周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

天狗のイタズラ その3 (Tengu's mischief ─part3)

文明十一年(1479)正月二十二日条 (『大乗院寺社雑事記』6─496頁) 二十二日(中略) 一吉野之山上ニ去朔日雷光鐘二出現、大鐘也云々、天狗所為也、不思儀事也云々、 「書き下し文」 一つ、吉野の山上に去んぬる朔日雷光り鐘二つ出現す、大鐘なり…

極楽寺所蔵文書21(完)

二一 上里領門田村役人五郎右衛門尉抱分畠坪付 上里領 門田村役人五郎右衛門尉抱分畠 国兼 役人 屋敷小 五郎右衛門 同所 屋敷小 □屋 藤二郎 同所 畠参反 代五百文 五郎右衛門 かねひろ同所 下作 畠壹反 代貳百文 二郎兵衛 同所二所合 下作 畠壹反 代百文 彦…

極楽寺所蔵文書20

二〇 伊予国岩城島小泉一方分等天役浜数注文 平松ノ浦 岩城嶋小泉一方分天役浜数の事 宮にしの浦 名田弘延名内 はま 五ツ (後筆) 名田守恒名内 はま 六ツ「今一有ト西九申」 散田貞末名内 はま 一ツ にしはま (後筆) 半 名田田所名 はま 二ツ半「此内一…

極楽寺所蔵文書19

一九 極楽寺々領坪付 (端書) 「極楽寺分 坪付」 極楽寺々領坪付之事 合 一貳貫文 作人三郎五郎 此内壹貫文 当作観了 一壹貫文 作人小七 一壹貫文 作人藤原 一六百文 作人五郎左衛門 此下地者 大郎か給分 一四百文 作人孫太郎 一三百文 道秀屋敷 一早田宮迫…

恥─激怒─自殺の相関性

人間はさまざまな動機(原因や目的)によって、自ら命を絶とうとするのですが、その原因の1つと目されるものに恥があります。私がこれまでに紹介した記事のなかにも、恥と自殺の関係をうかがわせる事例がいくつもありましたが(「自殺の中世史30」・「自…

極楽寺所蔵文書18

一八 某書状 (ウハ書) 「 進上 末松殿」 畏申上候、 (部ヵ) 抑両寺之間寺務職之事、 連々御□屋にもわたし申へきよし申候しかとも、かたく (辞退) 御志たい候間、其後貴殿ニ申上候しか共、かなうましきよし被仰出候間、不及申 候、今ハはや身の事もきわ…

極楽寺所蔵文書17

一七 某田畠下人渡状 左衛門五郎殿ニわたす田畠の事 合 (歩) 羽坂門田四反三百卅分 弁海名内御ミやの前参段弥六作除定 神田一段 おくのまきの前一段半内〈一反ハ右近給分」半ハ承仕給分〉 畠 ゆのき畠 中四郎作 下人 子 右近 西法 弥三郎 ち井 夕□ 子 あこ…

極楽寺所蔵文書16

一六 楽音寺領川不等坪付 (前闕ヵ) 「 已上川不一丁五反大内坪付 本川分 ミやさこの内 (戎)かやの奥 仏供田 手所五反 修正田一反 戒免一反 松田大 寺中 小原 弁才天免二反内川小 □川八反にて候 新川分 是ハ中古川 見せ[ 瓦免一反 福礼二反 長月田一反 …

中世の身分制

高橋昌明『中世史の理論と方法 ─日本封建社会・身分制・社会史』 (校倉書房、1997年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 Ⅰ 日本中世社会と身分制 四 中世の身分制 P114 身分とは、社会…

極楽寺所蔵文書15

一五 楽音寺領川不等坪付 楽音寺々領内川不等之事 宮迫内 手所 五反 修正田 一反 瓦免 一反 かやの奥 松田 大 戎免 一反 小原 九反大 □川にて候 ミせのはしつめ 福礼 二反 朝日田一反 篠原 (後闕ヵ) *書き下し文・解釈は省略します。 「注釈」 「川不」 ─…

極楽寺所蔵文書14

一四 楽音寺領年貢算用状 (前闕ヵ) 「 御佃一段ハ一石三斗[ ]舛延也 無二吉書一 一斗三舛分口ハ 一斗一舛[ ] 〈一舛領家代官」八合公文方」二合上使分〉 御給ハ 七舛延 無二吉書一 一斗七舛分口ハ一斗四升上分 〈一舛三合地頭代」四合上使」一舛三合公…

夢にみた仏舎利にまつわる伝承

文明四年(1472)十二月五日条 (『大乗院寺社雑事記』5─316頁) 六日 一夜前希有見夢、小蛇二疋俄ニ現龍王父子、予曰、当院仏舎利可有守護、不可有 子細之由領状、則多宝塔エ手ヲ入テ、舎利壺を共ニ取之テ馳出了、予心中ニ、 可守護之由仰也、可取…

極楽寺所蔵文書13

一三 楽音寺領下部給分等注文 (前闕ヵ) 「 畠少分 〈林少分」畠少分〉 一反五斗所役定□金 下部共給分 はこ田 一反畠六十歩 左近 ふなさこ 一反畠大 孫二郎 はこ田 大畠六十歩 彦三郎 五反田内 大〈又九十歩さゝハら」畠小〉 左近四郎 五反田内 大畠大 馬二…

極楽寺所蔵文書12

一二 楽音寺領年貢算用状 (前闕ヵ) 「 ]田一反已三斗一舛代加文料一舛定 所当□三斗一舛 交分二斗一舛七合 延五斗二升七合 已上単米九石四斗八舛六合 一寺役分 正月一日御仏供餅料 白米五舛 八幡厳島護法御供餅料 白米五舛 御散米料 白米一舛 清酒三舛分 …

極楽寺所蔵文書11

一一 楽音寺領供田目録(断簡) (前闕ヵ) 「 宮仕方下行 承仕方下行 一宮大般若 二斗 供花衆米 一斗 承仕方下行 寺僧下行 斗入五舛充 天台大師御仏供一舛五合 阿弥陀経米四斗 九人方へ 五斗 以上延米三石一斗一舛五合 毎年如レ此 此外残米ヲ三分二ノ三分一…

極楽寺所蔵文書10

一〇 法持院領棟別納帳 (前闕ヵ) 「 (散) 五十文 さん田 二郎三郎 五十文 同 河之上 五十文 行安 五十文 角畠 八十文 上徳満 五十文 番匠屋敷 五十文 六名 新三郎 廿四文 篠原 廿文 念仏屋敷 五十文 提斗 五十文 天満 (1543) 天文十二年〈癸卯〉六月廿…

極楽寺所蔵文書9

九 法持院領棟別納帳 (端裏書) 「癸卯」 〈癸卯〉棟別納帳之事 百文 矢蔵 百文 よこ 九郎ゑもん 百文 同 五郎ゑもん 百文 かうらす 百文 六名 九郎兵へ 百文 同 新ゑもん 百文 寺田 百文 亀田 百文 もりさき 百文 てん田物申 百文 新兵へ 百文 鍬迫 百文 …

極楽寺所蔵文書8

八 楽音寺領四分一寺僧分注文 寺領四分一 寺僧分 (文) 三百□ 定智坊 五百文 介坊 二百文 安楽坊 百五十文 善哉坊 三百文 勝実坊 百文 日輪坊 百文 月光坊 百八十文 円光坊 二百文 宮仕 二百文 一宮宮仕 二百文 祥宝料 三百文 智光坊 *書き下し文・解釈は…

恥の心理学 その3

M・ルイス『恥の心理学』(ミネルヴァ書房、1997年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 P194 第9章 自己の病理 それでは、心理的な障害に関してはどうだろうか。たしかに、環境の変化によっ…

恥の心理学 その2

M・ルイス『恥の心理学』(ミネルヴァ書房、1997年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 P140 第7章 感情への反応 恥とは小さな粒子のようなものである。残された痕跡、つまりそれがもたらし…

恥の心理学 その1

M・ルイス『恥の心理学』(ミネルヴァ書房、1997年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 第2章 情動生活 情動(emotion)は感情(feeling)か P15 まず、emotion、affect、feelingという言葉…

極楽寺所蔵文書7

七 楽音寺領四分一寺僧分請取状 (端裏書)(庚子歳ヵ) 「天文九年□□五月廿四日四分一の帳納所勝実坊」 (天文九) (帳) 〈庚子〉歳五月廿四日○請取張之事 四分一 貳百文 安楽坊 百文 日輪坊 二百文 月光坊 百九五十文 善哉坊 二百文 宰相殿 三百文 勝実…

極楽寺所蔵文書6

六 宥與書状 (端裏) 「一宮田付テ院主宥与」 就二田坂村牛王導師免之儀一、預二御状一候、彼免田之儀、従二往古一、依レ無二 為 竹原分其紛一、公役等事南方准據ニ仕候之処、可レ有二御進退一候由承候、驚入候、 縦 雖三○為二南方之内一、於レ可レ有二御存…

身心一如(しんじんいちにょ)

『正法眼蔵随聞記』三ノ二十一 (『日本古典文学全集27』小学館、1971年、408頁) また云はく、得道の事は、心を以て得るか、身を以て得るか。教家等にも、身心一如と云つて、身を以て得るとは云へども、なほ、「一如の故に」と云ふ。正しく、身の…

極楽寺所蔵文書5

五 法持院領臨時反銭請取日記 法 持 院 臨 時 反 銭 請 取 日 記 天文六年〈丁酉〉歳院主山口下之時臨時懸候事 (者) 一三分二方ゝ四貫六百七十六文歟 〈此内ニ貳百十文ハ春冬不足秋ハ百四十文歟」 月光坊此度斗被レ納候、〉 取次九郎右衛門 (者) 一三分…

極楽寺所蔵文書4

四 川井右衛門尉請取状 法持院四分壹 壹貫文先請取申候、 (1535) 川井右衛門尉 天文四〈乙未〉六月六日 □□(花押) *書き下し文・解釈は省略します。

極楽寺所蔵文書3

三 楽音寺領四分一寺僧分請取日記 御寺領分四分一請取日記 五百文 介坊 三百文 定安房 三百文 勝実坊 二百文 安楽坊 百文 日輪坊 二百文 月光坊 二百文 承仕免 二百文 番匠 百八十文 圓光坊 二百文 宮仕 二百文 木引谷 百五十文 善哉坊 住持宰相公 百五十文 …

極楽寺所蔵文書2

二 吽奝楽音寺領未進注文 (前闕ヵ) 「 一□上一反五十文 四十まへ (未進) 料足二くわん文 是ハ一同みしん 一吉書 六十文 百文 池迫 八十文 古屋敷 廿 百廿文 奥 百○文 江田 六十五文 胡广迫 七十八文 与一迫 (ハいヵ) (ハいヵ) 七十文 上くいひ 五十…

極楽寺所蔵文書1

解題 当寺は佐伯郡廿日市町にある真言宗の寺院である。本文書の内容は室町時代の楽音寺と法持院に関するものが中心である。法持院は中台院とともに楽音寺の両門主として寺務を司った。法持院は梨子羽郷南方に、中台院は同郷北方にあって、それぞれ九坊の子院…

蜂戦 ─「三日蜂」と「しし蜂」─

応永三十一年(1424)八月二十三日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─55頁) 廿三日、晴、時正初日也、入風呂如例、抑今日御所棟上有しゝ蜂巣、三日蜂二卅 飛来、欲食蜂子、仍巣之廻しゝ蜂数千相集三日蜂と合戦、二時余噛合、死有疵 蜂数多、遂しゝ蜂負…