周梨槃特のブログ

いつまで経っても修行中

J.S.ブルーナー著書 その3

J.S.ブルーナー『意味の復権』〔新装版〕(ミネルヴァ書房、2016年、第1版1999年)

 

第1章 人間研究のあるべき姿

P16

 これらのことは、今日の人類学ではむしろまったく当たり前の結論となっているが、心理学ではそうではない。議論のまさに出発点となるここで、それらについて言及するに足る充分な理由が三つある。第一の理由は深い方法論的ポイント、つまり構成的な理由である。個人だけに基づいて人間心理学を構成できないのは、人類が文化の中に参加し、文化を通して心的な能力を実現するからである。何年か前の私の同僚であるClyde Kluckhohnがよく主張していたように、人間はあるがままで終わるのではない。つまり、人間は文化の表現である。世界というものを、個人それぞれの方法によって処理される情報の冷淡な流れとして論じることは、個人がどのように形成され、どのように機能するのかを見落とすことになる。もしくはもう一度Geertzを引用するなら、「文化から独立した人間性というようなものなどは存在しない」のである。

 第二の理由はこの結果として起こり、第一の理由に劣らず説得力がある。心理学が文化にすっかり浸されているとすると、心理学は、人類を文化に結びつけている意味作成や意味使用の過程を中心にして組織されなくてはならない。このことは、心理学において、われわれをより主観主義的な考えに立たせようとするのでは決してない。まさに逆である。文化に参加することによって、意味は公共的で、共有されるようになる。われわれが文化的に適応した生活ができるかどうかは、意味が共有されているか、概念が共有されているか、ということにかかっている。また、意味や解釈の違いについて折衝するための談話モードが共有されているかどうかにもかかっている。第3章で論じているつもりであるが、子どもは自分の所属している集団の生活の中に、一次的過程の個人的で内閉的な変わり者として加わるのではなく、むしろ、そこでは公共の意味折衝がなされるより広い公共的過程への参加者として加わっていくのである。そして、この過程では、もし子どもが意味を他者に共有してもらえなければ、意味は子どもにとって何の利益もないのである。「秘密」(それ自体文化的に定義されるカテゴリーであるが)のように、見かけは私的な現象でさえ、いったん明らかにされると公然と解釈できるようになり、ありふれた─まるで広く認められている事実であるかのようにパターン化された─ものにさえなるのである。われわれの行為の意図していた意味が不明確な場合、自分のおかした例外的行為を「弁解する」ために、標準化されている手段さえある。それは、意味を公共化し、それによってわれわれがやっていることを再び正当化するような標準的方法である。われわれの談話がいかにあいまいで、多義性をもっていても、それでも、われわれの意味していることを公共の領域に持ち出し、そこで折衝することができる。つまり、われわれは公共化された意味および解釈と折衝についての共有化された方法によって、公共的に生活しているのである。解釈はそれがいかに「深く」なろうと、公共的にアクセス可能なものでなくてはならない。さもなければ、文化は無秩序におちいり、さらにばらばらになってしまうのである。

 文化がなぜ心理学の中心概念の一つでなくてはならないのか、ということを第三の理由は、フォークサイコロジーと私が呼ぶつもりのものの手中にある。フォークサイコロジーは、第2章をそれにあてるつもりであるが、何が人間をそのようにふるまわせるのかということを、文化によって説明する。フォークサイコロジーは、自分自身および他の人たちの心の理論、動機の理論、その他すべてを含んでいる。「民族植物学」や「民族薬理学」や、結局は下科学的な知識によって置き換えら得ることとなるその他の素朴領域研究の呼称と対応させるためには、フォークサイコロジーを「民族心理学」と呼ぶべきであろう。しかし、フォークサイコロジーはたとえ変化しても、科学的なパラダイムには置き換えられない。というのは、フォークサイコロジーは、志向的状態─信念、欲求、意図、社会的関与─の本質や原因や結果を扱うからである。この志向的状態は、大部分の科学的心理学が、人間の主観性の外側に立つ観点から、Thomas Nagelがいみじくも名づけた「どことも知れる所からの観点」から、人間の行為を説明しようとする努力の中で、却下している問題である。そこでフォークサイコロジーは、日常生活上での対処の仕方を支配し続けている。そして、たとえ変化しても、客観主義に服従させられまいと抵抗するのである。というのは、フォークサイコロジーは、志向的状態─信念、欲求、社会的関与の中に浸されている言語と、共有化された概念構造の中に根づいているからである。そして、フォークサイコロジーは文化の繁栄である故に、その文化のもつ知の様式のみならず、価値づけの様式にあずかっているのである。事実、フォークサイコロジーはそうせざるをえない。なぜならば、その文化が基準的に志向している諸制度─その文化の法律、教育制度、家族構造─は、フォークサイコロジーを強化するからである。そして確かに、今度はフォークサイコロジーが、そのような強化を正当化する役割を果たすのである。しかし、それは後での話となる。

 

P20

 フォークサイコロジーは固定されたものではない。文化が世界とその世界の人びとに対する反応を変えるのにともなって、フォークサイコロジーも変わるのである。DarwinやMarxやFreudのような知的ヒーローの見解が、どのようにしだいに変形され、フォークサイコロジーの中へ吸収されてゆくのかを問うことは価値あることであり、また、私がこのことを言うのは文化心理学が文化史とほとんど見分けがつかないことを明らかにするためにである(最後の章で見るように)。

 フォークサイコロジーに対する反メンタリストの激しい怒りは、単にこの点を見落としているだけである。人間行動の日常的な説明の中の心的状態を取り除くために、フォークサイコロジーを投げ捨てるという考え方は、心理学が説明することを必要としているまさにその現象を捨て去ることと同然である。フォークサイコロジー的なカテゴリーによって、われわれは自分自身と他者を経験するのである。人が互いに期待し、判断し合うこと、人生のやりがいについて結論づけることなどもフォークサイコロジーを通してなされているのである。人間の心的機能と人間の生活を支配するフォークサイコロジーの力とは、文化がその必要に応じて人間を形作るまさにその手段を提供するという点にある。結局、科学的心理学は、フォークサイコロジーと同じ文化のプロセスの中の一部分であり、科学的心理学がフォークサイコロジーに対してとる姿勢は、科学的心理学がその中に存在している文化に対して影響をもつ─そしてそれが、これからわれわれが扱おうとしている問題である。

 

P27

 文化心理学は、ほとんど当然のこととして、「行動」ではなく、「行為」の研究に専念することであろう。つまり志向性に基づくその対応物としての行為、より明確に言うと、状況の中に位置づけられた行為─文化的環境の中に、そして関与者の相互に影響しあう志向的状態の中に位置づけられた行為─についての研究である。ただしそのことは、文化心理学が研究室内実験や、人間の普遍性についての研究を永久になしですますべきだと言っているのではない。普遍性の問題について、これから論ずる。

 

P29

 人間の行動の原因はその生物的な基質にあると仮定されていた。私がそれに代わって論じたいのは、文化と文化に含まれている意味の追求が人間の行為の本当の原因であるということである。生物的基質、いわば人間の普遍性は、行為の原因ではなく、せいぜい、行為への制約もしくは行為のための条件である。車の中のエンジンが、一週間分の買物のためにスーパーマーケットへわれわれをドライブさせる「原因」ではないし、同様に、われわれの生物的な生殖システムが、きわめて高い確率で、われわれを自分自身と同じ社会階級や民族等の誰かと結婚させる「原因」ではないのである。エンジンパワーの車がなければ、われわれはスーパーマーケットへドライブをしないだろうし、生殖システムを欠いていたなら、結婚しないだろうとしても。

 しかし、「制約」ということばは、問題をあまりにも否定的にしすぎる。なぜならば、人間機能に対して生物的に課せられている限界は、文化的発明を挑発する力として働くからである。どの文化の道具一式も、人間がそれによって人間機能の「自然の限界」を超え、さらにはその限界を決めなおすことさえできる人工装置のセットとして記述しうる。人間の道具─ソフトにせよハードにせよ罫線は、まったくこの通りになっている。たとえば、直接記憶に対して制約的な生物的限界─George Millerの有名な「7±2」─がある。しかしわれわれは、この限界を超えるための象徴的装置を構成してきている。たとえば、8桁法、記憶術的工夫、語呂合わせのような符号化システムを作ったのである。われわれ文化化した人間は、そのような符号化システムをとおして入力データを変換することにより、情報を七つのビットではなく、7つのチャンクとして処理することが可能になるということが、その画期的な論文におけるMillerの主眼点であったことを思い出そう。このようにして、われわれの知識は文化化した知識となり、それは文化的基礎をもった観念システムの中でなければ定義できないものとなるのである。この方法で、いわゆる生物として設けられている記憶の限界をわれわれは突破してきたのである。生物的制約、それはあるのだが、決して永久不変のものではないのである。

 また、いわゆる自然な人間の動機について考えてみよう。人が空腹を覚えたり、性的な気分になったりすることや、それらの状態に対して生物的な基質が存在していることを否定するのは愚かなことであろう。しかし、敬虔なユダヤ教徒がラマダーンの断食に身を捧げるのは、飢えの生理による説明では捕らえられない。そして謹慎相関のタブーが強力で支配的なのは、性腺刺激ホルモンの性質によるのではない。また、ある食べ物やある食事の儀式に文化が関与しているのは、生物的動因が心理的選好へ単に「変化した」のではない。われわれの欲求とわれわれの行為は、それら自身として、象徴的手段によって倍加されているのである。Charles Taylorが彼のすぐれた近著“Sources of Self”の中で取り上げているように、文化の関与は単に選好だけではない。われわれがある生き方で生きることが困難であるとたとえ分かっていても、その生き方が生きるに値し支持するに足るとするのは、一つの信念であり、彼の言うところの「存在論」なのである。第4章で見るが、われわれの生は、その生き方によって可能となるような実践を見つけ出すことに当てられるのである─必要ならば苦しんでもそうするのである。

 

 →人間の行動ではなく、志向性に基づく行為が生物的基質で説明できるのなら、人文・社会科学は不要になる。そもそも生物的基質だけでは説明できない。文化でなければ説明できないことがある。

 

P31

 明らかに、生き方への関与に働く制約には、また文化的というよりもより生物的な制約もある。肉体的な疲労、飢え、病気、そして痛みはわれわれの交わりを砕いたり、またその成長をおさえることができる。Elaine Scarryが彼女の感動的な書“The Body in Pain”で示しているように、痛みの力(拷問の時のような)は、個人的文化的世界とのわれわれの関係を拭い去り、われわれに希望と奮闘に向かう目標をもたらす意味ある文脈を一掃してしまうのである。痛みの力は、人間の意識を狭窄し、拷問者が知っているように、人を文字どおりけだものにしてしまうまでに到る。そしてまたそのような時でさえも、生を意義づけるような意味とのつながりがきわめて強力であると、痛みがいつも人間のけだもの化に成功するとは限らない。ホロコーストやその死のキャンプの恐ろしき獣性化は、殺戮と同じく脱人間化をするために計画された。そしてこのことが、これらの獣性化を人間の歴史における最大の暗黒部たらしめているのである。これほどのスケールで、またこれほど制度化した形での殺りくはそれまでなかったが、それ以前にも人類は互いに殺し合ってはきた。しかし、苦しみ、痛み、そして耐えがたい屈辱をとおして、人間性を奪おうとする努力がこのように結集されたことはいまだかつてなかったのである。

 Wilhelm Diltheyが、常に更新し変化しやまぬ人類を養い導く文化の力を認めたことは、彼とその精神科学(文化に根ざした彼の人間科学)の功績である。私自身、彼の大志の盟友たらんと願っている。本書で私が論じたいのは、決め手となるのは文化と意味の探究であり、制約になるのは生物的なことであること、そしてすでに見てきたように、文化は、その力で生物的制約を緩和することさえできるということである。

 

P33

 そこで、先に述べたように、われわれが相対主義の問題へと導かれるのは避けられない。われわれは、社会的世界を構成することに充分「熟達している」わけではない、つまり「巧妙である」というわけではないと言う時、何を意味しているのであろうか。誰がそう判断するのだろうか。またどんな基準によるだろうか。もし文化が心を形づくるなら、そしてもし心がそのような価値判断をするならば、われわれを避けがたい相対主義に閉じ込めることにならないのか。われわれは、これが何を意味しているのか調べてみる方がよい。

 

P39

 もし知識が観点と相対的であるならば、価値の問題、観点の選択についてはどうなのだろうか。それは単に選好の問題であろうか。もしそうでなければ、われわれはいろいろな価値の間での選択をどのようにするのであろうか。この問いについて二つの魅惑的で人を惑わせる心理学的な見解がある。それらのうちの一つは、道具立てとしては表面上は合理主義者的見解をとっており、他方はロマン主義的な非合理主義者的な見解をとる。後者の見解では、価値は本能的に出てくる反応の一つの機能であり、心理的葛藤や気質などに置き換えられるということを支持する。非合理主義者が文化を説明する限りでは、文化は供給源、つまり、価値のカフェテリアとして存在している。価値のカフェテリアでは、そこから人が自分の個人的な動員や葛藤のもつ機能として価値を選んでくるのである。価値は、それが個人を文化にどのように関係づけているのかという点からは見られない。また、価値の安定性は、教科のスケジュールや神経症的硬さなどの定着剤によって説明させるのである。

 合理主義者はまったく異なった見解をとる。主として経済理論に由来しているが、たぶんもっともよい例は、合理的選択理論によるものであろう。合理的選択理論によると、われわれは、自分がもつ価値を、自分の選択の中に表現している。それらは、状況ごとに効用説、最適化のルール、後悔の最小限化などのような合理的なモデルによって支配されている。これらの選択は(適切な条件下では)、注目すべき規則性を呈するが、それは、鳩を使ったオペラント条件づけ実験の中に観察される種類の機能をまさに思い出させる規則性である。しかし心理学者にとって、「合理的選択」に関する文献で興味あるのは、主としてその見事な例外、効用性のルールへの違反を示す文献である(効用性とは、一つの特定の選択が結果として価値の倍増をもたらすことであり、首尾よく実行されるかについての主観的確率である。そして効用性は、Adam Smith以来の形式的経済理論の基石となってきたものである)。その例外について考えてみよう。たとえば、Richard Herrnsteinは、その例外の一つとして、「山ほど高くつく」と言われる場合について面白く述べている。たとえば、自分がたぶんコンサートの半数しか行かないだろうと分かっていても、シンフォニーのシーズンチケットを買う方を人はむしろ好むことがよくも見られる。この例外の方を論じる方法は、選択の状況において「俗物性」や「拘束」や「怠惰」に価値を付与することである。そこで付与された価値は、結果を効用説に一致させることになる。もちろん、これは秘密にしていた計画をもらすことである。もし効用説(またはその変形の一つ)を容認するならば、あなたは選択行動をその教義に一致させるようなしかたで、単に選択に価値を付与するだけである。合理的理論は、価値がどのように起こるのか─それらは本能的に出てくる反応であるのか、それとも歴史的に決定されるのか、他の何かか─については少しか、またはまったく言及していない。

 

 →合理性も一つの選好。すべての人間がそれを正しいものとして選択するわけではない。合理性を選好する文化に生きていれば、合理性を選ぶだろうが、誇りを選ぶ文化に生きていれば、利を度外視しても誇りを選ぶ可能性がある。

 

 

第2章 文化装置としてのフォークサイコロジー

P47

 この革新は二つの密接に関わる論に基づいている。一つは、人間を知るには、人間の経験と行為が本人の志向的状態からいかに作り出されるかを把握しておかなければならないことである。二つめは、この志向状態の形は、それぞれに特有な文化というシンボリックなシステムに参加することを通してのみ分かるということである。事実、われわれの人生の真の形態─つまりわれわれが心に抱く自伝という起伏に富み絶えず変わっていく草稿─でさえ、その解釈を可能にしている文化システムに依拠してのみ、自分にも他人にも理解されうるのである。しかし、文化はまた心の構成物でもある。文化の中でのこの実現によって、意味は私的かつ内閉的であるより、むしろ一般的かつ共同体的な形態を成すのである。英米の哲学者は、心の相互交渉モデルを個々に分離した個人的モデルに置き換えてきたため、他者の心は不透明で不可解なものとみなせるようになったのである。われわれが人生に仲間入りすることは、すでに上演が進行中の演劇の舞台へ登場するようなものである。そこでわれわれの演じる役や、どのような山場に向かうのかは、ある程度公開されたプロットによって決定されている。舞台上の他者は、この劇が何についてのものなのかをすでに知っており、新たな登場人物との折り合いをどうつければよいのかを充分に認識しているのである。

 

P48

 私が提言している見解は、人間性に関して生物的なものと文化の間に考えられてきた伝統的関係を覆すものである。人間が生物的に受け継いだものは、その性質として、人間の行為や経験を指図したり形作ったりするものではなく、普遍的な原因として作用するものでもないことを断言しておく。むしろそれは行動に制約を課するものであり、その制約の効果は変容できるものである。文化がその特性として創り出しているのは、「生身の」人間としての生物的限界、たとえば記憶能力や聴力のおよぶ範囲を超えることを可能にするいわば「人工器官的な装置」である。私が言わんとする見解は、裏返して言うと次のようなものである。人間の生や心の形を決め、行為の基底にある志向的状態を解釈可能な体系に位置づけることによって行為に意味を与えるのは、文化であって生物的なものではないということである。それは文化であって生物的なものではないということである。それは文化が有するシンボリックな体系─つまりある文化に属する言語や談話の様式、論理的、物語的な展開─の形式に固有のパターンや相互依存的な社会生活のパターンを考えることによってなされる。さらに言えば、人類の進化における神経の特質の淘汰に、文化的な要請や契機が重要な役割を果たしているという見解に、神経学者が自然人類学者も徐々に達しつつある。もっとも新しいところでは、神経解剖学の見地からGerald Edelmanが支持する説があり、他にもVernon Reynolds、そして、霊長類の進化データに関するRoger LewinとNicholas Humphreyのものなどがある。

 これらは私の言ってきた「文化」心理学を支持する論拠の骨子となるものである。それは認知革命を引き起こすものとなった動機だけでなく、Diltheyが1世紀前に精神科学と呼んだプログラムをも捉え直そうとする努力である。この章では、われわれは主に文化心理学の一つの重要な側面に関わることになるだろう。私はそれを「フォークサイコロジー」と呼んできたが、それは「民間社会科学」(folk social science)と呼んでもかまわないし、あるいは単に「常識」とさえ言ってもいいだろう。すべての文化は、それぞれを構成する最も強力な道具の一つとして、フォークサイコロジーというものをもっている。フォークサイコロジーとは、人間がいかに「暮らしていく」のか、われわれ自身の心と他の人びとの心はどのようなものなのか、ある状況下での活動がどのようなものと予測できるのか、それぞれの文化に可能な生き方とは何か、どのように他者と関わっていくのかなどについて、それらを多少とも関係づけ、標準的な形で述べるものである。われわれは自分たちの文化の持つフォークサイコロジーを早期から学習する。獲得したその言語の使い方は、共同体での生活に必要な対人交渉を取り結ぶことを学習しながらそれを身につけていくのである。

 

P50

 こらから進めていく主張の骨組みを挙げてみよう。最初に、私は、システムとして「フォークサイコロジー」という語で何を意味しようとしているのかを明らかにしておきたい。そのシステムによって、人びとは社会における経験、社会についての知識、また社会との関係の持ち方を統合しているのである。そして、文化心理学におけるフォークサイコロジーの役割を明確にするために、こうした考えをもつに到った経緯についても少し触れておかなければならない。そして再び、フォークサイコロジーの本質を構成するいくつかの重要なポイントに戻るが、結果的に、フォークサイコロジーはいかなる認知のシステムであるのかを考察することになるだろう。それを統括している根本的な原理は、概念的であるよりもむしろ物語的である。ゆえに、私が考察しなければならないのは、物語の本質についてであり、既成の、あるいは規範的とされている予想にもとづいて物語がいかに作られているのかということであり、そのような予想の域から逸脱したものがいかなる心的処理にもとづいて物語として作り上げられるのかについてである。このような論を立て、われわれは物語がいかに経験を組織化してゆくのか、その例として人間の記憶を用いながらより詳しく見ていく。そして最後に、これまで述べてきたことに照らして、「意味作成」のプロセスを解明していきたい。

 

P51

 新しい認知科学者に嘲笑されながらも、「フォークサイコロジー」という語を考えだしたのは、信念、欲求、そして意味といった志向的状態を進んで取り入れたいがためであった。しかし、その表現では、私が用いたい意味として適切であるとは言えないかもしれない。そこで、簡単にフォークサイコロジーがいかにできあがったか、その地の歴史の概要を述べてみたい。それによって問題をより広い文脈の中でとらえることができるはずである。

 この語は「野生の思考」への関心がより精密化された形で再び高まったことから、特に地域固有性をとらえる分類システムの構造から使われ始めたのである。C. O. Frakeの公表した著名な研究は、ミンダナオ島のスバノン族の皮膚病の分類方法についてのものであり、この後、民族植物学、民族航海学などに関する他の研究者による詳細な研究が続いた。

 

P52

 概して人類学者たちは(少数の目立った例外はあるが、客観的な実証主義科学の唱える理想に惹かれることはなかったことから、すぐにと言ってもいいほどある疑問にぶつかった。異なる文化をもつ人びとの意識や経験の形態は、その程度や様式がかなり違っていて、異文化間での翻訳に大きな困難を生み出すほどなのかどうかという疑問である。

 

P53

しばらく後に、Harold Garfinkelの率いる若き社会学者の一派は、前述のような論争が引き起こしたその種の認識論上の問題に留意しながら画期的な一歩を踏み出した。社会科学は、これまでの古典的な社会学的方法、つまり社会的な階層や役割や、その他仮説によるものを設定する方法に代えて、「エスノメソドロジー」の原理で進めていくべきではないかと提言したのである。つまり、社会科学は、研究の対象となる人びとが日常生活で生み出している社会的、政治的、人間的差異に言及しなければならないとしたのである。その結果、Garfinkelと彼の一派は、民族社会学を提唱するに到ったのである。ほぼ同じ頃、心理学者Fritz Heiderが説得力のある論を展開し始めた。人間は自分自身の心理学に基づいて互いに他者と反応しあっているのであるから(いわゆる心理学者の心理学によるのではなく)、人びとの経験に意味を与えている「ナイーヴな」心理学の性質や起源を探るのが賢明であろうと。しかし実際は、GarfinkelやHeiderの提案もそう目新しいものではなかった。Garfinkelは優れた経済社会学者であるAlfred Schutzを認めており、Shutzがヨーロッパ大陸の現象学に触発されて描いた体系的な著作は、人間科学の反実証主義的な改革としてのGarfinkelやHeiderの研究の先駆けであった。

 

P57

 フォークサイコロジーはまた、われわれの欲求や信念の表現を変容させる一つの世界をわれわれの外部に仮定する。この世界はわれわれの行為がその中に位置づけられる文脈であり、世界の在り方は、われわれの欲求や信念に理由を与えることであろう。存在する物が欲求を生み出す極端な例を挙げるなら、そこにエヴェレストがあるからそれに登ったHillaryの場合である。しかしまた、欲求によっては、他人では見出せないような文脈の中の意味を見出すように仕向けられることも、われわれは承知している。歩いてサハラを横断したり、あるいは小さな船で大西洋を横断することを好む人びとがいることは、その人の個人的特性によることではあるが説明はできる。世界の感知された状態と欲求との相互的な関係は、互いに影響を与えながら、フォークサイコロジーの物語構造を満たす人間の行為に関する微妙なドラマ性を創りだすのである。誰かが、世界の状態をうまく説明できないような形で信じたり、欲したり、行為しているとみなされる時、つまりどうみても根拠のない行為を起こしているとみなされる時、行動主体としての彼が、苦境の軽減や、状況の打破に悩んでいるのだと、物語的に再解釈され得ないならば、彼はフォークサイコロジー的に見て正気でないと判断されることになる。再解釈を生み出すには、実生活では厳重な裁判を、フィクションではまるごと一冊(Andre Gideの“Lafcadio’s Adventure”をもってすればわかるように)の小説を要するだろう。しかし、フォークサイコロジーではそういった再解釈の余地が残されている。「事実は小説より奇なり」である。フォークサイコロジーでは、人びとは信念という形で世界についての知識をもっていると仮定され、その世界についての知識を欲求や行動のあらゆるプログラムを実行するのに使用すると仮定されている。

 

 →正気ではない(発狂)と表現された自殺は、生き残った人びとが再解釈に失敗したということか。

 

P58

 経験という「内的」世界と、経験からは独立している「外的」世界を分けることで三つの領域が生まれるが、それぞれに違った形の解釈が必要となる。一つはわれわれ自身の意図のコントロール下にある領域である。つまり、行動主体としての自己が、世界についての知識と、文脈や信念に一致した形で表し得る欲求を操れる領域である。三番めに当たるのは、われわれのコントロールの及ばない「外界から」やって来る事象である。つまり「自然」の領域である。一つめの領域では、われわれは事象の成り行きに何らかの形で「責任がある」が、三つめの領域ではそうではない。

 問題なのは二番めにあたる事象である。一番めと三番めのどっちつかずのあいまいな状態からなり、その本来の帰属を、行動主体である個人の領域へか、あるいは「自然」の領域へかのいずれかに割り振るには、より緻密な形の解釈を必要とするからである。もし、フォークサイコロジーが、一番めの領域についての解釈原理を体現し、フォーク物理学兼生物学が三番めの領域についての解釈原理を体現しているならば、二番めの領域は、何らかの魔術的な形態によって支配されているか、それとも現代の西洋文化では、物理学者か還元主義的心理学者、または人工知能の科学主義によって支配されていると見られるのが普通である。

 

P59

 Michaelle Rosaldoは、現地調査中のその早すぎる死を前にして描いた晩年の論文の一つ、“Toward an Anthropology of Self and Feeling”と題したもののなかで次のように論じている。「自己」や「情動」という観念は、「相対的に社会生活から切り離された『内的』本質から成長するのではなく、意味はイメージ、社会的なきずなの成果、これにすべての人は否応無しに巻き込まれるわけだが、こうした世界における経験から成長するのである」。

 

P61

 われわれはここで、さらに物語に直接、焦点をあてなければならない。物語とは何であるのか、他の形態の談話や、経験を組織化する他の様式とどう異なるのか、また、どのような機能をもち、なぜそれが人間の想像力の鍵を握るのか。というのも、われわれがフォークサイコロジーの性質や力を把握しようとするなら、これらのことをよりよく理解しておく必要があるからである。ここでは、前置きとして物語の特性のいくつかを述べることにしよう。

 おそらく、物語の第一の特性は、本来的に内在する時系列性であろう。一つの物語は、事象、精神状態、そして登場人物つまり行為者としての人間に関わる事件の、独自の一連の流れから成り立っている。これらが物語の構成要素である。しかし、これらの構成要素は、いわばそれ自身としては生命や意味をもってはいない。これら構成要素の意味は、全体としての時系列のもつ総体的形態、つまりそのプロットや寓話の中でそれらが置かれる場所によって与えられる。したがって物語を把握するという行為は二重のものとなるのである。まず、解釈者は物語の構成要素を理解するために、物語を形作っているプロットをつかまなければならない。しかし、プロットの形態はそれ自体、連続する事象から引き出されなければならないのである。Paul Ricoeurは、イギリスの歴史哲学者W. B. Gallieの主張を要約し、この問題を簡潔に述べている。

 

 ストーリーは何人かの登場人物の一連の行動や経験の時系列を描き出す。それが実際に起きたことであろうと、想像されたものであろうと描き出すのである。これらの登場人物は、変化し……[それに対して]反応する。ひるがえってこれらの変化は状況や登場人物の隠れた側面を明らかにしていき、思考や行動、あるいはその両方を呼び起こす新たな境地を生み出していく。この境地に対する反応がストーリーを結論へと導いていく。

 

これらの変化、境地、その他諸々のことについては後に多くを述べることになるが、今のところこれで充分であろう。

 

P63

 物語の二番めの特徴は、それが一つのストーリーとしての力を失うことなしに、「事実」上のことにでも「想像」上のことにでもなり得るということである。すなわち、ストーリーのもたらすセンスとストーリーが支持するものとは互いに得意な関係をもっているということである。ストーリーは言語化しえないような現実に対して関心を示さないということは、ストーリーが語るための心内的構造をもっているという事実をよく示している。言い換えれば、個々のセンテンスのどれが真実でどれが偽りであるかということよりも、それらセンテンスの時系列性こそ、ストーリーの総体的形態やプロットを決定するのである。ストーリーの把握をもたらす心的体制の様式に絶対不可欠である。物語を保証するこの「時系列性のルール」の権威を取り除こうとする試みは、何か他の目的のために物語の独自性を犠牲にするというツケを払わざるを得なかった。

 

P67

 物語のもう一つの重大な特徴は、すでに行きがかり上触れてきたように、物語は例外的なものと通常のものとをつなぐ環を鋳あげることを専門としている点である。ここで、この問題に移ってみよう。一見、ジレンマと思われるものから始めたい。フォークサイコロジーは規範性と衣をまとっている。フォークサイコロジーは人間の状態の中での予想できるものと通常となっているもの双方、またいずれかに焦点をあてているのである。そして、それらに正当性もしくは権威を与えている。しかしながら、フォークサイコロジーは、例外的なもの、通常でないものを理解可能な形にするという目的達成のための強力な手段でもある。というもの、第1章で強調したように、一つの文化の存立可能性は、その文化が葛藤を解決する、つまり、相違点を解明し、折衝を繰り返して共同体的意味を作り出すことができるかどうかによって決まるからである。社会人類学者や文化評論家が文化の行為の本質として論じている「折り合いをつけられた意味」は、規範性と例外性を同時に扱う物語装置によって可能になる。このように、一つの文化は一連のノルムを必ず内包していると同時に、確立された信念としてのパターンのとる意味のノルムからの離脱をも許す一連の新しい解釈手続きをも含んでいるのである。フォークサイコロジーがこの種の意味を達成するために依拠しているのは物語と物語解釈である。ストーリーは、通常性から逸脱したものを理解可能な形で説明することによって、つまり前の節で論じた「不可能の論理」を備えることによって、それが持つ意味を達成するのである。ここで、このことをより詳細に検証しなければならない。

 

P69

 人びとが、Barkerの状況原理、あるいはGriceの会話的交換での行動原則に一致した行動をとる時、われわれはその行動の理由を問わない。その時の行動はあえて説明する必要のない当然のものと受けとめられる。なぜなら、それは普通であり、経験上正当なものであり、自明なものだからである。

 

P70

 これと対照的に、通常性から外れた例外的な事に出くわし、誰かにいったいどうしたのかと尋ねると、相手はほぼいつも、理由(つまり、意図的な状態についての何らかの特殊事情)を含むストーリーを話すだろう。さらに言えば、そのストーリーはほとんどいつも、その出会った例外的事象が何らかの理由をもち、「意味」をもつことが可能である世界を説明するものになるだろう。(中略)

 すべてのこのようなストーリーは、この例外的な行動にあるしかたで意味を与えるように仕組まれているようである。つまり、主人公の意図的な状態(信念あるいは欲求)と、その文化の中で正当とされる要素(国民の祝日、基金募集、過激な国家主義)の両方を含めるしかたにおいてである。ストーリーの機能は、正当とされる文化パターンからの逸脱を緩和し、あるいは少なくとも理解可能にするような意図的な状態を見いだすことである。ストーリーに本当らしさを与えるのは、この成果によるものである。それはまた、ストーリーに平和維持の機能をも与えるかもしれない。これについては後の章に譲ることにしよう。

 

P71

 これまで物語の三つの特性を考察してきた。物語の時系列性、事実に基づくかどうかには「無関心なこと」、そして正当とされるものからの逸脱性を処理するユニークな方法の存在の三つである。ここでわれわれは物語のドラマ的な質に立ち返らなければならない。ほぼ半世紀前に、Kenneth Burkeが称した「ドラマ性」の古典的な考察は、今なお、われわれの出発点として重要な役割を果たしてくれる。Burkeの提言によれば、十全に構成されたストーリーは、行為者、行為、目的、場面、手段の五つ一組のものからできているが、それに加えてトラブルがある。トラブルは、その五つ一組を成す各要素のどれかの間の不均衡な状態から成り立つ。目的に向けてのある行為が、ある場面では適切ではないことがある。

 

P72

 Burkeの言うドラマ性は、ありそうな結果を迎えると言う規範性からの逸脱、つまり正当性、関与の蓋然性、価値観に関わる逸脱、つまり正当性、関与の蓋然性、価値観に関わる逸脱に焦点をおいている。故にストーリーは、どうしても蓋然的に価値あるもの、蓋然的に適切なもの、または外善的に不確定なものに関わらざるを得ない。トラブルというまさにその概念が前提としているのは、行為は目的によく合致していなければならないということ、手段は場面に適合していなければならないということなどである。Hayden Whiteが指摘するように、ストーリーは簡潔に向けて正当性の範囲内での探究を試みる。トラブルが除かれない時は、トラブルはが以前的に説明され、ストーリーは「実生活そっくり」になる。そして、ポストモダンのフィクションによくあるように、不均衡があいまいなままの状態に置かれているとすれば、それはストーリーが外善的立場をとるのに依拠する慣習化的手段を、物語作者が覆したいからである。ストーリーを語ることは、不可避的に一つの蓋然的スタンスをとることであり、たとえそれが、もろもろの蓋然的スタンスに逆らう一つのが以前的スタンスであってもそうである。

 

P74

 物語がフォークサイコロジーにとって、なぜそれほど自然な媒体になるのかその理由が明らかになり始めた。物語は(次章で見ていくように、子どもの最初の語りからほとんど)、人間の行為と人間の意図という素材を扱っている。物語は、文化という規範的な世界と、信念、欲求、希望というようなより個人特有の世界との間を取りもっている。物語は例外的なものをも理解可能なものたらしめ、ことばのあやとして必要な場合を除いては、超自然的なものを寄せつけない。物語は説教調にならずに、社会の基準を繰り返し語るのである。そして、すぐに明らかになるのだが、物語はレトリックに対して、それと対立することなくその基礎をもたらすのである。また物語は教えたり、記憶を保存したり、あるいは過去を変えることさえもできるのである。

 

P78

 ストーリーとは、一言で言えば、代理的経験であり、われわれが入り込むことのできる物語の宝庫には、明確には区別できないが、「実経験のレポート」か、あるいは文化的に形成された想像力の所産が、内蔵されているのである。

 

P84

 一言で言えば、経験を「もち、保持する」ことに関わるまさにそのプロセスを知ることができるのは、われわれの世界についてのフォークサイコロジー的概念に染まったスキーマを通してなのである。つまり構成要素としての信念と、先に言及した時系列的配置、つまりプロットの形でそれらを含む大規模な物語とを通すことによって知ることができるのである。

 

P85

 さらに、物語は具体的でなければならないのである。Karl Marxがかつて述べたように、物語は「個別性へと高まっていかなければならない」。いったん物語が個別性を獲得すると、物語は個別性を比喩的表現に変換する。その行動主体、行為、場面、目的そして手段(加えてトラブルも)は標章(emblem)へと変換される。Schweitzerは「哀れみの念」となり、Talleyrandは「抜け目のなさ」となり、Napoleonのロシア遠征は行きすぎた野望の悲劇となり、ウィーン会議は皇帝の見境なき欲望実現のための権力行使となるのである。

 そのような「標章」すべてが共有する一つの決定的な性質があり、その性質が表象を論理的な命題とは異なるものにしている。それらの性質は推論と機能をもとに受け入れず、それが意味するものを確立するにあたって論理的な手順をふむことに抵抗するのである。標章は、われわれに言わせれば、解釈されなければならないのである。

 

P91

 表現の適切性条件とGrice流の行動原則の導入によって、論理学者の黒板に書かれた「提唱者なきテクスト」は、話者の意図という発話内の力をそなえ、状況の中に位置づけられたスピーチにその座をゆずり渡すこととなった。状況の中に位置づけられたスピーチにおける意味は、文化的で、協約的なものとなったのである。そして意味の分析も、単なる直観としてではなく、むしろより経験的に基礎づけられ、原則されたものとなったのである。文化心理学の中心過程として、すなわち一新した認知革命の中心過程として、意味作成の復権を私が提言したのは、まさにこの精神においてなのである。この原理に基づいて理解された「意味」という概念が、文化を構成する規約の網目に言語上の規約をつなぎ直してきたと私は考えるのである。

 意味について最後に一言つけ加えてこう。特に意味は、どの物語にとっても不可欠であり、どの物語の把握にも関係してくる条件だからである。私がこれまでに物語の概念を提言してきたのは、次のような明白な事実を重んじたからである。その事実というのは、人びとは文化現象を理解するにあたって、世界における事象ごとに対処しているのではないし、またテクストの中のセンテンスに対しては、そのセンテンスごとに対処しているのではないということである。人びとは事象やセンテンスをより大きな構造の中で枠付けるのであって、たとえばBartlettの記憶理論のスキーマにおいてであろうと、SchankとAbelsonの「プラン」、あるいはVan Dijkが提唱した「フレーム」においてであろうとそうである。これらのより大きな構造が、その中に含む構成要素を解釈するための文脈をもたらす。ゆえに、たとえばElizabeth BrussとWolfgang Iserはそれぞれ、フィクションのストーリーを構成する「超」発話行為についての原理的叙述を行っているし、また、Philippe Lejeuneは、彼が「自伝的な約束」と名づけたものに、書き手、あるいは読み手として人が関わろうとする時、何を引き受けることになるのかを体系的に述べている。また、人は「願わくば」という最初の一言に続く特定の発話の意味にかかわる条件をもはっきりと想像することができる。神の摂理のもとでは、「今日も、われらに日々の糧を与え給え」という発話は、一つの要求としてではなく、いうならば、畏敬と信頼の行為として受けとめられる、そして、もしその発話が、そうした文脈において理解されるならば、それは当然、一つの進句(ミサでの修辞ことば)として解釈されるにちがいない。

 われわれが、ある原則化されたしかたで意味と意味作成を解釈できるのは、特定の意味が創られ、伝達される際のより広い文脈のもつ構造と凝集性をどれだけとらえ得るのかによって決まると私は信じているのである。だからこそ、私は意味の問題の解明で、この章を終えることを選んだのである。意味は「あいまい」だからという理由で、意味を心理学の理論的中心に置くことを拒否するのはまったくあてはまらない。その曖昧性というのは、過去の人となっている形式主義的論理学者の目にそう映っているだけなのである。われわれは、今、それを超えたところにいるのである。

 

 

第3章 意味への参入

P98

C.S. Peirceがイコン、インデックス、シンボルを区別したことを思い出してほしい。イコンは、絵のように指示物との「類似」関係をもつものであり、インデックスは、煙と火の関係のように随伴的なものであり、シンボルは、ある記号体系に依拠している。この記号体系では、記号と指示対象の関係は恣意的である。そして、記号が何を「表す」のかを決定する記号体系の中の記号の位置だけである。この意味で、シンボルは、秩序ある、つまりルールに支配された記号システムを内蔵する「言語」の存在に依拠しているのである。

 

P134

 私が提言してきた見解は解釈論者としての見解である。つまり私は、人間科学を実践する人たちの活動および、その人たちが研究対象とする人間の活動についての見解において解釈論者なのである。このとる立場では、文化共同体をつくっているものは、人びとがどのようであるのか、世界はどのようであるのか、あるいは物事はどのように価値づけられるべきかについて、人びとが共有している信念だけではないとする。確かに文化の達成を保証するには何らかのコンセンサスがなければならない。しかし、それと同様に重要なことは、現実についての異なる解釈─これはどのような社会においてもかならず起こるものであるが─に裁定を下す解釈手続きが存在することである。連帯感は、ストーリーの状況とその登場人物のもつ文化的蓄積によって創り上げられるというMicheelle Rosaldoの考えは正しいのである。しかし、私はそれで十分だとは思えない。それではこの点について説明してみよう。

 人間は怨恨や内紛や連立や移ろいやすい同盟関係に伴う利害の対立に永遠に苦しめられるであろう。しかし、このような手に余る現象に関して興味深いのは、それらがいかにわれわれをばらばらにするかではなくて、それにもましていかに多くの場合、それらが中和され、あるいは許容されたり、また弁明されるかということである。霊長類学者のFrans de Waalは次のように警告する。動物学者たちが、高等動物の平和維持のために使う無数の手段を過小評価(そして過小観測)する一方、霊長類(人間を含む)の攻撃性を誇張し過ぎる傾向がある。人類は、驚くべき物語才能を持っており、平和維持の主要な形態の一つは、生活という日常性の中で、葛藤の脅威をもたらす裂け目をとりまく情勢の緩和を提示したり、劇的に表現したり、そして解説する人間の才能によっているのである。そのような物語の目的は、和解させることでもなく、合法化することでもなく、弁解することでさえなく、むしろ解説することにある。そして、そのような物語の日常的な語りとして提示される解説は、描かれた主人公に対して常に寛容であるとは限らない。というより、多くの場合最もうまくいくのは語り手の方なのである。しかし、どうであれ、物語化することは、われわれが生活の基本的な状態として受け止めている日常性を背景に、その出来事を理解可能なものにすることである。たとえ、理解されてきたことが、結果としてもう魅力的ではないとしてもである。発展しうる文化の中に生きるということは、一連の関連するストーリーに束縛されることである。たとえそれらのストーリーが合意を示すものでないとしても、関連しているのである。

 一つの文化に(あるいは家族のような小文化の範囲内でさえも)挫折が起きた時、そのもとを調べていくといくつかのことがらのうちの一つに遡ることができるのが普通である。まず第一は、生活における通常性や規範性を構成しているものと、例外性や逸脱性を構成するものについて意見の極度の不一致がある。これについては、今日のわれわれの世代において世代葛藤によって激化したいわゆる「ライフスタイル闘争」に、その例を見ることができる。二つ目として、物語をレトリックとして極度の特殊化しすぎることに内在するおそれがある。そこではストーリーが、あまりにもイデオロギー的に、あるいはあまりにも利己本意的に同期づけられることになるので、不信の方が解釈にとって代わり、そこでは「起こったこと」が作り事として却下されることとなる。大規模に、これは全体主義の体制下で起こることであり、中央ヨーロッパの現代作家、Milan KunderaやDanilo kis他多くが、これを強烈な痛みを持って記録してきている。同じ現象は、現代の官僚主義となって表れており、そこでは、起こりつつあることについての公的なストーリー以外は、すべて沈黙させられるか拒否される。そして最後に、物語の資源となるものがまったく枯渇していることから起こる挫折がある。都市のスラム街の恒久的な下層クラスにおいて、パレスチナ難民区の第二、第三世代において、またサハラ以南の半恒久的に干ばつにみまわれ、飢えが蔓延している村においてみられるものである。これは経験にストーリーの形式を課することがまったく奪われているということではなく、「最悪のシナリオ」しかもたないストーリーが、もはや多様性を望めないような日常生活を支配するにいたることなのである。

 このことが、本章の大部分で扱ってきた子どもの早期段階での物語化の詳細な分析という本題から、あまりはずれていなければ幸いである。私が明らかにしておきたかったのは、物語という表現形式で経験を表すわれわれの能力が、ただの子どもの遊びではなく、文化の中で営まれるわれわれの生活の大部分を支配する意味を形成する手段としてあるということである。その範囲は、寝る前の独り言から、法制度下での慎重に考慮した証言にまでわたる。結局、Ronald Dworkinが、法律の解釈過程を文学的解釈過程にたとえるもの、そして法学研究者の多くがこの見解で彼に同意するのも、さほど驚くにはあたらないことになるのである。われわれの基準的なものについてのセンスは、物語において育まれるが、違反や例外性についてのセンスもまたそうである。ストーリーは、「現実」そのものを和らいだ現実にする。思うに、自然的にも、環境によっても、その精神の中に物語的キャリアをまさしく出発させる素因が、子どもたちにはあらかじめ備わっているのである。そして、彼らがそのような能力を完全なものにするためのモデルと、手続き上の道具一式を、われわれは備えているのである。われわれは、そうした能力なしには社会生活が生み出す葛藤と矛盾をしのぐことは決してできないだろう。また、われわれは文化という生活を生きるのに値しないであろう。

 

 

第4章 自伝と自己

P194

 これまで述べてきた四つの章を結論へと導くことにしたい。私は、認知革命がその中心的関心としていた「意味形成」を捨て去り、かわりに「情報処理」と計算操作を選らんだことを非難することから本書をはじめた。第2章では、人間の境遇についての研究において、私が「フォークサイコロジー」と呼んだものを考慮すべきであると力説した。「フォークサイコロジー」とは、人が自分自身、他者、そして自分たちの住んでいる世界の見方を組織化していくのによりどころとしている文化的に形成された概念である。私が主張しているのは、フォークサイコロジーは、個人的な意味にとってだけではなく、文化の凝集性にとって本質的基礎であるという点である。なぜなら、フォークサイコロジーは、われわれがその変化に応じて今度は、フォークサイコロジーが変化するというその教義に支えられているからである。私は、また、フォークサイコロジーは、一連の論理的な命題ではなくて、むしろ物語やストーリーテリングの形で遂行されるものであるということを明らかにしようと努めもした。それは、物語文化─ストーリーや神話や文学のジャンル─のもつ強力な構造によって支えられているのである。

 第3章では、人間文化に参加し、その物語を利用することができるためのレディネスの起源について探ってみた。私は、子どもが生得的な素質と体験によりながら、生きた現実の中で言語とその物語的な談話を使用することによって、どのように文化に参加するようになるのかを明らかにしようと努めた。人間のもつ文法の構造というものは、物語ることへ向かおうとする原言語学的推進力から起こってきたのではないかとさえ考えたのであった。

 最後に私は、われわれが生活や自己をどう構成するかは、この意味構成過程の結果であること示そうとした。さらに、私は、自己というものが頭の中に閉じ込められた意識の孤立した核ではなく、対人関係的に「分散された」ものであるということを明らかにしようと試みた。自己は、現在に反応するだけで生ずる根なし草のようなものではない。自己は、文化の一つの表現であり、その文化に形を与えている歴史的環境からも意味を取り入れているのである。

 文化的心理学のプログラムは、生物学や経済学を否定するのではなくて、人間の心と生活というものが、生物学や物質的資源のみならず、文化と歴史をどのように反映しているのかを示すべきである。文化心理学は必然的に、文化や歴史の研究者たちに常に役立っている解釈という道具を使うことになる。生物学的にせよ、また他のしかたによるにせよ、人間というものを「説得し得る」ただ一つのものなどないのである。結局、人間の境遇についてのいかに強力な因果的説明であっても、人間文化を構成している象徴的世界の光に照らして解釈されるのでない限り、それが納得のいく理解をもたらすことはできないのである。