周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

藤原良章著書

藤原良章『中世的思惟とその社会』(吉川弘文館、1997) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 序章 中世の樹の上で P8 朝鮮半島においても、樹上とは単に葬場であったわけではなく、「四百年…

楽音寺文書53

五三 毛利輝元寄進状写 寄附状 一楽音寺山林境内 一町四反四畝 一寺領百石余 内北方之内寺内 四拾石余 甑社領 拾貳石余 山王社領 八石余 龍王社領 三石余 山崎領 七石余 二尊領 三石余 善入寺領 四石余 光台寺領 一石余 観音寺領 一石余 天福寺領 一石余 釜…

自殺の中世史3─7 〜井戸への入水〜

応永十九年(一四一二)四月四日条 (『山科家礼記』1─13) 四日、天陰、刑部次郎カ妻東洞院ノ井ニ入水ス、希代事也、 「書き下し文」 四日、天晴る、刑部次郎が妻東洞院の井に入水す、希代の事なり、 「解釈」 四日、晴れ。山科家の中間、刑部次郎の妻が…

盛本昌広著書

盛本昌広『中近世の山野河海と資源管理』(岩田書院、2009年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 第1章 山野河海の資源維持 P80 山野河海という領域では様々な生産活動が行なわれたが、…

楽音寺文書52

五二 一宮修正会役人注文 (端裏書) 「一宮正月二日修正之次第」 定 (豊田郡沼田庄) 一宮正月二日御修正役人事 初夜導師 一人 平坂〈従僧一人」大懺悔一人〉 呪願師 一人 有羽 後夜導師 一人 学頭分従僧一人 三十二相 一人 円御堂 唄 円御堂 散花 一人 江…

堂舎と鳥居と参道と… その2(未完)

広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田「向上寺三重塔」 広島県尾道市向東町「岩屋荒神社」

周梨槃特の巨木コレクション その2(未完)

広島県福山市新市町宮内「吉備津神社の大イチョウ」 広島県福山市駅家町服部永谷「服部八幡神社の大イチョウと椋の木」 広島県尾道市瀬戸田町御寺「光明寺のビャクシン」 尾道市向島町岩子島「阿弥陀寺のビャクシン」

村井康彦論文

村井康彦『文芸の創成と展開』(思文閣出版、1991) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 「中世武門の精神構造」(初出1977) P253 武者の罪業意識 むろんこれらがすべて実話とは思え…

楽音寺文書51

五一 小田景盛寄進状 (安芸豊田郡) 釜山之貳反之内壹反」六斗代反銭ふたへともニ」末代寄進申候、永代可レ有二知行一 候、其」方死去候者何之寺家江茂可レ有三」寄二進之一候、為二後年一如レ件、 (1586) 小田又三郎 天正拾四年〈丙戌〉貳月吉日 景盛(…

大乗院寺社雑事記研究

大乗院寺社雑事記研究会編『大乗院寺社雑事記研究』(和泉書院、2016年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 小林善帆「『経覚私要鈔』に見る淋汗とたて花」 P122 林間(淋汗)を焚く(…

楽音寺文書50

五〇 小早川隆景自筆書状 (持) 法寺院物語之儀、心静ニ」内儀被レ聞候而、分別候様ニ」頼入候、猶内蔵主可レ 申候、謹言、 正月廿七日 隆景(花押) (捻封ウハ書)(小田景盛) 「 又三郎殿 隆景」 「書き下し文」 法持院物語の儀、心静かに内儀を聞かれ…

楽音寺文書49

四九 頼源法印置文 (安芸豊田郡) 一就二新発意契約一、潤月御影供、為二反役其支度一、釜山」下六斗代段銭二重共、 米参拾貳俵御礼ニて、末代」法持院江寄進申候、反銭一重者何之新発意成共、 (小早川) (景盛) 契約」首尾号二 御影供銭一進之置候、彼…

楽音寺文書48

四八 小早川弘景自筆書状 御寺領夫丸侘事」之由承及候、然者」日からおもわ敷候ハね共、」ふと渡海御祈」念 奉レ期候、為二御布」施一免除申候也、雖下無二」御等閑一候上、弥御祈念」奉レ憑 候、連々」陣中より可レ申候、」暮之十日十日罷」出度候へ共、存…

蝶々〜、蝶々〜、大路にとまれ〜♪ ─魂のシンボル─

【史料1】 永享六年(1434)七月十一日条 (『満済准后日記』下─594頁) 十一日。晴。(中略) 一去比法性寺大路辺へ白蝶降下云々。豊年瑞之由。諸人申入旨三位法眼申入之間。 先規若如此事在之歟之由。御尋大外記業忠処。両度例注進之。最初天暦年…

楽音寺文書47

四七 小早川煕平課役免状(切紙) 若宮経免」田之事、任二先」例一諸役所二免」除申一之状如レ」件、 文安元(1444) 二月廿九日 煕平(花押) 法持院 御同宿御中 「書き下し文」 若宮経免田の事、先例に任せ諸役免除し申す所の状件のごとし、 「解釈」 若宮…

楽音寺文書46

四六 小早川興景書状(切紙) 至二遠国緬々一御使」僧快然候、歳暮之儀」御斟酌候へ之由申候間」忝候、不二 尋申一候哉、御隔心と」却而迷惑候、爰許大切」之筆三対御濃情之至」更難二 申尽一候、明春者」早々以二面拜一諸慶可二」申述一候、恐惶謹言、 十一…

楽音寺文書45

四五 小早川煕平書状 去十八日之御書委細拜見仕候、」乍二御返事一巨細蒙レ仰候、誠畏入」存候、愚意 之義委申入、御心中」委細蒙レ仰候、悦喜此事候、 一若宮田事可レ任二先例之趣一、」堅可二申付一候、先年諸公事不レ可レ」申之由申て 候ハんには、今度致…

楽音寺文書44

四四 小早川仲好軍役免状 (蟇沼)(楽音) (姓) (軍役) (領) ひきぬかくおん寺両寺之」百しやうともくんやくの事、」りやう中に、いさゝかの 事も、」いてき候ハんする時ハ、御合力」あるへく候、そのほか他国」他所の人、 ミつきなんとの」ときハ、…

楽音寺文書43

四三 小早川仲好安堵料足免状 安芸国沼田庄梨子羽郷南方内」楽音寺院主職継目安堵料足事 右於二彼安堵料足一者、自二往古一雖レ」令レ致二其沙汰一、依レ有二各別宿願一、」 自二仲好代始一而、至二于子々孫々一、永代」令三停二止之一者也、不レ可レ有二異…

自殺の中世史3─6 〜東寺の大湯屋と自殺教唆〜

応永十七年(一四一〇)十二月二十八日条 『東寺廿一口供僧方評定引付』1─199(思文閣出版、2002) 十二月廿八日 教遍 宣弘 宗海 賢仲 紹清 杲暁 重賢 宗源 宏済 賢我 宗順 長賢 快寿 快玄 光演 (大輔) (中将) 一 重禅阿闍梨殺害并光淳阿闍梨自…

楽音寺文書42

四二 小早川仲好安堵状 安芸国沼田荘梨子羽郷内」楽音寺 南方院主代事 右於二彼代官職一者、向後可レ為二」院主之計一者也、若於二違乱」煩輩一者、可レ 処二罪科一者也、」仍為二後日一安堵之状如レ件、 (1389) 康応元年〈己巳〉六月七日 平仲好(花押) …

楽音寺文書41

四一 小早川仲義宛行状 宛行 梨子羽郷内楽音寺西方三分二院主職事 右於二当寺三分二寺務職一者、任二鏡賢譲」状旨一、頼真所二宛行一也、有レ限寺役」 至二御祈祷一、守二先例一無二懈怠一」可レ令二勤行一之状如レ件、 (1384) 至徳元年十二月五日 平仲義…

楽音寺文書40

四〇 小早川義春自筆書状 楽音寺南方三分二之院主」職事、此之間自二方々一承二子細一候へ共、」重代相伝 (管) 無二相違一之由承候間、」如レ元可レ有二御官領一候、就二其者代」官職事一、自二 (由緒) 円御堂方一ゆい」所ある之由申され候、無二子細一…

姿の見えない帯商人とデカい女 (Obi merchant ghost and Yokai big woman)

永享二年(1430)十二月十二日条 (『満済准后日記』下─197頁) 十二日。晴。(中略) 室町殿御所種々怪異尚不断絶云々。何日事哉らん。常御座所前御庭ニテ帯ヲ (之イ) 商売ス。女声也〔云々〕。忩被出人被見処不見候。希代事也。又西向御台御座所 …

稲葉著書

稲葉伸道『中世寺院の権力構造』(岩波書店、1997年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 P183 第4章 興福寺政所系列の組織と機能 興福寺別当は、ほとんど寺内の院坊に止住し、真言宗系…

楽音寺文書39

三九 御室任助法親王令旨 金剛坊今度被三成二下」院号一之由、」御室被二仰出一候也、」仍執達如レ件、 天正十二年(1584) 五月廿二日 法眼(花押) 金剛楽音寺院権大僧都御房 「書き下し文」 金剛坊今度院号を成し下さるるの由、御室仰せ出だされ候ふなり…

楽音寺文書38

三八 御室任助法親王令旨 今度御下向処、御寄宿」以下被二申沙汰一、被レ励二懇志」馳走一之段、無二比類一 (仁和寺法親王) 被二悦思召一候」由、依二」御室御気色一、執達如レ件、 天正十二年(1584) 五月廿二日 法眼(花押) 楽音寺 法持院法印御房 「…

楽音寺文書37

三七 毛利氏奉行人連署奉書(折紙) 以上 (楽) (寺) 覚音寺之儀、」百石被二付遣一候、」然者去務之儀惣」並以二御校量一可レ被レ」遣 旨候、為二御心得一候、」恐々謹言、 榎中太 卯月十六日 元吉(花押) 堅兵少 元慶(花押) 福式少 廣俊(花押) (…

楽音寺文書36

三六 毛利氏奉行人連署奉書(折紙) (楽) 沼田覚音寺」於二内外当検」百石之地一、可レ被二付」遣一候条、可レ有二御」 (佐世元嘉) 配当一候、委細者」石州御存之前候、」恐々謹言、 (榎本)(大) 榎中太 三月廿九日 元吉(花押) (二宮) 二信 就辰…

東寺領若狭国太良庄の狸穴(まみあな)と埋納銭盗掘騒動

応永二十五年(1418)三月日付東寺雑掌申状 (『東寺百合文書』オ函・125号http://hyakugo.kyoto.jp/contents/detail.php?id=9784/『大日本史料』7編32冊386頁、https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0732/0386?m=all&s=…