周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

2018-10-07から1日間の記事一覧

遺骨の使いみち (How to use cremains)

応永二十九年(一四二二)九月六日条 (『看聞日記』2─224頁) 六日、雨降大風吹、所々吹破、御所門以下破了、 (中略) 抑聞、於河五条原今日大施餓鬼依風雨延引云々、此事去年飢饉病悩万人死亡之間、 為追善有勧進僧、〈往来囉斎僧相集、〉以死骸之骨…

自殺の中世史 32 ─吾妻鏡1(恥辱と自殺と称賛と)─

寿永元年(一一八二)二月十四・十五日条 『吾妻鏡』第二(『国史大系』第三二巻) 十四日乙卯、伊東次郎祐親法師者、去々年已後、所被召預三浦介義澄也、而御臺所御懷孕之由風聞之間、義澄得便、頻窺御氣色之處、召御前、直可有恩赦之旨被仰出、義澄傳此趣…

自殺の中世史 31 ─古代史研究の紹介2─

以前、「古代史の研究紹介1」(「自殺の中世史10」)で、鈴木英鷹氏の論文を紹介しましたが、その引用文献のなかに、かなり古い歴史学者の論文がありました。最近、それをやっと読むことができたので、ここで紹介しておきたいと思います。 江馬務「自殺史…

福成寺文書6

六 小早川隆景書状 至二此間一者厳嶋、山中衆下向、炎天之時分御気⬜︎儀候、次用段之儀、従二両人一 可レ申候、御同心可レ爲二祝着一候、猶日名内源三可レ申候、恐々謹言、 七月一日 隆景(花押) 福成寺 一山中 「書き下し文」 此の間に至りては、厳島に山中…

福成寺文書5

五 毛利輝元書状 (通直) 就二今度河野殿会合一、数日令二逗留一之處、毎事御馳走祝着候、殊往代之證文等 (元秀) (元勝) 銘々披二見之一、感入存候、猶赤川十郎左衛門尉粟屋右京亮可レ申候、恐々謹言、 (天正十二年)(1584) 六月廿五日 輝元(花押)…