別而御辛労事候条、為二其賞一、向後者四百疋之内百疋合力 申候之間、三百疋御納専一候、弥祈念之儀可レ為二肝心一之状如レ件、 (1535…

小坂井敏晶著書 その4

小坂井敏晶『増補 責任という虚構』(ちくま文庫、2020年) その4 *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 補考 近代の現原罪 P410 遺伝/環境論争が心理学で繰り広げられてきた。それは家庭環境…

小坂井敏晶著書 その3

小坂井敏晶『増補 責任という虚構』(ちくま文庫、2020年) その3 *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 第5章 責任の正体 P269 近代個人主義が普及し、個人と集団を同一視する形での集団責任…

小坂井敏晶著書 その2

小坂井敏晶『増補 責任という虚構』(ちくま文庫、2020年) その2 *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 第2章 死刑と責任転嫁 P127 犠牲者が苦しむ具体的姿に接しない者は心理的軋轢を逃れ、…

小坂井敏晶著書 その1

小坂井敏晶『増補 責任という虚構』(ちくま文庫、2020年) その1 *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 はじめに P5 人間が主体的存在であり、自己の行為に責任を負うという考えは、近代市民社…

東禅寺文書9

九 茂義打渡状 正月十三日御礼二月十二日到来、委細承候了、 抑梨子羽郷内乃力名公方御年貢等、御二寄進蟇沼寺一之由、先以目出存候、如二 此事一仏陀御寄進之上、公私御祈祷候之間、急速打渡候了、其子細定被二注進一候 欤、恐々謹言、 二月十七日 少尉茂義…

東大寺真言院のヒ・ミ・ツ

長禄四年(一四六〇)三月二十二日条 (『大乗院寺社雑事記』2─252頁) 廿二日 (中略) 一東大寺真言院披見之、彼院ハ新禅院知行也、(中略)又真言院之西ニ阿伽井在之 (掘) (阿脱) 善無畏三蔵ノ被堀所也、仍件井ヲ天人来テ令応護彼天人ノ足跡伽井…

東禅寺文書8

八 小早川弘景寄進状 東禅寺御寺領段銭之事、権律師増威御一期之間、奉二為年始歳末之愛染供一 寄進者也、如レ此申定候上者、雖二公方之儀一不レ可レ有二違乱一候、然者子孫長久 奉レ憑二御祈祷一候也、恐々敬白、 寛正五(1464) 十二月十五日 弘景(花押)…

キレイ?な現象 その4(未完)

岡山県新見市哲西町矢田谷地内「鯉が窪湿原」 エゾミソハギ サワギキョウ タムラソウ サギソウ ビッチュウフウロ カワラナデシコ 赤 カワラナデシコ 白 ムラサキニガナ コツクバネウツギ ミゾソバ キセルアザミ シモツケソウ ジュンサイ 広島県山県郡安芸太…

東禅寺文書7

七 僧頼信譲状并小早川弘景証判 譲与 (職) 梨子羽郷内南方楽音寺東禅寺并一宮学頭識事 右、於二彼両寺并一宮学頭識一者、依レ為二重代相伝之住持識一、相二副代々御判 (寄) 并寺家奇進之重書等一、所三譲二与弟子頼春一明鏡也、仍有レ限寺役等、任二先例…

東禅寺文書6

六 小早川仲義寄進状 (端裏書) 「竹原殿安芸四郎仲義寄進状号天[ ] 当寺院主頼真」 奉二寄進一 羽 安芸国沼田庄梨子○郷 東禅寺椎鐘免事 合田貳段者〈梨子羽郷南方太郎丸名内」坪者六郎丸垣内二段〉 右意趣者、奉二為天地長久 国土泰平一、永代奉二寄進一…

中世版“お迎え現象”? 〜早死の予感〜 (Premonition of premature death)

文明二年(1470)四月二十八日条 (『大乗院寺社雑事記』4─424頁) 廿八日 (中略) (閻) 一伝聞、当社西屋地蔵拜見者奉レ見二焔魔王一事有レ之、其躰ハ必早世云々、 (房) 先年仙観⬜︎如レ之奉レ見レ之、不レ久而他界了、今度東北院僧正又如レ此…

自殺の中世史3─10 〜親子不和の責任と自殺〜

応永二十五年(1418)六月十五日条『東院毎日雑々記』 (『大日本史料』第7編32冊、235頁、https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0732/0235?m=all&s=0235) 十五日、〈甲午〉、(中略)高畠布袋五郎入道切腹死云々、与…

東禅寺文書5

五 小早川仲好安堵料足免状 (継) (堵) 安芸国沼田庄梨子羽郷南方内蟇沼寺院主職繾目安緒料足事 右、於二彼安堵料足一者、自二往古一雖レ令レ致二其沙汰一、依レ有二各別宿願一、 自二仲好代始一而至二子々孫々一、所レ令三停二止之一者也、不レ可レ有二…

黒の魅力(未完)

東禅寺文書4

四 小早川仲義充行状 (端裏書) 「竹原殿仲義 御判」 充行 (院) 梨子羽郷南方内王子員主職事 右、蟇沼寺之為二末寺一之条、代々無二相違一之処、聊転変刻彼員主職雖レ被レ改、 如レ元本寺へ所レ被二返付一也、於二員主職一者、沼部僧令二領知一、有レ限寺…

東禅寺文書3

三 預所橘朝臣契状 (端裏書) (作) 「蟇沼寄進契約状 暦応三〈庚辰〉正十一 美作前司殿 上⬜︎分」 (安芸豊田郷) 契約 沼田庄梨子羽郷内蟇沼寺寄進事 右、捧二宝治二年之寄進状一、賢祐寂仏来善乃力寄進之事歎申間、任二彼状一令二 下知一畢、仍頼慶者出…

中世の祟りは連座制か!? (Curse that spreads)

長禄三年(1459)四月九日・十四日条 (『大乗院寺社雑事記』2─133頁) 九日 (超) 一越昇寺ノ塔坊自焼云々、自越智方竹木等払之、奈良中人夫悉以衆中ヨリ加下知、 遣彼在所云々、希代事也、本堂炎上歟之由風聞、事実者以外事也、平城天皇第一 皇子…

東禅寺文書2

二 預所橘朝臣寄進状 奉二寄進一 (豊田郡) 安芸国沼田庄梨子羽郷内蟇沼寺〈今者」号二東禅寺一〉修理料所寂仏来善乃力名事 右当寺者、為二十一面観世音尊像一霊験是新也、而炎上之後、久不レ終二土木功一之 旨、依レ被二聞食及一、且任二宝治二季寄進状之…

東禅寺文書1

【東禅寺文書】 解題 当寺は真言宗の古刹で、行基開基と伝えている。沼田庄内で、この寺と関係の深かった楽音寺や弁海神社の近くに所在している。旧名を蟇沼寺というが、暦応四年(1341)の沼田庄の預所橘朝臣寄進状に「蟇沼寺今者号東禅寺」と見えるか…

楽音寺文書60 その3(完)

六〇 安芸国沼田庄楽音寺略縁起写 その3 *『広島県史』の読点の打ち方を変更したところがあります。 天子下問曰賊徒之為レ似レ何也、対曰殆非二人倫一如二鬼神一已、帝曰夫如二鬼神一 則以二仏力一可レ闘也、卿再征補二前敗之咎一、倫実弥感二医王之霊験一…

自殺の中世史3─9 〜経済苦は自殺の超歴史的原因か?〜

応永二十五年(一四一八)三月八日条(『図書寮叢刊 看聞日記』1─199) 八日、霽、(中略) (中院) 抑三条坊門大納言通守卿去月十日令二自害一、以二小刀一喉吭かき切云々、春日祭 上卿事被レ仰、難二治故障一之由申、猶現見被レ仰、窮困過法難レ叶之…

高橋祥友著書

高橋祥友「自殺未遂の実態」 (『自殺未遂─「死にたい」と「生きたい」の心理学』講談社、2004、79〜83頁) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 P79 死への恐怖感が低くなる 前項とも…

楽音寺文書60 その2

六〇 安芸国沼田庄楽音寺略縁起写 その2 *『広島県史』の読点の打ち方を変更したところがあります。 純友此時據二備前州釜島城一、妨二往来之船一奪二運送之資一、倫実率二官軍一攻二 釜嶌一尽レ力闘戦賊勢熾盛官軍敗積、或打二落海底一或斬二倒船中一、倫…

楽音寺文書60 その1

六〇 安芸国沼田庄楽音寺略縁起写 その1 *『広島県史』の読点の打ち方を変更したところがあります。 安芸国沼田庄楽音寺縁起 歓喜山楽音寺奉二 朱雀帝詔一志度司〈藤原」倫実〉所レ建之精舎也、扇二毘首羯磨 〔絵〕 (平)(藤原)(云脱) 風一稽二文会之…

遊行と巡礼

五来重『遊行と巡礼』(角川選書、1989年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 第1章 歩く宗教 P8 1 一所定住と一所不住 宗教には日常化された面と、非日常的で異常な面とがある。しかし…

楽音寺文書59 その6(終)

五九 安芸国沼田庄楽音寺縁起絵巻写 その6 *送り仮名・返り点は、『県史』に記載されているものをそのまま記しています。ただし、大部分の旧字・異体字は常用漢字で記載しました。本文が長いので、6つのパーツに分けて紹介していきます。 この縁起の研究…

池の水ぜんぶ抜く大作戦!?

【史料1】 康正三年(1457)七月二十二日・八月四日条 (『大乗院寺社雑事記』1─195・204頁) 廿二日 一社頭神人共高山ノ池ヲカユ、為祈雨也、然間高山ノ上計ニ大雨下テ、山計ノ外 無其儀、希事也、(後略) 四日 (中略) 一龍花院方於天満拜殿…

楽音寺文書59 その5

五九 安芸国沼田庄楽音寺縁起絵巻写 その5 *送り仮名・返り点は、『県史』に記載されているものをそのまま記しています。ただし、大部分の旧字・異体字は常用漢字で記載しました。本文が長いので、6つのパーツに分けて紹介していきます。 この縁起の研究…

中世被差別民の装い

河田光夫『中世被差別民の装い』 (河田光夫著作集・第二巻、明石書店、1995) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 P29 鎌倉末期、弘安頃(1278〜87)成立といわれる『塵袋』には、…