周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

自殺の中世史3─17 〜釜殿男の密通と切腹〜

応永三十一年(1424)八月四日条(『兼宣公記』2─194) 四日、丙午、晴、(中略) (広橋綱子、兼宣女) 抑典侍局ニ拜趨小大夫女性許へ、 内裏奉公釜殿進蜜通之状、件状 内裏様 就被御覧、釜殿逐電間、自 内裏被遣御使、其身逐電之上者、父可切腹之…

仏通寺文書4

四 愚中周及書状 (足利義持)(則平) 京都を罷出候者軈可二罷下一存候処ニ、上意小早川しわさと被仰候、雖レ然其方へ 不レ下候間無二子細一候、雖二何時候一其方へ罷下候者、可レ為二同辺一間無二其儀一 (真知) 候、背二本意一存候、随而仏通寺の事覚隠…

仏通寺文書3

三 愚中周及規式写 ○住持記ニヨル 滅後定門徒寺坊主事〈大通禅師御自筆」自判有レ之、〉 (清唯) (真知) 留心〈金山第二世諱安久」阿州人俗ハ安宅〉 諾渓 覚隠 (玄胤) 宗孚庵主字希淳 春岩〈諱妙育濃州人」末后為二大衣鉢侍者一〉 覚伝 隣月〈定山和尚…

仏通寺文書2

二 愚中周及禁制 ○板ニ陰刻 禁制 第一 不レ許三一切女人入二寺中一事 第二 不レ許三一切酒入二寺中一事 第三 不レ許二年少沙喝畜一レ之事 已上三件永為二 仏通寺不易之規式一、 (1406) 応永十三年九月廿七日 住持 老比丘 周及(花押) 「書き下し文」 禁制…

仏通寺文書1

解題 沼田高山城主小早川春平は応永四年(1397)、彼が欽仰する禅僧の愚中周及を迎え「佳き山水」の地である現在の土地にこの寺を開創した。この寺は愚中が入唐に際し師事した仏通禅師にちなんで、仏通寺と名付けられた。その後、小早川氏一門の信仰に支…

大悪年の四十八堂阿弥陀参り

文明十一年(1479)十一月十五日条 (『大乗院寺社雑事記』6─513頁) 十五日 一近日奈良中四十八堂ノ阿ミタ仏ニ参詣スル事在之、当年大悪年也、此参詣ニ除 諸難云々、今日上下者共令参詣之由聞之、 「書き下し文」 一つ、近日奈良中四十八堂の阿弥陀…

米山寺文書9(完)

九 小早川泰雲隆景寄進往生講式装束目録写 往生講式粧束 (運慶) (作) 一仏面 八枚 但うんけひのさく 一飛行 六ツ 〈但縫はく」悉皆御内様并御局施入〉 一はたきぬ六ツ うす紅梅うらせんし 一天童のはたきぬ貳ツ 〈但縫はく裏同」内壹ツ縫はく施主」 御内…

米山寺文書8

八 泰雲様小早川隆景位牌免田畠打渡坪付写 自是寺領帳之分 松江之内立田 (六ヵ) 田中 田壹段貳畝廿歩 八斗七舛 太左衛門 かた田宮ノ前 堂之本 田七畝歩 九斗八舛 九郎兵衛 樋之坪 田貳段七畝歩 壹石三斗五舛 同 人 こも口 (マヽ) 樋之坪 田壹畝廿歩歩 壹…

中世における寺院の童について

丹生谷哲一「中世における寺院の童について」(『身分・差別と中世社会』塙書房、2005年、初出、大山喬平教授退官記念論集『日本社会の史的構造 古代・中世』思文閣出版、1997年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の…

米山寺文書7

七 米山寺大寺分打渡坪付 米山寺 大寺分 畠三畝八歩 壹斗九升六合 与二郎 上ノ中 中ノ中六畝八歩 貳斗五舛 同 人 寺ノわき 中ノ中壹畝拾二歩 五舛六合 同 人 中ノ中六畝拾壹歩 貳斗五舛三合 同 人 壹畝あれ 壹舛五合 同 人 合畠数壹反八畝五歩 米七斗七舛 右…

米山寺文書6

六 泰雲様小早川隆景位牌免田給付状 泰雲様御位牌免 米山寺 豊田郡 一拾三石六斗九舛 安直村 同郡 一六石九斗八舛 同所之内松江 同郡 (惣定) 一貳石壹斗九舛 同所之内宗条 同郡 一拾貳石壹斗九舛三合 真良 以上三拾五石五舛三合 是者売地分之内石辻也、 (…

米山寺文書5

五 警固番帳(切紙) 番 帳 一番 福 井 新 介 山 陰 平 内 允 河 面 右 京 亮 仁賀藤左衛門尉 山陰新左衛門尉 勝力源左衛門尉 徳能弥右衛門尉 長岡五郎左衛門尉 増 原 与 次 郎 平 田 木 工 允 林二郎右衛門尉 内 別 作 新 三 田 門 小 次 郎 末國与三右衛門…

米山寺文書4

四 某書状 御書令二披見一候、如レ仰今度ハ村上河内守方就二下着一、各々同意趣申請候、然者 (伊予) 以二御使者一蒙レ仰致二恐悦一候、対二来嶋方一可レ致二相請一候、猶威書記用二 御状一候、恐々謹言、 (後闕) ○以上、二号カラ四号マデノ三通ヲ一巻ニ…

自殺の中世史3─16 〜笑われたから殺しました…〜

応永三十一年(1424)六月二十二日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─39) 廿二日、晡夕立降雷鳴、 (中略) 南都 抑此間南都有喧嘩事、去祇園会之時、田舎人酔狂有比興之事、傾城之美女咲之、 仍田舎人其後件美女并亭主之傾城等殺害了切腹云々、依之田…

米山寺文書3

三 毛利氏奉行人連署寄進状(折紙) 以上 当山寺内、従二前々一存知之田畠貳拾石余地之事 (小早川隆景) 泰雲様御菩提所之儀候間、先度五十石之地加増候而御寄附候、いつれも清帳面以 (油) 相調候上、御判形可二申出一候、其内有二御安堵一、修造勤行不レ…

中世の〈遊女〉

辻浩和『中世の〈遊女〉』(京都大学学術出版会、2017年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 序章 〈遊女〉を理解するために P3 ここでいう山括弧つきの〈遊女〉とは、売買春に従事した女性の…

米山寺文書2

二 小早川隆景書状(切紙) 為二爰許一御音信御状、殊青銅百疋送給候、遥々御懇之儀畏入候、因州表之儀 用瀬・吉岡令二一味一大利之儀候間、珍敷儀候者重畳可申入候、恐々謹言、 十月廿九日 隆景(花押) (就安) 長井治部太夫殿 御返報 「書き下し文」 爰…

米山寺文書1

解題 この寺は初め天台宗で平安時代末の仁平三年(1153)に創建されたが、鎌倉時代に入り嘉禎元年(1235)小早川茂平によって、その境内に不断念仏堂が建立され、天台宗系浄土教の寺院の巨真山寺となっている。 小早川氏惣領家は巨真山寺を形成する…

天狗のイタズラ その3 (Tengu's mischief ─part3)

文明十一年(1479)正月二十二日条 (『大乗院寺社雑事記』6─496頁) 二十二日(中略) 一吉野之山上ニ去朔日雷光鐘二出現、大鐘也云々、天狗所為也、不思儀事也云々、 「書き下し文」 一つ、吉野の山上に去んぬる朔日雷光り鐘二つ出現す、大鐘なり…

極楽寺所蔵文書21(完)

二一 上里領門田村役人五郎右衛門尉抱分畠坪付 上里領 門田村役人五郎右衛門尉抱分畠 国兼 役人 屋敷小 五郎右衛門 同所 屋敷小 □屋 藤二郎 同所 畠参反 代五百文 五郎右衛門 かねひろ同所 下作 畠壹反 代貳百文 二郎兵衛 同所二所合 下作 畠壹反 代百文 彦…

極楽寺所蔵文書20

二〇 伊予国岩城島小泉一方分等天役浜数注文 平松ノ浦 岩城嶋小泉一方分天役浜数の事 宮にしの浦 名田弘延名内 はま 五ツ (後筆) 名田守恒名内 はま 六ツ「今一有ト西九申」 散田貞末名内 はま 一ツ にしはま (後筆) 半 名田田所名 はま 二ツ半「此内一…

極楽寺所蔵文書19

一九 極楽寺々領坪付 (端書) 「極楽寺分 坪付」 極楽寺々領坪付之事 合 一貳貫文 作人三郎五郎 此内壹貫文 当作観了 一壹貫文 作人小七 一壹貫文 作人藤原 一六百文 作人五郎左衛門 此下地者 大郎か給分 一四百文 作人孫太郎 一三百文 道秀屋敷 一早田宮迫…

恥─激怒─自殺の相関性

人間はさまざまな動機(原因や目的)によって、自ら命を絶とうとするのですが、その原因の1つと目されるものに恥があります。私がこれまでに紹介した記事のなかにも、恥と自殺の関係をうかがわせる事例がいくつもありましたが(「自殺の中世史30」・「自…

極楽寺所蔵文書18

一八 某書状 (ウハ書) 「 進上 末松殿」 畏申上候、 (部ヵ) 抑両寺之間寺務職之事、 連々御□屋にもわたし申へきよし申候しかとも、かたく (辞退) 御志たい候間、其後貴殿ニ申上候しか共、かなうましきよし被仰出候間、不及申 候、今ハはや身の事もきわ…

極楽寺所蔵文書17

一七 某田畠下人渡状 左衛門五郎殿ニわたす田畠の事 合 (歩) 羽坂門田四反三百卅分 弁海名内御ミやの前参段弥六作除定 神田一段 おくのまきの前一段半内〈一反ハ右近給分」半ハ承仕給分〉 畠 ゆのき畠 中四郎作 下人 子 右近 西法 弥三郎 ち井 夕□ 子 あこ…

極楽寺所蔵文書16

一六 楽音寺領川不等坪付 (前闕ヵ) 「 已上川不一丁五反大内坪付 本川分 ミやさこの内 (戎)かやの奥 仏供田 手所五反 修正田一反 戒免一反 松田大 寺中 小原 弁才天免二反内川小 □川八反にて候 新川分 是ハ中古川 見せ[ 瓦免一反 福礼二反 長月田一反 …

中世の身分制

高橋昌明『中世史の理論と方法 ─日本封建社会・身分制・社会史』 (校倉書房、1997年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 Ⅰ 日本中世社会と身分制 四 中世の身分制 P114 身分とは、社会…

極楽寺所蔵文書15

一五 楽音寺領川不等坪付 楽音寺々領内川不等之事 宮迫内 手所 五反 修正田 一反 瓦免 一反 かやの奥 松田 大 戎免 一反 小原 九反大 □川にて候 ミせのはしつめ 福礼 二反 朝日田一反 篠原 (後闕ヵ) *書き下し文・解釈は省略します。 「注釈」 「川不」 ─…

極楽寺所蔵文書14

一四 楽音寺領年貢算用状 (前闕ヵ) 「 御佃一段ハ一石三斗[ ]舛延也 無二吉書一 一斗三舛分口ハ 一斗一舛[ ] 〈一舛領家代官」八合公文方」二合上使分〉 御給ハ 七舛延 無二吉書一 一斗七舛分口ハ一斗四升上分 〈一舛三合地頭代」四合上使」一舛三合公…

夢にみた仏舎利にまつわる伝承

文明四年(1472)十二月五日条 (『大乗院寺社雑事記』5─316頁) 六日 一夜前希有見夢、小蛇二疋俄ニ現龍王父子、予曰、当院仏舎利可有守護、不可有 子細之由領状、則多宝塔エ手ヲ入テ、舎利壺を共ニ取之テ馳出了、予心中ニ、 可守護之由仰也、可取…