周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

自殺の中世史3─18 〜神人大将の切腹〜

応永三十一年(1424)十月十四日条 (『図書寮叢刊 看聞日記』3─65) 〔議〕 十四日、晴、(中略)抑八幡神人騒動不思儀又出来、去十一日権別当坊 (照清) 〈号東」竹、〉庭前木を栽、其前を神人無礼罷過之間、若党共咎之、神人立帰 悪口、結句腰刀…

仏通寺文書36

三六 小早川隆景制札 ○東大影写本ニヨル 制札 仏通寺 一山境者被レ任二四至傍尓一、可レ令二禁制一事 一山河殺生禁断之事 一樵夫等手物及二口論一者、早可レ有二注進一事 一春秋於二野山一放火者、尋捜交名可レ有二注進一之事 一門前左右之植木採用之事 右所…

仏通寺文書35

三五 仏舎利粒等注文写 ○住持記ニヨル 舎利塔之内数之事 大皿 一ヶ 小皿 二ヶ 盞子 二ヶ 大壺之内九十九 仏舎利粒 小壺之内七粒 愚中和尚舎利 角壺之内四十六粒 以上壺数三之内百五十貳粒也、 又小壺一ヶ有 (1555) 天文廿四年乙卯二月十五日 長松派之時与…

川本著書

川本慎自『中世禅宗の儒学学習と科学知識』(思文閣出版、2021年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 序章 P3 一 中世禅宗の二つのイメージ 日本中世の禅には、二つの大きくかけ離れたイメー…

仏通寺文書34

三四 毛利元就禁制 ○東大影写本ニヨル 禁制条々 仏通寺 一毛利人数濫妨狼藉事 一竹木採用之事 一喧嘩之事 右堅加二制止一訖、於二違犯之輩一者、可レ処二厳科一者也、仍制札如レ件、 (1548) 天文十七年十月十七日 右馬頭(花押) 「書き下し文」 一つ、毛…

仏通寺文書33

三三 蓮花寺真正書状 仏通 蓮華御契約之儀、随二先代之筋目一、即以二末世一無二相違一申談所也、以二 此旨一新寄進而御智行之在所、師檀ニ申宣者也、恐惶敬白、 享禄五稔壬辰(1532) 正月十九日 真正(花押) 進上 仏通寺 参 衣鉢侍者閣下 「書き下し文」 …

天狗のイタズラ その5 〜戦を起こす天狗〜 (Tengu's mischief ─part5)

文明十五年(1483)正月二十日・晦日・二月二日・四日条 (『大乗院寺社雑事記』7─488・493頁) 廿日夜雪下、(中略) 一当山天狗タヲシ自旧冬度々在之、若宮拜殿衆大略聞之云々、凡先々モ細々在之 事也、非可驚事也、故上座法眼隆舜ハ正シク於若…

仏通寺文書32

三二 真田敬賀制札添状 ○東大影写本ニヨル (端裏書) 「十七ヶ条添状」 就二山中悪事一、以後之制札老僧様申二合興平一以二判形一被レ申候、已後之事者 以二此筋目一堅可レ被二仰付一事千万目出度候、此旨違乱於二悪事一者、一段従二 此方一可二申付一候、…

呉座著書

呉座勇一『戦争の日本中世史』(新潮社、2014年) *単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。 また、誤字・脱字の訂正もしていません。 第一章 蒙古襲来と鎌倉武士 P21 だが、承久の乱の後、鎌倉幕府は平和な時代を迎える。唯一の例外は、宝治…

仏通寺文書31

三一 小早川興平并祥誾外九名連署制札 ○東大影写本ニヨル (端裏書) 「制札」 御許山仏通寺制札 一当住持番衆諸塔主、堅可レ被三相二守先師之規式一事、 (不器之仁)(事) 一諸派出番納所等、不レ可レ被レ任二□□□□一□、 一当納所一回之間、寺家細大雑務件…

仏通寺文書30

三〇 前潮音山主真庵野衲栄淳跋文写 ○住持記ニヨル (前闕ヵ) 「 右当寺規模者、檐間額榜寺産帳券年月行事式目年月定案作法、諸回向集捴二挍割簿一、凡列刹可有所之物全備矣、悉是吾祖一咲老衲之筆跡而、先輩之聚首所レ令二議定一也、爰有二不審之一件一為…

勇者の誉れ

『徒然草』第八十段 (『日本古典文学全集27』小学館、1971年、156頁) 人ごとに、我が身にうとき事をのみぞ好める。法師は兵の道を立て、夷は弓引く術知らず、仏法知りたる気色し、連歌し、管絃を嗜みあへり。されど、おろかなるおのれが道よりは…

仏通寺文書29

二九 連行次郎右衛門抱分散田坪付同作人帳 (端裏書) 「連行次郎右衛門抱分散田坪付同作人帳」 連行次郎右衛門抱分散田坪付同作人帳 四段之内 一段八斗 八フコモ一枚 山枡五合充各 連行六郎次郎 一ツ町 一段六斗 ヒ子コモ一枚 山枡五合 同四郎右衛門 梨子木…

仏通寺文書28

二八 小早川家政所奉書(折紙) ○東大影写本ニヨル (端裏書) 「段銭免許之状 政所」 就二今度一乱一、御寺領段銭米之事被レ申候、依二御侘事一被レ閣候、可レ被二 御心安一思召候、塔頭所々同前候、委細以レ状被レ申候、恐惶敬白、 文明十(1478) 眞田兵…

キレイ?な現象 その6(未完)

広島県福山市山野町山野「龍頭の滝」散策 純粋経験 桔梗の老い 老いのやわらかさ 元旦の朝 春の訪れ 老いの輝き ホトケノザ つくし 初夏の訪れ ニホンカワトンボ セパレート(岡山県鏡野町羽出「七色樫」付近) 雲仙岳(諫早湾干拓堤防道路潮受け堤防展望所…

仏通寺文書27

二七 小早川元平書状 ○東大影写本ニヨル 仏通寺并諸塔頭、就二一乱一寺領段銭米申付候、無為ニ成候間、自今以後者不レ 可レ有二其煩一候、恐惶敬白、 (文明十年・1478) 十一月二日 元平(花押) 納所禅師 「書き下し文」 仏通寺并びに諸塔頭、一乱に就き寺…

仏通寺文書24〜26

二四 仏通寺塔立柱馬人中注文写 ○本文書、小早川家證文一三五号ニ収ムルニヨツテ省略ス 二五 仏通寺方丈上棟馬人数注文写 ○本文書、小早川家證文四四号ニ収ムルニヨツテ省略ス 二六 仏通寺仏殿上棟馬人数注文写 ○本文書、小早川家證文九七号ニ収ムルニヨツテ…

仏通寺文書23

二三 小早川煕平并祥瑞外七名連署規式写 ○住持記ニヨル 御許山仏通禅寺評定衆御人数之事 当住持 納所 維那 含暉院主 肯心院主 智泉院主 長松院手 長悳院主 一当住持番衆諸塔主、堅可レ被三相二守先師之規式一事 一諸派出番納所等、不レ可レ被レ任二不器之人…

仏通寺文書22

二二 一笑禅慶書状写(切紙) 貴寺御病気ニ而、其地へ御出被レ成二御養生一之由、御尤ニ存候、当夏者暑も別而 酷敷御難儀推察申候、次第ニ御快然之段珍重ニ候、願而も宜様ニ申進候へ与申 候、即久以二書中一不二申通一、御無沙汰に打過申候、甲山ゟ人参伝承…

赤童子の両義性?

【史料1】 天文三年(1534)「夢幻記」 (『多聞院日記』5─39頁) 天文三年甲午二月三日、予才十七、戒二、母ニ送テ釜口霊山院忌中三月ノ初疫病 煩ヒ、既ニ死ントス、師英繁ヨリ為祈祷大般若トモ転読、巻数并 赤童子蓮成院所持本尊下給、前後不覚、…

仏通寺文書21

二一 千畝周竹長松院規式 ○板ニ陰刻 長松院規式 常住最初捨財之外、不レ許レ置二衆僧之私銭一矣、依二金穀之過分一而、招二外人之 譏嫌一者、老拙深所レ恥也、蓋財多則煩亦多矣、煩多則不如法亦多矣、不如法多則 譏亦多矣、理必然也、凡安二衆之地一常住資用…

仏通寺文書20

二〇 一笑禅慶外二名連署向上寺條々規式 (安芸豊田郡生口島) 向上寺条々規式 一当寺住持先年所レ定雖レ限二二十五月一、近来或一回或半年任レ意退去、然則行事 世諦退転多レ之、以二故檀那懇請一重加二評議一、向後堅守二旧規一、必可レ守二 二十五月之法…

仏通寺文書19

一九 天寧寺仏通寺両寺住持并番衆次第写 ○住持記ニヨル 両寺住持并番衆次第 天寧寺 仏通寺 一番 一番 住持契沢庵主 住持明三庵主 番衆聖喜寺派 番衆正覚庵派 二番 二番 住持玄貴庵主 住持養浩和尚 番衆祥雲寺派 番衆大慈寺派 三番 三番 住持景延庵主 住持的…

仏通寺文書18

一八 管領畠山持国奉書 ○東大影写本ニヨル (豊田郡生口島) 安芸国向上寺事、為二御祈願寺一可レ被レ致二精誠一之由所レ被二仰下一也、仍執達 如レ件、 (1444) (畠山持国) 文安元年十二月廿六日 沙弥(花押) 住持 「書き下し文」 安芸国向上寺の事、御…

仏通寺文書17

一七 管領細川持之奉書 ○東大影写本ニヨル 安芸国仏通寺事、為二御祈願所一可レ被レ致二精誠一之由所レ被二仰下一也、仍執達 如レ件、 (1441) (細川持之) 嘉吉元年十二月廿一日 右京太夫(花押) 住持 「書き下し文」 安芸国仏通寺の事、御祈願所として…

周梨槃特の巨木コレクション その4(未完)

徳島県三好郡東みよし町加茂「加茂の大楠」 香川県仲多度郡琴平町「琴平の大センダン」 香川県善通寺市善通寺町「善通寺の大楠」 同地「五社明神の大楠」 鳥取県倉吉市桜「大日寺の大イチョウ」 岡山県苫田郡鏡野町羽出「七色樫」 佐賀県小城市小城町松尾「…

仏通寺文書16

一六 真知外三名連署規式写 ○住持記ニヨル (前闕ヵ) 「 右両寺住持先年以二衆評定一定、太半隕没恰如二残星一、以二故此職一毎レ缺レ衆 以為レ患矣、故重設二規式一以題二直弟若干名字一、向後湏レ依二此臘一、次択二 其器用一、以可レ請二住持一者也、 但…

仏通寺文書15

一五 宗綱恵統書状 其後依下無二差事一候上不レ申二案内一候、随而住持被レ退候由承候、驚入候、殊更 造 典座之役御辛労察申候、兼又、観音像一体奉レ造度存候、同候者是の聖僧申て候、 仏師上手にて候、栖雲庵へ御状一通被レ遣候て、御存知事にて候へハ、自…

仏通寺文書14

一四 清唯外三名連署規式写 ○住持記ニヨル 当寺之本銭四十貫文之外、若有二入牌銭重出現一者、宜下加二彼本銭一番々度上レ 之、雖レ然或換二殿堂之上葺一或企二新造之大事一之時、住持番衆相共評議而取二彼 本銭之外加之余分一、以可レ用レ之、然後以二某人…

仏通寺文書13

一三 清唯外三名連署禁制 ○東大影写本ニヨル (端裏書) 「仏通寺規式」 禁制 仏通天寧并諸末寺之住持、不レ可レ請二叢林出頭之輩一、若有二違犯一者、門中同心 永可二罰擯一者也、 (1427) 応永三十四年正月 日 安心(花押) 玄胤 真知(花押) 清唯(花押…